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蒼編
23 小向と蒼
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蒼の言葉に俺は顔を真っ赤にさせる。
――そうか。俺は、きっと…。
俺は自分の気持ちがやっと分かった。
蒼の事は大嫌いだ。だけど、放したくない。そんな歪な気持ちを。
きっと蒼の言う通り、俺は蒼の事を特別だと思っているのだろう。
「俺はお前で変えられた。凄く大切な事、教えて貰えた…、有難う」
「あ、あぁ…あのさ、腕と足痛いから…外してくれる?」
「あ! 悪い、すっかり忘れてた。今、外す」
そう言った蒼の顔は、すっかり優しい表情をしていた。
きっと蒼は思い出したのだ。
人を大切にする。そんな気持ちを。穏やかな感情を。
それを教えてくれた空はもういない。きっと空は、星の上で俺たちを見守ってくれているのだろう。
愛する家族の幸せを願わない人間なんているはずもないのだから。
蒼は丁寧に縛られていた足と手を解放した。やっと自由になって俺はほっとする。
俺と蒼はその場を後にした。
すっかり伸びているシモンが気になったが、蒼が「いずれ起きるだろ」と言っていたので、そうだなと思いそのまま放置する事にした。
先程持っていた銃の事を聞くと蒼は「あれはモデルガンだ」と言った。
何で持ってきたのか聞くと「威嚇のため持ってきたけど必要なかったな」と言われてほっとした。
本物の銃じゃなくて本当に良かった。
銃刀法違反で逮捕されるところだ。
2人の手は繋がれていた。それは、まるで幸せな恋人のように見えた。
寮に2人で戻ると蒼の登場に一気に人が集まった。
皆口々に「行方不明者の生還だ!」「今までどこ行ってたんだよ!」と質問責めと心配の声が続く。
蒼は「まぁ、いいじゃん? 気にすんなって」と軽く躱した。
皆は「え~?」と文句を言っている。
案外、皆蒼の事を心配していたらしい。
その様子を微笑ましく見ていると、蒼が言った。
「おい。小向のところへ行くぞ」
「え? なんで? あ、挨拶?」
「そんなもん」
そう言った彼の顔は、どこか決意を固めたような顔をしており心臓が跳ねる。
――蒼?
そう思ったが、聞ける雰囲気でもなく俺は蒼の背中を追った。
「失礼します」
小向の部屋をノックした蒼は、「どうぞ」という声を聴いてそのままドアを開けた。
小向は蒼の顔を見ると、笑顔を作る。
「久しぶりだね。何も言わず消えて、やっと帰ってきたと思ったら…。聖月の顔は傷ついているし、一体何があったんだい?」
「えーと、それは…」
まさか誘拐されて、ナイフでつけられたとは言えない。
俺が言い淀んでいると、蒼が真剣な表情で口を開く。
「勝手に出ていって申し訳ございませんでした。今日は小向さんにお願いがあってきました」
「へえ、君がお願いなんて珍しいね。まあいい。言ってごらん」
「俺、ディメント辞めたいんです」
突然言われた言葉に「え?」と俺は素っ頓狂な声を上げ驚いた。
それは小向も同じだった。俺と同じ反応をして蒼を見詰めている。
蒼の顔は真剣そのもので、冗談を言っている雰囲気ではない。
「突然言って申し訳ございません。お願いします。あと、聖月もディメントを辞めさせてやってください」
「ええ?!」
俺は先程よりさらに大きな声で驚いた。
――ディメント辞めさせてやってください?
何より驚いたのは言葉だけではなく、蒼が頭を下げたからだ。
今まで蒼がこうやって人に対し頭を下げている所を見たことがない。
ディメントを辞めたいと思っていたが、こう相談もなく言われると混乱してしまう。
「驚いたな。キミが頭を下げるなんて。一生見ることはないと思ったよ」
「こいつのDVD回収するための金は差し上げます。お願いします」
蒼は頭を下げて言った言葉に俺は目を瞬く。
――金に煩いこいつが金を出すなんて。
信じられない気持ちだった。
それ程までにディメントを辞めさせたいと思っているのだろう。
「へぇ。ホントに驚いたな。理由を聞いてもいいかい?」
小向は笑顔で聞いている。
蒼は頭を上げ、答えた。
「俺にとって聖月がディメントで働くことは不都合なんです」
「不都合って?」
「コイツが客をとってると考えると、嫉妬で頭がおかしくなりそうになる」
「――」
俺は言葉を失う。
それは蒼が俺に対しての思いを雄弁に語った言葉だった。小向は「驚いたな」と言いながら面白そうにこちらを見詰めている。
「蒼がまさか人にそんな感情を持つなんてね。面白いものを見たな」
「お返事は…?」
蒼の真剣な声に小向はあっさりと答える。
「残念だけどね、すぐにOKとは言えないよ。ディメントナンバー4が消えるのも痛いのに、ナンバー3まで一気に消えたらディメントの信用がガタ落ちだ」
小向の言葉はオーナーとして当然の言葉だった。
一気に売れっ子が2人も消えるのは経営者としてとても痛手だろう。
そんな小向に蒼はさらに言った。
「どうすればOKと言ってくださるのですか」
こんなに蒼が必死に言っているのは珍しい光景だった。
それだけこれは蒼にとって大きな問題なのだろう。
「まぁ、考えておくよ。聖月の大学卒業までっていうのを、少し短くするとか…。蒼の辞める時期を今すぐではなく半年後にするとか…」
「それじゃ、駄目なんです」
「蒼…」
小向の言葉を遮って声を上げる蒼に俺は驚いていた。
小向も同じだった。
「男娼同士の恋愛はご法度ではないんだけど、どうしようかな。ここまでになるとは思ってなかったなぁ」
「もっといい案が出ることを期待しています」
「ははっ! 譲る気はないということか。――今日はもう遅いし、もう部屋に戻ったらどうだい?
私もいい案を考えておくよ」
「了解しました。…お願いします」
蒼は手本になる程綺麗にお辞儀をして、小向から離れた。出ていこうとする蒼に慌てて付いていく。
「あの、有難うございました」
俺も倣って頭を下げる。
それを小向は驚いた顔で見ていた。
俺はどうしてだろうと思いつつ、ドアから出ていく蒼を追いかける。
「蒼! なんで急にディメントを辞めるって言ったんだよ! それに、俺の事も相談なく…」
「お前はずっとディメントで働きたいって思ってんのか?」
――そうか。俺は、きっと…。
俺は自分の気持ちがやっと分かった。
蒼の事は大嫌いだ。だけど、放したくない。そんな歪な気持ちを。
きっと蒼の言う通り、俺は蒼の事を特別だと思っているのだろう。
「俺はお前で変えられた。凄く大切な事、教えて貰えた…、有難う」
「あ、あぁ…あのさ、腕と足痛いから…外してくれる?」
「あ! 悪い、すっかり忘れてた。今、外す」
そう言った蒼の顔は、すっかり優しい表情をしていた。
きっと蒼は思い出したのだ。
人を大切にする。そんな気持ちを。穏やかな感情を。
それを教えてくれた空はもういない。きっと空は、星の上で俺たちを見守ってくれているのだろう。
愛する家族の幸せを願わない人間なんているはずもないのだから。
蒼は丁寧に縛られていた足と手を解放した。やっと自由になって俺はほっとする。
俺と蒼はその場を後にした。
すっかり伸びているシモンが気になったが、蒼が「いずれ起きるだろ」と言っていたので、そうだなと思いそのまま放置する事にした。
先程持っていた銃の事を聞くと蒼は「あれはモデルガンだ」と言った。
何で持ってきたのか聞くと「威嚇のため持ってきたけど必要なかったな」と言われてほっとした。
本物の銃じゃなくて本当に良かった。
銃刀法違反で逮捕されるところだ。
2人の手は繋がれていた。それは、まるで幸せな恋人のように見えた。
寮に2人で戻ると蒼の登場に一気に人が集まった。
皆口々に「行方不明者の生還だ!」「今までどこ行ってたんだよ!」と質問責めと心配の声が続く。
蒼は「まぁ、いいじゃん? 気にすんなって」と軽く躱した。
皆は「え~?」と文句を言っている。
案外、皆蒼の事を心配していたらしい。
その様子を微笑ましく見ていると、蒼が言った。
「おい。小向のところへ行くぞ」
「え? なんで? あ、挨拶?」
「そんなもん」
そう言った彼の顔は、どこか決意を固めたような顔をしており心臓が跳ねる。
――蒼?
そう思ったが、聞ける雰囲気でもなく俺は蒼の背中を追った。
「失礼します」
小向の部屋をノックした蒼は、「どうぞ」という声を聴いてそのままドアを開けた。
小向は蒼の顔を見ると、笑顔を作る。
「久しぶりだね。何も言わず消えて、やっと帰ってきたと思ったら…。聖月の顔は傷ついているし、一体何があったんだい?」
「えーと、それは…」
まさか誘拐されて、ナイフでつけられたとは言えない。
俺が言い淀んでいると、蒼が真剣な表情で口を開く。
「勝手に出ていって申し訳ございませんでした。今日は小向さんにお願いがあってきました」
「へえ、君がお願いなんて珍しいね。まあいい。言ってごらん」
「俺、ディメント辞めたいんです」
突然言われた言葉に「え?」と俺は素っ頓狂な声を上げ驚いた。
それは小向も同じだった。俺と同じ反応をして蒼を見詰めている。
蒼の顔は真剣そのもので、冗談を言っている雰囲気ではない。
「突然言って申し訳ございません。お願いします。あと、聖月もディメントを辞めさせてやってください」
「ええ?!」
俺は先程よりさらに大きな声で驚いた。
――ディメント辞めさせてやってください?
何より驚いたのは言葉だけではなく、蒼が頭を下げたからだ。
今まで蒼がこうやって人に対し頭を下げている所を見たことがない。
ディメントを辞めたいと思っていたが、こう相談もなく言われると混乱してしまう。
「驚いたな。キミが頭を下げるなんて。一生見ることはないと思ったよ」
「こいつのDVD回収するための金は差し上げます。お願いします」
蒼は頭を下げて言った言葉に俺は目を瞬く。
――金に煩いこいつが金を出すなんて。
信じられない気持ちだった。
それ程までにディメントを辞めさせたいと思っているのだろう。
「へぇ。ホントに驚いたな。理由を聞いてもいいかい?」
小向は笑顔で聞いている。
蒼は頭を上げ、答えた。
「俺にとって聖月がディメントで働くことは不都合なんです」
「不都合って?」
「コイツが客をとってると考えると、嫉妬で頭がおかしくなりそうになる」
「――」
俺は言葉を失う。
それは蒼が俺に対しての思いを雄弁に語った言葉だった。小向は「驚いたな」と言いながら面白そうにこちらを見詰めている。
「蒼がまさか人にそんな感情を持つなんてね。面白いものを見たな」
「お返事は…?」
蒼の真剣な声に小向はあっさりと答える。
「残念だけどね、すぐにOKとは言えないよ。ディメントナンバー4が消えるのも痛いのに、ナンバー3まで一気に消えたらディメントの信用がガタ落ちだ」
小向の言葉はオーナーとして当然の言葉だった。
一気に売れっ子が2人も消えるのは経営者としてとても痛手だろう。
そんな小向に蒼はさらに言った。
「どうすればOKと言ってくださるのですか」
こんなに蒼が必死に言っているのは珍しい光景だった。
それだけこれは蒼にとって大きな問題なのだろう。
「まぁ、考えておくよ。聖月の大学卒業までっていうのを、少し短くするとか…。蒼の辞める時期を今すぐではなく半年後にするとか…」
「それじゃ、駄目なんです」
「蒼…」
小向の言葉を遮って声を上げる蒼に俺は驚いていた。
小向も同じだった。
「男娼同士の恋愛はご法度ではないんだけど、どうしようかな。ここまでになるとは思ってなかったなぁ」
「もっといい案が出ることを期待しています」
「ははっ! 譲る気はないということか。――今日はもう遅いし、もう部屋に戻ったらどうだい?
私もいい案を考えておくよ」
「了解しました。…お願いします」
蒼は手本になる程綺麗にお辞儀をして、小向から離れた。出ていこうとする蒼に慌てて付いていく。
「あの、有難うございました」
俺も倣って頭を下げる。
それを小向は驚いた顔で見ていた。
俺はどうしてだろうと思いつつ、ドアから出ていく蒼を追いかける。
「蒼! なんで急にディメントを辞めるって言ったんだよ! それに、俺の事も相談なく…」
「お前はずっとディメントで働きたいって思ってんのか?」
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