記憶違いの従者

元森

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 彼の、熱い息は、リチャードの身体を触った。

 云われたことを、リカドはまさに忠実にやっていた。ゆっくりと覆いかぶさり、ひとことひとことにリチャードを心配する言葉をかけた。それは、やさしい羽のように包んだが、神経が麻痺するような感触がする。

 頭が、ぼおっとする。

 リカドの赤い目に浮かぶ涙の膜。

 どうして、彼が泣いているのか分からずに、リチャードは息を整える。

 彼は、静かに涙を流しながら、リチャードの窄まりに、熱いものを押し付けた。リチャードは、ぎゅうっといろいろと交じり合った感情を押さえ込むように、目を瞑った。胸が、嬉しさなのか苦しさなのか、締め付けられるぐらいに痛い。

 心臓の音が、ドクドクと脈を打っている。抑え込もうと、リチャードはシーツを手繰り寄せて、手に握り締めた。

 リカドの、息を呑む、気配がはっきりと分かる。

 押し付けられたものを、奥へ、リカドはいれていく。リチャードは、その感覚をしっかりと感じた。

「…辛い、ですか…?」

 リカドと同様に泣いているリチャードに、いたわりの言葉を彼は送ってくれる。

 リチャードは首を振った。

「辛くない…、はやく、はやく…」

「…っ」

 痛みは何も感じない。あるのは、達成感にも似たしあわせという曇りない感情だ。

 リチャードの言葉に、リカドは感極まったようで、もっと奥へと進めていく。リチャードは、それを震えながら受け入れた。何時間もいじくられたそこは、多少悲鳴をあげていたが、嬉しそうにひくついていた。

 それが、少し恥かしかったが、同じ気持ちだった。

 ドクドクと、リカドの硬いものは、リチャードのなかで脈をうっている。呼吸を整えると、はっきりと彼の形が分かる。自分とは違う、異物を入れられて妙な気分だ。

 だが、こんなことになっていること事態奇跡みたいなものだ。何時間も前は、二人は上下関係のしっかりとした主人と従者だった。そんな関係から、ここまでいくのだから驚きだ。これもこれも、弟のおかげがする。彼がいなかったら、キスも、なにもかも出来なかっただろう。

 後悔のまま、仲良くもない女性と結婚していたはずだ。

 はぁはぁと息を整えていると、向かい合っているリカドに抱きしめられた。

「…リチャードさま…いたくない、ですか?」

 また抱きしめてくれた。手の硬い感触に、泣いてしまいそうだ。

 ――どうしてこんなに、好いてしまったのだろう。

 リチャードは、心配の声をかけるリカドを見た。溢れてくる感情に自分自身、どうしていいか分からない。リカドを好きじゃなかったら、もしリカドと会っていなかったら、リチャードという人格はどうなっていたのだろう。それほどに、リチャードのなかにリカドという存在は大きかった。

 ふるえる不器用な、彼の抱きしめ方に涙が止まらない。

 ふいに泣き出したリチャードに、リカドは顔色を悪くした。

「ぁ…、やっぱり辛いのでしょう? い、今ぬきます」

「待てっ」

 急いで身体を引こうとしたリチャードに、慌てて待ったの声をあげる。そうじゃない。そうじゃないんだ――…。

「抜かないでいい。辛くないから」

「ですが、泣いて…」

 おろおろしているリカドに、リチャードは睨みをきかせた。

「…これは、嬉しかったんだ…。お前と一緒に、なれて…。ずっと、望んでいたから……」

 恥かしくて、真っ赤になりながらたどたどしく云った。

 リカドは、目を見開かせてこちらを凝視している。リチャードはその熱っぽい視線に耐え切れず、目を閉じてしまう。

 しばらくして、リチャードの頬につめたい液体の感覚がした。

「リカド…」

 驚いて目をあけると、そこには、涙を流しているリカドの姿があった。リチャードは驚いて、口を開けてかたまってしまう。なんて、美しい涙なのだろうと思った。リチャードには、リカドの後ろに光がはっきり見えた。

「もったい、ない、お言葉…です」

 うう、といいながら、リカドは泣き続けた。自分の中にある彼も、だんだんと小さくなっていっていった。

 びっくりしつつ、リカドを見た。

 これが、リカドの本来の姿なのかもしれない。大げさかもしれないが、そうリチャードは思えた。泣いている彼は、ここに来て二度目の涙だ。だが、リチャードにはまだこの人生で2回目しか見ていない。

 今日、やはりリチャードの世界は広がった。

 好きな人の、いろいろな顔が分かり、やっと言葉を通じ合えた。心から。

 リチャードが、泣いてしまったとき、彼は子供のふりをして「泣かないでよ」といってくれた。リチャードも同じ気持ちだった。

「泣くな。…お前には、笑顔が似合う」

「……リチャード様…」

 自分ながらに気障な言葉だと思う。だが、リチャードの心はそのままだった。

 リカドは、目を擦り、涙を流すのをやめた。ぎこちなく、リチャードの言うとおりに、笑ってみせる。不器用で、少し怖く見える笑顔だった。

 言葉もなく、二人はどちらからもなく抱きしめあった。呼吸を整え、やがて――リカドは腰を動かし始めた。彼自身も、先ほどのように硬くなっていた。

 優しいストロークに、じれったくなったが、リチャードはただ快感を追っていた。

「…ぁ、んんっ、ああっ、…ッ」

 声は、かすれて、もう聞けたものじゃなかった。だが、リカドは嬉しそうに腰を動かす。

 遅い動きだったが、もっと奥に行きたいというかのように、深くうがつ動きだ。じれったいような、激しいような、不思議なものだった。リチャードは、ただただリカドと一緒になれたことが嬉しかった。

 泣くな、といったのに、リカドは泣きながら律動していた。

「リチャード、さま…っ、あったかくて、きもちいい…っ」

 蕩けるような、声を出し、泣きながらいっているリカドを見てそれだけでいってしまいそうだった。

 辛くないといえばうそになるが、それが吹き飛んでしまいそうだ。

「…っ、そういうこと、いうな…っ! んんっ、そこ…」

 強く擦られたところに触れた瞬間、腰が揺れた。頭のなかがスパークして、真っ白になるぐらいの気持ちいいものが通り過ぎる。ビクビクと震えていると、リカドは笑った。その微笑に、心臓がはねる。

「あぁ、気持ちいいですか? じゃあ、もっとやります…」

「やめ。やめてくれ…っ。んんんっ!」

 はじめは優しかったストロークもだんだんと、激しくなっていく。そこに、擦れるとダメだといったのに、もっと強く擦られてしまう。

 目がだんだんと霞んでいく。

 こんなに、幸せでいいのか。こんな、こんな…。

「ぁ、もう、だめっ…だ。出る、…リカドぉお」

 懇願するように、激しく動くリカドを見て、リチャードは言うと、彼は意地悪く笑った。

「もう少し、ガマンしてください…。もう少しで、私、も…っ」

「いや、いや…っ、いあぁ、」

 リカドは、そういいながら、リチャードのガマン限界のところを手で握った。突然、堰き止まれた場所に、頭のなかが混乱してしまう。じれったくて、苦しくてたまらなかった。なんで、そんな意地悪をするのだろう。

 震えているリチャードを見て、リカドは目をぎらつかせて、酔ったような言葉を投げかける。

「ビクビクして、可愛い…。リチャードさま、リチャードさま…っ!」

「もっ、はげしくっ、やだっ」

 名前を叫ばれながら、リチャードの中はメチャクチャにされる。粘膜は、卑猥な音を響かせ、もう無理だと叫んでいた。

 自分でも、何をいっているのか、リチャードには分からなかった。リカドが何を、いっているのかも。リチャードは襲ってくる辛いぐらい気持ちいい快楽に、翻弄されるばかりだった。

「壊れる、壊れてしまう…あなたが。…でも、好きなんです…っ。きもちいい、あぁ、どうしよう…ッ。とまらな…っ」

「あぁあああっ」

 四肢がばらばらになってしまうぐらいの激しさに、最後には頭が白く染まり、意識も薄れていく。自分が、どれだけはしたない声で泣いて喘いでいるのかも、もう分からない。

「ひ…っ!」

 ビクビクと激しく痙攣し、そのままリチャードはほとんど出なくなってしまった精を吐き出した。

「愛してます…」

 飛んでいく意識で、リカドの声で愛をささやかれたのを、リチャードははっきりと聞いた。

 リカドは、意識の飛んでしまったリチャードの身体を受け止めた。優しくリチャードの性器をなでて、愛おしそうに吐き出された精を口に持っていった。それを舐めとると、そのまま嚥下する。

 リカドは、この上ない幸福を感じて身を震わせたのだった。

 

 



 

 

 リチャードが目を覚ましたのは、見知らぬ湯船のなかだった。

「…は」

 驚いていると、いつものスーツ姿の、リカドが寸分も狂いのない一礼をしていた。寝ぼけていたが、一気に水の感触と、普段どおりの彼の姿に目が一気に覚めた。

「え? あ…どういうことだ?」

 それだけがなんとかいえた。リカドは、無表情のまま状況を的確に伝えた。

「お洋服やお身体が汚れていたので、洗われて頂きました。お洋服はもう洗って、乾いております。身体を揺らしても起きられないので、失礼ながら身体を洗わせていただきました。起きられてよかったです」

「そ、そうか。ありがとう…」

「もったいなきお言葉」

 一礼して、リチャードは、風呂場から出て行った。

 いつもながら、仕事がはやくて助かるが、これじゃ前と同じじゃないかと思えてきた。

 リチャードは、あっけにとられていたが、よくよく考えてみれば、数時間前は身体を重ねあっていたわけだ。なんだか恥かしくて、リチャードの顔は真っ赤になった。

 それに、あんないつも通りだと、本当に昨夜のことが本当にあったのかと不安になる。

 リチャードは、たしかめようと立ち上がろうとしたが、腰が痛くなりかたまってしまった。腰の鈍い痛みは、昨日のことを想い出せれてしまう。

 これでやったことは確かだが、それをリカドが覚えているかが大事だ。リチャードは、身体を奮起して、なんとか湯船から出て、身体を拭き、綺麗にたたまれている服を着た。洗って乾いていると考えると、うちのリカドはどれだけ優秀なのかとむしろ不安になってしまう。

 服を着て、部屋に戻ると、朝食が用意されていた。

「ルームサービスで頼みました」

「……あ…。あぁ」

 ここがホテルだということを忘れるぐらいの、この的確さだ。しかも、リチャードの好きなものばかりで、言葉も出ない。

「あと、2時間でチェックアウトの時間です」

 ――つまりこれは、もう昼食の類か。

 リチャードは、はっきり言って、これを望んでいたわけじゃないのだ。
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