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第二章 第六話
60 共通の秘密
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彼女が何を言っているのか、聖月はすぐに理解できなかった。
「あっ、私たちのことは知らなくて当然か。私は、ナンバー10で、きりはナンバー15なんだ。君は、ナンバー3だからすぐ分かったよ」
「…あの」
渡部夢(わたべ ゆめ)の話がまったく話に入ってこない。ただ、聖月はディメントで働いていることを、彼女が知っていることが衝撃的だった。どうしてバレたのか、理解できなかった。冷や汗で、背中が濡れているのを感じた。
「ああ、ごめんなさい。きり、重いわよね。こっちによこして」
「あ、はい…」
聖月は、夢の言うとおりきりを渡す。きりは寝ていて起きそうにない。夢は、その美しい口元を微笑ませた。
「今日はありがとう。きりにはよろしく言っとくわ。同業者が近くにいてビックリしたわよ。じゃあ、おやすみなさい」
「……お休みなさい…」
聖月が言った直後、ドアが閉められた。へたりと聖月はその場で座り込んだ。どうして、彼女は自分のことを知っているのか。まったく分からない。
ぼんやりした脳で、携帯を取り出してタクシーを呼んだ。その後、寮に戻ったが、一睡も出来ずにそのまま朝を迎えた。寝ようと思っても、どうしても寝付けなかった。疑問と、恐怖で身体がよく動かない。
朝、何も食べずに、誰とも喋らず大学に出かけた。蒼が聞いてきたりちょっかいかけられたような気がしたが、よく覚えていない。生きた心地がしなかった。どうして、彼女が知っていたのか、と考えると恐怖で身体が震え上がった。
とぼとぼと2限目まで時間があり待つためにカフェに向かう。そうして、大学までの道のりの中で、後ろから声をかけられた。
「君塚くん!」
後ろを振り向けば、きりがそこにいた。彼女は花柄のワンピースを着ていて、よく似合っている。
「…小田桐さん」
走ってきたようで、彼女は息を切らしていた。彼女の華奢な身体では、余計に辛そうに見えて聖月は眉を顰める。彼女を見ていると、妙に庇護欲をそそられるのは、どうしてなのだろうか。
「昨日、送ってくれてありがとうございます。…あの、ちょっと話したいことがあるのでカフェ行きませんか?」
きりは、顔を真っ赤にさせて恥かしそうに聞いてくる。聖月は、頷いた。自分にも、聞きたいことがあったからだ。
「うん、俺もカフェ行きたかったし…。行こうか」
「はい」
女性と二人きりで歩くのは初めて、聖月は緊張していた。隣の彼女を見てみれば、姿勢よく歩いている。きりの横顔は、どこか神聖なものを感じられた。それが、どこかは分からないが、雰囲気がどこか優しかった。
しばらく歩いていると、カフェに着く。カフェは、朝だからか空いていた。2人は、端っこの席に行き、聖月はカフェオレ、きりはコーヒーを頼んだ。向かい合った2人は、しばらく何も喋らなかった。聖月は、何を喋っていいのか分からなかった。
「あの、君塚くんは講義平気なんですか?」
口を開いたのは、彼女のほうだった。彼女も、緊張しているようだった。
「…うん、2限目からだから。小田桐さんも?」
「はい。君塚くんは、20歳ですよね? 2年生?」
「そうだね、君も?」
「はい! じゃあ、敬語とかなしでいいですね」
「…うん。それじゃあ、敬語なしで」
知り合ったばかりの二人のぎこちない会話がぽつぽつと続いていたが、きりがふいに黙った。俯いて、どんな表情をしているかは分からない。少しして、彼女は震えながら、顔を見せないで言った。
「…あの、夢ちゃんから、どこまで聞いたんですか? 私のこと、何かいってた…?」
聖月は、その言葉の重さを感じどきりとした。それは、きりが一番知りたかったのだろう。彼女は、震えながら口を動かしている。
きりも、何か人にはバレたくないことがあるのだろう。そんな気持ちが伝わってきて、聖月は胸が痛かった。こんなに健気な子がどうして、こんなに悲しそうにしなくてはならないのだろう――聖月はそう思わずにはいれなかった。
「お酒が弱いっていってるのに、呑んじゃってとか、そういうこと言ってたけど…」
聖月の言葉に、きりは顔をあげて、分かり易くほっとしたようだった。
「本当? それだけ、ですか?」
「あと、夢さんがナンバー10とか、きりがナンバー15とか言ってたかな」
「えっ…」
さっと、彼女の顔から表情が無くなった。この言葉に何か意味があるのだろうか。きりは、身体を震わせていた。すぐに顔が青ざめてこの世の終わりのような、表情になっていってしまい、聖月は慌てた。どうして、彼女が今にも死んでしまいそうな表情になるかよく分からない。
「…そうですか…。ばれちゃったなぁ。君塚くんに」
息を吐きだして、彼女は話す。
「え?」
悲しそうに笑う、きりの言葉に瞠目した。
何が、俺にばれたんだ――…?
そう疑問に思っていると、衝撃的な言葉がきりの口から発せられた。
「私と、夢ちゃんはディメントで働いてるって…。君塚くんは、ナンバー3でしょう…? 同業者って、案外近くにいるんだね…。びっくりだよ…」
その言葉を聞いて、理解したとたん頭が真っ白になる。
「小田桐さんが、ディメントで働いてる…?」
思わず、口を手で覆った。
どうして、どうして――…?
やっと夢に言われたことが分かった。彼女の言った《同業者》の意味を。それは、とても悲しい言葉だった。聖月は、まるで鈍器に殴られたような強い衝撃に、ただただ呆然するだけだった。目の奥が痛み、思わず泣き出しそうになった。
どうして、こんな哀しいことが起こるのだろう。どうして、あんなディメントでの仕事をきりのような女の子がやらなくてはいけないのだろうか。
女性だけを扱っているところをあるとは、小向から聞いていたが、そこで働いているのが夢やきりだということがたまらなく悲しかった。きりが、泣きそうな表情でぽつりぽつりと小声で話し始めた。
「うん、ほんとはイヤだけど、借金頑張って返済したいから…。あのマンション、実はねディメントの寮なんだ。だから、夢ちゃんに君塚くんに送ってもらったって聞いて、びっくりしたよ。だって、このこと他の人にばれちゃったらって思ったら、怖かった…。でもね、夢ちゃんに君塚くんもディメントで働いていてナンバー3だって聞いて驚いたよ。ホームページみたら、やっぱり君塚くんが居て。《セイ》って名前で…。私、悲しかった…。君塚くんみたいな、優しい子が働いてるんだって。かなしかった…」
「小田桐さん…」
きりが目を潤ませているのを見て、聖月も自然と涙が零れる。こんな身近に同じ仕事をしているを知って、聖月は悲しかった。辛かった。
ましてや、きりは女性だ。精神的にも身体的にも、きっと聖月より辛いのだろう。そう思うと、涙が止まらない。あの夢も、ディメントで働いているのかと思うと、辛かった。
「お、俺も…この仕事…イヤ…だよ。俺は、脅されて…入ったんだ。毎日、嫌だなって思って働いてる。ナンバー3になったのも、本当に嫌だ…。でも、大学卒業したら、終わるからそれまで頑張ろうって…でも、もう辛いよ…」
ほろほろと泣きながら、聖月はきりに気持ちを吐露した。情けないが、涙が止まらない。彼女も、しゃくりをあげて気持ちを吐き出した。
「私も、大学まで頑張ったら、借金終わるんだ…。だけど、毎日びくびくしながら暮らしてる…。このことが、友達に知られちゃったら、って想像して怖い…もう嫌だ…」
「おだ、ぎりさん…」
彼女の気持ちが分かって、涙が止まらない。しばらく、感情に任せしくしくと二人で泣き続けていた。カフェで号泣するのは初めてだった。一生、こんなことはきっとしないだろう。きりのコーヒーはすっかり冷え、カフェオレも同様に冷えていた。
二人の席を通りすぎる人に、ぎょっとした目で見られたがもう仕方がない。聖月はポケットにあるハンカチで涙を拭き、鼻水のつまった鼻はティッシュでかんだ。きりも、聖月と同じようにしていた。
「メルアド! 交換しましょうっ」
落ち着いたとき、大声で吹っ切るようにきりが言った。聖月は、すぐに頷いて携帯を取り出した。
「これで、愚痴とか言おう! な? それで、俺たち頑張ろう?」
聖月が言うと、きりは首を縦に振った。
「うん!」
きりは、赤い目を細めて笑った。2人は、秘密を共通し合い、より深いところまで繋がったような気がした。
「お互いに一人だったとき話そう。噂立ったらまずいでしょ」
そういうと、きりは目を見開かした。だが、すぐに笑ってくれた。彼女の笑顔は、あまりにも綺麗で、儚かった。
「そうだね…。…私、異性の同年代の子とメルアド交換したの始めてだ」
「…俺も。異性とは、高校とかあんま喋んなかったし、彼女とかいなかったし」
同じ共通点を見つけて、二人は笑った。これが初めての、異性のメルアドだと思うと、聖月は感慨深くて、携帯に書かれた彼女の文字を見つめた。きりは、呟くように言った。
「ふふっ、私もです。もう、私恋人とかそういうの、いいやって思えてきたの。だって、私みたいな汚いのだと相手がかわいそうで」
きりがどんどんと喋るたび哀しい表情になって、聖月は胸がつっかえた。そんなことない。そんなことないのに、そう思ってしまう彼女がかなしくて泣きそうだった。
「そんなことない。きっと、好きな人、小田桐さんだったら出来るよ。俺は、多分無理かもしれないけど、小田桐さんだったらきっと…いい人すぐに見つかるよ」
「君塚くん…」
きりが聖月のことを見詰めた時、あることを思い出し聖月は時計を確認した。聖月はその時間を見たとき「あ、もう時間だ!」と思わず叫んだ。きりは「どうしたの?」と心配そうに聖月に問うた。
「もうすぐで、2限目始まる。そういえば小田桐さんって、学部どこ?」
「じゃあ急がなきゃ。私は、文学部」
「それじゃあ、違う塔だね。急ごう」
「うん」
2人は、慌てて身なりを整えてバックを抱えてカフェを出た。このカフェは、歩いてすぐの所に通っている大学があるので、小走りで大学に向かう。きっと急げば、間に合うだろう。そうして、二人は、塔が違うところで別れた。
「じゃあね、君塚くん」
「うん、またね、小田桐さん」
彼女と別れて、走って講義のある部屋にある。部屋に入っても、衛はいなかった。衛は、合コンであった女の子と一緒に大学に行くといっていたが、まだ来ていないようだった。聖月は、ふうと息を吐いて適当な席に座る。
やがて教授がきて、講義が始まったが、最後まで衛が来ることはなかった。結局、衛は来なかった。理由は分からないが、どうせサボりだろうと思った。聖月は、一人で帰ることにして大学を出ようとした。ふいに外に出て大学の構内を歩いていると、声をかけられた。
「君塚くん。今帰り?」
朝でカフェして以来ぶりに会う、きりだった。聖月は、驚いて瞬きを繰り返した。
「…うん。小田桐さんも?」
「そうだよ。飲み会あるよって言われたけど、断わってきた。また酔っちゃったら嫌だし」
「そっか。俺も、お酒あんま強くない」
「本当、昨日はありがとう。家まで送ってもらって」
「いや、いいって。だって、置いてったら小田桐さん大変じゃん」
そんな風に、二人が一緒に歩きながら他愛もない話をしていたら、一つの影がふいにこちらにやってきた。突然の訪問者は、聖月の肩を乱暴に掴んだ。
「みーつきっ。おいおい、彼女と一緒かよぉ。やるなあ、お前」
「十夜!」
その声の主は、十夜だった。いつも通り美しい色香のある顔で、聖月にからかいの言葉をかけた。突然の十夜の登場に、きりは驚いた表情をしている。そして、やがて彼女の顔は十夜の顔を見て真っ赤になり恥かしそうに俯いた。モテる男は、大変だなと十夜を見ていつも思う。
「へ~え、知らない子だ。急に仲良くなってどうしちゃったわけ?」
下劣な笑みを浮かべ、聖月ときりを十夜はからかった。きりは、ますます居心地悪そうに俯いてしまっている。
「十夜、違うから! その子は、友達だから。ね? 小田桐さん」
同意を得る為にきりを見ると、彼女は震えながら言い放った。
「…っ。あ、あの! 私、帰りますっ。君塚くん、またっ」
「あっ、小田桐さん!」
そう叫んで、きりは走って先に行ってしまった。聖月が、見たときには彼女は消えてしまっていた。十夜は、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
「あーあ、いっちゃった。追いかけなくていいの?」
「追いかけられないでしょ、あんな遠くじゃ。てか、からかわないでよ。あの子とは、まだ知り合ってちょっとしかたってないし。そういう関係じゃないから、彼女に失礼」
どう考えても、きりが逃げたのは十夜のせいだ。そう怒り気味に言うと、十夜は肩に手を回してきた。大きな手は、肩を優しく抱いている。突然のことに、びくりと身体が動いた。彼の匂いは、普段通りバラのような香りがする。ずっと嗅いでいると、おかしくなりそうだ。
「聖月は、あの子好きなの?」
「だから、違うっていってんじゃん!」
ニヤニヤ笑っている十夜に、聖月は彼の脛を蹴ったのだった。
「あっ、私たちのことは知らなくて当然か。私は、ナンバー10で、きりはナンバー15なんだ。君は、ナンバー3だからすぐ分かったよ」
「…あの」
渡部夢(わたべ ゆめ)の話がまったく話に入ってこない。ただ、聖月はディメントで働いていることを、彼女が知っていることが衝撃的だった。どうしてバレたのか、理解できなかった。冷や汗で、背中が濡れているのを感じた。
「ああ、ごめんなさい。きり、重いわよね。こっちによこして」
「あ、はい…」
聖月は、夢の言うとおりきりを渡す。きりは寝ていて起きそうにない。夢は、その美しい口元を微笑ませた。
「今日はありがとう。きりにはよろしく言っとくわ。同業者が近くにいてビックリしたわよ。じゃあ、おやすみなさい」
「……お休みなさい…」
聖月が言った直後、ドアが閉められた。へたりと聖月はその場で座り込んだ。どうして、彼女は自分のことを知っているのか。まったく分からない。
ぼんやりした脳で、携帯を取り出してタクシーを呼んだ。その後、寮に戻ったが、一睡も出来ずにそのまま朝を迎えた。寝ようと思っても、どうしても寝付けなかった。疑問と、恐怖で身体がよく動かない。
朝、何も食べずに、誰とも喋らず大学に出かけた。蒼が聞いてきたりちょっかいかけられたような気がしたが、よく覚えていない。生きた心地がしなかった。どうして、彼女が知っていたのか、と考えると恐怖で身体が震え上がった。
とぼとぼと2限目まで時間があり待つためにカフェに向かう。そうして、大学までの道のりの中で、後ろから声をかけられた。
「君塚くん!」
後ろを振り向けば、きりがそこにいた。彼女は花柄のワンピースを着ていて、よく似合っている。
「…小田桐さん」
走ってきたようで、彼女は息を切らしていた。彼女の華奢な身体では、余計に辛そうに見えて聖月は眉を顰める。彼女を見ていると、妙に庇護欲をそそられるのは、どうしてなのだろうか。
「昨日、送ってくれてありがとうございます。…あの、ちょっと話したいことがあるのでカフェ行きませんか?」
きりは、顔を真っ赤にさせて恥かしそうに聞いてくる。聖月は、頷いた。自分にも、聞きたいことがあったからだ。
「うん、俺もカフェ行きたかったし…。行こうか」
「はい」
女性と二人きりで歩くのは初めて、聖月は緊張していた。隣の彼女を見てみれば、姿勢よく歩いている。きりの横顔は、どこか神聖なものを感じられた。それが、どこかは分からないが、雰囲気がどこか優しかった。
しばらく歩いていると、カフェに着く。カフェは、朝だからか空いていた。2人は、端っこの席に行き、聖月はカフェオレ、きりはコーヒーを頼んだ。向かい合った2人は、しばらく何も喋らなかった。聖月は、何を喋っていいのか分からなかった。
「あの、君塚くんは講義平気なんですか?」
口を開いたのは、彼女のほうだった。彼女も、緊張しているようだった。
「…うん、2限目からだから。小田桐さんも?」
「はい。君塚くんは、20歳ですよね? 2年生?」
「そうだね、君も?」
「はい! じゃあ、敬語とかなしでいいですね」
「…うん。それじゃあ、敬語なしで」
知り合ったばかりの二人のぎこちない会話がぽつぽつと続いていたが、きりがふいに黙った。俯いて、どんな表情をしているかは分からない。少しして、彼女は震えながら、顔を見せないで言った。
「…あの、夢ちゃんから、どこまで聞いたんですか? 私のこと、何かいってた…?」
聖月は、その言葉の重さを感じどきりとした。それは、きりが一番知りたかったのだろう。彼女は、震えながら口を動かしている。
きりも、何か人にはバレたくないことがあるのだろう。そんな気持ちが伝わってきて、聖月は胸が痛かった。こんなに健気な子がどうして、こんなに悲しそうにしなくてはならないのだろう――聖月はそう思わずにはいれなかった。
「お酒が弱いっていってるのに、呑んじゃってとか、そういうこと言ってたけど…」
聖月の言葉に、きりは顔をあげて、分かり易くほっとしたようだった。
「本当? それだけ、ですか?」
「あと、夢さんがナンバー10とか、きりがナンバー15とか言ってたかな」
「えっ…」
さっと、彼女の顔から表情が無くなった。この言葉に何か意味があるのだろうか。きりは、身体を震わせていた。すぐに顔が青ざめてこの世の終わりのような、表情になっていってしまい、聖月は慌てた。どうして、彼女が今にも死んでしまいそうな表情になるかよく分からない。
「…そうですか…。ばれちゃったなぁ。君塚くんに」
息を吐きだして、彼女は話す。
「え?」
悲しそうに笑う、きりの言葉に瞠目した。
何が、俺にばれたんだ――…?
そう疑問に思っていると、衝撃的な言葉がきりの口から発せられた。
「私と、夢ちゃんはディメントで働いてるって…。君塚くんは、ナンバー3でしょう…? 同業者って、案外近くにいるんだね…。びっくりだよ…」
その言葉を聞いて、理解したとたん頭が真っ白になる。
「小田桐さんが、ディメントで働いてる…?」
思わず、口を手で覆った。
どうして、どうして――…?
やっと夢に言われたことが分かった。彼女の言った《同業者》の意味を。それは、とても悲しい言葉だった。聖月は、まるで鈍器に殴られたような強い衝撃に、ただただ呆然するだけだった。目の奥が痛み、思わず泣き出しそうになった。
どうして、こんな哀しいことが起こるのだろう。どうして、あんなディメントでの仕事をきりのような女の子がやらなくてはいけないのだろうか。
女性だけを扱っているところをあるとは、小向から聞いていたが、そこで働いているのが夢やきりだということがたまらなく悲しかった。きりが、泣きそうな表情でぽつりぽつりと小声で話し始めた。
「うん、ほんとはイヤだけど、借金頑張って返済したいから…。あのマンション、実はねディメントの寮なんだ。だから、夢ちゃんに君塚くんに送ってもらったって聞いて、びっくりしたよ。だって、このこと他の人にばれちゃったらって思ったら、怖かった…。でもね、夢ちゃんに君塚くんもディメントで働いていてナンバー3だって聞いて驚いたよ。ホームページみたら、やっぱり君塚くんが居て。《セイ》って名前で…。私、悲しかった…。君塚くんみたいな、優しい子が働いてるんだって。かなしかった…」
「小田桐さん…」
きりが目を潤ませているのを見て、聖月も自然と涙が零れる。こんな身近に同じ仕事をしているを知って、聖月は悲しかった。辛かった。
ましてや、きりは女性だ。精神的にも身体的にも、きっと聖月より辛いのだろう。そう思うと、涙が止まらない。あの夢も、ディメントで働いているのかと思うと、辛かった。
「お、俺も…この仕事…イヤ…だよ。俺は、脅されて…入ったんだ。毎日、嫌だなって思って働いてる。ナンバー3になったのも、本当に嫌だ…。でも、大学卒業したら、終わるからそれまで頑張ろうって…でも、もう辛いよ…」
ほろほろと泣きながら、聖月はきりに気持ちを吐露した。情けないが、涙が止まらない。彼女も、しゃくりをあげて気持ちを吐き出した。
「私も、大学まで頑張ったら、借金終わるんだ…。だけど、毎日びくびくしながら暮らしてる…。このことが、友達に知られちゃったら、って想像して怖い…もう嫌だ…」
「おだ、ぎりさん…」
彼女の気持ちが分かって、涙が止まらない。しばらく、感情に任せしくしくと二人で泣き続けていた。カフェで号泣するのは初めてだった。一生、こんなことはきっとしないだろう。きりのコーヒーはすっかり冷え、カフェオレも同様に冷えていた。
二人の席を通りすぎる人に、ぎょっとした目で見られたがもう仕方がない。聖月はポケットにあるハンカチで涙を拭き、鼻水のつまった鼻はティッシュでかんだ。きりも、聖月と同じようにしていた。
「メルアド! 交換しましょうっ」
落ち着いたとき、大声で吹っ切るようにきりが言った。聖月は、すぐに頷いて携帯を取り出した。
「これで、愚痴とか言おう! な? それで、俺たち頑張ろう?」
聖月が言うと、きりは首を縦に振った。
「うん!」
きりは、赤い目を細めて笑った。2人は、秘密を共通し合い、より深いところまで繋がったような気がした。
「お互いに一人だったとき話そう。噂立ったらまずいでしょ」
そういうと、きりは目を見開かした。だが、すぐに笑ってくれた。彼女の笑顔は、あまりにも綺麗で、儚かった。
「そうだね…。…私、異性の同年代の子とメルアド交換したの始めてだ」
「…俺も。異性とは、高校とかあんま喋んなかったし、彼女とかいなかったし」
同じ共通点を見つけて、二人は笑った。これが初めての、異性のメルアドだと思うと、聖月は感慨深くて、携帯に書かれた彼女の文字を見つめた。きりは、呟くように言った。
「ふふっ、私もです。もう、私恋人とかそういうの、いいやって思えてきたの。だって、私みたいな汚いのだと相手がかわいそうで」
きりがどんどんと喋るたび哀しい表情になって、聖月は胸がつっかえた。そんなことない。そんなことないのに、そう思ってしまう彼女がかなしくて泣きそうだった。
「そんなことない。きっと、好きな人、小田桐さんだったら出来るよ。俺は、多分無理かもしれないけど、小田桐さんだったらきっと…いい人すぐに見つかるよ」
「君塚くん…」
きりが聖月のことを見詰めた時、あることを思い出し聖月は時計を確認した。聖月はその時間を見たとき「あ、もう時間だ!」と思わず叫んだ。きりは「どうしたの?」と心配そうに聖月に問うた。
「もうすぐで、2限目始まる。そういえば小田桐さんって、学部どこ?」
「じゃあ急がなきゃ。私は、文学部」
「それじゃあ、違う塔だね。急ごう」
「うん」
2人は、慌てて身なりを整えてバックを抱えてカフェを出た。このカフェは、歩いてすぐの所に通っている大学があるので、小走りで大学に向かう。きっと急げば、間に合うだろう。そうして、二人は、塔が違うところで別れた。
「じゃあね、君塚くん」
「うん、またね、小田桐さん」
彼女と別れて、走って講義のある部屋にある。部屋に入っても、衛はいなかった。衛は、合コンであった女の子と一緒に大学に行くといっていたが、まだ来ていないようだった。聖月は、ふうと息を吐いて適当な席に座る。
やがて教授がきて、講義が始まったが、最後まで衛が来ることはなかった。結局、衛は来なかった。理由は分からないが、どうせサボりだろうと思った。聖月は、一人で帰ることにして大学を出ようとした。ふいに外に出て大学の構内を歩いていると、声をかけられた。
「君塚くん。今帰り?」
朝でカフェして以来ぶりに会う、きりだった。聖月は、驚いて瞬きを繰り返した。
「…うん。小田桐さんも?」
「そうだよ。飲み会あるよって言われたけど、断わってきた。また酔っちゃったら嫌だし」
「そっか。俺も、お酒あんま強くない」
「本当、昨日はありがとう。家まで送ってもらって」
「いや、いいって。だって、置いてったら小田桐さん大変じゃん」
そんな風に、二人が一緒に歩きながら他愛もない話をしていたら、一つの影がふいにこちらにやってきた。突然の訪問者は、聖月の肩を乱暴に掴んだ。
「みーつきっ。おいおい、彼女と一緒かよぉ。やるなあ、お前」
「十夜!」
その声の主は、十夜だった。いつも通り美しい色香のある顔で、聖月にからかいの言葉をかけた。突然の十夜の登場に、きりは驚いた表情をしている。そして、やがて彼女の顔は十夜の顔を見て真っ赤になり恥かしそうに俯いた。モテる男は、大変だなと十夜を見ていつも思う。
「へ~え、知らない子だ。急に仲良くなってどうしちゃったわけ?」
下劣な笑みを浮かべ、聖月ときりを十夜はからかった。きりは、ますます居心地悪そうに俯いてしまっている。
「十夜、違うから! その子は、友達だから。ね? 小田桐さん」
同意を得る為にきりを見ると、彼女は震えながら言い放った。
「…っ。あ、あの! 私、帰りますっ。君塚くん、またっ」
「あっ、小田桐さん!」
そう叫んで、きりは走って先に行ってしまった。聖月が、見たときには彼女は消えてしまっていた。十夜は、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべた。
「あーあ、いっちゃった。追いかけなくていいの?」
「追いかけられないでしょ、あんな遠くじゃ。てか、からかわないでよ。あの子とは、まだ知り合ってちょっとしかたってないし。そういう関係じゃないから、彼女に失礼」
どう考えても、きりが逃げたのは十夜のせいだ。そう怒り気味に言うと、十夜は肩に手を回してきた。大きな手は、肩を優しく抱いている。突然のことに、びくりと身体が動いた。彼の匂いは、普段通りバラのような香りがする。ずっと嗅いでいると、おかしくなりそうだ。
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「だから、違うっていってんじゃん!」
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