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疑念
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翌日、由多花は総務に向かった。火事のせいで住所の変更を余儀なくされたから。
連絡先はもともと携帯なので問題ないだろう。最寄り駅の変更はないので、交通費は変わりない。
ついでに倉庫から出力用紙を持って帰ろう。
そう考えると由多花は少し重い体に ため息する。重い紙入りのダンボールを持つには辛い。
「今度から、コトは金曜にしてもらおう…」
朝、由多花より早く松岡さんは起きだしていた。
徹夜かと思ったが、いったんベッドで寝たらしい。由多花は全然、気がつかなかった。
松岡さんの生活はとても自由だ。そして、ほとんど、家から出ないとか。
話を聞けば、一年前までは会社勤めをしていて、今のマンションはそれまでの貯金で買ったらしい。ローンなしと聞いて驚愕した。どんだけ、稼いでいたんだか。
お互い、一応保険証なりで身分の確認をした。提案者は勿論、由多花だ。松岡さんは笑って応じた。
この人のこういうところ、由多花は好きだ。怒ってもいいところなのに。
彼の身分証明は写真付き住基カードと免許証だった。
由多花より十歳年上の三十二歳。由多花は今度の誕生日で二十二だから。思ったより上だった。自由業だから若作りなのかな? と思ったのは内緒だ。
それに、印象が若いのは好きなスタイルで生きているからかもしれない。
そう思うと、由多花は年上の松岡さんを 可愛い、と思えた。
マンションを出るとき、松岡さんはわざわざ玄関で見送ってくれた。
そして、そのとき。
「なんで、あんなこと聞いたのかな?」
そのときの松岡さんの言葉が正直 由多花はひっかかっている。
――由多花ちゃんの勤め先って、アゼチなんだよね?
って。
…聞いた。
「改めて聞くようなこと…かな?」
――いや、聞くようなことかも。私、社員証見せなかったし!
私だって、松岡さんの仕事、気になったじゃん。
体に筋肉痛が走る。
どうも、由多花は神経質だ。気持ちのどこかで松岡さんを疑っている。
失恋の痛みがきっと恋に溺れさせてくれないのか。それとも、こんなうまい話があるものかと 疑わせるものが松岡さんにあるのかしら?
データ出力に使う連続紙のダンボールに よいせ、と手をかけた。
「…イケメン恐怖症かなぁ」
離れると、彼が意味もなく自分と付き合いたいと思う理由がない、と考えるのだ。
「うお…、死ぬ。痛い…!」
総務の倉庫から五百枚つづりの紙を出すのに力をこめて持ち上げた。
すると、後ろから声がかかった。
「持つよ」
助かった、と振り向くとそこに、悪いイケメンがいた。
「良かったよ、怪我がなくて」
由多花はそのイケメン今北のうさんくさい顔を見ながら紅茶をすする。
今北は同じ情報課なので顔を合わせないワケにはいかない。けれど、せめて始業時間前に話す隙は見せたくなかった。
(なにも、倉庫まで探しに来なくてもいいじゃん)
そう ため息したが、結局ダンボールは今北の手によって運ばれ、そして紅茶を奢ってもらった。
素直に受け取ったのは、もう、こだわっていないことを示したいからだ。
情報課はシステム管理と個人情報を扱っているので個室になっている。
十畳ほどのスペースで、サーバー様のために空調管理がしっかりしているので居心地はいい。
ただ、外からの砂埃対策のため、窓がない。
今北はいつもはギリギリに出社なのに、今日は多分、由多花を捕まえようと早めに来たのだろう。おおよそ、話など見当がつく。
なので、由多花は自分からその話題をふった。
「あの、今北さん、私、誰にも話しませんから…」
ん? と今北は由多花の方を向いた。
「今北さんが林さんと付き合っていること。なので」
言いよどむ。
――関わらないで、は言いすぎだよね。まがりなりにも同僚だし。
「私のこと、あまり気にしないでください。私も もう、気にしていませんから」
今北は少し躊躇ってから うん、と素直に聞いてくれた。それに、由多花はホっとした。
おはようー、と間延びした声で次長が出社したところで話は終わり、由多花は通常の業務に戻れた。
しかし、女の情報網は侮れない。
昼休み、いつものように昼はひとりの由多花がデスクでサンドイッチをついばんでいると、興奮したように営業事務のパートさんが訪れた。女の子たちは影でスピーカー、と呼んでいる。
「ね、ね、今北さんて、林さんと付き合っているんだって!?」
由多花はそのまま、パンを口から吹いた。
連絡先はもともと携帯なので問題ないだろう。最寄り駅の変更はないので、交通費は変わりない。
ついでに倉庫から出力用紙を持って帰ろう。
そう考えると由多花は少し重い体に ため息する。重い紙入りのダンボールを持つには辛い。
「今度から、コトは金曜にしてもらおう…」
朝、由多花より早く松岡さんは起きだしていた。
徹夜かと思ったが、いったんベッドで寝たらしい。由多花は全然、気がつかなかった。
松岡さんの生活はとても自由だ。そして、ほとんど、家から出ないとか。
話を聞けば、一年前までは会社勤めをしていて、今のマンションはそれまでの貯金で買ったらしい。ローンなしと聞いて驚愕した。どんだけ、稼いでいたんだか。
お互い、一応保険証なりで身分の確認をした。提案者は勿論、由多花だ。松岡さんは笑って応じた。
この人のこういうところ、由多花は好きだ。怒ってもいいところなのに。
彼の身分証明は写真付き住基カードと免許証だった。
由多花より十歳年上の三十二歳。由多花は今度の誕生日で二十二だから。思ったより上だった。自由業だから若作りなのかな? と思ったのは内緒だ。
それに、印象が若いのは好きなスタイルで生きているからかもしれない。
そう思うと、由多花は年上の松岡さんを 可愛い、と思えた。
マンションを出るとき、松岡さんはわざわざ玄関で見送ってくれた。
そして、そのとき。
「なんで、あんなこと聞いたのかな?」
そのときの松岡さんの言葉が正直 由多花はひっかかっている。
――由多花ちゃんの勤め先って、アゼチなんだよね?
って。
…聞いた。
「改めて聞くようなこと…かな?」
――いや、聞くようなことかも。私、社員証見せなかったし!
私だって、松岡さんの仕事、気になったじゃん。
体に筋肉痛が走る。
どうも、由多花は神経質だ。気持ちのどこかで松岡さんを疑っている。
失恋の痛みがきっと恋に溺れさせてくれないのか。それとも、こんなうまい話があるものかと 疑わせるものが松岡さんにあるのかしら?
データ出力に使う連続紙のダンボールに よいせ、と手をかけた。
「…イケメン恐怖症かなぁ」
離れると、彼が意味もなく自分と付き合いたいと思う理由がない、と考えるのだ。
「うお…、死ぬ。痛い…!」
総務の倉庫から五百枚つづりの紙を出すのに力をこめて持ち上げた。
すると、後ろから声がかかった。
「持つよ」
助かった、と振り向くとそこに、悪いイケメンがいた。
「良かったよ、怪我がなくて」
由多花はそのイケメン今北のうさんくさい顔を見ながら紅茶をすする。
今北は同じ情報課なので顔を合わせないワケにはいかない。けれど、せめて始業時間前に話す隙は見せたくなかった。
(なにも、倉庫まで探しに来なくてもいいじゃん)
そう ため息したが、結局ダンボールは今北の手によって運ばれ、そして紅茶を奢ってもらった。
素直に受け取ったのは、もう、こだわっていないことを示したいからだ。
情報課はシステム管理と個人情報を扱っているので個室になっている。
十畳ほどのスペースで、サーバー様のために空調管理がしっかりしているので居心地はいい。
ただ、外からの砂埃対策のため、窓がない。
今北はいつもはギリギリに出社なのに、今日は多分、由多花を捕まえようと早めに来たのだろう。おおよそ、話など見当がつく。
なので、由多花は自分からその話題をふった。
「あの、今北さん、私、誰にも話しませんから…」
ん? と今北は由多花の方を向いた。
「今北さんが林さんと付き合っていること。なので」
言いよどむ。
――関わらないで、は言いすぎだよね。まがりなりにも同僚だし。
「私のこと、あまり気にしないでください。私も もう、気にしていませんから」
今北は少し躊躇ってから うん、と素直に聞いてくれた。それに、由多花はホっとした。
おはようー、と間延びした声で次長が出社したところで話は終わり、由多花は通常の業務に戻れた。
しかし、女の情報網は侮れない。
昼休み、いつものように昼はひとりの由多花がデスクでサンドイッチをついばんでいると、興奮したように営業事務のパートさんが訪れた。女の子たちは影でスピーカー、と呼んでいる。
「ね、ね、今北さんて、林さんと付き合っているんだって!?」
由多花はそのまま、パンを口から吹いた。
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