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37 デートの終わり
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ティールームから出るために扉を開けた瞬間、外の空気が入ってくる。
煤と霧、馬と石畳のにおい。
さっきまでいた静かなティールームが、まるで別の世界だったかのように遠ざかる。
通りに足を踏み出すと、音が増える。
馬車の車輪が石畳を叩く低いひびき。
御者の短い怒鳴り声。
露店商の呼び声が重なり、どこかで金属が打ち合わされる音がする。
通りを歩きながら、レオンは先ほどよりも周囲をよく見ていた。
人の流れ、看板、露店。
魚屋の前では、樽を開ける音と生臭い空気が広がり、肉屋の店先には、大きな肉塊が吊るされている。
靴屋、仕立屋、帽子屋。
金物屋の前では、鍋や釘が光を反射していた。
ロンドンには、店が多い。
それは、人が多いからだ。
19世紀は、大英帝国の時代。
官庁、海軍・陸軍、貿易会社、すべてがロンドンに集中している。
それに、イングランドは世界でいち早く産業革命が進んだ国だった。
テムズ川沿いに発展した港湾都市ロンドンには、世界中から船が来る。
人と物が、常に出入りする都市なのだ。
「さっきの店……」
ぽつりと、レオンが言う。
「みんな、静かだったね」
「ええ。ああいう場所では、騒がないのが礼儀なんです」
「……大人の場所、って感じがした」
その言葉に、私は返事をしなかった。
代わりに、歩幅を少しだけ整える。
そろそろ帰ろうということになり、私たちは屋敷へつづく道をあるいた。
橋を渡り、人通りの多い商業地帯をすすんだあと、屋敷街に戻る。
このあたり……メイフェア地区は、上級貴族や外交官、富裕層が住む地域で、とても静かだ。
屋敷のある通りへ近づくにつれて、人通りは減っていく。
屋敷の門が見えたとき、レオンは立ち止まった。
「……ありがとう、エマ。町を見せてくれて」
「いえ、楽しんでいただけたのなら、よかったです」
「うん。楽しかった」
門をくぐり、屋敷の中へ戻ると、外の音は急に遠ざかる。
石炭のにおいも通りのざわめきも、厚い壁の向こうに押し戻されていった。
いつもの廊下。
いつもの階段。
使用人たちは、それぞれの仕事に戻っている。
レオンの部屋の前で、私は足を止めた。
「ここまでです」
「……うん」
彼は少しだけためらってから、扉に手をかける。
「また……デートしてくれる?」
「はい。また……いつか」
それで十分だった。
レオンは小さく笑って、部屋に入った。
扉が閉まる音を聞いてから、私は自分の持ち場へ戻る。
エプロンのはしを整え、いつもの仕事に手を伸ばす。
紅茶のあたたかさも、ケーキに入っていた砂糖の甘さも残っていない。
けれど、確かに今日という一日は、いつもより少しだけあたたかかった。
煤と霧、馬と石畳のにおい。
さっきまでいた静かなティールームが、まるで別の世界だったかのように遠ざかる。
通りに足を踏み出すと、音が増える。
馬車の車輪が石畳を叩く低いひびき。
御者の短い怒鳴り声。
露店商の呼び声が重なり、どこかで金属が打ち合わされる音がする。
通りを歩きながら、レオンは先ほどよりも周囲をよく見ていた。
人の流れ、看板、露店。
魚屋の前では、樽を開ける音と生臭い空気が広がり、肉屋の店先には、大きな肉塊が吊るされている。
靴屋、仕立屋、帽子屋。
金物屋の前では、鍋や釘が光を反射していた。
ロンドンには、店が多い。
それは、人が多いからだ。
19世紀は、大英帝国の時代。
官庁、海軍・陸軍、貿易会社、すべてがロンドンに集中している。
それに、イングランドは世界でいち早く産業革命が進んだ国だった。
テムズ川沿いに発展した港湾都市ロンドンには、世界中から船が来る。
人と物が、常に出入りする都市なのだ。
「さっきの店……」
ぽつりと、レオンが言う。
「みんな、静かだったね」
「ええ。ああいう場所では、騒がないのが礼儀なんです」
「……大人の場所、って感じがした」
その言葉に、私は返事をしなかった。
代わりに、歩幅を少しだけ整える。
そろそろ帰ろうということになり、私たちは屋敷へつづく道をあるいた。
橋を渡り、人通りの多い商業地帯をすすんだあと、屋敷街に戻る。
このあたり……メイフェア地区は、上級貴族や外交官、富裕層が住む地域で、とても静かだ。
屋敷のある通りへ近づくにつれて、人通りは減っていく。
屋敷の門が見えたとき、レオンは立ち止まった。
「……ありがとう、エマ。町を見せてくれて」
「いえ、楽しんでいただけたのなら、よかったです」
「うん。楽しかった」
門をくぐり、屋敷の中へ戻ると、外の音は急に遠ざかる。
石炭のにおいも通りのざわめきも、厚い壁の向こうに押し戻されていった。
いつもの廊下。
いつもの階段。
使用人たちは、それぞれの仕事に戻っている。
レオンの部屋の前で、私は足を止めた。
「ここまでです」
「……うん」
彼は少しだけためらってから、扉に手をかける。
「また……デートしてくれる?」
「はい。また……いつか」
それで十分だった。
レオンは小さく笑って、部屋に入った。
扉が閉まる音を聞いてから、私は自分の持ち場へ戻る。
エプロンのはしを整え、いつもの仕事に手を伸ばす。
紅茶のあたたかさも、ケーキに入っていた砂糖の甘さも残っていない。
けれど、確かに今日という一日は、いつもより少しだけあたたかかった。
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