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第1章 ー愚者編ー

第13話 『幸運なボク、湖に佇んでいる獣人族の少女』

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 テントの寝袋にてボクは寝つけられず目をパチリと開けさせたまま起きていた。
 無理もない。
 なんせ美少女2人にサンドされて寝ているからだ。

 フィオラの抱きつかれ、リンカには腕を頭の上にのせられている。
 《効果抜群》

(な、な、な、なんてっ幸運な展開なのだろうか。うぅ……緊張しすぎて眠れないよぉ)

 数時間前にさかのぼる。




 ※※※※※※




『ネロ、あんた真ん中を寝なさい』

『え……どうかしたの?』

 テントの寝床を指差しながらリンカは僕に命令をした。
 呆れるようにため息をこぼしながら、既に寝床で横になっている少女に指を差している。
 その先には、猫のように背筋を伸ばしてアクビを披露するフィオラが寝ていた。
 一言で言うと、可愛い。


『あんなガキを隣にして寝たくないわ。あんたがイイ』

『へ?』

『だから、あんたが隣でいいの。も、もう』

『ひゃっ!』

 少々慌てるような仕草で腕を組みながら、命令を下すリンカ。
 唖然とするボクの背中を蹴りあげる。

『質問は無しよ。わかったならとっとと、横になりなさい!』

『私も私も! ネロ様が隣でイイです!』




 ※※※※※※




 ということがあって、現に至った訳です。

 両者がボクの方に可愛いくて可憐な顔を向けていて、小さな鼻息を繰り返している。
 風呂上がりの彼女達の甘い匂いが、テントの中で漂っていた。

 理性が吹っ飛びそうなのでその場から逃走。
 テントから抜けて、すぐ見える湖へとむかった。
 背筋を大きく伸ばしながら、精神を落ち着かせる。

 湖の中心に反射する満月がとても綺麗で、見つめていても中々飽きない。
 夜の冷える風がボクの体を包み込み、背中でメラメラと燃える焚き火が微かにボクの体温を保たせていた。
 ちょうどいい、絶景だ。

 眺めているだけじゃ暇なので、この依頼をこなした後のことを考える。
 予定は特にはないが、王都に帰還して宿をとったら妹エリーシャへの手紙を執筆する気だ。

 内容を考える……えっと、『拝啓、愛しきマイシスター』……はアカン、引かれる。

 それじゃ……『拝啓エリーシャ、元気にしていますか? 兄さんは元気にやっているよ……と言ったもののクビにされた身。まだ、ちょっと疑わしいよね、はは。けどエリーシャの思うようにそんな深刻な事態にお兄さんは陥ってないよ。うん、本当だよ?』


 前書きは冗談。中間には今に至るまでの成り行きを……ってところかな。

 けどなんだか不安だ。
 なんせもう彼女とは3年も会っていないからだろう、手紙を読んでいるかもボクじゃ分からないし返事は返ってこない。
 魔の大陸での活動なら仕方ないことかもしれないが、やっぱり兄というのは可愛い妹を心配してしまうような動物である。
 たとえ余計なお世話でもね。

 レインに魔王討伐作戦を推薦されたが、正直悩んでいる。
 行くかは未だ検討中である。

 まだ数年後の話にはなるが、そのうちすぐに訪れるだろう最後の試練だ。

 そう……魔王討伐? いやいや違う。

 勇者である妹、エリーシャとの再会が最後の試練となるののだ。

 何故かって? それは、非常に不安であるからだ。
 もしエリーシャに会った瞬間『だれ?』と聞かれたり、『うける~』とか言いながらすごいケバッていたり、チャラい彼氏という不必要な生物を連れていてイチャイチャしていたりしたら。

 ボクは自分を落ち着かせるため、近くに落ちていた棒きれを1つ拾った。
 それを真っ二つに折って捨てた。

 ーーー結論が出た、彼氏を埋めよう。

 男に二言はない、妹の将来を考えるためにもチャラ男は抹殺する。それがたとえ魔王であろうと。
 我ながら良い考えだ。

 いや、物騒だからやめておこう。
 頭が温かくなった自分をふたたび落ち着かせるため、丸太に座ってまた湖を眺める。

 しかし何度見ても、なんとも美しい絶景なのだろうか。
 鼻歌を歌おうと準備した瞬間、湖に反射する満月を見て、体が固まってしまった。

 ありえない光景が、今まさに目の前で起きていた。

 何故なら、人がいるのだ。

 ーーー こげ茶のショートヘアー、赤くユラユラと炎のように燃えている猫耳、フィオラと同じぐらいの背丈にボロボロの野生っぽい服装。

 水面上に立ち、波紋を放っている少女がそこに立っていたのだ。

 少女の鋭くて威圧のある目線がボクに向けられ、威嚇された動物かのように身体がまったく動こうとしない。

 戦慄が走り、今すぐ逃げたかった。

 それをまるで水面に立つ少女が許さぬかのように、水面を歩いて接近してきた。
 手を伸ばして、少女は鋭い爪をボクの方へとむける。

「ーーーっ!」

 それでも声を発せた、大きな声が。
 その瞬間、少女は自分が威嚇されているのだと思ったのか、髪の毛を猫のように逆立たせながら、暗闇に光る瞳でボクを睨みつけていた。

「しゃーー!!」

 金縛りが解除され、解放されたボクは尻もちをついてしまった。
 すぐさま姿勢を直してから、リンカたちを呼んで荷物から短剣を取り出した。

 バシャバシャと水を叩くような音が聞こえ、湖の方を見ると少女は鋭く伸ばした爪を既にボクの方へとめがけて振りかぶっていた。

 かなりの遠い距離から飛んだ少女は、常人の目では追いつかないだろう速さで飛びついてきた。

 頭上から爪を振り下ろされ、それを短剣で防ぐ。
 少女から放たれた重い一撃がボクの筋肉をきしめたが、防げないほどの攻撃ではない。

「くっ!」

 しかし右腕に少女の蹴りが入り、ボクは横へと吹っ飛ばされてしまった。

 すぐさまシーフの能力『分析眼』を発動させて、猫耳の少女の情報をみつめる。

 亜人の猫族。性別は雌。年齢は10代前半。名前はーーーミミ・クリヴァっ!?

 驚きによって『分析眼』が解除されてしまう。発動回数は1日一回、それ以上少女の……ミミの情報が得られなかった。
 彼女が今回の依頼で捜索すべき少女というのが、どうしても信じられない。
 けど……あの見た目、村にいた依頼人らの特徴に似ていた。

「暴走って……これのことなのか? いや、けど耳が生えていないはずじゃ……」

 ミミの両親に村長の話を思い出してみるが、全員揃ってミミには耳はないと言っていた。
 それなのにこの少女には……燃えるような耳が付いているじゃないか!

 そんなことを呑気に考えていると少女のミミからまた攻撃を仕掛けられる。

 短剣を構えながら回避を試みようと地面を蹴ったが、さすがは瞬発力が人間より遥かに高いといわれる獣人族。
 攻撃を中断させてからミミは素早い動きを繰り出し、ボクを跳び越えて背後へと回られてしまう。

 柔らかい拳を叩きつけられる。

「猫拳(キャットパンチ)……!」

「ぐあっ!」

 ミミの拳から急に膨大な魔力の爆発が起こり、ボクの背中が焦がされる。
 そのまま、衝撃で吹っ飛ばされてしまう。

(なんて無茶苦茶なっ!?)

 強引に破裂させた魔力により、ミミ自身も反動を受けてしまう。
 と思ったそばから、ミミは苦しそうに歯を食いしばって拳を抑えていた。

「ーーーー ニャァッ!」

 できるだけ急所に当てぬように短剣を数本彼女に投げつける。
 それでもミミは、獣人の反射神経を駆使して短剣をすべて回避してしまう。

 けど、それがボクの狙いだ。

 彼女の背後にはデカくてボロい木が1つ、崩れそうになりながらも佇んでいた。
 そこにめがけて数本の短剣が突き刺さり、バキバキと鈍い音を立てながら貫通する。

 女神に授かった左手の印による、ステータスの強化。筋力を増加させたことにより投げた短剣は数倍の威力で突き刺さるのであった。
 最終的に折れてしまうが、仕方がない。

 回避から四足で着地するミミは背後から倒れてくる木にまったく見向きせず、気がつかぬまま彼女にめがけてデッカい木が……っ。

 ボクは彼女、ミミに手を伸ばしながら走っていた。

「あぶない!!」

「ニャ!?」

 自分で蒔いたはずの種なのに、何故だろうか?
 考えていても仕方がない、全力をかけて地面を踏み込んでミミに飛びついた。

 彼女は背後から迫ってくる木に気がつくと、驚いたまま固まって動かなくなってしまった。

 刹那、ボクの横を通りぬける人影が見える。
 人影は固まるミミを蹴りで突き飛ばしていた。


 今度は自分にめがけて倒れてくる木に人影は腰から抜いた剣を使い、易々と真っ二つに両断してしまった。

「リンカ!!」

 剣をしまう人影、リンカにむかって叫んだ。

「消えたと思って、心配になって来てみればボロボロじゃない?」

 腰に手を当てながらボクを見て愉快そうに笑うリンカ。
 それどころじゃないでしょうが!

「リンカっ! あの子っ」

「分かっているわよ。私たちの標的でしょ?」

 すべてを見通したようにリンカは自分を睨みつける猫族のミミを見て、笑っていた表情を止めた。
 冷たい口調を発する時の彼女の顔にスイッチが切り替わった。

「大人しく捕まったら、ちょっとした痛みだけて済むから……そこで這い蹲りなさい!」

 まるで鬼、人間の姿をした鬼のリンカである。

 さすがにビビるが、間近にいたミミの方がビビってしまい尻尾を巻いて逃げていってしまった。

「ーーあら?」

 それを唖然として見届けるリンカ。森に潜っていくミミを追いかけずリンカはずっと無心で見つめていた。

 なにが起きているかを認識するまでの間、彼女は腰に当てた手を離して腕を組む。
 顎にも手を当てて考え込み、無言でリンカはひょこっとボクを真顔で見た。


 ーーー グッ。
 そして、良くやったと言わんばかりのタムズアップ。
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