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食事
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躓きそうになりながら、由多花は小走りにテーブルまで寄った。
「なに、その顔…」
思わず手を寄せたのを、松岡さんは驚いて見ていた。
由多花はそれに気がついたが、今はそれどころじゃないとばかりにテーブルの上のお絞りを松岡さんの頬に当てた。
「どうしたの!?」
「殴られた。七穂の母親に」
由多花は瞠目したが、まず座ろうと松岡さんは由多花を促した。
…胸がドキドキとした。
「女の力だから見た目ほど酷くない。心配するな…。殴られて当然なんだから」
そんな、と由多花は呟く。
「なんで、かばうの…」
ふつふつと抑えたはずの黒い感情が湧きあがる。
「…なんでかな。多分、俺は七穂に酷いことしたんだ。七穂は一週間ほど入院することになった。貧血だけど、急激に痩せたせいで、かなり体力が落ちているらしい。向こうのお母さんを呼んで、来るまで付き添っていた。問答無用で殴られたよ」
「また、松岡さんが悪く言われるんだ…」
「――仕方ない。話し合いを避けていたのは俺だ」
「浮気したのは彼女でしょ…」
だけど、彼女は決してそれを肯定しない。――卑怯だ、と由多花は思った。
そして、それをなぜ松岡さんが許しているのか、わからない。
「…怖かった」
松岡さんがポツリと言った。
え、と由多花は顔を上げる。
「部屋に戻ったとき、お前がいなくて…正直、かなり怖かったよ」
そう、と由多花は呟いた。
「他人に、していいことじゃなかったな…」
髪をかきあげ松岡さんは言う。自分が林さんにしたことを言っているのか。
でも、会うと揺れてしまうもの。
今の――由多花のように。
松岡さんが彼女に駆け寄ったとき、由多花は絶望感に襲われた。
もう、駄目だと思った。松岡さんを許すことは出来ないって。
それでも、不思議なことに こうして会ってしまうと優しくしたい。
最初から松岡さんには そういう気持ちが沸き起こる。ズルイ人だと――思う。
沈黙の落ちたそこに丁度、料理が来た。
お腹がすいたな、と思った。
「松岡さん、食べた?」
「あ、いや――」
「そっか、私も忘れていたよ…」
由多花が笑みを見せたせいか、松岡さんも目元が緩んだ気がする。
――ああ、やっぱり、あの黒子が好き――。
「おいしそう…」
季節の冷たいパスタはトマトと生ハム、それにアスパラの彩りがとても綺麗だった。
けれど。
由多花の手が止まった。
「……?」
自分でも、おかしい、と思った。
息を呑む。
「――由多花?」
由多花の手が小刻みに震えているのを松岡さんは見つけた。
……由多花が「そう」なるとき、喉のあたりがキュ、と詰まる気がする。なので、まず手がそれを感知して、不安から震えてしまう。
あとはもう、口にものを運ぶことすら出来ない。
由多花の額から汗が出る。冷や汗だ。
由多花の食事は好悪のバロメーターだ。心を許した相手でなければ、一緒に食事をすることは出来ない。
食事は人生の重要事項だ。
それがうまく出来ないから、今まで由多花は恋人が出来なかった。
――松岡さんに出会うまでは。
「由多花?」
松岡さんが由多花を気遣う。
由多花がぽろぽろと涙を見せた。それに松岡さんは動揺する。
由多花は固まったように、フォークを持つ手を空に止めたままだ。
ポツと言う。
「……違うの。私、松岡さんが嫌いになれない…。好きなの……」
震える声で呟くのが、由多花自身でもひどく滑稽だった。
けれど。
「……たべ、られ、…ない…」
お願い。本当、好きなの。信じて。……許せないなんて もう、思っていないから……。
それらの由多花の気持ちは もう由多花自身、言葉に出来なかった。
松岡さんは絶句していた。
会ってから、由多花が一度も見たことのない顔だった。
彼の泣き黒子が涙に見える。
それが辛くて由多花はそこから逃げ出した。
ビジネスホテルの一室で、由多花は声を殺して泣いていた。
あんな、断罪するような真似、する気はなかったのに――。
松岡さんは由多花に呆れただろう。もう、きっとうんざりしたはずだ。
嫉妬で部屋を酒まみれにして、あげく、食事も伴に出来なくなった。
許そうだなんて、なんて傲慢な考えだったんだ。
いつだって由多花の方が、ずっとずっと松岡さんを必要としているのに――。
けれど、体は松岡さんを拒絶した。
ドロドロは嫌い。
けれど、由多花の体の中には、そんなドロドロとした感情が巣食っている。
林さんが嫌い。
最初から嫌い。
可哀相だなんて、今なら欠片も思わない。
その林さんに優しい松岡さんはもっと嫌い。由多花の気持ちを思いやらない松岡さんなんて、いなくなってしまえばいい。
どうして、由多花のことだけ、好きでいてくれないの――。
隠しようのない、恋の悪魔。
なぜ、好きという純粋な気持ちだけでいられないのか。
信じていればいい、と思っていたのに松岡さんがそれをさせてくれない。
松岡さんの悪いところが嫌いなら、由多花も彼を見限ればいい。
――今までの、彼女たちのように。
「…それが出来れば」
ベッドの上でひとりごちる。
「泣かないわ…バカモノ…」
由多花は携帯の画面に映る、松岡さんに向かって呟いた。
「なに、その顔…」
思わず手を寄せたのを、松岡さんは驚いて見ていた。
由多花はそれに気がついたが、今はそれどころじゃないとばかりにテーブルの上のお絞りを松岡さんの頬に当てた。
「どうしたの!?」
「殴られた。七穂の母親に」
由多花は瞠目したが、まず座ろうと松岡さんは由多花を促した。
…胸がドキドキとした。
「女の力だから見た目ほど酷くない。心配するな…。殴られて当然なんだから」
そんな、と由多花は呟く。
「なんで、かばうの…」
ふつふつと抑えたはずの黒い感情が湧きあがる。
「…なんでかな。多分、俺は七穂に酷いことしたんだ。七穂は一週間ほど入院することになった。貧血だけど、急激に痩せたせいで、かなり体力が落ちているらしい。向こうのお母さんを呼んで、来るまで付き添っていた。問答無用で殴られたよ」
「また、松岡さんが悪く言われるんだ…」
「――仕方ない。話し合いを避けていたのは俺だ」
「浮気したのは彼女でしょ…」
だけど、彼女は決してそれを肯定しない。――卑怯だ、と由多花は思った。
そして、それをなぜ松岡さんが許しているのか、わからない。
「…怖かった」
松岡さんがポツリと言った。
え、と由多花は顔を上げる。
「部屋に戻ったとき、お前がいなくて…正直、かなり怖かったよ」
そう、と由多花は呟いた。
「他人に、していいことじゃなかったな…」
髪をかきあげ松岡さんは言う。自分が林さんにしたことを言っているのか。
でも、会うと揺れてしまうもの。
今の――由多花のように。
松岡さんが彼女に駆け寄ったとき、由多花は絶望感に襲われた。
もう、駄目だと思った。松岡さんを許すことは出来ないって。
それでも、不思議なことに こうして会ってしまうと優しくしたい。
最初から松岡さんには そういう気持ちが沸き起こる。ズルイ人だと――思う。
沈黙の落ちたそこに丁度、料理が来た。
お腹がすいたな、と思った。
「松岡さん、食べた?」
「あ、いや――」
「そっか、私も忘れていたよ…」
由多花が笑みを見せたせいか、松岡さんも目元が緩んだ気がする。
――ああ、やっぱり、あの黒子が好き――。
「おいしそう…」
季節の冷たいパスタはトマトと生ハム、それにアスパラの彩りがとても綺麗だった。
けれど。
由多花の手が止まった。
「……?」
自分でも、おかしい、と思った。
息を呑む。
「――由多花?」
由多花の手が小刻みに震えているのを松岡さんは見つけた。
……由多花が「そう」なるとき、喉のあたりがキュ、と詰まる気がする。なので、まず手がそれを感知して、不安から震えてしまう。
あとはもう、口にものを運ぶことすら出来ない。
由多花の額から汗が出る。冷や汗だ。
由多花の食事は好悪のバロメーターだ。心を許した相手でなければ、一緒に食事をすることは出来ない。
食事は人生の重要事項だ。
それがうまく出来ないから、今まで由多花は恋人が出来なかった。
――松岡さんに出会うまでは。
「由多花?」
松岡さんが由多花を気遣う。
由多花がぽろぽろと涙を見せた。それに松岡さんは動揺する。
由多花は固まったように、フォークを持つ手を空に止めたままだ。
ポツと言う。
「……違うの。私、松岡さんが嫌いになれない…。好きなの……」
震える声で呟くのが、由多花自身でもひどく滑稽だった。
けれど。
「……たべ、られ、…ない…」
お願い。本当、好きなの。信じて。……許せないなんて もう、思っていないから……。
それらの由多花の気持ちは もう由多花自身、言葉に出来なかった。
松岡さんは絶句していた。
会ってから、由多花が一度も見たことのない顔だった。
彼の泣き黒子が涙に見える。
それが辛くて由多花はそこから逃げ出した。
ビジネスホテルの一室で、由多花は声を殺して泣いていた。
あんな、断罪するような真似、する気はなかったのに――。
松岡さんは由多花に呆れただろう。もう、きっとうんざりしたはずだ。
嫉妬で部屋を酒まみれにして、あげく、食事も伴に出来なくなった。
許そうだなんて、なんて傲慢な考えだったんだ。
いつだって由多花の方が、ずっとずっと松岡さんを必要としているのに――。
けれど、体は松岡さんを拒絶した。
ドロドロは嫌い。
けれど、由多花の体の中には、そんなドロドロとした感情が巣食っている。
林さんが嫌い。
最初から嫌い。
可哀相だなんて、今なら欠片も思わない。
その林さんに優しい松岡さんはもっと嫌い。由多花の気持ちを思いやらない松岡さんなんて、いなくなってしまえばいい。
どうして、由多花のことだけ、好きでいてくれないの――。
隠しようのない、恋の悪魔。
なぜ、好きという純粋な気持ちだけでいられないのか。
信じていればいい、と思っていたのに松岡さんがそれをさせてくれない。
松岡さんの悪いところが嫌いなら、由多花も彼を見限ればいい。
――今までの、彼女たちのように。
「…それが出来れば」
ベッドの上でひとりごちる。
「泣かないわ…バカモノ…」
由多花は携帯の画面に映る、松岡さんに向かって呟いた。
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