上 下
6 / 6

6 耐性付与の料理

しおりを挟む
「これで材料はすべて集まったかな」

チハヤはフルーツの入った籠をテーブルに置いて、集まった食材を確認した。

ロスワルドの好感度上昇アイテム『フルーツサンド』を作るべく、城の厨房をかりようとしたが、部屋にいるようにとロスワルドに言われて無理だった。
一応、チハヤなりに考えた結果、部屋にある簡易キッチンでも『合成』することで作成できるだろうと結論した。
主に世話役の少年たちにお願いすることで、食材を調達してもらうこともできた。

確認のために、ロスワルドの好物を聞いておこうと思って他の騎士に問いかけてみたりしたが、彼らはチハヤが話しかけると顔を赤らめてもじもじするので会話にならなかった。
フルーツサンドを作る理由は、ロスワルドの好感度を上げるためだけじゃない。
この世界のフルーツサンドは『呪い耐性』を40%上げることができる。
状態異常『耐性付与』の料理なのだ。

この世界では、レシピを入手するか、料理を食べた経験値によって調理方法を習得できる。
レシピの数が少ないので、日本でさまざまな料理を食べてきたヒロインは自動的に『いろんな料理が作れる』という設定になっていた。
それは日本で生まれ育ったライバルキャラもおなじ、つまり、チハヤもそうなのだった。

テーブルの上に置かれた食材を見たルピが、「神子様、これから何を作るんですか?」と期待を込めて質問する。

チハヤは「おいしいフルーツのサンドイッチだよ」と言いながら簡易キッチンの水道を使って手を洗い、かりたエプロンをつけながら、作業をすすめていく。
食材を魔力で合成すれば料理は完成するので、魔力を消費するが、この世界では料理というのは簡単な作業なのである。

――僕って、魔力はあったっけ?
いや、あるはずだ。ゲームに出てくるライバルキャラにもあったんだし。
なにをするにも魔力を使うこの世界で生活できていたんだから、少なからず魔力があるってことになるのでは。

食材のいちごを手にして悩むチハヤ。そんな彼の助けてになってくれたのが、ルピだった。

「神子様にも魔力はありますよ。だから食材を使って料理を作成することはできるはずです」

「そうなんだ? よかった」

チハヤに魔力があることを教えてくれたルピは、誰よりも一番、有用な情報を与えてくれる存在である。
悔しいが、ルピを自分のもとに派遣してくれた神様にチハヤは感謝したい気分だった。お告げを使って人間を操作している存在だというのに。
チハヤ自身は神様を信用しているわけでもないが、神様はこの世界では絶大なちからをもつから、味方になってくれたらすごく助かる。

「神子様、食材はこれで足りますか? 足りなかったら言ってください」

「ルピ、ありがとう」

食材の牛乳と小麦粉といちごを魔力で合成して、フルーツサンドを作成してみた。いちごと生クリームがたっぷり入ったサンドイッチができた。

完成したフルーツサンドを味見してみる。

「……うーん」

おいしいけど、なにかが足りない気がする。チハヤの『料理の熟練度』が低いせいだ。
料理は作る人の熟練度によって味が決まり、熟練度は料理を作れば作るほど上がる。

「……」

無言のままチハヤはフルーツサンドを食べ、思考をめぐらせた。
フルーツサンドは、ロスワルドだけじゃなく城の人たちにも食べてもらうつもりだった。
そうすればみんなの『呪い耐性』を少しでも上げることができる。呪い耐性が上がれば、黒魔力の呪いによる症状を少しでもおさえられるだろう。

料理による耐性付与は、時間制限がある。
料理を食べて1日が経過したら耐性付与の効果がきれてしまうので、また耐性付与の料理を食べないといけなくなるのだ。

料理の熟練度が上がれば、耐性付与の時間をのばすことができる。
浄化能力を使ってみんなを治療するのが一番てっとり早いが、浄化能力を使うとみんなの好感度が一気に上がる。

好感度が上がりすぎたら、ライバルキャラであるチハヤと攻略対象者たちの恋愛ルートに入ってしまい、チハヤが知っている情報があてにならないような状況になるだろう。
このBLゲームは死人が出まくるのが特徴だから、知らない展開になるのだけは回避したいチハヤだった。

「神子様」とルピがフルーツサンドを眺めて言った。

「料理の熟練度を上げるには、難易度が高い料理を作るのが一番だと思います」

これがヒロインなら料理の熟練度も高いだろうに、とチハヤはと肩を落とす。

――料理を作りまくるしかないか。
まあ、僕はライバルキャラだし。熟練度が低くてしょうがないよね。日本にいたときも、とくに料理はしてなかったし? インスタント食品ばかり食べてたし? そりゃあ料理の熟練度も低いわけだ。

落ちこむチハヤを見て、途端にルピがアワアワした。
「でもこのフルーツサンドおいしいですよ!」と、フルーツサンドを食べてチハヤを元気づけている。

「神子様。食材のことなら、ボクも集めてくるので、心配しないでください」

「食材は不足してるんじゃないの? 黒魔力が土地を汚染して、作物を育ちにくくしているんだろう?」

「たしかに、そうなんですが。
でも神子様のためなら、食材を使うことに対して誰も反対はしません。
神子様がきてくれたことで、人々は希望を取り戻せたんですよ。人間たちはみんなよろこんでいると伝わっております」

「食材は無駄にできないから、熟練度を上げることはあきらめるしかないかな……」

――僕はニセモノの神子だというのに、みんなはよろこんでくれているのか。
僕のためなら食材もおしまないって? 
いやいや、それはダメだろう。食材がないとみんなが死んでしまう。
こっそりと土地を浄化するだけなら、攻略対象者たちの好感度も上がらないだろうから、さきに土地を浄化させておくべきなのでは?

みんなの死亡フラグが多すぎて、BL供給をする暇がない。
あのBLゲームは恋愛を楽しむというよりも死人が出まくる鬱ゲーとして有名だからしかたがないんだけども。
そんなBLゲームをなぜチハヤが好きになったかといえば、儚げな美少年のヒロインが出てくるからだ。美少年と屈強な男のカップリングだからだ。それだけなのだ。
実際に自分がライバルキャラとしてこの世界に召喚された感想としては、「アレ、なんかこのBLゲームややこしすぎない? 死人を出さないようにするとか無理ゲーなんだが?」といった感じである。

「……うーーん、さきに土地を浄化しておこう」

唸りながら結論したチハヤに「神子様、なんと慈悲深い……」とルピが目をキラキラとさせる。

チハヤは扉のほうに視線をむけた。
扉のむこうがわには、ロスワルドが護衛として見張りについているはずだった。

「……こっそりと土地を浄化しにいきたいけど、そこにロスワルドさんがいるはずだから、扉から出ていくのは無理だろうな」

ロスワルドさんは黒魔力の呪いにおかされていて、具合がよくないだろうに、なんで休むとかしないんだ。なんだか、気力だけで呪いの症状をおさえこんでいるみたいにも見える。

強くて頼りにされてて地位も権力もある上に超絶イケメン。
完璧を具現化したような人だ。
本来ならライバルキャラである僕のそばにいるような相手じゃない。

休めと命令したら従ってくれるだろうか。
いいや、真面目な男らしいから、職務をまっとうしようとするにちがいない。

きっと自分の命がつきるまで、ニセモノだとは知らずに神子であるチハヤを守ろうとする。
チハヤを毎日、完璧に護衛して、つらいとも言わずに、愚痴すら口にはせず、自分自身を追いつめてでも仕事をやりとげるべく動く。

「……そんなんじゃ、いつか本当に死ぬぞ」

そんな隙のない完璧超人だからこそ、トラウマをうえつけられたら人一倍傷つくのだろう。
ヒロインと攻略対象者たちのラブラブを見たいけど、ロスワルドさんの中身を知れば知るほど、ライバルキャラとして彼の心身をふみにじるのがむずかしい。

でもまあ、なにもしなくても、いつか絶対『なんかこいつニセモノなんじゃないか?』とか思われて幻滅されるに違いない。
だってチハヤは儚げな美少年でもなければ、きれいな心を持っているわけでもない。
BLを見たいという欲望にかられた健全な男子なのだから。

「……やっぱり、ロスワルドさんとはかかわり合いになりたくはないなあ」

攻略対象者たちとは基本的に会いたくはない。
チハヤとしては、ヒロインと攻略対象者たちのラブラブが見たいだけなのだ。

べつにゲイではないので、自分が彼らの恋愛対象となるのだけは避けたいが、好感度経験値が自分にも適用されているのだから油断はできない。
いつ彼らとのあいだに恋愛フラグがたつのかわからない状態だ。

「なんだかオムライスが食べたくなってきた……」

どうやってこの部屋から脱出しようかと考えているうちに、おなかがすいてきて、好物の料理をチハヤがポツリとつぶやいた。

ルピは首をかしげて「おむらいす?」と頭にハテナマークをうかべる。
この世界には存在しない料理なのだから、知らないのは当たり前だろう。
ヒロインに料理で無双させる設定なためか、あのBLゲームでは国で作られている料理の種類が少ないのだ。
食材はあるのに、焼いたり煮込んだりした簡単な料理しかこの世界には存在していない。

「オムライスっていうのは、たまごとごはんを使った料理なんだよ。ほかにも食べたいものがたくさんあって……」

いずれはこの世界でオムライスも食べられるようになればいいな、と思いながら、チハヤは外に出るために使えそうな道具がないかをさがす。
とりあえず、扉から外に行くのはできなさそうだから、窓から出るしかなさそうかな。

窓を開けてみると、頑丈そうな鉄格子がついていた。
まさかこの部屋に監禁されていたとは。
知らなかった。

鉄格子をつかんでみる。
どうやって死者を出さないようにしていくのかを考える前に、チハヤのまずやるべきことが『監禁生活からの脱却』であることは確かである。

どうにもできそうになくて、ため息をつく。
足もとにいたルピをだっこしてぎゅっと抱きしめたら、憂鬱な気持ちはどこかへと吹き飛んでしまう。
もふもふ、やわらかい……。

――多分、僕、みんなから信用されてないな。予想はできてたけどさ。

遠い目をしていたら、世話役の少年が部屋に入ってきた。

「神子様、お食事の時間です」

「ありがとう……」

おなかがすいていたので、ひとまず食事をすることにした。
あいかわらず見た目や味つけなどは現代日本とくらべて粗野だが、自分のために用意してくれたのでありがたく食べる。

「ルピも食べるか? ほら、あーん……」

ひざの上にすわらせたルピに食べさせるチハヤの笑顔を見て、顔を赤くする少年。
なぜ扉のまえに人だかりができているのか、理由はよく分からないが、少し前屈みになっている下級騎士の姿が何人かいるのがわかった。チハヤは健全な男子なので、なぜそんな格好になっているのかはイヤでもわかる。

……これも好感度補正の効果だろうか。たのむから、僕をそういう対象にするんじゃない。

恋する乙女みたいな面持ちで前かがみになっていムキムキな騎士たちに恐怖を感じた。

これまで同性にそんな態度をとられたことがないから、チハヤのことを好きになるような人など存在しなかったから、ましてや性的な目で見られたことがなかったから、だからいつものようにしておけば大丈夫だろうと思っていたのに。

すかさずロスワルドが下級騎士たちを追い払ってくれたからいいが、好感度を下げるアイテムを早急にゲットしようと心に決める。
下級騎士とはいえ、あんな屈強な男に襲われたら一巻の終わりである。
好感度がマックスになったら何がおきるかわからないのでおそろしい。自分の身と尻の穴は、なんとしてでも死守したいのだ。

やっぱり、早いうちにロスワルドさんを味方にしておいたほうがよさそうだな。僕の貞操のためだ。
とりあえずヒロインちゃんは早くこの世界にきてください。おねがいですから。



しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

真面目系眼鏡女子は、軽薄騎士の求愛から逃げ出したい。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,832pt お気に入り:246

お高い魔術師様は、今日も侍女に憎まれ口を叩く。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,002pt お気に入り:124

旦那様!単身赴任だけは勘弁して下さい!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,018pt お気に入り:182

happy mistake trip

BL / 連載中 24h.ポイント:35pt お気に入り:22

いっぱい食べて、君が好き。

BL / 連載中 24h.ポイント:92pt お気に入り:49

堅物監察官は、転生聖女に振り回される。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,959pt お気に入り:153

悪役令息を引き継いだら、愛が重めの婚約者が付いてきました

BL / 連載中 24h.ポイント:994pt お気に入り:6,684

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,861pt お気に入り:459

処理中です...