40 / 62
第4章 ー《ネロ》精霊樹編ー
第37話 『魔力の侵食』
しおりを挟む頭が空白色に支配されると同時に、瞬時に逃げろという反応がボクの体を突き動かしていた。
それでも体は言うことを聞いてくれない。
体に飛び散った返り血の持ち主は、知り合いでも何でもないのに何故か喪失感が胸の底から込み上がってきた。
「チッ!! 急に攻撃かよ、龍人の戦士長はよぉ!」
黒い肌をした長耳のダークエルフの男性は、攻撃を放ったエルベインの方へと弓をむけた。
正確に標準を定めてから、ターゲットにおさめると男性はつがえた殺傷能力のある矢を手から離した。
射られた矢は丁度エルベインの胸にめがけて、直線に飛んでいく。
それを退けるエルベイン、槍で射られた矢をパキッと折ってみせる。
「しゃらくせぇんだよぉ!!」
かなり興奮気味に声を荒げながら、エルベインは槍を手にして投げる姿勢を作る。
瞬間、先ほど放たれて折られた矢から大気中を覆うような煙が発生する。
その場の視界を全て遮るほどまでに煙が充満すると、エルベインと同様の戦士である龍人らになす術がなくなると同時に、その戦闘力が大幅に減少。
攻撃されまいと警戒しながら、龍人の戦士らは固まって防御体制を作っていた。
「臭いがしない……まさか」
鼻が非常に効くエルベインですらスンスンと空気の香りを吸い込んでみせたが、標的の臭いが全く捉えられない。
臭うのは、同種である龍人らの放つ体臭だけだ。
充満する煙が原因でダークエルフの臭いが消えたのなら、龍人の仲間の臭いをも消滅するはず。
「まさか、逃げられちまったか?」
キョトンとしながら、エルベインは煙を掻き消そうとする動作をやめて、一旦周囲に視線をむけた。
そこには、ダークエルフの1人も居ない。
ネロの姿も一緒に、この場から消えていた。
現状を判断したエルベインは、途端に血管がはち切れそうな雄叫びを上げ、森の木々は彼女の激怒した声に応じるように大きく揺れだした。
「……非力な長耳どもがぁあああ!!!!」
※※※※※※
「ーーーー?」
風を切るような音が聞こえ、目を開けると乾燥した目にめがけて向かい風が当たり、一瞬目を閉じてしまう。
けど、もう一度開いてみると景色が変わった。
ボヤけた視界が徐々に鮮明になり、自分が森を駆け巡っているのが……いや、正確に言うと筋肉質のおっさんに運ばれながら森を走り抜けているのが見えた。
目に映る景色が段々と流れていく。変な錯覚を起こしそうなので周りを見ない方がいいと、下へと視線を落とす。
すると、低い声が耳元で聞こえ、頭を再び上げてみせる。
ボクを背中に乗せてくれたおっさんが、温厚そうな表情で笑いかけてきた。
「おお、若造よ。目を覚ましたか」
「ーーーーどう、も?」
肌が黒い、耳も尖っている。
おっさんだけではない、視野を広げてみると周囲にも続いて走っているダークエルフらがいた。
「……あ」
すると、その中のとある人物に目が止まる。
先ほどボクに手を差し伸べようとして、負傷してしまった女性が仲間の1人に背負われていた。
槍に貫かれた部分から血を流しながら、苦痛に表情を歪めている。
「……かたじけない」
女性から、ポツリと仲間に感謝する声が聞こえた。
「私が不甲斐ないばかりに、手間をかけさせちゃったよ」
「にしては、まるで余裕のある口ぶりだな」
まるで動揺していないのか、背負ってある仲間である若々しい少年が彼女に笑いかける。
まるで、なんだ、青春がありふれた雰囲気が2人に漂った。
いや、そうじゃなくて……うっかり忘れそうだった。
ボクを救出しようとして、負ってしまった傷だ。
しっかり謝らなければいけないんだ。
そう思った矢先、ボクを背負ったおっさんがボクの表情を見ながら真剣な眼差しを作ってから口を開いた。
「謝ることはないぞ、若造」
「………え? どうして」
想像よりも遥かに冷たいおっさんの言葉に、驚く他なかった。
この状況、あの女性が槍を受けてしまったのはボクに気を取られていたからだ。
もしあの場でそっこうに行動を起こせば、誰も傷つかずに済んだかもしれない。
「あいつがヘマしただけで若造のせいではない。なんせ、あの場に突然見知らぬ集団が登場して、馴れ馴れしく話しかけてきたら、そりゃ動揺する。脳が理解しようと体が動かなくなっちまう。若造も何がなんだか、今でも分かんないだろ?」
心境を全て読み取られている事に、何も言い出せなくなる。
おっさんの言う通り、急展開すぎて自慢の小さな脳みそが正確に機能してくれない。
まず、どうして魔王のシモベとなるダークエルフに背負われ連れていかれているのか、だ。
あの場で救われたのはまず間違いない、しかしその動機が一切未だ語られていないせいか、混乱の迷宮に彷徨っているような感覚だ。
「そうですか。……あの、貴方がたは一体?」
ならば、質問してみることにした。
「そうだな、まだ名乗っていなかった。じゃがお前さんが覚えるほどの大層な役割をワシらはしておらん。まあ……仮に、エルギウスと呼んでおくれ。前々からカッコイイ名前で呼ばれたくてなぁ」
「は、はぁ」
まったく分からん。
というか、名前を伏せられるとますます不信感のようなモノを抱いてしまう。
率直に答えてくれても、無知なボクから問題はないだろうに。
いや、そういえばもう1つ。
槍に貫かれる前にあの女性、ボクの名前を口にしていた。
まだシオンにしか名乗った覚えはないのに、どうして数百年前もの時代のダークエルフがボクをご存知なんだ。
しかも、とある盟友の依頼だとか。
謎が深まるばかりで、解ける気がまったくしてこない。
「まあ! 説明は後だ、もうじきワシらの領地だからな。盟友の友人であれば、ワシらの盟友も当然だ。あの気高い龍人どもの物騒なオモテナシと違って、歓迎するぞ!」
ガハハっ! と甲高い声で笑うエルギウスに、思わず耳をおさえる。
かなりの大ボリュームな声量だし、近い!
「この時代に、ボクに知り合いなんて居ませんよ!? というか、その盟友って……誰なんですか!」
言葉がかき消されそうなエルギウスの声量にむかって、耳を塞ぎながら大声で叫んだ。
思わずこの時代と口に出してしまったが勿論、理解してくれたりはしない。
そう思っていた瞬間、エルギウスとその周囲のダークエルフらが深刻そうな面をみせる。
「知っているよ若造………いやネロ・ダンタ」
エルギウスのこの言葉で、周囲の空気がシリアスな雰囲気に変化していくのが分かった。
ボクもまた、自分自身が無意識に驚いた表情を作っているのに気づき、これは重要な場面だとすぐに脳みそが即座に理解してくれた。
エルギウスの言動が脳みそをほぐしてくれたからだろう、ありがとうございます。
それでも、どうして彼がボクのフルネームを存知しているのかイマイチ察せない。
けど、これからエルギウスの発する言葉がボクを深く動揺させるだなんて、未だ想像しても仕切れなかった。
※※※※※※
ダークエルフらの盟友だという人物、ボクを探し出して救ってくれと依頼した本人の正体が明かされた瞬間、それが聞き慣れた名前だという事は覚えている。
それよりも先だ、考えるより先にその人物に会いたいという強い想いがボクの体をつき動かしていた。
長い耳を持つ集団に案内され、急いでくれと頼みながら走る村の中。
ここは精霊樹と最も近い場所と言われている、エルフ族の領内である。
精霊樹では2番目に大きな領土を持っている国と言われているが、他の亜人に比べれば戦力は低い。
代わりに、エルフらは森に生息するモンスターらを従せるのに特化しているという。
妖精のような美しいと言われる容姿が、わんさかとそこら中にボクを出迎えていた。
それでも、その群衆を素通りしてすぐさま自身を知る人物の元へと急ぐ。
ーーーー!!
「もう、長くはないかもしれない。症状が発生する前に彼女はこの大陸から出るべきだった。けどミア様と言葉を交えた瞬間、彼女は若造の存在に気づき大陸から出ることを頑なに拒否したのだ」
ーーーー!!!
エルギウスの発言を耳にしても、それを受け入れまいと汗を拭うフリを何度も行なった。
ーーーー!!!
そして辿り着いた建物の前で、ゆっくりと足を止めた。
エルフの族長の家だとエルギウスは言っていたが、かなりの豪邸だ。
シオンの家にも招いてもらったが、族長のクセにこんな高価そうな外見はしていなかった。
「……………ハァ……ハァ」
ここまで長距離走ってきたせいか、呼吸するたびに苦しさが襲ってくる。
しかし、それも構わず余裕な表情をみせるエルギウスに案内されて建物に近づく。
扉から白い肌を持ったエルフの老人が出てきた、どうしてこんなにも美形な顔立ちなのだろうかと一瞬、不思議に思ってしまった。
この豪邸の所有者なのだろうか、第一印象は絵に描いたような族長であるのには間違いない。
老人と目が合った瞬間、彼は何も言わず中へと招き入れてくれた。
石造りの階段を上っていき、長い廊下を歩いたその先には扉のない部屋が目に見えた。
「寝室だ、行くといい」
老人にそう言われ、遠慮なくズカズカと寝室へとむかって1人で近づいていく。
部屋に辿り着くと、「信じたくない」と言い聞かせていた先ほどの自分を打ちひしぐような、そんな光景がそこに広がっていた。
ベットに横たわっている人物は非常に苦しそうな声でボクの名前を何度も繰り返し呼びながら、左頬を覆う真っ黒い物体に手を当てていた。
見慣れた桃色の髪、何度も向けられた赤い瞳、それを前にして彼女を知らないと言った方がどうにかしていた。
涙を堪えながら、乾いた声で彼女の名前を口にする。
「ーーーージュリエットちゃん」
「…………」
返事がない、それもそうだろう。
今にでも意識が消えかかりそうな程の激痛に見舞われているのだからだ。
それなのに、ジュリエットは必死に自身を侵食しようとする膨大な魔力に抵抗している。
ただそれを見ることしか出来ないボクは、再び彼女の名前を呼んでみせた。
ーーー例えジュリエットに明日が訪れなくなったとしてもボクは、彼女を呼び続けるだろう。
0
あなたにおすすめの小説
美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった
ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます!
僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか?
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について
沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。
かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。
しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。
現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。
その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。
「今日から私、あなたのメイドになります!」
なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!?
謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける!
カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる