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17 犯罪の証拠
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薄暗い階段の踊り場は、朝の冷気でひんやりとしていた。
この時代の屋敷は、階段の踊り場にも窓が少なく、石壁はよく冷え、灯りはガス灯ではなくまだオイルランプが主流だった。
その階段で――
包帯を巻いた肩を押さえ、乳母のアグネス・クックが私へ近づいてきた。
乳母は本来、屋敷でもっとも「母の代わり」に近い存在で、使用人の中でも地位は高い。
そのため、彼女がメイドの私を睨みつけるのは、この時代の階級感覚では“当然のこと”だった。
「あなた……またレオン坊ちゃまの部屋に入り浸っているのね」
息は乱れ、目には怒りと憎しみと、そして痛みに濁った疲労――。
でも、その目の奥にあるのは、職を失う者の焦燥にも見えた。
私は、その場に立ちながら答える。
「私は侯爵様のご命令で、坊ちゃまのお世話を任されております。
ミセス・クックこそ、まだお身体を――」
「黙りなさい!」
石壁に声が鋭く響いた。
乳母は階級上の特権意識を武器に、私を睨みつけた。
「私は、あの子に人生を狂わされたの。
魔法が暴走したとき……私は死ぬところだったのよ。
なのに侯爵さまがくれたのは、たった三ヶ月の休暇だけ! 私の苦しみがそんな安いものだと思っているの?」
……たしかに、その日レオンは暴走した。
でも、当時のレオンは幼く、制御を教える者もおらず、孤立の極みにあった。
私は、反論しつつも声を落とした。
「坊ちゃまは助けを求めることもできず……追い詰められておられたのです」
「だからって、子どもに殴られたのと同じじゃないの!」
彼女は声を荒げた。
その叫びは、階段の冷えた空気に異様にひびく。
「もう二度と! あんな子のそばになんて行きたくない!」
その瞬間。
廊下の奥で、扉がほんのわずかに開き、黒い影のように小さな視線がのぞいた。
――レオンだ。
その瞳に走る影。
怯え、悲しみ、そして……闇魔法の暴走の兆し。
闇魔法の揺らぎが、足元に黒い揺れとして見えた。
このままでは危険だ。
私は静かに一歩踏み出し、階級秩序を越えてはならない一線を――それでも越えた。
「……ミセス・クック。
もし、あなたがレオン坊ちゃまの魔力を“吸い上げていた”ことを、侯爵様にお伝えしたら……どうなりますかしら?」
メイドが乳母を脅すなど、本来なら即日解雇。
主人の屋敷から叩き出されても文句が言えない。
それでも、私は黙っていられなかった。
クック夫人の顔色が変わった。
「な……何を言って……」
「わかっています。
冷たいスープしか与えなかったこと。
夜に部屋の鍵を外からかけたこと。
『化け物』と罵り、泣かせたこと。
そして――
あなたがレオン坊ちゃまから魔力を吸い上げていたことも」
魔力を他人から吸い上げる行為は、この世界では魔法犯罪にあたる。
本来の19世紀イングランドの法律では存在しない概念だけど、この世界では“暴行罪+魔法犯罪”として重い罪となる。
一般的な児童虐待だけでも、当時の法では、罰金(数シリング~数ポンド)や数週間~数ヶ月の拘留刑が科されるのだ。
くわえて魔法犯罪となれば、侯爵家の面子もあり、処罰は避けられない。
「そ、そんな……証拠なんて……!」
夫人は震えた声で言った。
私はゆっくりと指を動かした。
ガス灯に照らされた階段の壁に、影がするりと伸び、床を這う。
影が形を変え、“声”を生み出す。
『うるさいんだよ、この化け物! もっと私に魔力をよこしなさい!』
『誰があんたの母親だっていうのよ。甘えるな! おまえは私の若返りのために魔力をよこせばいい!』
クック夫人が吐いた言葉が再生された。
19世紀の屋敷に、こんな“証拠”が残るなど、本来ありえるはずがない。
だからこそ、その異様さが夫人の背筋を凍らせた。
クック夫人は、階段に手をつき、肩を震わせる。
逃げ場はもうない。
この時代の屋敷は、階段の踊り場にも窓が少なく、石壁はよく冷え、灯りはガス灯ではなくまだオイルランプが主流だった。
その階段で――
包帯を巻いた肩を押さえ、乳母のアグネス・クックが私へ近づいてきた。
乳母は本来、屋敷でもっとも「母の代わり」に近い存在で、使用人の中でも地位は高い。
そのため、彼女がメイドの私を睨みつけるのは、この時代の階級感覚では“当然のこと”だった。
「あなた……またレオン坊ちゃまの部屋に入り浸っているのね」
息は乱れ、目には怒りと憎しみと、そして痛みに濁った疲労――。
でも、その目の奥にあるのは、職を失う者の焦燥にも見えた。
私は、その場に立ちながら答える。
「私は侯爵様のご命令で、坊ちゃまのお世話を任されております。
ミセス・クックこそ、まだお身体を――」
「黙りなさい!」
石壁に声が鋭く響いた。
乳母は階級上の特権意識を武器に、私を睨みつけた。
「私は、あの子に人生を狂わされたの。
魔法が暴走したとき……私は死ぬところだったのよ。
なのに侯爵さまがくれたのは、たった三ヶ月の休暇だけ! 私の苦しみがそんな安いものだと思っているの?」
……たしかに、その日レオンは暴走した。
でも、当時のレオンは幼く、制御を教える者もおらず、孤立の極みにあった。
私は、反論しつつも声を落とした。
「坊ちゃまは助けを求めることもできず……追い詰められておられたのです」
「だからって、子どもに殴られたのと同じじゃないの!」
彼女は声を荒げた。
その叫びは、階段の冷えた空気に異様にひびく。
「もう二度と! あんな子のそばになんて行きたくない!」
その瞬間。
廊下の奥で、扉がほんのわずかに開き、黒い影のように小さな視線がのぞいた。
――レオンだ。
その瞳に走る影。
怯え、悲しみ、そして……闇魔法の暴走の兆し。
闇魔法の揺らぎが、足元に黒い揺れとして見えた。
このままでは危険だ。
私は静かに一歩踏み出し、階級秩序を越えてはならない一線を――それでも越えた。
「……ミセス・クック。
もし、あなたがレオン坊ちゃまの魔力を“吸い上げていた”ことを、侯爵様にお伝えしたら……どうなりますかしら?」
メイドが乳母を脅すなど、本来なら即日解雇。
主人の屋敷から叩き出されても文句が言えない。
それでも、私は黙っていられなかった。
クック夫人の顔色が変わった。
「な……何を言って……」
「わかっています。
冷たいスープしか与えなかったこと。
夜に部屋の鍵を外からかけたこと。
『化け物』と罵り、泣かせたこと。
そして――
あなたがレオン坊ちゃまから魔力を吸い上げていたことも」
魔力を他人から吸い上げる行為は、この世界では魔法犯罪にあたる。
本来の19世紀イングランドの法律では存在しない概念だけど、この世界では“暴行罪+魔法犯罪”として重い罪となる。
一般的な児童虐待だけでも、当時の法では、罰金(数シリング~数ポンド)や数週間~数ヶ月の拘留刑が科されるのだ。
くわえて魔法犯罪となれば、侯爵家の面子もあり、処罰は避けられない。
「そ、そんな……証拠なんて……!」
夫人は震えた声で言った。
私はゆっくりと指を動かした。
ガス灯に照らされた階段の壁に、影がするりと伸び、床を這う。
影が形を変え、“声”を生み出す。
『うるさいんだよ、この化け物! もっと私に魔力をよこしなさい!』
『誰があんたの母親だっていうのよ。甘えるな! おまえは私の若返りのために魔力をよこせばいい!』
クック夫人が吐いた言葉が再生された。
19世紀の屋敷に、こんな“証拠”が残るなど、本来ありえるはずがない。
だからこそ、その異様さが夫人の背筋を凍らせた。
クック夫人は、階段に手をつき、肩を震わせる。
逃げ場はもうない。
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