アドレナリンと感覚麻酔

元森

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第三章 第十話

99 蒼の本気

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 美しい獣(ケダモノ)が、綺麗な切れ長の眼を細めこちらを品定めするかのように見据えていた。美しすぎる蒼の貌は、長い前髪から見ると≪見てはいけないモノ≫を見たような気がして何度も見た顔なのに、思わずドキッとしてしまう。
 誰から見ても彼は普通ではない、特別な人間だ。性格は決して良くはなく、最低の分類に入るだろうがその場にいるだけでその場の雰囲気が変わる。宗祐と同じタイプの特別な人種だ。どうして蒼に自分のことをそんなに気に入られているのか聖月には未だに分からないでいた。
 ケイも可哀想だから一回ぐらいヤらせてあげなよ、という何とも下世話すぎることをこの前言っていたが聖月は正直言って放っておいてほしかった。諦めて、違う人間に標的を移した方がよほど望む結果になるだろう。
 ここまでくるともう蒼も意地の域なのだろう。
 聖月は上手い下手関係なく、どうして好きではない人としなくてはならないのだろう想う。
 蒼はディメントの男役、青の蝶でディメントの中では売り上げが4位、ナンバーフォーという高い地位にいる。青の蝶ではクミヤに続く2位の順位につく。ディメントでは顔だけよくても売れっ子になるわけじゃない。テクニックも兼ねそろえ、人としての魅力を持ち合わせていなくてはいけない。女役のほうが売れるこの界隈では蒼の順位は相当のものだ。
 ソウ(蒼)は客に貢がせている―――、そんなことを誰かが噂しているのを聞いたことがある。相当それで稼いでいるみたいだぜ…――侮蔑しきった声でディメントの蝶たちがそう囁き合っていた。
 聖月にはすぐ客に貢がせている蒼の様子が浮かんだ。嗜虐的なセックスをし客を喜ばせ、想ってもない愛の言葉を囁き、自分の虜にさせる。そして甘えた声でモノを要求し、金を貰い、客の心だけではなく資産も自分のものにしてしまう。蒼はモノに興味はないだろうから、だいたいは金で貢がせているのだろう。
 蒼の口のうまさはディメント一(いち)だと聖月は思っている。人間――特に欲望に忠実な人がどうすれば喜び、悲しみ、苦しいのか、彼は分かっているのだ。何故なら彼は人を自分の意のままに操ることが大好きな≪ディメント≫に染まりきったサディストなのだから。
「お友達は最近見てないけど、元気?」
 含みのある笑みで話す蒼は綺麗な顔だが、その目は加虐者の色を持っていた。まるで自分だけが楽しむだけに、獲物をいたぶるハンターのような表情でぞくっと身体が震える。何度もディメントの客に加虐心を持った視線を浴びせられてきた聖月だったが、蒼はその中で一番と言っていいぐらいに冷たいものだった。
 人をまるで塵を見るように見つめるその目は、まるで自分が本当にゴミのような存在になったように錯覚する。いや、本当に蒼にとっては全ての人間がそういう存在に見えているのだろう。仲のいいはずのケイをたまに冷たい目で見ているのに気づいてしまい、とても見てはいけないものを見てしまったという恐ろしい感情が湧いた。
 愉しいから、相手を虐げる。飽きたから、人を平然と壊す。そういう男だと何年も同じ屋根の下に住んでいて聖月はよく分かっていた。
「……ッ」
 相変わらず彼は人を逆なでにするのが上手い。
 十夜のことを言われているのが分かり、聖月はついムカッとしてしまう。十夜に似ている蒼が言っているからだろうか。ヒリヒリとしたイラつきが、心をざわつかせる。
 寮の玄関は妙な空気が流れていた。誰か来てくれればその隙を見て、逃げられるのに玄関は静かに閉まったままだ。ちょうど聖月が帰った時間が微妙にみんなの帰宅時間とずれていたせいだろう。こんな夜遅くに帰ってくる人はそうそういない。
 そんな遅くに廊下を歩いていた蒼とバッタリ会うというのは今日の聖月は最高に運が悪い。
「おいおいそんなムッとすんなって。可愛い顔が台無しだぜ?」
 ククッと下品に笑う蒼の表情は言葉通りのことを思ってはいないものだった。聖月は無視したほうがいいと分かっているのについ声に出してしまう。
「そんなこと思ってない癖に」
 無表情だが声はイラついているのが分かったのか、蒼は重箱の隅をつついた。
「思ってるって。そんなにイライラしてどうした? ついに妊娠したか?」
「…ッ!」
 それは聖月のディメントでの≪仕事≫を揶揄した下劣な冗談だった。自分でも顔が歪んだのが分かる。怒りで頭がカッと熱くなった。その顔のまま蒼を睨むと、彼は飄飄(ひょうひょう)と笑っているだけだ。
 本当に悪魔みたいな男だ。
「…もう話しかけんな」
 聖月は怒りの感情のまま、口悪く言うと怒り肩でその場を離れようと足を動かす。
 だがそんな聖月を蒼は道を塞ぐような形で目の前に立ちはだかった。身長の距離が近くなったとは言っても、彼のほうが圧倒的に力はあるし、身体つきも全然違う。引き締まった身体を押しのけ逃げられるほど、聖月はガタイがいいわけではない。
 つまり聖月は逃げ遅れた、というわけである。
 不敵に笑う美丈夫に足が震えそうになる。
「だから逃げんなって。ちょっと話すぐらいで震えちゃって。聖月もずいぶん処女っぽくなったな」
 ぎゃはは、と笑う蒼は品の欠片もない。言葉も笑い声も何もかも下劣なのに、身なりが綺麗なぶん言っていることが様になっている気がする。
 気がするだけで聖月はここからすぐにでも駆け出して部屋に逃げたいのは変わらない。
「…だからなんだよ。俺は部屋に戻りたいんだよ」
「いーじゃん別に。あとは帰って寝るだけだろ? まさか警戒しちゃってる?」
 くすくす声をたてて楽しそうに笑う蒼に本当に機嫌がいいのだと分かる。
 ――――機嫌がいいときは気を付けたほうがいいよ
 ――――今までよりずっと蒼が愉しそうだから、聖月に飛び火しないか心配になったんだよね。―――だから極力今はできるかぎり蒼に近づかないで、逃げてほしい
 ケイの言葉を思い出してしまうのは、まさにその彼の忠告をしてくれたことを無駄にしてしまうことになっているからだ。逃げ遅れた聖月に蒼は心底楽しそうにからかっている。彼はオモチャで遊ぶ感覚で聖月の反応を愉しんでいるようだ。
「警戒しなきゃいけないぐらいにしてる原因に言われたくない」
「まあそれもそうか」
 聖月の悪態を蒼は悪びれる様子もなく言った。反論しないほうがいいと分かってるのに、聖月はつい声を出してしまう。
「シャワー浴びたいんだよ。早くどけよ」
「え~? どうせホテル帰りなんだろ? シャワー浴びて帰ったんじゃねぇの?」
「…――ッ」
 聖月は自分で墓穴を掘った。与えなくていい情報を蒼に与えてしまった。頭の回転が速い蒼は、聖月の微かな表情の変化に気づき目を細めた。
「へえ。ホントだ、せっけんの匂いしない。汗の匂いがする」
 ふいに距離を縮められ肩を掴まれくん、と首元を嗅がれる。聖月は突然の触れ合いに驚き、身体をビクつかせる。
「や、やめろよ!」
「ちっ、いてぇな。何すんだよ」
「だ、だって…ビックリさせるから…」
 乱暴に振りほどいた聖月に蒼は機嫌悪そうに睨む。マズイ。こうやって無理に離れようとすると怒る、ということを聖月は知っていた。だが蒼の次の反応は、聖月の予想とは全く違ったものだった。
「まあいいけどさ。じゃあ、今日の客はヤらなかったんだな。…さぞ、欲求不満だろ」
「…ングッ、ッぅ」
 驚いたままの聖月に突然衝撃が走る。蒼が顔を掴んだと思ったらそのまま顔を引き寄せ、聖月の口を塞いだのだ。蒼の綺麗な唇が乱暴に聖月の唇を奪う。乱暴に舌を入れられ腰を押し付けられる。
「…今日は舌噛まねぇんだな」
 散々舌で聖月の口腔を弄んでやっと口を離した一言めがそれで聖月は怒りで頭が震えた。
 あまりの驚きで舌を噛んで逃げることを忘れていた。蒼に指摘されてやっと思い出した。そうすれば逃げられたのに、聖月は自分の失敗を恥じる。息を塞がれ聖月は力弱く蒼を睨む。肩で呼吸しているので威力はたいしたことないがやらないよりマシだ。
「ヤりたいならそう言えよ。俺の部屋に来ればお前のやりたいシャワー浴びながらシてやるぜ?」
 耳元に囁いた言葉に身体が本能が、逃げろと囁いた。
「お前の背中…すげえな。何回打たれたんだ? 気持ちいいって感じてなきゃここまで出来ねぇよ。普通は」
「――――ッ、」
 肩を抱きよせられ、首の裏のシャツを捲られ背中を見られた聖月は震えた。逃げなきゃ、と思うのに、背中を見られていると思うと身体が竦む。聖月にとって背中の傷は誰であろうが見られたくないタブーの場所だった。
「背中にシャワー浴びせてバックでガン堀りしたらお前気持ちよすぎてイきまくって気絶するんじゃないか?」
 残酷な責めを聖月の耳に囁きながら背中に彼の硬い手がするりと侵入する。ふいの冷たい手が背中に触れ聖月は悲鳴を上げる。鞭の後のキズの上に爪を立てられ、痛みで目の前が真っ赤に染まる。
「あ、がっ!」
  ―――…俺なしじゃ生きていけなくさせてやるよ
 そっと囁いた言葉にケイの『そろそろ蒼も本気になるんじゃない?』という無責任すぎる忠告を聖月は思い出していた。
 

 

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