終わりの町で鬼と踊れ

御桜真

文字の大きさ
24 / 37
第三章

【2】 夕闇の記憶 3

しおりを挟む
 山間の住宅地から少し離れた、さらに山の方にあたしたちの家はあった。
 先を登ればダムがあるような、川の近くの集落だった。

 山菜をとったり、畑を耕したり、時々住宅街におりて物資をとってきたり。
 山だけど海も近くて、幼なじみの親戚がもともと漁師だったから、時々海に出ては魚を獲ったりして暮らしていた。

 少し遠出すれば大きな町もある。
 あたしと幼なじみの紘平は時々、大きな町に出かけるのが楽しみだった。

 暑いさなかのその日も、あたしたちは、朝早くから家を抜け出した。
 夏の暑い日も、冬の寒い日も、朝早く出かけないと動き回れない。
 真夏の日中は暑すぎてとても外をうろついていられないし、冬はすぐに日が暮れてしまう。

 町は混乱の後が残ったまま、いつもひっそりと静かだ。
 人はほとんどいなくなって、どこかに隠れているか、食料を手に入れやすい山や川沿いに移り住んでいる。

 紘平《こうへい》となるべく離れないよう、同じブロックの一緒の家を、端から順番に見て回る。
 この日、何件か目に侵入したのは、二階建てのこじんまりした一軒家だった。

 気がつくと空の端が藍色に染まり始めている。夕日が西の山に落ちていく。
本当ならもっと早く引き上げて帰らなくては行けなかったのに、探索に夢中になっていて気づかなかった。
 今日はこの家で最後にして、隠れる場所を探さないといけない。明日帰ったら親にこっぴどく怒られると思ったが、仕方ない。 

 家の外に子供のものらしき乗り物やおもちゃは転がっていないから、大人だけが住んでいたのか。集落の子供達に持って帰れるものは無さそうだ。
 汗を拭いながら小さな門戸を開けた。
 のびきった雑草に足をとられないよう気をつけながら、身をかがめて進む。

 大きな木の扉のドアノブをそっと回すが、ガチリと抵抗があって、開けられない。鍵がかかっていた。
 あたしたちは警戒しながら、持参した工具で壊して侵入した。
 大きな音をたてると、吸血鬼や良くない人間に聞かれて危険だから、なるべく息を潜めて。

 家の中は蒸せるような空気が満ちていた。だけど日陰は少しだけ、ほっとする。
 暗い玄関を靴のままあがって中に侵入した。

 すぐそばの台所に入って、巨大な冷蔵庫をおっかなびっくり開けると、大抵中身は腐っていて、ひどい臭気が広がる。
 おえっとえずきながら鼻を詰まんで、慌ててドアを閉めて、くすくすと笑い合う。あたしはそのまま、家の奥へと進んだ。

 閉めきられた部屋のドアノブをゆっくり回して、少しだけ開ける。
 中を覗いてみるけど、遮光カーテンが閉め切られて、まだ日は沈みきっていないのに真っ暗だ。

 さらにドアを開くと、キイ、と蝶番《ちょうつがい》がきしんだ音をたてた。ドキリと心臓が跳ね上がる。
 身を低くしたまま、あたしはそっと部屋の中に入った。

 寝室だった。
 大きなベッドが壁沿いの真ん中に置かれている。反対の壁一面にあるクローゼットはぴったりと閉まっていた。

 大きな収納だ。何か使えるものがあるかもしれない。
 少なくとも、着替えは持って帰れる。靴とか、冬向きのコートとか。暑くてあんまり持ち歩きたくないけれど。

 暖房器具や扇風機が出てきても動かないけど、針金を外したり、プラスチックの羽を何かに使えるかもしれない。
 思って、大きなクローゼットの前にそっと近寄る。
 中に何か隠れているかも知れないから、取っ手を掴んで、深呼吸して一拍ずらしてから、ぐっと腕に力を入れた。
 折れ戸をスライドさせた――と思った。


 首を掴まれた。それから腕を。
 何が起きたかわからなかった。パニックになりながら自由な方の手を振り回すと、指に、爪に、手応えがあった。何かをひっかいて、爪の中に詰まる感じ。
 やわらかい。生暖かい。生き物だ。毛は触れなかった。多分、人間の皮膚。

 後ろからだ。しまった、クローゼットに気を取られて、ベッドの影を確認しなかった。
 ――紘平。
 呼ばないと。思った時には、視界が反転していた。

 ガンと後頭部に重い衝撃がはしる。
 頭の中をぐわんぐわんと揺さぶられるようだった。目の前が揺れて、暗闇がさらに濃くなる。

 突然、視界いっぱいに男の顔があった。
 青白い顔が見下ろしてくる。
 浅い呼吸を繰り返しながらあたしの肩を押さえる手が容赦なく、握りつぶされそうだった。

 すごく悲しそうな表情《かお》をしていた。
 なんでこんな、人に暴力をふるって、そんな表情するなんて、冗談じゃない。つらそうにしたって、何もかわいそうじゃない。

 思った時、男が口を開けた。鋭い犬歯――牙が見える。ゾッとした。

 恐怖で悲鳴も出なかった。
 吸血鬼だ。思うと同時だった。

 首に激痛がはしる。何かが皮膚を突き破って、侵入してくる。
 ぬるりとしたものが肌を伝う。身体中が震えた。

「あ、あ、あ、あ、あ・・・・・・」
 痛みに声が漏れた。でも、言葉にならなかった。

 噛まれた。
 血が溢れる。痛みと恐怖で、もう訳が分からない。こわい。どうなるの。どうするの。

 ――噛まれた。
 痛い。涙がこぼれる。ぬるいものが頬を伝う。
 肌を塗らすものが、血なのか涙なのかわからない。
 吸血鬼に噛まれた。



 ガツン、と鈍い音がして、吸血鬼の牙があたしの首から離れる。
 また、ガツンと大きな音。

 紘平が手にフライパンを持って立っていた。
 吸血鬼が振り返る、その額めがけて、縦に振り下ろす。血しぶきが散った。

 吸血鬼は何かを叫びながら紘平に飛びかかった。
 あんな怪力に、かなわない。逃げて。思う心と、助けて、という叫びが頭の中に渦巻いている。
 あたしは血の溢れる首を抑えながら転がっていた。

 紘平は繰り出される手を避けながら、重いフライパンを放り捨てる。
 腰にさしていた鉈を振りあげ、吸血鬼の目を狙って突き出した。
 ぐしゃりと音がした。それから何度も。

 吸血鬼はすぐに傷が治る。
 殺すには、日光にさらすか、頭をつぶすか、再生できないほどにめちゃくちゃに打ちのめすか。

 ――あの吸血鬼は、血をあまり飲んでいなかったのかも知れない。

 暗闇の中、力を十分に発揮できたはずなのに、紘平に打ちのめされて動かなくなった。



「紗奈!」
 吸血鬼が起き上がってこないのを確認して、紘平が駆け寄ってくる。
 床に転がったままのあたしの横の、血だまりのそばに膝をついた。

 肩で息をして、汗をながす見慣れた顔が、あたしを見ている。その目はひどい悲しみでいっぱいだった。
 涙が止まらない。

「いたい」
 ――噛まれた。
 吸血鬼に噛まれた者は死ぬ。

「死にたくない」
 震えが止まらない。
「紗奈、落ち着け。大丈夫だ」

 大丈夫じゃないのは、ふたりともわかっていた。

 息が苦しい。
 泣いてるからなのかもしれない、もう吸血鬼の菌がまわってきているからかもしれない。
 どっちでも関係ない。うまく息ができなくて、それが余計にパニックをあおる。

「紘平」
 声が揺れる。

 こわいこわいと繰り返し震えながら、あたしは暗闇に飲まれた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

熟女愛好家ユウスケの青春(熟女漁り)

MisakiNonagase
現代文学
高校まで勉強一筋で大学デビューをしたユウスケは家庭教師の教え子の母親と不倫交際するが、彼にとって彼女とが初の男女交際。そこでユウスケは自分が熟女好きだと自覚する。それからユウスケは戦略と実戦を重ねて、清潔感と聞き上手を武器にたくさんの熟女と付き合うことになるストーリーです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

学園のアイドルに、俺の部屋のギャル地縛霊がちょっかいを出すから話がややこしくなる。

たかなしポン太
青春
【第1回ノベルピアWEB小説コンテスト中間選考通過作品】 『み、見えるの?』 「見えるかと言われると……ギリ見えない……」 『ふぇっ? ちょっ、ちょっと! どこ見てんのよ!』  ◆◆◆  仏教系学園の高校に通う霊能者、尚也。  劣悪な環境での寮生活を1年間終えたあと、2年生から念願のアパート暮らしを始めることになった。  ところが入居予定のアパートの部屋に行ってみると……そこにはセーラー服を着たギャル地縛霊、りんが住み着いていた。  後悔の念が強すぎて、この世に魂が残ってしまったりん。  尚也はそんなりんを無事に成仏させるため、りんと共同生活をすることを決意する。    また新学期の学校では、尚也は学園のアイドルこと花宮琴葉と同じクラスで席も近くなった。  尚也は1年生の時、たまたま琴葉が困っていた時に助けてあげたことがあるのだが……    霊能者の尚也、ギャル地縛霊のりん、学園のアイドル琴葉。  3人とその仲間たちが繰り広げる、ちょっと不思議な日常。  愉快で甘くて、ちょっと切ない、ライトファンタジーなラブコメディー! ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

処理中です...