19世紀イングランド風の異世界。未来で悪役になる貴族の息子を、メイドの私が溺愛して運命を変えます

ねこまんまる

文字の大きさ
36 / 40

36 ティールーム

しおりを挟む
私は扉を押して、レオンと共にティールームに入る。
中は、静かだった。
紅茶と砂糖菓子の甘い香りがただよっている。
壁際に小さなテーブルがいくつか並び、婦人たちが手袋を外したまま紅茶を口に運んでいた。
 
陶器の触れ合う音と、紅茶を注ぐかすかな音だけがひびくなか、私たちは席につく。
メニュー板に目を通し、それからレオンのほうを見る。
 
「何か、食べてみたいものはありますか?」

「え……えっと……」
 
視線が、テーブルの端から端へと迷う。
菓子の名前や値段の感覚が、よくわからないようだ。

「エマに、おまかせしてもいいかな」

「じゃあ――」
 
私は考えたあと、店員を呼び止めて告げる。
 
「紅茶を二つ。それと、スポンジケーキを一皿、お願いします」
 
やがて運ばれてきた皿には、淡い色のケーキが二切れ、静かに並んでいる。
19世紀のティールームで出される菓子は、卵と少量の砂糖で焼いた素朴なスポンジケーキが定番だった。
 
当時の紅茶は、まだ高級だ。
現代ほど種類が多いわけではないけれど、いくつかの定番がある。

目の前にある紅茶は、19世紀のティールームで定番の中国茶、ボヘアだ。
これは黒茶の総称で、少し煙っぽい香りがする。

レオンは、少ししてから言った。
 
「……紅茶って、苦くない?」
 
「ええ。でも、ミルクと砂糖がありますから大丈夫ですよ」
 
そう言って、私は砂糖壺を軽く示す。
 
「入れすぎなければ、ちゃんとやさしい味になるんですよ」
 
紅茶は、濃い琥珀色だった。
湯気の向こうで、レオンはカップを両手で包む。
 
「……あったかいね。ケーキは1皿を二人でわけて食べるものなの?」
 
「はい。ここでは、一皿を二人でというのも普通なんです」
 
ケーキは現代のような見た目をしておらず、少量のクリームが添えられていたけれど、ふわふわの山盛りホイップではない。
牛乳をしばらく置いて自然に上に浮いてきた脂肪分を使っているのだ。
遠心分離機はまだない時代なので、時間と手作業で分けている。
 
フォークでスポンジケーキを食べたレオンは、目を丸くした。
 
「……これ……砂糖が入ってる?」
 
当時のロンドンでは、砂糖は植民地から運ばれてくる高価な品だった。
パンのように毎日口にできるものではなく、特別な日にだけ許される甘さ。
 
私は「そうですよ」と笑顔でうなずいたあと、フォークを取り、菓子を口に運んだ。
当時のスポンジケーキは卵・砂糖・小麦粉のみで、ベーキングパウダーは使われていない。
自然なあまさでおいしいけれど、つい私は現代のケーキのことをを思い出してしまう。
ああいったケーキはこの時代では作れないから、口にすることはないだろう。
 
レオンは、うれしそうにケーキを食べている。
私は紅茶を一口飲み、その様子を横目で見守った。

 
そうして二人でケーキを食べ終え、私は会計をすませた。
会計は、入口近くの小さな台で行われる。
私は硬貨を数え、10ペンスを店員に差し出す。
 
紅茶は1杯で2ペンス。
茶葉自体が高価なので、安くはない。
スポンジケーキは、6ペンス。
卵・砂糖を使うから、パンより高級だ。
 
ちなみに、パンは1ローフで2ペンス前後。
労働者の日当は、1~2シリング(12~24ペンス)だ。

砂糖と紅茶、そして菓子。
その値段は、パン屋でローフをいくつも買えるほどだった。
それでも、レオンがうれしそうにしていたから、私は悔いがなかった。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

(自称)我儘令嬢の奮闘、後、それは誤算です!

みん
恋愛
双子の姉として生まれたエヴィ。双子の妹のリンディは稀な光の魔力を持って生まれた為、体が病弱だった。両親からは愛されているとは思うものの、両親の関心はいつも妹に向いていた。 妹は、病弱だから─と思う日々が、5歳のとある日から日常が変わっていく事になる。 今迄関わる事のなかった異母姉。 「私が、お姉様を幸せにするわ!」 その思いで、エヴィが斜め上?な我儘令嬢として奮闘しているうちに、思惑とは違う流れに─そんなお話です。 最初の方はシリアスで、恋愛は後程になります。 ❋主人公以外の他視点の話もあります。 ❋独自の設定や、相変わらずのゆるふわ設定なので、ゆるーく読んでいただけると嬉しいです。ゆるーく読んで下さい(笑)。

【完結】婚約破棄寸前の悪役令嬢は7年前の姿をしている

五色ひわ
恋愛
 ドラード王国の第二王女、クラウディア・ドラードは正体不明の相手に襲撃されて子供の姿に変えられてしまった。何とか逃げのびたクラウディアは、年齢を偽って孤児院に隠れて暮らしている。  初めて経験する貧しい暮らしに疲れ果てた頃、目の前に現れたのは婚約破棄寸前の婚約者アルフレートだった。

『悪役令嬢』は始めません!

月親
恋愛
侯爵令嬢アデリシアは、日本から異世界転生を果たして十八年目になる。そんな折、ここ数年ほど抱いてきた自身への『悪役令嬢疑惑』が遂に確信に変わる出来事と遭遇した。 突き付けられた婚約破棄、別の女性と愛を語る元婚約者……前世で見かけたベタ過ぎる展開。それを前にアデリシアは、「これは悪役令嬢な自分が逆ざまぁする方の物語では」と判断。 と、そこでアデリシアはハッとする。今なら自分はフリー。よって、今まで想いを秘めてきた片想いの相手に告白できると。 アデリシアが想いを寄せているレンは平民だった。それも二十も年上で子持ちの元既婚者という、これから始まると思われる『悪役令嬢物語』の男主人公にはおよそ当て嵌まらないだろう人。だからレンに告白したアデリシアに在ったのは、ただ彼に気持ちを伝えたいという思いだけだった。 ところがレンから来た返事は、「今日から一ヶ月、僕と秘密の恋人になろう」というものだった。 そこでアデリシアは何故『一ヶ月』なのかに思い至る。アデリシアが暮らすローク王国は、婚約破棄をした者は一ヶ月、新たな婚約を結べない。それを逆手に取れば、確かにその間だけであるならレンと恋人になることが可能だと。 アデリシアはレンの提案に飛び付いた。 そして、こうなってしまったからには悪役令嬢の物語は始めないようにすると誓った。だってレンは男主人公ではないのだから。 そんなわけで、自分一人で立派にざまぁしてみせると決意したアデリシアだったのだが―― ※この作品は、『小説家になろう』様でも公開しています。

モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】

いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。 陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々 だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い 何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ

聖女だと呼び出しておいて無能ですか?〜捨てられた私は魔王様に溺愛される〜

みおな
恋愛
 学校帰りにいきなり眩い光に包まれて連れて来られたのは異世界でした。  王子はこんなちんちくりんは聖女ではないと言い放ち、私を王宮から追い出しました。  元の世界に帰る方法は、魔王の持つ帰還の指輪が必要と言われ、途方にくれた私の前に現れたのは、美形の魔王でした。

異世界で悪役令嬢として生きる事になったけど、前世の記憶を持ったまま、自分らしく過ごして良いらしい

千晶もーこ
恋愛
あの世に行ったら、番人とうずくまる少女に出会った。少女は辛い人生を歩んできて、魂が疲弊していた。それを知った番人は私に言った。 「あの子が繰り返している人生を、あなたの人生に変えてください。」 「………はぁああああ?辛そうな人生と分かってて生きろと?それも、繰り返すかもしれないのに?」 でも、お願いされたら断れない性分の私…。 異世界で自分が悪役令嬢だと知らずに過ごす私と、それによって変わっていく周りの人達の物語。そして、その物語の後の話。 ※この話は、小説家になろう様へも掲載しています

捨てた騎士と拾った魔術師

吉野屋
恋愛
 貴族の庶子であるミリアムは、前世持ちである。冷遇されていたが政略でおっさん貴族の後妻落ちになる事を懸念して逃げ出した。実家では隠していたが、魔力にギフトと生活能力はあるので、王都に行き暮らす。優しくて美しい夫も出来て幸せな生活をしていたが、夫の兄の死で伯爵家を継いだ夫に捨てられてしまう。その後、王都に来る前に出会った男(その時は鳥だった)に再会して国を左右する陰謀に巻き込まれていく。

【完結】ここって天国?いいえBLの世界に転生しました

三園 七詩
恋愛
麻衣子はBL大好きの腐りかけのオタク、ある日道路を渡っていた綺麗な猫が車に引かれそうになっているのを助けるために命を落とした。 助けたその猫はなんと神様で麻衣子を望む異世界へと転生してくれると言う…チートでも溺愛でも悪役令嬢でも望むままに…しかし麻衣子にはどれもピンと来ない…どうせならBLの世界でじっくりと生でそれを拝みたい… 神様はそんな麻衣子の願いを叶えてBLの世界へと転生させてくれた! しかもその世界は生前、麻衣子が買ったばかりのゲームの世界にそっくりだった! 攻略対象の兄と弟を持ち、王子の婚約者のマリーとして生まれ変わった。 ゲームの世界なら王子と兄、弟やヒロイン(男)がイチャイチャするはずなのになんかおかしい… 知らず知らずのうちに攻略対象達を虜にしていくマリーだがこの世界はBLと疑わないマリーはそんな思いは露知らず… 注)BLとありますが、BL展開はほぼありません。

処理中です...