9 / 10
第9話 雅宗の願い
しおりを挟む
「リリム、お前にずっと言えなかった願いがある。それを叶えて欲しい」
雅宗の真剣な表情に、リリムは言葉を詰まらせる。
菊子という心優しい老婆の魂を地獄に落とす契約をしたばかりの今、彼女の心は複雑に波打っていた。
雅宗は、そんなリリムの戸惑いを完全に無視するように、話を続ける。
「実は、俺はコンビを組んで漫才をしているんだ。ツッコミ役で」
これまでの雅宗の切れ味のいいツッコミを見れば、納得がいった。
「俺の本当の願いは、漫才コンテストで優勝すること。今月末には予選が行われる」
「……人間の皆さん、おかしいですよ。SNSでバズりたいとか、先輩と仲良くなりたいとか……そんなの、大切な魂をかけるほどのことじゃないでしょ!」
リリムの目には、涙がにじんでいる。
雅宗は首を横に振った。
「たしかに、お前から見たらくだらない願いかもしれないな。でも、本人たちにとっては、地獄に落ちても後悔しないくらいの願いなんじゃないのか」
目を見張るリリムに、雅宗は自分の置かれている事情を語っていく――。
翌日、リリムと雅宗は公園にいた。
雅宗の隣には、太った男が立っている。
「ど、どうも……猫宮マタタビです」
もちろん、芸名だ。
雅宗の相方にしてボケ担当。
2人はリリムの前で漫才の練習をしようとここにやってきた。
「このマタタビが、どうにも物覚えが悪くてな……なかなか台本を覚えられないんだ。それで、リリムにはこいつを見てもらって、アドバイスが欲しいんだよ」
「すみませんね、僕なんかのために」
「本当にな、しっかりしろ」
雅宗はビシッとマタタビの胸を叩くが、その口は笑っている。
2人は学生時代からの友人同士だそうだ。
早速練習を始めたが、マタタビは本当に記憶力が悪いようだった。
「いやあ、本当にね。女心と秋の空って言いますからね」
「……」
マタタビは視線を前に向けているが、何も見ていないように見える。
口をパクパクさせているが、何も言葉を発しない。
「……やっぱダメか?」
「ごめん……」
「いいよ、ちょっと休憩しよう。リリムがいるから緊張してるのかもしれないしな。それにしたって、たった1人の観客でこの調子じゃ、コンテストが思いやられるぞ」
3人で公園内の自動販売機へ向かい、水を買った。
マタタビはズボンのポケットから薬を取り出す。
「なんだ、風邪か?」
「かなあ。なんか最近、頭痛がひどくてさ」
「おいおい、気をつけろよ。もう本番まで時間ないんだから」
リリムは、そんな2人をじっと見つめていた。
休憩を終えて、練習を再開するが、やはりマタタビがボケることができず、ちっとも先に進まない。
「……おい。お前もしかしてわざとじゃないだろうな」
いらだちを見せる雅宗に、マタタビは慌てて「違うよ!」と顔の前で両手を振る。
「なんか、上手く頭が働かなくて……」
「そんな言い訳、通ると思ってるのか? そんなにコンビ解散したいのかよ」
「え? おふたりは解散するんですか?」
リリムが疑問を挟んだ。
「ああ、このコンテストが終わったら解散しようってマタタビの方から申し出があってな。でも、予選で敗退すれば、すぐに解散できるもんな」
「……」
「俺は、お前が誘ってくれたからここまでついてきたのに、そりゃねえだろマタタビ!」
雅宗はマタタビの肩をつかんで揺さぶる。
リリムは慌てて止めに入った。
「雅宗さん、そんなに揺さぶったら危ないですよ! この人、一度病院に連れてったほうが……」
「あ? 病院?」
雅宗が揺さぶりを止めた瞬間、マタタビは「ううっ!」とうめき声を上げて頭を両手で抱えるように押さえる。
そのまま公園の土の上に倒れ込んだ。
「おい!? どうした、マタタビ!? おいっ!」
「雅宗さん、救急車!」
そのまま病院へ運ばれたマタタビは、脳出血を起こしていると医師から雅宗に告げられる。
高血圧が原因で脳の血管が切れており、出血が脳を圧迫した結果、記憶障害が起きていたのでは、ということだった。
「あいつがボケられなかったのは、わざとじゃなかったんだ……」
雅宗は廊下のソファで、顔を両手で覆っている。リリムはそのそばに控えていた。
「……リリム。契約書、出してくれ」
「使うんですね、今、ここで」
「願いを変更だ。相方の……マタタビの病気を治してくれ」
このまま回復したとしても、後遺症が残る可能性がある。
雅宗は、そのリスクをゼロにしたかった。
署名を書かれた契約書は黄金色に輝き、その光がリリムを包む。
病室で眠っていたマタタビに魔力を注ぎ――治癒は終わった。
「本当に、ありがとう、リリム」
雅宗は優しい顔つきでリリムの手にそっと契約書を握らせた。
「これで良かったんですか、雅宗さん」
「ああ。あいつが助かるなら、地獄に落ちても悔いはない。俺の魂、持っていけ」
リリムは、契約書を握りしめながら、ポロポロと涙をこぼす。
「……人間さんって、バカばっかりですよ……」
この契約を持って、彼女の営業ノルマは果たされた。
リリムは、地獄に戻ることを許されたのである。
〈続く〉
雅宗の真剣な表情に、リリムは言葉を詰まらせる。
菊子という心優しい老婆の魂を地獄に落とす契約をしたばかりの今、彼女の心は複雑に波打っていた。
雅宗は、そんなリリムの戸惑いを完全に無視するように、話を続ける。
「実は、俺はコンビを組んで漫才をしているんだ。ツッコミ役で」
これまでの雅宗の切れ味のいいツッコミを見れば、納得がいった。
「俺の本当の願いは、漫才コンテストで優勝すること。今月末には予選が行われる」
「……人間の皆さん、おかしいですよ。SNSでバズりたいとか、先輩と仲良くなりたいとか……そんなの、大切な魂をかけるほどのことじゃないでしょ!」
リリムの目には、涙がにじんでいる。
雅宗は首を横に振った。
「たしかに、お前から見たらくだらない願いかもしれないな。でも、本人たちにとっては、地獄に落ちても後悔しないくらいの願いなんじゃないのか」
目を見張るリリムに、雅宗は自分の置かれている事情を語っていく――。
翌日、リリムと雅宗は公園にいた。
雅宗の隣には、太った男が立っている。
「ど、どうも……猫宮マタタビです」
もちろん、芸名だ。
雅宗の相方にしてボケ担当。
2人はリリムの前で漫才の練習をしようとここにやってきた。
「このマタタビが、どうにも物覚えが悪くてな……なかなか台本を覚えられないんだ。それで、リリムにはこいつを見てもらって、アドバイスが欲しいんだよ」
「すみませんね、僕なんかのために」
「本当にな、しっかりしろ」
雅宗はビシッとマタタビの胸を叩くが、その口は笑っている。
2人は学生時代からの友人同士だそうだ。
早速練習を始めたが、マタタビは本当に記憶力が悪いようだった。
「いやあ、本当にね。女心と秋の空って言いますからね」
「……」
マタタビは視線を前に向けているが、何も見ていないように見える。
口をパクパクさせているが、何も言葉を発しない。
「……やっぱダメか?」
「ごめん……」
「いいよ、ちょっと休憩しよう。リリムがいるから緊張してるのかもしれないしな。それにしたって、たった1人の観客でこの調子じゃ、コンテストが思いやられるぞ」
3人で公園内の自動販売機へ向かい、水を買った。
マタタビはズボンのポケットから薬を取り出す。
「なんだ、風邪か?」
「かなあ。なんか最近、頭痛がひどくてさ」
「おいおい、気をつけろよ。もう本番まで時間ないんだから」
リリムは、そんな2人をじっと見つめていた。
休憩を終えて、練習を再開するが、やはりマタタビがボケることができず、ちっとも先に進まない。
「……おい。お前もしかしてわざとじゃないだろうな」
いらだちを見せる雅宗に、マタタビは慌てて「違うよ!」と顔の前で両手を振る。
「なんか、上手く頭が働かなくて……」
「そんな言い訳、通ると思ってるのか? そんなにコンビ解散したいのかよ」
「え? おふたりは解散するんですか?」
リリムが疑問を挟んだ。
「ああ、このコンテストが終わったら解散しようってマタタビの方から申し出があってな。でも、予選で敗退すれば、すぐに解散できるもんな」
「……」
「俺は、お前が誘ってくれたからここまでついてきたのに、そりゃねえだろマタタビ!」
雅宗はマタタビの肩をつかんで揺さぶる。
リリムは慌てて止めに入った。
「雅宗さん、そんなに揺さぶったら危ないですよ! この人、一度病院に連れてったほうが……」
「あ? 病院?」
雅宗が揺さぶりを止めた瞬間、マタタビは「ううっ!」とうめき声を上げて頭を両手で抱えるように押さえる。
そのまま公園の土の上に倒れ込んだ。
「おい!? どうした、マタタビ!? おいっ!」
「雅宗さん、救急車!」
そのまま病院へ運ばれたマタタビは、脳出血を起こしていると医師から雅宗に告げられる。
高血圧が原因で脳の血管が切れており、出血が脳を圧迫した結果、記憶障害が起きていたのでは、ということだった。
「あいつがボケられなかったのは、わざとじゃなかったんだ……」
雅宗は廊下のソファで、顔を両手で覆っている。リリムはそのそばに控えていた。
「……リリム。契約書、出してくれ」
「使うんですね、今、ここで」
「願いを変更だ。相方の……マタタビの病気を治してくれ」
このまま回復したとしても、後遺症が残る可能性がある。
雅宗は、そのリスクをゼロにしたかった。
署名を書かれた契約書は黄金色に輝き、その光がリリムを包む。
病室で眠っていたマタタビに魔力を注ぎ――治癒は終わった。
「本当に、ありがとう、リリム」
雅宗は優しい顔つきでリリムの手にそっと契約書を握らせた。
「これで良かったんですか、雅宗さん」
「ああ。あいつが助かるなら、地獄に落ちても悔いはない。俺の魂、持っていけ」
リリムは、契約書を握りしめながら、ポロポロと涙をこぼす。
「……人間さんって、バカばっかりですよ……」
この契約を持って、彼女の営業ノルマは果たされた。
リリムは、地獄に戻ることを許されたのである。
〈続く〉
0
あなたにおすすめの小説
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
婚約破棄? 私、この国の守護神ですが。
國樹田 樹
恋愛
王宮の舞踏会場にて婚約破棄を宣言された公爵令嬢・メリザンド=デラクロワ。
声高に断罪を叫ぶ王太子を前に、彼女は余裕の笑みを湛えていた。
愚かな男―――否、愚かな人間に、女神は鉄槌を下す。
古の盟約に縛られた一人の『女性』を巡る、悲恋と未来のお話。
よくある感じのざまぁ物語です。
ふんわり設定。ゆるーくお読みください。
【完結/番外追加】サリシャの光 〜憧れの先へ〜
ねるねわかば
恋愛
彼女は進む。過去に囚われた者たちを残して──
大商会の娘サーシャ。
子どもの頃から家業に関わる彼女は、従妹のメリンダと共に商会の看板娘として注目を集めていた。
華々しい活躍の裏で、着実に努力を重ねて夢へと向かうサーシャ。しかし時には心ないことを言う者もいた。
そんな彼女が初めて抱いた淡い恋。
けれどその想いは、メリンダの涙と少年の軽率な一言であっさり踏みにじられてしまう。
サーシャはメリンダたちとは距離をおき、商会の仕事からも離れる。
新たな場所で任される仕事、そして新たな出会い。どこにあっても、彼女が夢を諦めることはない。
一方、光に囚われた者たちは後悔と執着を募らせていき──
夢を諦めない少女が、もがきながら光を紡いでいく軌跡。
※前作「ルースの祈り」と同じ世界観で登場人物も一部かぶりますが、単体でお読みいただけます。
※作中の仕事や制作物、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。
お城のお針子~キラふわな仕事だと思ってたのになんか違った!~
おきょう
恋愛
突然の婚約破棄をされてから一年半。元婚約者はもう結婚し、子供まで出来たというのに、エリーはまだ立ち直れずにモヤモヤとした日々を過ごしていた。
そんなエリーの元に降ってきたのは、城からの針子としての就職案内。この鬱々とした毎日から離れられるならと行くことに決めたが、待っていたのは兵が破いた訓練着の修繕の仕事だった。
「可愛いドレスが作りたかったのに!」とがっかりしつつ、エリーは汗臭く泥臭い訓練着を一心不乱に縫いまくる。
いつかキラキラふわふわなドレスを作れることを夢見つつ。
※他サイトに掲載していたものの改稿版になります。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)
スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」
唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。
四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。
絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。
「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」
明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは?
虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる