アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第二章 第六話

61 招待状

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「いってえっ、聖月何すんだよ!」
 脛を押さえながら、十夜は喚く。十夜の苦痛に満ちた表情に、聖月は胸が痛んだが、それを見ないようにした。
「いっつも俺、やられてるからお返し」
「何を俺がやったっていうんだよ、聖月」
 十夜と距離をとって、聖月はふんぞり返った。十夜が聖月に恨めしそうな顔で見詰めてくる。
「何にもやってない。ただちょっと…」
「ただちょっと、なんだよ?」
 不思議そうな顔で見詰めている十夜に聖月は口を開く。
「仕返ししただけっ」
 ふんっ、と言うと、十夜に「何拗ねてんだよ」と爆笑されてしまった。
 

 
 帰りたくもない寮に帰ると、聖月は携帯を取り出した。そして、きていたメールを返した。それは、昨日あった同業者であるきりのメールだった。彼女のメールは、絵文字や顔文字などが入っていない簡素なメールだった。
『こんにちは、小田桐です。昨日は本当にありがとうございました。たまに、お互いにメールをして愚痴いいましょう! あ、そう言えばお友達の誤解はとけましたか? 今日は帰り勝手に帰っちゃってごめんなさい』
 優しさが溢れている文面に、聖月は不思議と口角を上げながらメールを返した。女性とメールするのは、母親以外初めてだったので緊張した。
『こちらこそごめんね。十夜っていうんだけど、根はいい奴だから許して! 多分誤解は解けたと思う』
 聖月がメールを返した数分後に、返信が帰ってくる。
『ならよかったです。十夜さんってカッコいい人でしたね』
『だよね? 俺もなんで友達になれたか不思議なんだけど』
『縁があったんでしょうね。私も夢ちゃんと友達になれたのも、すごいと思ってます。長々とすいません。ほんとーに、今日はありがとうございました! ではまた!』
『おやすみなさい! いい夢を』
 そんなやり取りが続いて、携帯を閉じた頃、ドアのノックが聞こえた。
「みーつーき。入っていい? ケイだよ~」
「いいよ、入っても」
 ノックしたのは、ケイだったらしい。ケイは、聖月の肯定の言葉を聞くと、すぐさまドアを開けた。聖月は、携帯をベットの上に置いた。
 入ってきたケイは、いつも通りの天使のような容姿で、こちらを見つめる。そして遠慮なく、床に座っていた聖月の隣にすばやく座っていた。甘い香りが漂ってきて、聖月は思わずくらりとした。男だというのに、こんな甘い香りをさせているケイは本当におかしい。
「何の用?」
 無表情のまま聞いたら、ケイは顔を近づけて上目使いで聞いてくる。これが、自覚あってのことなのかは知らないが、心臓に悪い。
「聖月はご飯食べた?」
 何のようと聞いたのに、質問されてうろたえる。だが、そんな気持ちは顔に出ずに答えた。
「うん、おにぎり食べたから、今日は食堂行かない」
「そっか~。俺も食べたからいらない。今日って、聖月指名あるの? 休み?」
 突然ケイに質問責めされて、聖月はたじろいた。ケイの可愛らしい容姿は、聖月の心臓にとって悪い。近づいてくるたび、飛び上がるほどに、ドキドキしてしまっているからだ。
「今日はないよ。明日はあるけど」
「じゃあ今話しても平気だね、はいこれ招待状~」
 前触れもなく、一枚のA4の紙を渡されて、訳も分からず受け取ってしまった。その紙をよく見てみると、今週の金曜日にあるホテルに20時に集合と書いてあった。
「なにこれ」
 聖月が呟くように聞くと、ケイが笑った。
「小向様のご命令の紙だよ。書いてある通りだけど」
「何すんの?」
 小向の命令と聞いて嫌な予感がした。小向の命令は、ディメントでは《絶対》だった。それは、聖月にも決して例外ではない。ケイが喋った言葉は、そんな予感が当たっていることを示唆していた。
「何って、去年とは違うことやると思うけど。あ、私服でいいと思うよ。どうせ脱ぐし」
「…」
 脱ぐ、ということは、やることはだいたい予想した。ため息をつくと、ケイがニコニコとからかうように微笑んだ。それは天使とは言えない悪戯っぽい笑みだった。
「大丈夫、大丈夫、俺も一緒だし~。参加者は、ディメントの蝶だと俺と聖月だけらしいよ~。よかったね、聖月」
「えっ?! ケイと俺だけ?」
「え、何その反応。ひっどーい」
 ディメントの蝶――つまりディメントで働いている人たちは、聖月とケイだけ。それを聞いて、どうしようもなく嫌な予感しかしないのはどうしてだろう。露骨に眉を寄せ、声も驚いたものになったので、ケイは不快そうな顔になった。
 何やら誤解されているらしい。恐る恐る、気になっていたことを聖月は問うた。
「…脱ぐだけなんだよな」
 ケイはにやにやとしながら言う。
「さー? どうだろうね、年によってまちまちだしぃ。客はいないから、たぶん小向様の趣味だけどね、アレ。聖月これって結構すごいことなんだよ~。名誉だよ、名誉! 前は、神山さんと蒼だったらしいけど」
「……どんな名誉なんだよ…」
 はあ、と深いため息を吐いてケイの言葉を聞いて聖月は落ちこませる。小向の趣味、というのも嫌すぎる。
「まあ、楽しみにしてたら? イイコトかもしれないじゃん?」
「それはないと思う」
 彼の言葉を聞いて、はっきり言うと、ケイはけらけら笑った。
「ぷっ、たしかに聖月にとってはそうかもしれないけど。てかさぁ、また蒼が怒ってたんだけど」
 蒼のことをふいに言われ、聖月は驚いた。そういえば、あの橘に薬を盛られたときに襲われそうになったとき以来な気がする。蒼が怒っていることは、たしかにその通りだと思うので、何も言えない。黙っている聖月に、ケイが聞きだそうと上目使いで問いかける。
「今回、何したわけ? 蒼に聞いても、全然教えてくれなくてさぁ。言ったら俺の不名誉だって言ってて」
 蒼がそういうのも納得だ。あんな、いい所までいったのに、途中で聖月が突き飛ばしたなんて。彼には、悪いことをしたなとは思うが、元はといえば蒼のせいなので、自業自得というやつだろう。と、聖月は思っている。これをいったら、蒼に怒られそうだが。
「…だったら言わないほうがいいかもね」
 そういうと、ケイは微妙な表情をした。何で教えてくれないのという顔だ。
「なんでよ~。教えていいじゃんか。あっ、分かった! Hしようと蒼が押し倒したのに、聖月が股間を蹴って撃退したとか!」
「……もう、それでいいんじゃないかな」
 だいたい合っていたので、ケイをある意味で尊敬してしまう。ほぼ合っているので、それでいいと思った。聖月の投げやりにも聞こえる言葉に、ケイが目を丸くした。
「なにそれ~、合ってんのか、合ってのかどっちなのっ」
「それ言ったら、蒼に怒られそうだから言わない」
「ええええ~」
 教えてよ~というケイの言葉が部屋に響き渡った。その日、聖月は結局ケイには真相を告げずに寝てしまった。
 その後の金曜日までの日々は、比較的に安定していた。安定していたといっても、聖月を目当てに指名してくるディメントの客は来ていたが。橘がいないので、それだけでもよかったといえた。
 しかも、今週は比較的楽な客が多かった。奉仕していればいい若い男は、本当に楽だった。鞭も、挿入もないなんて最高だった。特に罵声をあびせたりもしないし、優しく扱ってくれた。
 次の日の客は、聖月にセーラー服を着させてくる変態な年配の男だった。脚が綺麗だとか、恥らっているところがいいとか言われたが、聖月は全く嬉しくなかった。その客も、比較的優しく扱ってくれた。スカートの中に手を入れられたときの悪寒といったらなかったけれど。
 今週は、いい週なのかもしれない、と思っていたが金曜日になってそれは嘘だったと思い知らされた。金曜日。大学が終わった帰り、指定されたところにそのまま向かった。ケイが一緒に行こうと誘ってきたけれど、それを断わって、指定されたホテルに行った。
 そこは所謂、高級なラブホテルだった。嫌な予感は的中したといっても過言ではなく、気が重いままロビーに入る。シャンデリアに、少し暗闇の中淡く光る青いランブが幻想的だ。
 ロビーをうろついていると、ケイが先に来ていたのか、聖月に向かって手を振っていた。「みつき~」と大声で呼ばれて、ほかの客がじろじろ見て注目を浴びたので、急いでケイの元へ向かう、ケイの隣には神山がいた。
「みつき~、遅いよぉ。俺ケッコー待ったんだけど」
 そう言われ、ケイに胸を突かれた。くすぐったいような、痛いような…。
「――やっと来た。聖月、上に向かうから」
「あ、はい」
 時計を見ても、8時より10分は前だというのに散々な言われようだ。神山にいたっては、汚いものを見るような目でこちらを見ている。初めて会ったときの穏やかそうな彼は、まやかしだったと思い知らされた。
 まぁ、自分が騙されていただけだけど…――。
 そんなことを思っているうちに、3人はエレベーターに乗り、そのホテルの最上階に上った。エレベーターの中で、神山が口を動かした。
「二人とも、後でスーツに着替えるから」
「はい」
「了解で~す」
 結局着替えるのかと非難の目でケイを見たけれど、彼は「俺は知らされてなかったよ」という目で返されてしまった。聖月は、これから何やるかは聞いていない。きっと、聖月にとっては嫌なことだろう、とは予想できたが、内容までは分からない。聖月は緊張しながら、最上階で止まったエレベーターを降りた。
 嫌な汗が流れた。こういう時の嫌な予感は、殆ど的中する。
 ある部屋の前で神山は止まって、鍵を開けた。
「じゃあこれ着て」
 渡されたのは、部屋に置いてあった紙袋の中身だった。ケイと聖月は、渡されたものを見詰めた。
「ケイは、着替えたらすぐ部屋を出て。聖月は、ここで呼ぶまで待ってて」
 2人は、頷いた。ケイが何故先に部屋を出るのかは分からなかった。だが、神山が出た後2人は着替え始めた。
「何やるか、わかる?」
 スーツに着替えながら、聖月は聞いた。ケイは、シャツを手に通しながら首を振った。
「知らない。だけど、きっと愉しいことだよ! あ~、楽しみ!」
「え?」
 楽しみ、といったケイが信じられなくて思わず彼を見詰めてしまった。隣で着替えているケイはとても嬉しそうに、口を緩ませた。本当に、彼はこの状況を楽しんでいるようだ。聖月には考えられないことだった。
「じゃ、お先。いってきますっ」
「い、いってらっしゃい…」
 先に着替えたケイは、うきうきと外に出て行った。虚しく部屋にはドアを閉めた音が響いた。彼は、きっとこれからやることを薄々は分かっているのだと思う。だが、それを知っていながら、楽しみだという。
 この狂った状況に、順応に適応し、そして楽しもうとする精神。聖月はケイが羨ましかった。
「…いっそ、ケイみたいになれたら、どれだけ」
 ――…楽なんだろう。
 思わず出た呟きは、ガラスに映った綺麗な夜景に溶けて、やがて消えていった。
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