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大運動会
しおりを挟む大会当日。
運動会の間、永井は慶介の背中にべったりくっつき、頭や肩に顎を乗せてバックハグ状態で過ごし、慶介もそれを許してやった。
ホテルまでは普通だった。今まで禁止されていたアプローチを再開しようとしたので、手にキス以外は酒田の背中に回って逃げ回っていた。
様子が変わったのは東京校の生徒の姿を見てからだ。浮かれた空気がピンと張り詰めて永井が急に黙って、明らかに東京校の生徒が目に入らないように避けていた。
観客席で生徒代表の宣誓式とかを聞いたあと、偉い人の話になった時、永井から威圧フェロモンが漏れ始めた。「どうした?」と声をかけると「東京校の校長だ」と言った。それ以上、何も言わなかったけど、たぶん、学校から追い出された時の事を思い出してるんだろう。投げ座りでジャージのポケットに両手を入れて、俯向き、眉間にしわ寄せながら目を閉じていた。
慶介は、子供がにらめっこでしそうな、眉間を親指で持ち上げる変顔を永井の顔でやった。
不満げに目を明けた永井の顔がいい感じの変顔になったので慶介は素直に笑った。
「ぐにぃ~。・・・ふはっ、イケメンもこうすりゃ大抵はおもろいな。」
すると、永井にぐわしっと抱きつかれて胸骨に受けた衝撃で漫画みたいなやられ役の声が出た。すーはーすーはーと匂いを嗅いでる音がしたので好きにさせた。
開会式が終わり、個人競技のために皆が移動したり、ザワつく中、永井の腕は緩まない。慶介が控えめに「もう大丈夫か?」と聞いたら「体操服プレイの想像したら勃った」と永井が言った。
慶介は、優しくしてやったらすぐにこれだ!と遠慮なしに永井の顔が歪むくらいに手で、足で、押しのけた。
だが、永井は東京校の生徒を見るだけでピリピリとした威圧未満のフェロモンを出す。
慶介が酒田の砲丸投げの予選を見に行った時も永井は付いてこなかった。それもそのはず、あの男がいて余裕で予選を突破していた。
酒田は相変わらず手抜きの成績で予選を敗退した。
戻ってきたとき、永井の周りに人は居なかった。威圧フェロモンが充満しており、教師が数人、監視役に居たくらいだ。
「本多くん、待ってたよ~、なんとかして~」
と、周りに献上されるように永井の前に突き出され、仕方なく「ハグ、していいぞ」と腕を広げたら、それからはずっと離して貰えなかった。
永井は、ちょっと隙を見せると、ジャージの中に手を入れてきたり、胸をまさぐってくるので、その都度、酒田に助けを求めた。酒田は永井の首根っこ掴んで「今のは本当に必要な事か」「匂いだけって話だろ」と、猫を叱りつけるように怒ってくれた。
でも、今の永井はデカい猫だ。猫は説教を聞かない。いくらでも繰り返すので、慶介は酒田の側から離れられなくなった。砲丸投げ敗退してくれて助かった。
だから、永井が慶介の背中にくっついて、慶介が酒田の服を掴んで、酒田が行く所に連なり歩く姿は、電車ごっこかドラクエごっこだった。
個人競技は、酒田の砲丸投げを見に行った以外の時間は、実に暇だった。
その暇はほとんどの生徒も思うところであり、その暇つぶしに作られたのが、次の競技の勝者を当てる投票ゲームアプリである。
なんと、この投票ゲームの得点は各学校の競技点数に加算されるので、競技で勝てなくても、そもそも競技に出場していなくても、得点を得られるというシステムだ。団結して情報戦を繰り広げると投票ゲームだけで相当な点数を稼げるらしい。
クラス競技の成績は上々だ。
大縄跳びは時間内に飛んだ累計回数が得点になるので最後まで気が抜けない。うちのクラスは途中で3回も失敗してしまったが、やり直しが早く上手くいったので累計は稼いだ。
華のステージでは永井と酒田と慶介の長身組を中心に軸を作り、内側の人が外側の人をガッチリと掴むスタイルで高得点を得られた。
でも投票ゲームの得点は皆、適当にしすぎたので散々だった。
永井が背後から威圧をビシビシぶつけて来たが、3年のクラス競技はじっくり見させてもらった。
7人8脚リレーとしっぽ取りゲームは映像で見るよりも迫力があった。
特にしっぽ取りの試合はオメガだけが尻尾をつけていて、とった尻尾の数が点数になるので、人数の多い東京校は攻め手も多いが守るべきオメガも多いという、弱いオメガを守りつつ相手から尻尾をとってくるという戦略と戦略のぶつかり合いが見ごたえが合って面白かった。
来年、自分たちもやるのか、と思えば観戦にも熱が入った。
大運動会が閉会すると、後夜祭みたいな催しを北海道のバースコミュニティが提供してくれる。
ジンギスカンなどのバーベキューが振る舞われ、ソフトクリームなどのスイーツの出店が並ぶ。
日が沈む頃には結構でかいキャンプファイヤーに火が入り、なかなかの迫力だ。北海道の夜は思った以上に寒かったので、自然と皆がキャンプファイヤーの周りに集まっている。
すると、なんと、ダンスが始まった。
アレだ。海外映画のホームパーティで盛り上がってるシーンで夫婦とかカップルとかが気軽に踊りだす感じの、チークダンスとか言うんだっけ?アレが始まった。
次々に人々がペアを組んでダンスの輪に混ざっていく。永井が立ち上がり、その目が期待に煌めく。
「慶介、行こうぜ!」
「ーーはあっ?!ぃ、いやいやいやいやいや、行かない、行かないっ!踊れないから!」
「踊り方なんてあってないようなもんだ。大丈夫だって。」
「いやいやいや、ちょ、ちょまっ、さ、酒田ぁ!」
永井に引っ張られたら慶介なんて軽い。ズルズルと引っ張られるのを酒田にしがみついて踏ん張ってもらう。
「酒田、離せよ。」
「だめだ、恥ずかしがってる。こういうところがベータ育ちでバース社会に馴染んでないところだよ。でも・・・そうだな・・・。踊りたかったら同じクラスの野本と竹林、あと板倉も呼んでこい。」
なぜ、野本と竹林?板倉?とポカンとする慶介だが、永井はスマホでサクッと3人を呼び出した。
「野本、すまないが、慶介がむこうに混ざるのが恥ずかしいって言うから、こっちで一緒に踊ってやってくれないか?」
「え~?しかたないなー、本多くんは恥ずかしがり屋さんなんだから~。」
野本は竹林の手をとって軽く踊りだす。それを見た酒田は板倉とペアになって踊りだした。
板倉が叫ぶ。
「あ”ー、くそー、アルファ同士で踊るとか中学の授業以来だよっ。くそがぁ~!お前と踊ると女役になるんが腹立つんじゃ~、縮め~!ーーしゃがむな!うぜぇ!」
ここまでお膳立てしてもらって踊らないのは、板倉に申し訳ない。と、慶介も永井の手を取った。
恥ずかしさは、主に板倉の恨み言のBGMのおかげでほとんど感じなかった。ご褒美だよ!とばかりに野本が板倉と一緒にダンスを踊ってやると、板倉は「野本様ぁ~、ありがとうございます~」と喜んでいた。
あんなにべったりだった永井も団体行動の移動中は大人しくなる。これが幼少期から刷り込まれた団体行動の習性か、と教育の偉大さを噛み締め、身軽になった体で無駄に肩を回したり伸びをしたりした。
帰りの飛行機で隣の酒田に聞いてみた。
「俺さ、永井とくっつくべきなんかな?」
「何で、そんな事、思ったんだ?」
酒田が警戒モードに入って、いつもより努めて穏やかな作った声が返って来た。
唐突すぎた、と思いながら「深刻な悩みじゃなくて、もっと気軽に、聞いてみただけなんだよ~」と、慶介も努めて軽口風に
「ぃ、いや~、みんな?が、運命の番は一緒になるべきみたいに言うしー?その方が、丸く納まるんかなー?って・・・。」
鼻でゆっくりと息を吐いて、ため息を隠す酒田のこういう本当に些細な事が慶介に安心感を与える。
「周りは気にするな。一生に関わる事を同調圧力で決めたら絶対に後悔する。項は一生に一度きりだ。ベータみたいに離婚とか出来ないから、ちゃんと自分の心で決めろ。」
「酒田はどう思ってんの?」
「俺は、慶介が決めたことなら何でも良い。」
酒田の目と言葉がまっすぐに慶介を捉える。
慶介の迷いを肯定してくれるような、迷いを消してくれるような、何かそういうものを感じる。
「じゃあ、永井はないな。」
「・・・・・・なんでだ?」
「えー、正直言うとさ、俺、永井の性格、あんま好きじゃない。友達の友達くらいなら付き合えるけど、友達にするにはちょっと。しんどいわ。」
「ふふっ、しんどいか、確かに永井はしんどいな。くくっ、それは俺が保証できる。ははは、ふふ」
何がそんなにツボに入ったのか分からないが、酒田が笑いを堪えて笑っている。
板倉たちから酒田たちの昔話を聞いた今は言葉の重みが違う。もっと早く知りたかった気もするし、でも酒田の気遣いは的確だったなとも思う。
酒田が永井に対して、どんなに頑張って、どんなに踏ん張っていてくれたのか。を知ると、胸に熱いものが込み上がる。
「酒田、いつも、ありがとな。頼りにしてる。」
「ああ、まかせろ。」
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