【本編完結】ベータ育ちの無知オメガと警護アルファ

リトルグラス

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新婚旅行編

新婚旅行編:愁苦のヒート・R

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 4月の末、慶介が週末デートに飽きてきた頃の話。


「抑制剤なしのヒートがどうなるかもわからんのに、遠方でヒート過ごすとかアホですか!?」


 慶介は本多本家で行った結婚式の巣篭もり以降、避妊薬を中止していた。
 慶介が飲んでいるのは経口避妊薬。これは卵子の育成を阻害するタイプの薬で服用を中止してもすぐに妊娠可能にはならない。一般的には3ヶ月、長くて9ヶ月、排卵が再開されずヒートが来ないことがある。
 そのため、本来なら4月に来るはずだったヒートは予想通りなかった。その事を医者に報告するため、また3ヶ月毎の抑制剤を処方してもらうために、病院に行った際に連絡事項として旅行の件を『10月に新婚旅行に行くんです。ヒートもそこで過ごそうと思ってます。もう予約もしたし、めっちゃ楽しみ!』なんて、ウキウキ気分で伝えたところ、冒頭のように怒られてしまった。

 医者に言われるまで失念していたが、避妊薬は性的興奮を抑える効果がある抑制剤の1つだった。避妊薬を飲まないということは、ヒート時の性的興奮が抑えられないということ。
 しかし、現代のオメガが避妊薬を飲まないということは子作りをするという事と同義なので性的興奮が高まってもさして問題ないとされている。
 一応、性的興奮を抑える薬はあるが、薬として処方できるのは催眠鎮静剤なのでヒートを眠ってやり過ごすための薬であって薬を飲めば興奮が抑えられるというものではない。

「何かあって救急搬送されてもウチなら酒田くんと一緒にヒート入院にさせてあげられますけど、旅行先で救急搬送されたら抑制剤と鎮痛剤、睡眠薬の点滴をつけて君一人で入院することになるんですよ?!」

 医者いわく、慶介のように薬がよく効くタイプの人は薬がないと反動でヒート時の反応を大きく感じがちだそうだ。そのうえ、慶介はヒート中に腹痛を起こす問題を抱えている。性的興奮を抑制する避妊薬がない場合、腹痛がどのように悪影響を及ぼすかは未知数。それを確認するまで県外への宿泊旅行は許可出来ない。と言われてしまった。
 しかも、排卵が7月に再開しない、つまりヒートが来なかった場合は、旅行を諦めるか、行くなら避妊薬を飲むようにと医師から指示された。

 兎にも角にも、次のヒートは観察入院が決まった。


**


 慶介のヒートは7月の末にしたウェディングパーティが終わった2日後に来た。

 本来のヒート予定日から遅れに遅れて、本人も周りも非常に気を揉む2週間だった。
 予兆なく突然始まった発汗と発熱は慶介に「始めてのヒート」を思い出させた。慶介のフェロモンも相当濃かったのか、いつもは追加の抑制剤を飲むだけで平然としていた景明ですら、緊急抑制剤を使用して車で病院に運ばれた。

 性的興奮を抑える避妊薬が無いヒートは動悸や発汗、手足の弛緩、微熱など全ての症状が想定よりも強く出て、医者の指摘通りキツいと感じたしこの先に出てくる腹痛を思えばあまりに不安で、入院している部屋で準備を整えていた酒田にしがみついて作業の邪魔をした。

 性的興奮は強く出たが、幸いにして腹痛が酷くなるという事はなかった。
 ただ、ヒートの熱に浮かされた慶介は理性を保つことが出来ず本来なら我慢できるはずの軽い痛みにすら泣き言を言い、経口避妊薬を飲んでいないことからコンドームを使用した避妊をする酒田にオメガの本能的な行動の1つ『中出し』を迫り酒田を困らせた。
 一応、慶介は大学4年生で単位に不安がなく、就職活動もしないので妊娠してしまったとしても大学に通うことは可能なのだが、今、妊娠してしまうと卒業間際には臨月になり男オメガでもお腹が大きく目立つため、それを嫌がった慶介のために酒田は鋼の精神でコンドームでの避妊を徹底した。

 しかし、避けがたい問題が起こってしまった。
 慶介が「腹が痛い」と言って眠らなくなったのだ。

 通常、ヒート中のオメガは発熱や心拍数上昇など、ちょっとした風邪を引いている様な負担が体にかかるためヒート期間は10時間以上眠るのが一般的。ところが、慶介はちょっとした痛みにも「忘れさせて欲しい」と絶えず愛撫を求め、失神する形でしか眠れない。それも数時間でまた目が冷めてしまう。
 酒田自身は1週間くらい寝なくても平気だと言える体力も気力もあるが、慶介の方は睡眠時間が短くなるにつれ、感情の浮き沈みが激しくなり睡眠不足から頭痛や吐き気などの症状が出てきてしまった。
 そして、ついに3日目のヒートのピーク頃、医師は酒田に『永井のフェロモンの使用するように』との指示を出した。


 慶介は渡された永井の服を前にして何度も躊躇した。何度も酒田の顔を見て泣きそうになり、酒田はそのたびに「大丈夫だ」と背中を撫でる。
 酒田が「俺が開けようか?」と気を使ってくれたが、それをさせるのは申し訳ないと思って最後は自分で袋を開封した。

 広がる永井のフェロモンはフローラルな花の香り。
 脳内に濃いピンクの花びらが舞いあがり、目の前にいるはずの酒田の姿が覆い隠されてしまう。いるはずの姿を探して腕を伸ばせば酒田が手を握り返してくれるが、慶介の脳は永井の幻を見る。

 これは、なかなかの恐怖だった。

 手を握り返してくれる相手は酒田だと分かっているのに、永井の姿に見えるのだ。心配してかけてくれる声も永井の声とダブって聞こえて、酒田のことを永井だと錯覚しそうになった。
 でも左手の指輪が、見えているものは幻覚でここにいるのは間違いなく酒田だ。と、教えてくれた。


 『あくまで腹痛の対処として使う。』『永井のフェロモンで腹痛を和らげても欲情はしない。』『使用しない時は袋に戻す。』と決意して袋を開けたはずなのに、結局、慶介は永井の服を手放せなかった。
 痛みがなくなったのを確認して酒田に渡して袋に密閉し直したはずなのに、気づいたら永井の服を鼻に押し当てて夢中になって嗅いでいるし、気付いた後も服を掴んだ手が放そうとしない。
 睡眠不足が解消されて正気に戻ると、フェロモンを嗅いだことで快感を感じている事を自覚させられて辛かった。自分の意思とは関係なく反応する下の2つの生殖器官が憎くて仕方なかった。

 永井の服を手放せないなら、せめてオカズにはするまいと、前を扱きたい衝動に耐えても後ろが濡れて溢れてくる部分がジクジクして無意識の内に膝頭をこすり合わせてしまっている。
 そうして耐えていると後ろから酒田が抱きしめてきて、慶介が出来ない事を代行しようとする。

「アッ、だめっ、勇也っ、・・・やめて・・・っ」
「我慢しなくていい、分かってるから。」
「やだやだっ、やめて、いっちゃう・・・っ、ンン~~~ッ!」

 酒田とする時にはめったに出ない拒否の言葉を口にして、酒田の腕を掴み抵抗するが手足は力が入らず酒田の手を止められない。
 あっという間に達してしまったことに慶介は涙を流す。性器を直接触られている快感だけではなく、永井のフェロモンで感じている自分が嫌で、嫌なくせに永井の服を手放せない自分が情けなくて、酒田の優しさが嬉しくて・・・それ故に申し訳ない。


 運命を拒否し酒田を選んだ時、覚悟していたはずの現実は想像以上に辛いものとなった。


 避妊薬なしのヒートは普段よりも1日だけ長い8日間だった。その内、永井の服を使ったヒートは3日のみ。
 性的興奮さえ落ち着けば、慶介は本来の自制心を取り戻し、少しの痛みや違和感は酒田のフェロモンと愛撫だけで収まった。

 ただ、慶介の精神状態を鑑みて入院は延長された。

 慶介は急性ストレス障害になっていた。強い不安と緊張、落ち着きなく病室をウロウロしたと思ったら、布団に潜ってカタカタと震えて何もかもをシャットアウトしようとしたり、なんでもない瞬間に涙が溢れて止まらなくなったりした。

 慶介は最初、「いつか、こういう日が来るのは分かっていた。だからこれが自分が選んだ道だ。」と言い聞かせて苦しさも辛さも心の奥に押し込めようとしたが、カウンセラーは吐き出した方が良いと言った。
 なので、不安になったら酒田の都合も時間も考えず呼び出した。そのくせ酒田の顔を見るのが怖くなって会わずに追い返したり、会ったら会ったで、どうしても酒田の『大丈夫』が聞きたいからと「嫌いになった?」「永井の名前呼んでなかった?」と質問をしつこく繰り返し、優しさに甘えて酒田の傷をえぐるようなことばかりした。

 そうして6日間、延長入院をして退院となったタイミングで、やっぱり家に帰りたくないとこぼした慶介に景明が言った。

「顔、見とうないのは永井やろう? 追い出しゃええんや。」

 その一言で心が軽くなった慶介のために、永井には4日の外泊を頼んで慶介は帰宅した。










***








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