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第8話 優しく抱きしめられたい
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この日、リリムは街にある大きな病院に来ていた。
彼女の物欲センサーが、ここに自分を必要としている人間がいると告げている。
リリムはひょいと、とある病室を覗き込んだ。
「あら、可愛らしい悪魔さん」
ニコッと微笑みかけたのは今回の契約者、里見菊子。
ちなみに入院患者も悪魔のことを知っているのは、病院内を普通に悪魔が出入りしているからである。
「こんにちは、菊子さん」
殺風景で物が少ない病室。ベッドの上に横たわる菊子の周りには、家族が持ってきたような花や写真立ては見当たらない。はにかみながら病室に入ってくるリリムを、菊子はまるで久しぶりに訪れた孫のように快く迎え入れた。
「何もお構いできないけれど」と言う菊子に、リリムはふるふると首を横に振る。
「悪魔さんが来たということは、私もそろそろお迎えかしら」
「いえ、それは死神さんのお仕事ですね」
老人特有のジョークに、2人で大笑いした。
「ええと、それで、菊子さんの願いはなんでしょうか?」
リリムはあらかじめ、菊子のことを調べ上げてある。
3年前、交通事故にあい、寝たきりになって入院している老婆。
家族も孫すらも彼女に会いに来ず、寂しい思いをしているという。
そんな彼女が悪魔を求めるほどの願望とはいかなるものか、リリムは気になっていた。
「あら、どんな願いでも叶えてくれるの?」
「もちろんです! こちらの契約書にサインを」
菊子はためらうことなく、契約書に名前を書く。
契約書は黄金色の魔力を宿し、リリムに流れ込んだ。
「それでは、菊子さん! どんな願いでもお申し付けください! 家族への復讐でも身体の治癒でも、お望みのままに!」
「いいえ、私は復讐も治療も望んでいないの。老い先短い生涯、今さらそんな願いは持たないわ」
「えっ? じゃあ何を願っているんですか?」
耳を疑うリリムに、老婆は微笑んで、「こんなことを、こんなおばあちゃんが言うのは恥ずかしいのだけれど……」と前置きする。
「リリムちゃんに、優しく抱きしめてほしいの」
リリムはきょとんとしていた。
「……え? た、魂をかけた願いがそれでいいんですか? あの、これを叶えたら、菊子さんは地獄に落ちるんですよ?」
「ええ、構わないわ」
優しく目を細める菊子の目には、確かな覚悟が宿っている。
「この歳になると抱きしめてくれる人なんていないもの。魂をかける価値があるわ」
「そういうものなんですか……?」
「それにね、私は若い頃、たくさんの罪を犯してきたと思うの。リリムちゃんと契約してもしなくても、天国には行けないと思うわ」
「そうかなあ……」
リリムはおずおずと菊子に近づき、ベッドの上に座っている彼女をそっと抱きしめた。
菊子はリリムの背中に手を回し、2人は静かに抱きしめ合う。
10分ほど経っただろうか、菊子が「もういいわ、ありがとう」と、そっと身体を離した。
契約書から黄金色の魔力が抜けていく。契約が完了したのだ。
「リリムちゃんは契約ノルマが欲しかったのよね。私の魂でよかったら、持っていってちょうだい」
「はい……。菊子さんの死後、魂が自動的にリリムのもとに運ばれることになっているので……」
リリムは何か言いたげにしながら、病室をあとにしようとする。
扉に手をかけて、しばらく思い悩んでから、「あの!」と振り返った。
「……また、遊びに来てもいいですか!?」
菊子は目を見開いたあと、「もちろんよ」とにっこり笑ったのである。
その後、リリムは夕方になって、雅宗の家に帰ってきた。
「……雅宗さん。私、菊子さんみたいな優しい人間の魂を、地獄に落としてしまっていいのでしょうか?」
「それがお前の役目だろ」
雅宗は冷徹に返事をしながら、手作りのオムライスを食べている。
「私のしていることが正しいのか、わからなくなったんです。魔王様なんかのために、菊子さんを地獄に永遠に縛り付けることになるなんて……」
「その菊子さんが納得したうえで、お前に魂を預けたんだから、それを受け取ればいい」
「でも……」
「それに、多分大丈夫だ」
「え? それは、どういう」
「リリム」
雅宗はスプーンを静かに皿の上に置き、これまでリリムに見せたことのない、強い意志を秘めた目で彼女を見据えた。
「俺も、お前に叶えて欲しい願いがある」
「……え?」
そう。
とうとう、雅宗が己の「本当の願い」をリリムに打ち明ける時が来たのだ。
〈続く〉
彼女の物欲センサーが、ここに自分を必要としている人間がいると告げている。
リリムはひょいと、とある病室を覗き込んだ。
「あら、可愛らしい悪魔さん」
ニコッと微笑みかけたのは今回の契約者、里見菊子。
ちなみに入院患者も悪魔のことを知っているのは、病院内を普通に悪魔が出入りしているからである。
「こんにちは、菊子さん」
殺風景で物が少ない病室。ベッドの上に横たわる菊子の周りには、家族が持ってきたような花や写真立ては見当たらない。はにかみながら病室に入ってくるリリムを、菊子はまるで久しぶりに訪れた孫のように快く迎え入れた。
「何もお構いできないけれど」と言う菊子に、リリムはふるふると首を横に振る。
「悪魔さんが来たということは、私もそろそろお迎えかしら」
「いえ、それは死神さんのお仕事ですね」
老人特有のジョークに、2人で大笑いした。
「ええと、それで、菊子さんの願いはなんでしょうか?」
リリムはあらかじめ、菊子のことを調べ上げてある。
3年前、交通事故にあい、寝たきりになって入院している老婆。
家族も孫すらも彼女に会いに来ず、寂しい思いをしているという。
そんな彼女が悪魔を求めるほどの願望とはいかなるものか、リリムは気になっていた。
「あら、どんな願いでも叶えてくれるの?」
「もちろんです! こちらの契約書にサインを」
菊子はためらうことなく、契約書に名前を書く。
契約書は黄金色の魔力を宿し、リリムに流れ込んだ。
「それでは、菊子さん! どんな願いでもお申し付けください! 家族への復讐でも身体の治癒でも、お望みのままに!」
「いいえ、私は復讐も治療も望んでいないの。老い先短い生涯、今さらそんな願いは持たないわ」
「えっ? じゃあ何を願っているんですか?」
耳を疑うリリムに、老婆は微笑んで、「こんなことを、こんなおばあちゃんが言うのは恥ずかしいのだけれど……」と前置きする。
「リリムちゃんに、優しく抱きしめてほしいの」
リリムはきょとんとしていた。
「……え? た、魂をかけた願いがそれでいいんですか? あの、これを叶えたら、菊子さんは地獄に落ちるんですよ?」
「ええ、構わないわ」
優しく目を細める菊子の目には、確かな覚悟が宿っている。
「この歳になると抱きしめてくれる人なんていないもの。魂をかける価値があるわ」
「そういうものなんですか……?」
「それにね、私は若い頃、たくさんの罪を犯してきたと思うの。リリムちゃんと契約してもしなくても、天国には行けないと思うわ」
「そうかなあ……」
リリムはおずおずと菊子に近づき、ベッドの上に座っている彼女をそっと抱きしめた。
菊子はリリムの背中に手を回し、2人は静かに抱きしめ合う。
10分ほど経っただろうか、菊子が「もういいわ、ありがとう」と、そっと身体を離した。
契約書から黄金色の魔力が抜けていく。契約が完了したのだ。
「リリムちゃんは契約ノルマが欲しかったのよね。私の魂でよかったら、持っていってちょうだい」
「はい……。菊子さんの死後、魂が自動的にリリムのもとに運ばれることになっているので……」
リリムは何か言いたげにしながら、病室をあとにしようとする。
扉に手をかけて、しばらく思い悩んでから、「あの!」と振り返った。
「……また、遊びに来てもいいですか!?」
菊子は目を見開いたあと、「もちろんよ」とにっこり笑ったのである。
その後、リリムは夕方になって、雅宗の家に帰ってきた。
「……雅宗さん。私、菊子さんみたいな優しい人間の魂を、地獄に落としてしまっていいのでしょうか?」
「それがお前の役目だろ」
雅宗は冷徹に返事をしながら、手作りのオムライスを食べている。
「私のしていることが正しいのか、わからなくなったんです。魔王様なんかのために、菊子さんを地獄に永遠に縛り付けることになるなんて……」
「その菊子さんが納得したうえで、お前に魂を預けたんだから、それを受け取ればいい」
「でも……」
「それに、多分大丈夫だ」
「え? それは、どういう」
「リリム」
雅宗はスプーンを静かに皿の上に置き、これまでリリムに見せたことのない、強い意志を秘めた目で彼女を見据えた。
「俺も、お前に叶えて欲しい願いがある」
「……え?」
そう。
とうとう、雅宗が己の「本当の願い」をリリムに打ち明ける時が来たのだ。
〈続く〉
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