18世紀末ヴェルサイユに似た乙女ゲーム世界に転生した悪役令嬢は、断罪を回避したい

ねこまんまる

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4 サロンでのお茶会

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正午前。
ヴェルサイユ宮殿の、王妃の大居室に隣接する“プティ・サロン”。
 
高位貴族の私室(サロン)では、定期・不定期に貴族たちが集まり、私的なお茶会が開かれている。
 
湯気のたつショコラの甘い香りがただよい、冬の光が金箔の壁を柔らかく照らしていた。

侍女たちが手に持つ銀盆の上には、濃厚なホットショコラ、紅茶、カフェ(コーヒー)、砂糖漬けの果物、小さなブリオッシュ(フランス中世のあまいパン)などが乗せられていた。

王妃のマリー・アントワネットが椅子に腰を下ろすと、侍女が慎重に盆を支え、細い手つきで王妃の前にカップを置く。

小さな蓋がついた、セーヴル磁器のショコラカップ。
それは、まさに“宮廷の贅沢”そのものだった。

マリー・アントワネットは、この時代、18世紀後半のヴェルサイユの王妃だ。
1774年、ルイ16世が即位し、アントワネットが王妃となった。

このお茶会に参加していたのは、私をふくめて、貴婦人が数人。
それぞれが、テーブルをかこんで椅子にすわっている。

王妃が扇子をたたみ、カップのふたをわずかに開ける。
バニラとカカオの芳香ほうこうが、ふわりと立ちのぼった。

私や周囲の貴婦人たちは、王妃より先に口をつけないという宮廷の暗黙の規則にしたがい、微動だにせず王妃の行動をうかがう。

やがて王妃がショコラをひと口飲み、ほほえんだのを合図に、侍女たちが飲み物をサロン参加者へ配って回る。
そうして、サロンの会話がようやく静かに動き出す。

「まぁ、このショコラ……香りが高うございますこと」
「王妃陛下のために、今朝カカオをかせたと聞きましたわ」

甘やかな声が交わされる一方で、扇子がわずかに動き、視線とささやきが交錯する。

この時代、お茶会といっても、“現代のティーパーティー”とは少し違う。
ここでは、お茶を飲むのではなく、飲みながら政治をする場所なのだ。
 
参加できるのは、“宮廷特権”を持つ高位の女性だけ。
公爵夫人や公爵令嬢、王妃の姉妹・親族、外国大使夫人などだ。

椅子の配置、挨拶の順番、ショコラの香りに包まれながら交わされる何気ない言葉。
そのどれもが、立場と派閥をはかる道具だった。

王妃はショコラカップを指で軽く支え、優雅に周囲へ視線を流す。

「……さて。今日は久しくお会いしていない方々とお話ししたくて」

王妃の柔らかな声に、貴婦人たちは一斉に扇子を胸元に寄せ、深く一礼する。

貴婦人のひとりが、私に視線をむけた。

「そういえば、セシル様。このまえ陛下の御前で侍女を叱責なさったとか?」

声は甘やかなのに、視線は氷のように細い。

――ゲーム通りだ。

あの乙女ゲームの宮廷も、礼儀と暗黙のルール、扇子と視線の駆け引きがすべてを決めていた。
ここでも同じ。
返答ひとつで、私の運命が変わる。

「いいえ。事実ではございませんわ」

微笑むと、別の貴婦人が扇子の影で唇をゆがめた。

「まあ? でも“見た”と申す侍女が三人ほどおりますけれど?」

サロンが、ざわり、と熱を帯びる。

侍女の証言が三つ重なれば、宮廷ではそれがほぼ“真実”としてあつかわれる。

やっぱり、誰かが意図的に仕掛けている……。

私は微笑を崩さない。
ここで表情を乱すことは“敗北”と同義だ。

王妃はなにも言わないまま、銀の瞳で静かに私を観察していた。
王妃が沈黙すれば、貴婦人たちは勝手に解釈し、ウワサはさらに加速する。

――修道院送り。
ゲームでの悪役令嬢セシルの未来が、じりじりと近づく。

私は、ほんのわずかだけ首をかしげた。
それは否定でも抗議でもなく、『思い出している』仕草。

「三人、でございますか。
では——そのうちのひとりでも結構ですわ。
私が『陛下のまえで侍女をしかりつけた』、そのときの状況を、正確におっしゃった侍女は?」

サロンが、ぴたりと静まりかえった。
貴婦人は一瞬だけ言葉に詰まり、扇子を持ち替える。

「……言葉の詳細までは」

「でしょうね。
陛下の御前で、声を荒らげながら侍女をしかりつけることは——
宮廷礼法に反します」

宮廷礼法は、宮廷でのルールみたいなもの。
法律でも宗教戒律でもないけれど、このルールをやぶれば社会的に死ぬほど強力だった。
ここにいる全員が、それを知っている。

「もし私がそれを破ったのなら、その場で女官長殿から注意が入らないはずがございません」

ゆっくりと、視線を王妃の背後に立つ女官長へ移す。
女官長は、ほんの一瞬だけ首をたてに振った。
否定や肯定の言葉はない。
でもそれで十分だった。
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