【本編完結】ベータ育ちの無知オメガと警護アルファ

リトルグラス

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結婚式編

結婚式編:挙式

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 大寒と呼ばれる時期まであと数日。
 空はカラッと青い空でも1月の空気は冷たい。


 乾燥した空気はスキンケアを怠った慶介の顔をオイリー肌にしてしまったため、朝から化粧水を含ませたコットンを顔に貼り付けられてうんざりした。

 神前式の挙式と祝言まで慶介は本多分家の黒紋付き羽織袴の礼装で、酒田は婿入りであることを示すため白の紋付き羽織を着る。
 その後、お色直しで慶介はオメガらしく色打掛に着替えて、酒田は本多になった証として本多分家の黒紋付き羽織袴を着る。
 これについて酒田の母は「男の服は選ぶ楽しみがなくてつまらないわね」とご不満であった。


 遠くない場所に有名が神宮があるが、慶介たちは近くの挙式のみを受け付けている神社を選んだ。
 冬という季節柄か参拝者もいない参道を参進の儀のように列をつくり進む。先導するのは酒田の兄の松吾、主役の慶介と酒田が並んで歩き、2人の後ろで赤い傘を持つのは永井。その後ろに信隆と酒田の両親が続く。

 鳥居をくぐり門を超えると本殿が見えた。そこに、見覚えのある姿があり、無意識に口に出た。

「父さん・・・?」

 田村だったときの父親が黒の羽織袴で立っていた。

「なんで、ここに?来るなんて聞いてない、けど・・・」
「本多さんから、招待されてな。」

 田村の父は信隆の方を見た。信隆は軽い会釈をして「どうぞこちらへ」と列へ混ざるように誘った。事情の説明を求めた慶介には「積もる話は宴会ですると良い」と、式の進行を優先されてしまった。


 祝言の前に神社で挙式をするのは明治時代以降に、「祝言だけじゃなく綺羅びやかな挙式がしたい!」という花嫁側の要望で追加された。
 そもそも、オメガの嫁を拐ってきて項を噛んで番にしてしまってから祝言をあげていたのはアルファ至上主義が流行る前のもっともっと昔の話で、アルファ至上主義の時代、本多家の嫁は皆アルファ女性だった。
 歴史と伝統を重視していたので夜這いと巣篭もりという形だけの習わしをやってから祝言を上げていたが、祝言は夫の家で参加者も夫の親族のみで行われた。嫁側の親族が参加することも出来ず、友人達も呼べない。戦後の高度経済成長期やバブル時代で変化する結婚式のスタイルや風潮のなか、アルファ女性は古い伝統に不満を覚え、自分の親族も友人も呼んで大勢に祝福される華やかな挙式をやりたいがゆえに習わしに無理やり神前式の挙式をねじ込んだ。

 結婚式を2回するようになった今はこの神前式の挙式は不要では?と思わなくもないが、なんだかんだ50年続いている習わしを変えるというのも気が引ける。
 それに、慶介たちもセレモニー要素を減らさないとウェディングパーティが格式張ったものになりかねないので、ここでケジメとして挙式をすることにした。


 歴史を感じる木の柱は木目が光り、壁がない拝殿から青い空と常緑樹の杉が遠くに見えるものの、冬という季節柄、色彩に乏しい枯れた景色しか見えない。拝殿の中も装飾は少なく、花菱模様の几帳が冷たい風にはためく中、白木の机に朱塗りの器だけが際立って目立つ。
 賑やかしの音楽もなく斎主の振る大麻おおぬさの音のみが響き、良く言えば静謐せいひつ、悪く言えば寂寞せきばくの中、式は淡々と進む。

 お祓いをした斎主が祝詞を奏上する。独特の喋り方は事前に文字で知っておかなければ何を言っているのかサッパリ分からない。
 巫女につがれたお神酒を交互に飲み交わし夫婦めおととなり、慶介は誓詞奏上のため紙を広げ、小さく咳払いをした。


「今日の佳き日に私達はーー」


 慶介は酒田と指輪を交換した日のことを思い出す。

 あれから慶介の項が危険さらされた事は一度もなく、触れた者も酒田を除けは美容師と医者くらい。
 慶介の項は酒田のみが鍵をもつネックガードで守られ、真っ白な誰のものでもない項は酒田の手の中にある。
 また、慶介と酒田の仲が危ぶまれるようなことも一切なかった。
 唯一のトラブルは慶介が大学で作ったベータの友人との距離感が近すぎて、酒田がそのベータに嫉妬と敵視をした事くらいなものだ。

 病める時も健やかなる時も、なんて山も谷も特になく、慶介が酒田に横柄な態度を取ることもないし、酒田が慶介に思いやりをなくすことももちろんない。着実に一日、一日、絆は強まり、2人の関係は恋人から夫婦というステージに登る。


「今日より後は、互いに相和しーー」


 慶介は夫婦の誓いにバース社会の定型文ではなくベータ社会で使われる定型文を使い『番』という言葉を避けた。そのかわり、最近のベータ社会では使われなくなった「家門・子孫の繁栄を図る」との一文を足し、心の内で「夫夫仲良くしますので、オメガの子どもが2人産まれるようお願いします」と願った。


「ーー何卒、幾久しくご守護下さいますようお願い申し上げます。」


 締めに名前を言い終え、間違えずに読めたことに安堵しながらも最後まで気を抜かず、姿勢良く作法守りきり誓詞奏上を終えた。
 最後は玉串を渡されお供えをしたら二拝二拍手一拝をして神前式の挙式は終了した。



 神社の中の撮影スポットに移動して慶介と酒田の袴姿を写真に収める。車で待機していた水瀬と酒田のがレフ板まで出してきてスマホやデジカメじゃないちゃんとしたカメラで撮影された。
 写真の出来栄えをモニタでチェックしている間の僅かな暇に慶介はポツリと呟いた。

「式さ、感極まるみたいな感じあるかと思ったけど、すげぇあっさり終わったな。」
「まぁ、そうかもな。ただ、あれが項を噛んだあとだったら、2人きりの挙式は没入感のある感動的な式になるのかもしれない。」

 なるほど。と思うと同時に、それを知ることの出来ない人生を選択させてしまったことに申し訳無さを覚え、俯く。

「でも、番わない俺たちに明確な肉体的変化はない。今日も明日も、これからも、今までの日常の延長線だ。」
「そ、だな。」
「慶介、そんな顔しないでくれ。」

 ハラリと落ちた髪を酒田はすくい上げて耳にかけて、慶介の顔を覗き込む。

「元より、番を持つことなんて考えたこともなかった。一生独身どころか誰かを愛することすらなかったかもしれない俺が、今、こうして人生の伴侶を持てた。これがどれほどの奇跡か。俺以上の幸せ者はいないとすら思ってる。」

 ストレート過ぎる愛の言葉は慶介の後ろめたさを吹き飛ばし、照れくささでカーっと顔が熱くなる。
 「そんな大げさな・・・」と、パタパタ仰ぐ手を握り酒田はまだまだ言葉を重ねる。

「慶介、俺を選んでくれてありがとう。出会えたことも奇跡かもしれないけど、俺たちがこうして夫夫になれたのは慶介が俺を選んでくれたからだ。運命の番が出会うことすら奇跡なのに、それを振り切ってまで俺を選んでくれた。項を噛めないことを慶介は気にしているが、アルファとしての喜びを得る以上に、俺は1人の人間として選ばれたことに誇りを感じてる。だから、笑ってくれ。作り笑顔じゃなく心から笑ってる顔で・・・。慶介、これからは、警護としてではなく夫として、後ろではなく隣で、慶介を守るだけじゃなく、幸せにするよ。」

 こんな真摯な言葉をくれる男に惚れない人がいるだろうか。しかも、ただのセリフじゃなく有言実行するのが酒田勇也という男。
 これほどの想いに自分は何を返せるだろう。と不安になってしまう。いつも守られてばかりで、慶介が持っているものなんて全部誰かがくれた物ばかり。唯一、差し出せるはずの項は噛ませてやれなくて、返すべき笑顔もうまく作れないのは、相手が酒田だから・・・

「俺、これからもめっちゃ迷惑かけると思う。オメガってわかって6年経って慣れた部分もあるけど、やっぱ解んねぇなって思う時もたくさんあるし、まだ常識外れな事したり、ベータみたいなワガママ言って困らせることもあると思う。でも、そういうの、言えると思えたのは酒田・・・じゃなくて勇也だけなんだ。さか・・・勇也は選んでくれたって言うけど、俺にとってはたった1人だ。俺、・・・酒田がいないと・・・もう、笑えねぇ・・・。酒田、お願いだから、ずっと一緒にいて。酒田が隣りにいてくれるだけで、俺、幸せになれるから。」

 今まで考えたこともなかったのに、何故か急に酒田が遠く離れていく想像が止まらなくなくて、涙が出そうになる。

「慶介、大丈夫だ。ずっと、一緒にいる。」

 差し出すハンカチを受け取るのはもう何度目になるだろうか。化粧を気にして目頭を押さえれば、余計に溢れてきて「このあと集合写真撮るのに目が赤くなってしまう。」と、焦る慶介に、酒田は「大丈夫だ」と背中を撫でて涙を止めようとする慶介の邪魔をした。


 結局、皆を待たせた上に、酒田の母に化粧を直してもらって、写真を撮った。

 写真撮影も終わり、皆が帰り支度に意識が向いた隙を狙って慶介は酒田の服を掴んで引き止めて小声で言った。
 さっきから間違えまくりの名前に気をつけて、


「あの、ゅ、勇也。・・・これからもよろしくな。」
「ああ。こちらこそよろしく。」











***

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