19世紀イングランド風の異世界。未来で悪役になる貴族の息子を、メイドの私が溺愛して運命を変えます

ねこまんまる

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15 純粋な告白

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花壇のそばの砂利道をゆっくり歩いていると、足元のツゲの生け垣の陰から、かすかな草の揺れが聞こえた。

ふとそちらに視線をむけると、土の上をはうように進む小さな細長い体が見える。
ぱっと見れば完全に“ヘビ”だが、その光沢のある茶色の胴にはウロコがきめ細かく、どこか乾いた金属のような鈍い輝きがあった。

あれは、スローワームだ。
庭園や畑の石垣にすむ、脚のないトカゲ。
この時代のイングランドの屋敷では、よく庭などで見かける。
庭を手入れする園丁えんていたちが「ミミズやナメクジを食べてくれる良い生き物」とあつかっている在来種。

現代でもイギリス全土に広く分布していて、毒も持たず、人に危害を加えることもない。

私は、どうしようか悩んだ。

たしか『ミスト・テイル』では、レオンは幼少期にメイドにヘビを使っていじわるされたせいで、ヘビみたいに細長い生き物が嫌いなのだ。

でも、ここにいるレオンはまだ十歳の子供。
もしかしたら大丈夫かもしれないけど、念のために、いまはまだスローワームを見せないでおいたほうがいいかもしれない。

レオンは、まだ何も気づいていない。
小さな足で、ただ必死に私の後ろをついてきている。
けれど、私が立ち止まったままでいるせいで、さすがに不思議に思ったのだろう。

「……エマ、どうしたの……?」

その声は小さく、けれど不安を含んでいた。
私はすぐに振り返り、できるだけやさしく、いつもどおりの笑顔を作る。

「なんでもありませんよ、坊ちゃま」

そう言いながら、私は自然な仕草で一歩前に出て、彼の視界から“それ”を隠すように立った。

そのあいだに、自分の片手をスカートの陰にそっと隠す。
誰からも見えないように。
私の指先に、ほのかに青白い光がともった。

……風よ、そっと……向きを変えて。

庭園の空気が一瞬だけかすかに動いた。

その風は、生け垣の影に潜んでいた小さなスローワームの鼻先をかすめ――
スローワームはビクリと動き、方向を変えて草むらの奥へとすっと消えていく。

レオンは気づかない。
ただ、風が吹いたと思っただけだ。
 
「坊ちゃま、こちらの花壇にはラベンダーが植えてあります。
香りが、とても落ち着くんですよ」

「いいにおい……エマ、これ、ぼく好き」

「ええ。坊ちゃまに似合う香りでございます」

風が流れ、レオンの黒い髪をゆっくり揺らす。
さっきまで生け垣に潜んでいたスローワームは、もうどこにもいない。

私はそっと背後を確認し、ただ静かに歩みを進めた。
レオンが、歩きながらつぶやく。
 
「ふしぎだね……エマは、なんでも知ってる」

「知らないことのほうが、たくさんありますよ。でも、レオン様と一緒なら、いろんなものを見つけられる気がします」

レオンはその言葉に、はっきりと目を見開いた。
しばらく無言で私を見つめ、やがて、きゅっと私の袖を握った。

「……エマ。ぼくの……お嫁さんになってほしい」

冬の日差しが芝に反射して、少年の瞳をまぶしく照らした。
そのまなざしは、母親より長くそばにいてくれる優しい大人に向けられる、純粋な家族愛のように見えた。

貴族の子どもとメイドでは、結婚どころか、対等に向き合うことすら許されない。

私はレオンの手をほどかず、しゃがんで目線を合わせた。

「レオンさま……それは、とても光栄なお言葉です。でも、私はレオンさまの“お世話をする係”でございます。
奥さまになるのではなく……あなたが強く、立派になられるよう、ささえる役目でございます」

レオンは眉を下げた。

「だめ……なの?」

「結婚というのは、大人になってから、ご家族と、お家の方々がしっかり決められることです。
レオンさまには、もっとふさわしくて、立派な方が現れます」

私の声音は悲しみを見せず、あくまで優しい“教育的な否定”として言葉をえらぶ。
メイドが『子どもの恋慕を受け止めるとき』に使う、もっとも正しい振る舞い方だ。

レオンはしばらく黙っていたが、やがて、私の肩にもたれかかった。

「……ぼく、エマと外を歩くのがいちばん好き」

「では、また明日も歩きましょう。レオンさまが望まれるなら、私はいつでもそばにおります」

レオンは顔を上げ、やわらかく微笑んだ。
その笑顔は、部屋に閉ざされていた長い年月では決して見られなかったものだった。
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