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若王子亮介
しおりを挟む数年別の高校で教師をして26の年に、姫神のいる高校に戻ってきた。
前に比べたら少しはマシな男になった...と思う。
コンビニ食やカップ麺で偏りまくった食生活の改善、筋トレも続けてるし、それなりに身なりにも気を遣った。
とはいえ、友達と遊びに行った次の日、知らぬ間に彼女と言う存在が出来ていた辺りの適当さは全く変わっていない。
「ご紹介に預かりました、若王子亮介と申します。僕は以前、この学校で教育実習生として勤めたことがあります」
この数年の間に、頭が真っ白になった教員も、前より太った教員もいる。
石井とか言う女はかなり化粧が濃くなったな...。
広い体育館に全校生徒が押し詰めの状態で配列させられた中、僕は簡単に挨拶を済ませた。
ざわめく女子生徒の声。
男子生徒の「男かよ」と言う落胆の声が聞こえる。
他にも数名の新任教師が挨拶を行い、始業式はあっという間に幕を閉じた。
桜が咲き誇り、花と若葉の香りが鼻腔を擽る、そんな日。
生徒が帰った後、校庭のベンチに座って珈琲を飲んでいると、如雨露を持った姫神が声を掛けてきた。
「若王子先生、久しぶり!元気だった?」
「...」
前より明るくなった姫神の顔を見て安堵する。
ほぼ会話をしたことがなかったとは言え、こんな風に覚えて貰えていたことは嬉しかった。
「ええ、姫神先生もお元気そうで。顔、すっかり良くなりましたね。痕は残りませんでした?」
「あはは...ちょっと鼻の骨が太くなったくらいかな。そんなこともあったね...懐かし...」
花壇の植物に水を与えながら、嫌な思い出を掘り起こされたように、彼は小さく呟く。
あ...まずい、やらかした。
姫神の曇る表情を見ては、慌てて話題を変えた。
「先生は3年生の担当でしたっけ」
「うん、そうだよ。君は2年生の担当なんだよね...?さぞ持て囃されただろう。私のクラスの子達も皆君をカッコイイって言ってた。う~ん、確かに...カッコイイよなぁ」
まじまじと顔を見詰めてくる姫神に、うっ、と息を詰まらせた。
......誰にでもこういうこと言ってんのか?
そんな顔でカッコイイとか言われたら、素直に照れるんだが...。
「姫神先生も...ずっと、お綺麗です」
「え?はは、ありがとう」
隣に腰掛けた姫神が脚を投げ出して空を見上げる。
「凄い、満開だね...夜の桜も綺麗なんだろうな...」
今ならこの人に、手が届きそうだ...。
自分のものにしたい。
抱き締めたい、色んな表情を見たい、もっと知りたい。
僕は貴方と再会することだけを、幸せにすることだけを夢見ていたーーー。
「姫神先生、教育実習最後の日、僕が先生に何を言ったか...覚えていますか?」
少しだけ、心拍数が上がる。
微かに震える手で、珈琲が揺らめく缶を強く掴んだ。
「ん?んー......そもそもに話したっけ?ごめん、超酔っててさ...覚えてないや」
え......?
まじかよ。
じゃあなに、迎えに来たのに当の本人は覚えてないってこと?
...絶望。
「でも、その飲み会の次の日...凄く幸せな気持ちでいっぱいだったんだ。なんだか、お先真っ暗って感じだったのに、心のどこかで明るい未来を確信してるって言うのかな...」
「...」
「もしかして、君のお陰なの?」
桜の花びらが舞い上がる中、彼は小首を傾げて無邪気に笑った。
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