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11. 絶望
しおりを挟む王宮へ向かう馬車の中、重苦しい沈黙だけがその空間を支配しているかのようで、息苦しくて思わず喉に手を当てた。
隣に座っていた母が私の手をぎゅっと握った。
母の顔を見ると、大丈夫と言うみたいに微笑んで頷く。
何故か涙が出そうになった。
「きっと、大丈夫だよ。殿下の方に非がある事だし。それに横領事件だ。殿下の疑いは完全に晴れていない。…だから、きっと…。」
まるで自分に言い聞かせているように父が言った。
それに頷くけれど、何とも言えない不安が、王宮に近付くにつれて大きくなる。このまま帰ってしまいたくなるほどに…。
何故こんなにも不安なのか分からない。
けれど、私の中には婚約解消する以外の選択肢は無かった。
彼の事を愛していたかまでは分からない。だけど、私への態度が変わる前の彼の事は、大好きだったのだ。
彼の事を考えただけで、切なくて、会いたくて…。会ったらドキドキした。楽しかった。
なのに、何故彼が変わってしまったのか分からなかった。
ローザリンデと一緒にいる彼を見ると、息苦しくて、辛かった。
けれど、貴族に生まれて政略結婚をする事がどういう事か、婚約した時からずっと教えられていた。
だから、彼女と一緒にいるのを止めてくれとは言えなかった…。学園に入学した後も、私が婚約者だと、どれだけ言いたかったか…。
言えなくて、何でもないふりを続ける事しか 出来なかった。なのに…身体の関係まであったなんて…。
2人がベッドで、絡み合っているのを目の当たりにして、固まる私にグラスを投げつけられ、最後まで何とか、縋りつく様に残っていた彼への想いも、グラスと共に砕け散った。
もう、いいよね。婚約を解消しても…。殿下に会えなくなっても…。
自分に言い聞かせた。
婚約解消をした後は、領地で静かに暮らす事を、両親に言ったら、賛成してくれた。
だから、王宮に行くのも、殿下に会うのも今日を最後にしたい。
そう願っていたのに…。
「許さない!俺の傍から離れるなど許すものか!婚約解消なんて絶対にしない!」
二の腕を掴まれ、頭がガクガクとなるほど身体を揺らされ、鼻先に悪鬼の如く怒りに満ちた顔を近付けて、唾を飛ばしながら、喚き散らしている。
周囲にいた両親達が止めようとしているが、力で敵わないのか、誰かを呼んでいる。
コノヒトハダレ?
涙を流し、恐怖に顔を引攣らせ、気を失う事も許されず、何も考えられない。
自分が言いたい事を言うだけ言った後、息も出来ないほど抱き締められて、やっと気を失う事が許された。
どれだけの時間が経ったのか…。
眼が覚めた時に見えたのは、見た事の無い模様のクロスが貼られた天井だった。
その天井をぼんやり眺めていると、誰かの泣き声がする。
と、母の泣き顔がいきなり目の前に現れたので驚いた。
起き上がろうとしたのだけれど、全身がだるくて、首と頭が痛い。
「良かった…眼が覚めたのね。お水…飲む?」
「 …。」
何とか声を出そうとしたが、出なかった。
仕方なく頷くと、母は泣きながら、分かったわと言って少し離れた所へ移動して、コップに入った水を持って来た。
母の後ろで心配そうに見ていた父が、背中に手を入れ、上半身を起こしてくれ、枕を幾つか宛がって座らせてくれた。
母に手渡されたコップの水を飲み干すと、空になったそれを母が受け取る。
「…何があったか覚えてる?」
そう尋ねる母の声は震えていた。
私は黙って頷いた。
陛下と王妃殿下、そして彼が目の前のソファーに並んで座り、話し合いが行われた。
横領事件の事も、言い訳と言葉を濁しただけ。一応、謝罪してはくれたけれど、
「お前が、俺の趣味にケチをつけ、要らないと言うからこんな事になった。」
などと、訳の分からない事を言い出す始末。私はそんな事を言った覚えなど無いのに…。なのに、嘘つき呼ばわりされたのだ。
そして、不貞行為については、
「俺の相手をしなかったくせに責めるな!」
「結婚前の事だから少しぐらい眼を瞑れ!」
と、開き直り、
婚約を解消したいと家は、二の腕を掴まれ…。
思い出して、恐怖に身体がガタガタと震えた。
そこから先は、記憶に無かった。気を失ったから…。
その後、どうなったか知りたくて聞いたけど、母は私に縋り付き泣き出してしまった。
そんな母の背中を撫でながら、父の顔を見れば、辛そうにしている。
やがて、ぽつりぽつりと話し出したその内容に、眩暈がした。
最終的に、婚約が解消される事は無かった。
殿下は、「私との婚約を解消するぐらいなら死んでやる!」と、陛下と王妃殿下を脅したらしい…。
まるで子供である。
そうして、陛下と王妃殿下に泣きつかれる形で、婚約が継続される事になったのだ。
正直、このまま何も聞かなかった事にして、何処か遠くに逃げ出したくなった。
けれど、そんな事など出来ない…。
徐に、父が私の頬を拭った。
私は、自分が泣いていた事に気付いた。
もう、逃げ出す事など出来なくなった。
そう、王命が下ったのだ。
両親の顔を見ると、絶望感に染まっていた。恐らく、私の顔も同じようになっているのだろう。
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