Postman AAA

オーバエージ

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暗闇の中の光-----テッドの回想

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テッドの頭には少し昔の自分の苦い思い出が入り込んでいた。
郵便屋で特殊訓練をしていた時である。
通常の天候の他、豪雨や雪の日での戦闘を想定して、郵便局長が軍曹となり厳しい訓練が続いていた。
当然途中で辞めていく者もいたが、郵便局長は特に留めることもせず、マシーンのように訓練に没入していた。
その時のテッドの郵便屋ランクは『A』だった。
テッドはすでに精密な射撃が非常に高かったが、ターゲットが現れた瞬間から撃つまでの時間が遅かった。
2丁拳銃での突撃でも、迷路の中での射撃も、森の中でのスナイパーライフルの扱いに関しても同じように射撃までの時間に遅れが目立ったが精密射撃度は非常に高かった。
軍曹はテッドがただの郵便屋だった頃からみてきた男である。それなりに思う所があり、彼を夜に局長に来るように伝達した。

夜更である。テッドは郵便局長の部屋をノックした。
「入りたまえ」
声を合図にテッドは局長の部屋に入ってゆく。
「Aランクのテッドです。」
「うむ…」
両者椅子に座り、局長は水を飲み喉を湿らしてから喋りはじめた。
「なぜ呼ばれたか分かるかね?」
「分かりかねます」
テッドは正直にそう言って水をわずかに飲んだ。局長に嘘は通じない、そんな人だ。
「君の射撃能力は群を抜いていることは分かっている。正直な所ナンバー1だ。先天性のものなのか努力してそうなったかは知らんが結果しか私は見ん」
「ありがとうございます。」
「だが標的が出てきてから射撃するまでの時間が遅い。本番では死んでしまうレベルの深刻な問題だ。その理由を君は分かっているはずだろう?」
「…」
テッドは数秒、沈黙を貫いた。もちろん原因は分かっている。しかしどうしてもそれを言葉にできないでいた。
郵便局長は葉巻を吸い始めた。そして言葉を続けた。
「普通タバコや葉巻を吸う人は人間の心が弱いからだと昔の上司に言われたよ。そういう1面で言うなら、私も心は弱いんだろう」
「そうですか…」
「君はAAAになりたいだろう?」
「…はい、できれば」
「だったら敵に感情を見せるな‼」
「!」
「君はターゲットに感情的になり、それがまさに遅い原因なんだ。AAAの現実は生易しいものではない!大統領の手紙は世界を変えるものなのだ!それを渡すには敵の感情などいらん!道中いくらでも襲ってくる刺客を冷静に確実に仕留めなくてはいけない!それを意識して結果が出たのならば君には特殊訓練を受けてもらう」
そう言って葉巻を口にした。
「失礼します」
テッドは部屋を出た。やはり完全に局長に見抜かれていた。強盗団に入った者も、家庭の事情があるだろう。生きるための手段の一つ。
それを思うとどうしても僅かな遅れが出てしまう。精密な射撃力は努力を努力と思わずやっていた賜物だった。
考えているとお腹が鳴ったので、皆がいる食堂で駆け足で移動した。

「お!テッドどうしたんだよぉ」
訓練仲間のマァニーが席をポンポンと叩いた場所に座る。
「局長とちょっと、ね…」
「局長と話してたのかぁ?なんか秘密の事かよ?」
同じく仲間のボリスがテッドに肩に手を伸ばす。
「そんなんじゃないってば…ぼくは」
テッドの言葉を遮るようにプルンが喋り出す。
「射撃力満点のテッド様だからねーこれは推理しないとね!」
プルンは背が少年並みだが、頑張ってAクラスになった子だ。尊敬に値する。
「頼むからカレーを食べさせてくれ!お腹が減ってたまらないんだ」
そう言ってカレーを食べる事に集中した。
ボリスは少しひそめて言った。
「俺たちはAA(ダブルエー)には上がれるだろう。でもAAA(トリプルエー)になりたい奴はいるか?どうだ?」
プルンが会話に割って入る。
「そりゃあAAAは報酬がケタ違いだからねぇ。まよっちゃうよねぇ~」
「馬鹿!AAとAAAは格が違う。夢見るのはよせ」
マァニーは現実主義者だ。AAでも充分給料は高い。それでもAAAになりたい人間も、この食堂に集う数十名の中にいるはずだ。
テッドはカレーを食べ終えて、じっと手を見た。
(僕はなれるだろうか…AAAという名の悪魔に)
食事を終えた僕らは、食器をカウンターに戻し、それぞれの部屋へ戻っていった。テッドも自分の個室に戻り、服も着替えず、あっという間に眠りに入った。

幾日も訓練は続いた。そもそもインターネットも電話も使えなくなった原因のハッカーを探し、暗殺するのが先ではないのか。
なぜハッキングを続けているのかさえ分からない。その為、『手紙』が重要な位置に着いたのだ。

テッドは日に日にガンアクション・スピードを上げていった。ターゲットは人ではなくトマトだと思って射撃すると、段々とスピードが上がっていったのだ。
1週間もたたずにテッドはマシーン化していった。郵便局長もテッドの成長ぶりにうなずく。仲間がAランクからAAランクに上がったりもして、気合いを貰ったりもした。
それから2週間ほど経ったある日、また郵便局長から部屋にくるよう招集され、テッドは食事も摂らずに郵便局長の部屋をノックした。
局長はやはりいつものハバナ産の葉巻を手に持ち、味わっていた。
「テッドです。参りました」
「そう堅苦しくするな。まあ座れ。」
高級そうなソファに身を沈める。フィット感がとても良い。郵便局長もソファに座って葉巻を実に美味そうに味わいながら話かける。
「君は明日からAAに昇格だ。実際良い結果が出たのは大変喜ばしい」
「ありがとうございます」
ここは素直に喜んだ。
「ここから核心なんだが通常訓練を離れ、君だけに特殊訓練を行うことにした」
「えっ?」
「銃の扱い方はもちろんの事、柔術、銃の為の医学、サバイバル術、羅列したらキリがないが、大統領の手紙を無事に届けるための全てを君に注ぎ込む」
「僕が…ですか?」
「AAAになりたくないのかね?」
「それは…」
そう言うとテッドは戸惑った。AAとAAAでは格が全然違う事が局長の話が瞬間的な速度で追いついてきたからだ。
「……なりたくはないのかね?」
郵便局長が再び訊ねると、テッドは肘の黒ジーンズを両手で一度だけかき回して、
「その特殊訓練に耐えられるのなら…僕はAAAになりたいです。大統領の手紙を持って、命を賭けた戦いをしたい!」
感情的になっているテッドをなだめてから、葉巻の煙を吐き出した。
「その時はいづれ来るとだけは言っておく。とにかく明日から特別訓練場にきたまえ。以上」
局長の部屋から出ると、膝がガクガクと騒ぎ出した。本意なのか?少なくとも僕にとっては勇敢で孤独な決断だった。
そう思うとそこからしばらくは動けなくなっていた。

次の日。
訓練生のマーニィがいつものように訓練場に半分駆け足で到着すると、
「あぶねー遅くなる所だった。あれ?テッドがいなくね?」
訓練生プルンが切なく言った。
「まさか脱退したんじゃ…」
「ありえねぇ。テッドが逃げ帰る理由がねぇ」
マーニィは断固プルンの選択を投げ捨てた。隣に居たボリスが断言する。
「彼はAAAになるんだよ。ここは彼にとって修行の場所じゃなくなったんだ。」
沈黙が手短に響き渡った後、マーニィが、
「俺たちはAAを目指そうぜ!俺たちだってAAAになれるかもしれねぇじゃんかよ!」
「そうだな…ここは騒ぎたたずにAAを着実にねらっていこう!」
そう言うと、プルンはピョンと跳ねた。
「ジャンプだけは得意だなプルンは!あはは!」
誰も傷つけながら、皆は各々いつもの訓練生の朝が始まった。

テッドは特別訓練場初日。ドアの前に立ったまま、動けないでいた。後ろから明らかに集団の靴音がして振り返ると、各分野のエキスパート達が半透明な足音を軽く響かせながらやってきた。
「そこで何をしている。早く入り給え」
(郵便局長も参加するのか…)
心の出口が見えないまま、集団に押されるようにドアへと入っていった。

それから何か月経っただろうか。

仲間たちは全員AAに昇格していた。その中にはやはりAAA志望者も幾人かはいた。
特別訓練のドアが開き、テッドがゆっくり顔を出した。目に輝きがない。郵便局長がテッドの肩を叩くと、
「さあ。あとは『こめかみ』に極小ICチップを3枚埋めるだけだ。手術室へ行こう」
テッドは極小さく頭を縦に振ると、局長にいざなわれて足を踏み出した。

運命とも言える次の日。
AAAを志願したAAの集団が、白い息を各々吐き出しながら森かすむ平原に集合していた。
「なんでこんな所に…?」
「ターゲットなんて何にも無いじゃないか…」
十数名が騒ぎかけたその時、軽自動車がこちらに向かってくるのが見えた。
ややざわつきながら支持を待つと、郵便局長とテッドが降りてきた。
「テッドッ‼」
始めに皆が驚いたのは、テッドが青いオーラに包まれていた事だ。
全員、言葉の密度がきつくなってしまい、つまりは喉から言葉が出なかった。
一気に不穏な空気が白い息となり、寒いのに汗が止まらない者もいた。
「テッド!しばらく見ない内にどうしたっ‼」
テッドは集団を一瞥しただけで、
「…18名」
と呟いただけで、マーニィの問いには答えなかった。
局長が一喝する。
「そう…18名だ。AAAになる為に集まったゴミくず共」
「ゴミだぁ⁉」
さすがに局長のその言葉にアーチのように罵声が連なってゆく。
「皆黙れ!」
局長のその声で、罵声がたたまれてゆく。
「AAAになる方法は簡単、ここに居るテッドを殺した者にAAAの称号を与える」
「はあ⁉」
「逆にテッドが皆を殺したら、テッドがAAAとなる。チャンスだぞお前ら!これだけおいしい訓練はないだろうが?ええおい」
「急すぎる…!急すぎだろうがっ‼」
「テッドは俺たちと一緒に汗水流してきた仲間だろうが!」
テッドは2丁拳銃、弾薬を体に巻き、手榴弾をあらゆる所に配置している。その上青いオーラに包まれているのだった。
「怪物め‼」
罵声をモノともしない局長が叫ぶ。
「私が手を1発叩いたらスタートだ。叩いたら今ここで殺ってもいいんだぞ?ほら、どうした、いいか?」
そう言いながら、局長は手を叩く。響いてゆく。
刹那、プルンが血しぶきを上げて3メートルほど飛ばされる。喀血して死んだ。
「森に逃げ込めーっ‼」
テッドは走ってゆく仲間を森に逃げる前に仁王立ちで数名倒した。
「…残り13名」
「ああよくやった!森に行って獣狩りをして来い。わしは明日の朝ここでまっているからな」
テッドは2丁拳銃を抜くと銃をしばらく回転させてから、素早く移動して森へと消えていった。

次の日の朝---------------

郵便局長が白い息を吐きながら昨日いた平原でただ1人の人間の帰りを待っていた。
朝もやの中から、1人の人間らしき者がこちらに向かって漂ってきた。もやを消し去り現れたのは、返り血を全身に浴びたテッドの姿だった。
さすがに無傷ではなかったようで、腕とふとももに布を巻いて止血していた。

局長はテッドの胸に、手をグーにして優しく押し込み小鳥のように囁く。
「おめでとう。君こそはまごうことなきAAAだ」
すると急に体が動かなくなり、暗闇が訪れ、かすかな声に耳を傾けた。

「……屋……便屋…………郵便屋‼」

ハッとしテッドは上半身を素早く起こす。鎖骨はじめ全身に痛みを感じる。
横にはヨーコがテッドを生まれ立ての子犬のように抱きかかえていた。
「脈はあったけど、なかなか起きないから心配したぞ、このっ」
暗闇の中に詰まった回想をもう一度掴もうとしても掴めず、全身とヨーコの涙からすり抜けていった。
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