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噂話
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話はこうだ。
昨日、パートさんが会社から出るとき、少し離れた駐車場で一組の男女が言い争っている。
大声、というほどではないが気になって、横を通るときチラと見たらば それが営業の林さんと今北だったと。
今北が由多花を口説いていたのは社内では有名だったので、そのパートさんはビックリしてついつい聞き耳を立ててしまったという。
「おっどろいたわよー。佐々木さんと付き合っていると思っていたのに!」
飲み込めなくなったお昼ご飯を横目で見つつ、由多花はとりあえずカロリー摂取でチョコレートを口に入れた。
「私と今北さんは別に付き合っていなかったんですよー」
まあ、この一ヶ月は違ったけど、今更だ。
「そうなのねぇ。ずっと、佐々木さん一筋だと思っていたのに」
でもね、とパートさんは声を潜める。
「なんか、こじれてるっぽいわよ、あの二人。林さん、彼氏が他にいるらしいし」
チョコが口で どろりと溶ける。だが、飲み込めない。
「なんで、俺と付き合っているんじゃないのかよって、今北さん詰め寄ってんだもん。あの調子じゃあ、今北さんのが浮気なんじゃないかなぁ」
由多花は熱いお茶でチョコを流し込んだ。粘着した液体に変わった甘いチョコレートは気持ち悪かった。
「もし、佐々木さんが今北さんと付き合っていたら、と思って確認に来たのよ。ゴメンネ、変な話聞かせて。じゃあね」
いいえー、と笑って手を振り返したが、残ったサンドイッチを食べる気になれなかった。
好きにして、と小さく呟いた。
それから、携帯をデスクに広げて、好きな音楽を聴いた。あのアイドルグループの曲だ。爽やかな歌。初恋の曲だった。
ミントグリーンの香りが体を駆け抜けるような。
本当に女の情報網は恐ろしい。帰りには営業だけでなく、経理の女の子もそのパートさん情報を知っていた。そして、一ヶ月前から由多花と今北が付き合っていたという隠していた付加情報も加わって――。
「カオス…、と。送信」
沙菜に今日までの説明メールを打ったところで 地下鉄駅構内についた。
とりあえず、彼女には正直に話した。今度、松岡さんを紹介しなければ。
マンションまでは二駅。会社は市内でも外れだ。マンションのある駅がここらで一番の繁華街なのだ。
今日は噂のせいか、今北は少し挙動不審だった。
他の同僚から自分の噂を聞いたのだろう。由多花は知らぬ存ぜぬで押し通した。
別れた日を特定されると松岡さんと言う、新しい彼が出来たと誰にも言えない。言う必要はないかもしれないが、いずれ住所からあのタワーに住んでいるのか、なんとか根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。総務のお局様は営業事務のパートの拡声器さんとツーカーだ。
んー、と悩んでポンといいアイディアを思いつく。
親戚かなんかにしとけばいいじゃん、と。
由多花がそう にんまりとして地下鉄を待っていると携帯が鳴った。
――松岡さんからだ。
『食材、買っておくよ。メールで指示して』
お、気が利くな、と松岡さんのラブポイントが一個上がった。
今日はせっかくなので松岡さんの好きなものを作ると約束していたのだ。
リクエストは和食、お魚の煮付けなので、由多花はさくさくメールを打った。どうせだ、待ち合わせて一緒に買い物しようと思った。
「今、駅です。ちょっと待っててください、一緒に買い物しましょう…っと」
そして、地下鉄に乗り込むその直前で あ、と思った。見知った顔――林さんが、いた。
思わず別の車両に乗り込み、彼女と接触するのを由多花は避けた。
隣の車両からそっと由多花は林さんを盗み見る。彼女は同期のやはり営業の女の子と一緒だ。
――営業職は今年初めて女子を採用したんだよなぁ。
二人とも爽やかで可愛いが、林さんは特に人の目をひくほどの綺麗な子だった。
スラリとした足がいかにも新人OLです、と言っている。
年齢的には彼女の方がひとつ上、だ。由多花は短大卒だから。
自分の姿をドアの窓ガラスに映すと、確かにまだ現役学生に見えるような浮かれた格好をしている。ピンクはダメか。みつ編み、というのがダメなのか。
ともかく、彼女が本当に今北と付き合っているなら 由多花が元カノという情報も入っただろう。
噂はお互いにとって いいこと言っていないから、あまり、彼女とは接触したくないと思った。
しかし、ここで会ったが百年目、という言葉を思い出すような、この時間のこの地下鉄に互いに乗り合わせたのが運命ならば、まったく、運命とはカオスという言葉がぴったりな出来事が このあと――起こる。
駅に着いたら改札には松岡さんがいた。軽く手を振っている。そんな様もかっこいい。道行く人、主に女性が彼を見ながら通り過ぎていくのを由多花は感心しながら見た。
確かに自分もあまりに可愛い子の場合赤の他人でも、つい二度見してしまう。
納得、納得、とひとりごちて松岡さんのいる改札口を通り、それからお帰り、と言った彼とともにショッピングセンターの食料品売り場に直行した。ひととおり、買い物を終えたあと、帰ろうかとマンションに向かう直通通路の扉に松岡さんが手を掛けたとき、その声を聞いた。
「――涼!?」
由多花が呼んだことない、松岡さんの、名前だった。
その声に驚いて後ろを振り向くと、そこには営業の林さんとその同期の女の子がいた。
昨日、パートさんが会社から出るとき、少し離れた駐車場で一組の男女が言い争っている。
大声、というほどではないが気になって、横を通るときチラと見たらば それが営業の林さんと今北だったと。
今北が由多花を口説いていたのは社内では有名だったので、そのパートさんはビックリしてついつい聞き耳を立ててしまったという。
「おっどろいたわよー。佐々木さんと付き合っていると思っていたのに!」
飲み込めなくなったお昼ご飯を横目で見つつ、由多花はとりあえずカロリー摂取でチョコレートを口に入れた。
「私と今北さんは別に付き合っていなかったんですよー」
まあ、この一ヶ月は違ったけど、今更だ。
「そうなのねぇ。ずっと、佐々木さん一筋だと思っていたのに」
でもね、とパートさんは声を潜める。
「なんか、こじれてるっぽいわよ、あの二人。林さん、彼氏が他にいるらしいし」
チョコが口で どろりと溶ける。だが、飲み込めない。
「なんで、俺と付き合っているんじゃないのかよって、今北さん詰め寄ってんだもん。あの調子じゃあ、今北さんのが浮気なんじゃないかなぁ」
由多花は熱いお茶でチョコを流し込んだ。粘着した液体に変わった甘いチョコレートは気持ち悪かった。
「もし、佐々木さんが今北さんと付き合っていたら、と思って確認に来たのよ。ゴメンネ、変な話聞かせて。じゃあね」
いいえー、と笑って手を振り返したが、残ったサンドイッチを食べる気になれなかった。
好きにして、と小さく呟いた。
それから、携帯をデスクに広げて、好きな音楽を聴いた。あのアイドルグループの曲だ。爽やかな歌。初恋の曲だった。
ミントグリーンの香りが体を駆け抜けるような。
本当に女の情報網は恐ろしい。帰りには営業だけでなく、経理の女の子もそのパートさん情報を知っていた。そして、一ヶ月前から由多花と今北が付き合っていたという隠していた付加情報も加わって――。
「カオス…、と。送信」
沙菜に今日までの説明メールを打ったところで 地下鉄駅構内についた。
とりあえず、彼女には正直に話した。今度、松岡さんを紹介しなければ。
マンションまでは二駅。会社は市内でも外れだ。マンションのある駅がここらで一番の繁華街なのだ。
今日は噂のせいか、今北は少し挙動不審だった。
他の同僚から自分の噂を聞いたのだろう。由多花は知らぬ存ぜぬで押し通した。
別れた日を特定されると松岡さんと言う、新しい彼が出来たと誰にも言えない。言う必要はないかもしれないが、いずれ住所からあのタワーに住んでいるのか、なんとか根掘り葉掘り聞かれるに決まっている。総務のお局様は営業事務のパートの拡声器さんとツーカーだ。
んー、と悩んでポンといいアイディアを思いつく。
親戚かなんかにしとけばいいじゃん、と。
由多花がそう にんまりとして地下鉄を待っていると携帯が鳴った。
――松岡さんからだ。
『食材、買っておくよ。メールで指示して』
お、気が利くな、と松岡さんのラブポイントが一個上がった。
今日はせっかくなので松岡さんの好きなものを作ると約束していたのだ。
リクエストは和食、お魚の煮付けなので、由多花はさくさくメールを打った。どうせだ、待ち合わせて一緒に買い物しようと思った。
「今、駅です。ちょっと待っててください、一緒に買い物しましょう…っと」
そして、地下鉄に乗り込むその直前で あ、と思った。見知った顔――林さんが、いた。
思わず別の車両に乗り込み、彼女と接触するのを由多花は避けた。
隣の車両からそっと由多花は林さんを盗み見る。彼女は同期のやはり営業の女の子と一緒だ。
――営業職は今年初めて女子を採用したんだよなぁ。
二人とも爽やかで可愛いが、林さんは特に人の目をひくほどの綺麗な子だった。
スラリとした足がいかにも新人OLです、と言っている。
年齢的には彼女の方がひとつ上、だ。由多花は短大卒だから。
自分の姿をドアの窓ガラスに映すと、確かにまだ現役学生に見えるような浮かれた格好をしている。ピンクはダメか。みつ編み、というのがダメなのか。
ともかく、彼女が本当に今北と付き合っているなら 由多花が元カノという情報も入っただろう。
噂はお互いにとって いいこと言っていないから、あまり、彼女とは接触したくないと思った。
しかし、ここで会ったが百年目、という言葉を思い出すような、この時間のこの地下鉄に互いに乗り合わせたのが運命ならば、まったく、運命とはカオスという言葉がぴったりな出来事が このあと――起こる。
駅に着いたら改札には松岡さんがいた。軽く手を振っている。そんな様もかっこいい。道行く人、主に女性が彼を見ながら通り過ぎていくのを由多花は感心しながら見た。
確かに自分もあまりに可愛い子の場合赤の他人でも、つい二度見してしまう。
納得、納得、とひとりごちて松岡さんのいる改札口を通り、それからお帰り、と言った彼とともにショッピングセンターの食料品売り場に直行した。ひととおり、買い物を終えたあと、帰ろうかとマンションに向かう直通通路の扉に松岡さんが手を掛けたとき、その声を聞いた。
「――涼!?」
由多花が呼んだことない、松岡さんの、名前だった。
その声に驚いて後ろを振り向くと、そこには営業の林さんとその同期の女の子がいた。
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