15 / 40
15 純粋な告白
しおりを挟む
花壇のそばの砂利道をゆっくり歩いていると、足元のツゲの生け垣の陰から、かすかな草の揺れが聞こえた。
ふとそちらに視線をむけると、土の上をはうように進む小さな細長い体が見える。
ぱっと見れば完全に“ヘビ”だが、その光沢のある茶色の胴にはウロコがきめ細かく、どこか乾いた金属のような鈍い輝きがあった。
あれは、スローワームだ。
庭園や畑の石垣にすむ、脚のないトカゲ。
この時代のイングランドの屋敷では、よく庭などで見かける。
庭を手入れする園丁たちが「ミミズやナメクジを食べてくれる良い生き物」とあつかっている在来種。
現代でもイギリス全土に広く分布していて、毒も持たず、人に危害を加えることもない。
私は、どうしようか悩んだ。
たしか『ミスト・テイル』では、レオンは幼少期にメイドにヘビを使っていじわるされたせいで、ヘビみたいに細長い生き物が嫌いなのだ。
でも、ここにいるレオンはまだ十歳の子供。
もしかしたら大丈夫かもしれないけど、念のために、いまはまだスローワームを見せないでおいたほうがいいかもしれない。
レオンは、まだ何も気づいていない。
小さな足で、ただ必死に私の後ろをついてきている。
けれど、私が立ち止まったままでいるせいで、さすがに不思議に思ったのだろう。
「……エマ、どうしたの……?」
その声は小さく、けれど不安を含んでいた。
私はすぐに振り返り、できるだけやさしく、いつもどおりの笑顔を作る。
「なんでもありませんよ、坊ちゃま」
そう言いながら、私は自然な仕草で一歩前に出て、彼の視界から“それ”を隠すように立った。
そのあいだに、自分の片手をスカートの陰にそっと隠す。
誰からも見えないように。
私の指先に、ほのかに青白い光がともった。
……風よ、そっと……向きを変えて。
庭園の空気が一瞬だけかすかに動いた。
その風は、生け垣の影に潜んでいた小さなスローワームの鼻先をかすめ――
スローワームはビクリと動き、方向を変えて草むらの奥へとすっと消えていく。
レオンは気づかない。
ただ、風が吹いたと思っただけだ。
「坊ちゃま、こちらの花壇にはラベンダーが植えてあります。
香りが、とても落ち着くんですよ」
「いいにおい……エマ、これ、ぼく好き」
「ええ。坊ちゃまに似合う香りでございます」
風が流れ、レオンの黒い髪をゆっくり揺らす。
さっきまで生け垣に潜んでいたスローワームは、もうどこにもいない。
私はそっと背後を確認し、ただ静かに歩みを進めた。
レオンが、歩きながらつぶやく。
「ふしぎだね……エマは、なんでも知ってる」
「知らないことのほうが、たくさんありますよ。でも、レオン様と一緒なら、いろんなものを見つけられる気がします」
レオンはその言葉に、はっきりと目を見開いた。
しばらく無言で私を見つめ、やがて、きゅっと私の袖を握った。
「……エマ。ぼくの……お嫁さんになってほしい」
冬の日差しが芝に反射して、少年の瞳をまぶしく照らした。
そのまなざしは、母親より長くそばにいてくれる優しい大人に向けられる、純粋な家族愛のように見えた。
貴族の子どもとメイドでは、結婚どころか、対等に向き合うことすら許されない。
私はレオンの手をほどかず、しゃがんで目線を合わせた。
「レオンさま……それは、とても光栄なお言葉です。でも、私はレオンさまの“お世話をする係”でございます。
奥さまになるのではなく……あなたが強く、立派になられるよう、ささえる役目でございます」
レオンは眉を下げた。
「だめ……なの?」
「結婚というのは、大人になってから、ご家族と、お家の方々がしっかり決められることです。
レオンさまには、もっとふさわしくて、立派な方が現れます」
私の声音は悲しみを見せず、あくまで優しい“教育的な否定”として言葉をえらぶ。
メイドが『子どもの恋慕を受け止めるとき』に使う、もっとも正しい振る舞い方だ。
レオンはしばらく黙っていたが、やがて、私の肩にもたれかかった。
「……ぼく、エマと外を歩くのがいちばん好き」
「では、また明日も歩きましょう。レオンさまが望まれるなら、私はいつでもそばにおります」
レオンは顔を上げ、やわらかく微笑んだ。
その笑顔は、部屋に閉ざされていた長い年月では決して見られなかったものだった。
ふとそちらに視線をむけると、土の上をはうように進む小さな細長い体が見える。
ぱっと見れば完全に“ヘビ”だが、その光沢のある茶色の胴にはウロコがきめ細かく、どこか乾いた金属のような鈍い輝きがあった。
あれは、スローワームだ。
庭園や畑の石垣にすむ、脚のないトカゲ。
この時代のイングランドの屋敷では、よく庭などで見かける。
庭を手入れする園丁たちが「ミミズやナメクジを食べてくれる良い生き物」とあつかっている在来種。
現代でもイギリス全土に広く分布していて、毒も持たず、人に危害を加えることもない。
私は、どうしようか悩んだ。
たしか『ミスト・テイル』では、レオンは幼少期にメイドにヘビを使っていじわるされたせいで、ヘビみたいに細長い生き物が嫌いなのだ。
でも、ここにいるレオンはまだ十歳の子供。
もしかしたら大丈夫かもしれないけど、念のために、いまはまだスローワームを見せないでおいたほうがいいかもしれない。
レオンは、まだ何も気づいていない。
小さな足で、ただ必死に私の後ろをついてきている。
けれど、私が立ち止まったままでいるせいで、さすがに不思議に思ったのだろう。
「……エマ、どうしたの……?」
その声は小さく、けれど不安を含んでいた。
私はすぐに振り返り、できるだけやさしく、いつもどおりの笑顔を作る。
「なんでもありませんよ、坊ちゃま」
そう言いながら、私は自然な仕草で一歩前に出て、彼の視界から“それ”を隠すように立った。
そのあいだに、自分の片手をスカートの陰にそっと隠す。
誰からも見えないように。
私の指先に、ほのかに青白い光がともった。
……風よ、そっと……向きを変えて。
庭園の空気が一瞬だけかすかに動いた。
その風は、生け垣の影に潜んでいた小さなスローワームの鼻先をかすめ――
スローワームはビクリと動き、方向を変えて草むらの奥へとすっと消えていく。
レオンは気づかない。
ただ、風が吹いたと思っただけだ。
「坊ちゃま、こちらの花壇にはラベンダーが植えてあります。
香りが、とても落ち着くんですよ」
「いいにおい……エマ、これ、ぼく好き」
「ええ。坊ちゃまに似合う香りでございます」
風が流れ、レオンの黒い髪をゆっくり揺らす。
さっきまで生け垣に潜んでいたスローワームは、もうどこにもいない。
私はそっと背後を確認し、ただ静かに歩みを進めた。
レオンが、歩きながらつぶやく。
「ふしぎだね……エマは、なんでも知ってる」
「知らないことのほうが、たくさんありますよ。でも、レオン様と一緒なら、いろんなものを見つけられる気がします」
レオンはその言葉に、はっきりと目を見開いた。
しばらく無言で私を見つめ、やがて、きゅっと私の袖を握った。
「……エマ。ぼくの……お嫁さんになってほしい」
冬の日差しが芝に反射して、少年の瞳をまぶしく照らした。
そのまなざしは、母親より長くそばにいてくれる優しい大人に向けられる、純粋な家族愛のように見えた。
貴族の子どもとメイドでは、結婚どころか、対等に向き合うことすら許されない。
私はレオンの手をほどかず、しゃがんで目線を合わせた。
「レオンさま……それは、とても光栄なお言葉です。でも、私はレオンさまの“お世話をする係”でございます。
奥さまになるのではなく……あなたが強く、立派になられるよう、ささえる役目でございます」
レオンは眉を下げた。
「だめ……なの?」
「結婚というのは、大人になってから、ご家族と、お家の方々がしっかり決められることです。
レオンさまには、もっとふさわしくて、立派な方が現れます」
私の声音は悲しみを見せず、あくまで優しい“教育的な否定”として言葉をえらぶ。
メイドが『子どもの恋慕を受け止めるとき』に使う、もっとも正しい振る舞い方だ。
レオンはしばらく黙っていたが、やがて、私の肩にもたれかかった。
「……ぼく、エマと外を歩くのがいちばん好き」
「では、また明日も歩きましょう。レオンさまが望まれるなら、私はいつでもそばにおります」
レオンは顔を上げ、やわらかく微笑んだ。
その笑顔は、部屋に閉ざされていた長い年月では決して見られなかったものだった。
0
あなたにおすすめの小説
(自称)我儘令嬢の奮闘、後、それは誤算です!
みん
恋愛
双子の姉として生まれたエヴィ。双子の妹のリンディは稀な光の魔力を持って生まれた為、体が病弱だった。両親からは愛されているとは思うものの、両親の関心はいつも妹に向いていた。
妹は、病弱だから─と思う日々が、5歳のとある日から日常が変わっていく事になる。
今迄関わる事のなかった異母姉。
「私が、お姉様を幸せにするわ!」
その思いで、エヴィが斜め上?な我儘令嬢として奮闘しているうちに、思惑とは違う流れに─そんなお話です。
最初の方はシリアスで、恋愛は後程になります。
❋主人公以外の他視点の話もあります。
❋独自の設定や、相変わらずのゆるふわ設定なので、ゆるーく読んでいただけると嬉しいです。ゆるーく読んで下さい(笑)。
【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている
五色ひわ
恋愛
ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。
初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。
『悪役令嬢』は始めません!
月親
恋愛
侯爵令嬢アデリシアは、日本から異世界転生を果たして十八年目になる。そんな折、ここ数年ほど抱いてきた自身への『悪役令嬢疑惑』が遂に確信に変わる出来事と遭遇した。
突き付けられた婚約破棄、別の女性と愛を語る元婚約者……前世で見かけたベタ過ぎる展開。それを前にアデリシアは、「これは悪役令嬢な自分が逆ざまぁする方の物語では」と判断。
と、そこでアデリシアはハッとする。今なら自分はフリー。よって、今まで想いを秘めてきた片想いの相手に告白できると。
アデリシアが想いを寄せているレンは平民だった。それも二十も年上で子持ちの元既婚者という、これから始まると思われる『悪役令嬢物語』の男主人公にはおよそ当て嵌まらないだろう人。だからレンに告白したアデリシアに在ったのは、ただ彼に気持ちを伝えたいという思いだけだった。
ところがレンから来た返事は、「今日から一ヶ月、僕と秘密の恋人になろう」というものだった。
そこでアデリシアは何故『一ヶ月』なのかに思い至る。アデリシアが暮らすローク王国は、婚約破棄をした者は一ヶ月、新たな婚約を結べない。それを逆手に取れば、確かにその間だけであるならレンと恋人になることが可能だと。
アデリシアはレンの提案に飛び付いた。
そして、こうなってしまったからには悪役令嬢の物語は始めないようにすると誓った。だってレンは男主人公ではないのだから。
そんなわけで、自分一人で立派にざまぁしてみせると決意したアデリシアだったのだが――
※この作品は、『小説家になろう』様でも公開しています。
モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】
いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。
陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々
だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い
何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ
聖女だと呼び出しておいて無能ですか?〜捨てられた私は魔王様に溺愛される〜
みおな
恋愛
学校帰りにいきなり眩い光に包まれて連れて来られたのは異世界でした。
王子はこんなちんちくりんは聖女ではないと言い放ち、私を王宮から追い出しました。
元の世界に帰る方法は、魔王の持つ帰還の指輪が必要と言われ、途方にくれた私の前に現れたのは、美形の魔王でした。
異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい
千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。
「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」
「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」
でも、お願いされたら断れない性分の私…。
異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。
※この話は、小説家になろう様へも掲載しています
捨てた騎士と拾った魔術師
吉野屋
恋愛
貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。
【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました
三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。
助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい…
神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた!
しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった!
攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。
ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい…
知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず…
注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる