悪癖

二一

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覗き見

 真っ暗ななかに小さな丸い光が見えている。近づくと、その向こう側で女が動いた。
 そこは古びた台所だった。錆びた蝶番の扉が開いて、その前の床に女が座り込んでいる。古ぼけた設備とは逆に、置かれている調理器具などはどれも最先端のものだった。
「ほんと気持ち悪いったら……」
 女が透明の液体をぐいっと飲み干す。その目は睨み付けるように据わり、頬は赤く染まっていた。
「なんで私がこんなとこに……」
 女が手元の瓶からまた透明の液体をグラスに注いだ。
 女が壁の時計を見上げる。それから、ダイニングテーブルに置いたままの携帯端末を手に取った。
 端末は何かの映像を再生しているのか、小さな雑音が漏れている。鈍く反響するのは足音だろうか。それに、若い男が会話する声。
『暑いよね。早くアイス食べようよ』
『どうせ、溶けてるぜ。もっかい冷凍し直したほうがいい』
『ええーーー待てないよ』
『水でも飲んどけ』
 声が遠ざかっていく。
 女が楽しげに顔をほころばせた。
「陽くん、月くん。帰ってきたぁ」
 歌うようにつぶやいた女は、そそくさと立ち上がって冷凍庫を開けた。中からカップのアイスを数個袋に入れる。
「買い過ぎちゃったから食べない? ……これで、いいわ」
 女がフラフラと家を出て行った。

 小さな丸い穴から離れて、暗い中を移動する。やがて、また違う丸い光が現れた。
 飼育ケースに囲まれた部屋の中央で男が座り込んでいる。その目が、ガサゴソとうごくデュビアを見つめた。
「あれは夢だ、あれは夢だ、あれは……」
 血色の悪い唇が気味の悪い呪文のように言葉を吐き出す。
 男はやがて緩慢な動きで立ち上がると、いつもの机に向かった。ひときわ古い本をペラペラとめくる。その手がやがて止まった。
「ああ、いたね……紙魚しみ……」
 男がピンセットでその小さな虫を抓み、プラスチックケースへと放り込む。また本をめくって虫を見つける。
 捕まえて、閉じ込めて、捕まえて、閉じ込めて――。
 小さなケースは、細くうねる虫が蠢いていた。
「その中身を僕に見せてよ……僕と同じ内臓はある……?」
 男がケースの中の虫を一匹取り出し、解剖皿にピン止めした。小さな虫がビクビクと動いている。抵抗する術を持たず、逃げることもできない。
「なんのために生きているんだい?」
 男が無心にその虫を切り開いていく。
「ああ、こんなにも小さいのに動いて……かわいいね……」
 男の手が自らの下腹部に伸ばされた。その背中が小刻みに震え、息遣いが大きくなっていく。ああ、自身を慰めているのだ。
 解剖皿の小さな虫が、濁った目で壁を見つめていた。
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