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11. 話し合い④
しおりを挟む朝、目が覚めた時から憂鬱だった。
今日で私とライアン様の婚約解消が決まる。
いいえ、私の中では既に解消すると決めている。
もう終わりにしてもいいと思う。
幸いな事にまだ彼女とは遭遇していない。
でも、私達の婚約が解消されれば彼女の事だからライアン様の傍に終始いると思う。
そうなれば同じ邸内にいるのだから遭遇する頻度は高くなる。
単なる政略結婚だと割り切っていたのなら兎も角、愛とまではいかなくても大好きだった。
今もまだその想いは消えていない。
婚約解消後、そんな私の目の前で愛し合い見つめ合う二人の姿を見せつけられる。
そう考えたら憂鬱でしかない。
△▽△▽△▽△▽△▽△▽△
そろそろ奥庭のガゼボに向かった方がいいかと部屋を出る私の服装は、騎士の正装服姿だった。。
正直ドレスと騎士の正装服のどちらを着て行こうか悩んだ。
けれど、婚約を解消するのにドレス姿というのも今更のような気がして騎士の正装服で行く事にした。
ところが、自分の記憶の中よりも短い時間で奥庭に続く遊歩道の入り口に着いてしまった。
考えて見れば二人でお喋りしながら歩くのと、一人でサクサク歩くのでは後者の方が歩く速さが速いに決まっている。
遊歩道の入り口にいた侍女が私の姿を見て慌てていた。
「まぁ?!カレドニア様。」
「ごめんなさい。何だか早く着きすぎたみたいね。」
「いえ、そのような事は…。ガゼボまでご案内いたしますわ。」
侍女に申し訳ないような気がしたのと、この美しい庭の花木を見る事ができなくなるのかと思うと名残惜しくて、最後にゆっくり見たいと思った。
「ありがとう。でも、ゆっくり花木を見たいから案内はいいわ。」
「畏まりました。」
侍女が頭を下げる。
その前を横切り、遊歩道をゆっくり進んで行った。
遊歩道の両脇には山梔子が植えられ丁度今が見所とばかりに花が咲き乱れている。
その花から漂う芳香を胸いっぱい吸い込んで花と香りを愉しむ。
『そう言えば、芙蓉の花も今が見所だったわね。』
以前、お茶会に来た時に山梔子の花が満開で、芙蓉の花も今が見所だからと見せて貰ったのだ。
「確かこっちだったと思うんだけど…。」
遊歩道から離れて芙蓉が植えられている方へと進んだ。
すると、思った通り満開でその美しさに圧倒されながら進んで行くと、何処からか人の話し声が聞こえる。
他に人がいるとは思っていなかったので、失礼になってはいけないと思い遊歩道の方へ戻ろうとしたその時
何か切羽詰まったような女性の声が聞こえて、何事かと足音を忍ばせて、声のした四季咲きのバラが植えられているバラ園の方へ行った。
この時、何故戻らなかったのだろう。戻っていれば今以上に傷付かずに済んだのに…。
木の陰からそっと覗いた私の目が捉えたのは見つめ合う二人の姿だった。
一人は流れ落ちる金糸に蒼色の瞳。豊満で艶めかしい体つきをした女性。
もう一人は私の婚約者であるライアン様だった。
女性の方は、恐らくラフレシア嬢である。
潤んだ目で切なげに少し見上げるようにライアン様を見つめ、ライアン様も悲しみに堪えるようにラフレシア嬢を見つめている。
そして抱き合う二人。
「っ!!」
痛みに胸を押さえ、出そうになった声を止めた。
これ以上見ていたくないのに目が離せない。
おまけに金縛りに遭ったかのように身動きする事もできなかった。
二人は体を離し、再び見つめ合っていたが、ライアン様の顔が彼女の顔に近付いていく。
と、背伸びをしてラフレシア嬢の方から(?)ライアン様の唇に口づけたように見えた。
堪えられなくなった私は身を翻して駆け出す。
それまで金縛りにあったように動けなかったのが嘘みたいにまるで逃げているかのようだった。
『今、私が見たのは何?何だったの?』
動揺して頭の中がパニックになりかけながらも走る。
何処を如何走ったのか分からないままに。
そして、気付くと庭奥のガゼボに居た。
針で刺されたみたいに胸が痛み、目頭が熱くなる。
と、その時
「カレドニア様、如何かなさいましたか?」
走って来た私に驚いたのだろう侍女に言われ、咄嗟に口にした。
「いや…あの…遅刻してしまうかと…。いえ、何でもないわ。」
我ながら酷い受け答えだと思ったが、侍女はそれ以上の事は聞いてこなかった。
椅子に脱力するように座る。
まだ心臓の鼓動が煩い。
息を整えていると侍女がお茶を私の前に置いてくれた。
「ありがとう。」
彼女は短く「いえ。」と言うと頭を下げ、ガゼボのある一角の入り口まで下がって行った。
淹れられたお茶を一口飲んだ後息を吐き出す。
侍女に声を掛けられていなければ、みっともなく泣いていたかもしれない。
そう思いながらもう一口お茶を飲んだ。
「ニア…。」
ライアン様の声だった。
先ほどの二人の姿がプレイバックされ、胸が引き絞られるように痛い。
もう、私が彼の隣にいる事はできない。
婚約を解消するしかない。
けれど、もう一人の私が叫ぶ。
まだ彼を好きなのだと。
諦めきれないと。
そんな想いを振り切り、立ち上がると胸に手を当て騎士の礼をした。
「ご無沙汰いたしております。ルビー卿におかれましては…。」
「何故名前で呼んでくれないんだ?」
「え…?」
一瞬彼が何を言っているのか分からなかった。
「敬称ではなく名前で呼んでくれないか。」
聞き間違いではなかったようだ。
婚約を解消しようとしている私が何時までも名前呼びする訳にはいかないだろう。
その話し合いもまだされていないけれど、彼から愛される望みなどない事がわかっているし辛いだけだから、未練がましく名前呼びなどするつもりはない。
「いいえ。訓練の事もありますから敬称の方がよろしいかと。」
「……わかった。」
ふと、いつもと違う声の感じがして彼を見る。
『何であなたが傷付いたみたいな顔をしているのよ。』
そう思えるような表情だったが、私の願望がそう見させただけだ。
きっと……。そうに違いない。
なんて私は未練がましいんだろう…嫌になる…。
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