英雄の一族の末裔ですが公爵様の復讐の為に婚約する事になりました

桜部遥

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滅んだ一族

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——ツィーピア。

それは、今はもう滅びた幻の力を持つ一族。
彼らは約五百年前に、ブィリルを半数以上滅ぼし人間達の平和を守った英雄の一族だった。
ツィーピアは生まれ持った神から権能が与えられ、その力でブィリルの人間への侵攻を幾度となく止めてきた。
そんなツィーピア一族の栄誉を称え、国からは爵位が与えられたという。
だが、ツィーピアはそれを断った。
理由は幾つか考えられているが、一番濃厚な説は、『ツィーピアは短命である』からでは無いかというものだった。
ツィーピアは、神の権能が使える代わりにその寿命は短くなっていく。
そうして、巨大な力がありながらも短命という運命を背負ったツィーピアの一族は、段々と数を減らしてき、やがて……滅びた。

「ツィーピアの一族には神の権能が与えられる。そして権能の証が最も現れるのは髪か瞳だ。というのも、ツィーピアの一族は皆美しい紫色の髪か瞳を持っていたと言われていてね。そう、まさに君の髪のように。」

ヴィルエイムは、書斎に向かう道中ミネアにツィーピアという一族の話をした。
過去に英雄の一族と言われていた事。一族が短命であり、滅んでしまった事。
ミネアは自分の髪に触れる。
今まで人と違うこの髪の色を、特別気にした事などなかった。
まさかこの色にそんな大きな意味があるなんて……。
今まで、普通の平民として代わり映えのしない日々を生きてきた。
けれど先祖は、一族の力を使って知らないところで人々の営みを守ってきたのだ。
それを知らされたミネアは、少し気分が沈む。
ミネアの知らない世界を一気に突きつけられて、気が晴れないのは仕方の無い事だ。
ヴィルエイムは静かに隣で顔を暗くしているミネアの頭に手を置く。

「大丈夫。そこまで深く考えなくていいよ。私は君にツィーピアの一族としての役目を果たして欲しいとは思っていない。君の両親も同じ思いだったのだろうね。」
「両親が、ですか?」
「ああ。平民として、平穏な日々を送って欲しいとそう願ったから、君にツィーピアの話をしなかったのだと私は思うよ。」

ヴィルエイムに言われて確かにとミネアは思い返す。
父の事は何も知らないけれど、母親はミネアにツィーピアの話をしなかった。
それは母親としてミネアに平凡だけれど幸せな日々を生きて欲しいという願いからだったのかもしれない。
ヴィルエイムの言葉に、心が少し軽くなったような気がした。
そうこうしている間に、ヴィルエイムの書斎の前にたどり着いた。
「さあ入って。お茶の準備はさせてある。」
ヴィルエイムの身長は優に超える大きな扉の先には、本が左右の壁に所狭しとと並んでいた。
窓の前には、ヴィルエイムの作業用のテーブルが置かれている。
かなり使われているのか、アンティークな机と革製のイス。
その前には休憩用のテーブルとソファーが配置されていた。

「素敵なお部屋ですね……!」

本の匂いとインクの匂いが混ざりあって、この部屋にしか無い空気を作り上げている。
「さあ座って。美味しいクッキーでも食べながら話をしようか。」
「は、はい……!」
雰囲気に流されるままに、ミネアはソファーに腰を下ろした。
対面に座ったヴィルエイムは手際良くお茶をカップに注ぐ。
ふわふわと不透明な湯気はゆっくりと消えていった。
温かい紅茶は、喉を潤してくれる。
右も左も分からないミネアには、その温かさがとても有難かった。
ヴィルエイムはミネアの顔色を伺う。
見た目以上に頭の切れる少女がどこまで着いて来られるのかを測る為に。

「さて。ミネアが今、一番知りたい事はなんだい?忘れていたが、まずはそれを聞かなくてはいけなかった。」

ヴィルエイムの言葉に、ミネアは軽く口を閉じる。
色々と知りたい事はある。自分が英雄の一族の生き残りだと言う事と、ブィリルがミネアを襲った事は関係しているのだろう。
ならばツィーピアとブィリル。この二つの事を知らなくてはいけない。
けれどその前に、大切な事が一つ。

「どうして私をここに連れてきたのですか、公爵様。」

自分が普通の平民では無い事は分かった。
ブィリルという怪物が世界を滅ぼそうとしている事も分かった。
でもその全てを知り、こうして目の前で話してくれる理由は分からない。
情報を全てタダで話してくれる優しい人……という訳でも無いとミネアは心のどこかで察していた。
真っ直ぐ見つめるミネアに、ヴィルエイムはニコリと口角を上げる。
「そうだった、私とした事が肝心な部分が抜けていたね。すまない、レディー。」
「い、いえ……!ブィリルを知っているという事は公爵様にも何かしら関係がある……という事ですよね?」
ミネアの言葉に、ヴィルエイムはこくりと頷いた。
「ご名答。私……いや、グレーラビス家は代々ブィリル殺しを生業としているんだよ。ブィリル殺し——またの名を祓魔師とも呼ばれている。」
ヴィルエイムはティーカップを手にしながら、自分の家系……グレーラビス公爵家について話をした。

グレーラビス家は代々、ブィリルを討伐する者が集う場所であり、その当主は祓魔師としての高い素質が必要である事。
しかし、ツィーピア一族と同じように年々祓魔師としての力を持つものが減っていき、三代前には廃業した事。
だが、ヴィルエイムは過去に類を見ないほど祓魔師として高い素質があり、ヴィルエイム一人の力でまたグレーラビス家を復活させた事をミネアに教えた。
「祓魔師というのは誰にでもなれるものではなくてね。ブィリルを祓う為の素質と力がなければ相手に傷一つも与えられないんだ。」
「公爵様は一人でこの公爵家を再建させたという事ですか?」
「まあ、そういう事になるのかな。ブィリルについて知っている人間は限られているんだ。ツィーピア一族と我々のような祓魔師、そして現国王陛下だけだ。」
現国王陛下……。
ゾルテーム王国の頂点に君臨し、この国を納める、アーデル・ネム・ゾルテーム。
この国が今安定しているのは、彼の力が大きい。
先代の国王陛下はかなりの戦好きで、理由をつけては他国に喧嘩を売っていた。
そうしてゾルテーム王国は以前の二倍ほど領土を広げたが、その横暴な手のせいでかなりの敵を作った。
先代が逝去し、アーデルが国王となった後もゾルテームの評価は芳しくなかった。
一瞬でも隙を見せれば、敵国が攻め入ってくるという不安と緊張の中それらを解決したのがアーデルだ。
不可侵条約を結び、これ以上の争いを起こさせない事を敵国と約束した事で今の平和がある。
そういった意味でアーデルは国民、特に平民からの支持は熱い。
貴族の中には、先代国王の意志を継いで欲しいと願う者も居たが、アーデルはその言葉に耳を傾けなかったという。
「アーデル陛下はブィリルという存在をとても危険視していてね。出来うる限り、この国からブィリルを追い出したいとお考えのようなのさ。だから私にその依頼が来た。今の公爵という地位の保証と代わりに、私は祓魔師としてブィリルを排除しているという訳さ。」
平民のミネアには、知る由もない話ばかりだった。
突然、自分が滅んだ英雄の一族の末裔だと知らされて、目の前にいる人物はブィリルという怪物を殺す者だと聞かされて。
到底全てをまるっと受け入れられるほど、ミネアは大きな器を持っていない。
だが、一つだけミネアにも分かった事はある。
ツィーピアの生き残りであるミネアをここに呼んだのは、ヴィルエイムが祓魔師であるという事と関係している。

ミネアは残っていた紅茶を飲み干して、ぐっと目の前に座るヴィルエイムを見た。
「その祓魔師という仕事と、ツィーピアには特別な関係があるという事ですか?」
「特別な関係……そうだね、そうとも捉えられる。けれど今回のお願いは私個人が、ミネア個人にするお願いだよ。ツィーピアには神から権能が与えられたというのは話しただろう?ブィリル達はツィーピアのその力を得る為に、ツィーピアを喰らおうとしている。——つまり、君はこれからもずっとブィリルに狙われ続ける、という意味だよレディー。」
ミネアの背筋がゾクッと凍った。
あの恐ろしい金色の瞳。
振りほどけない程の怪力。
死を悟る程の強大な力にこれからも狙われ続ける……?
ミネアは震えたつ鳥肌を抑える為に身を縮めた。
「一度、見つかってしまった以上ブィリル達は総出で君を見つけ出す事だろうね。……どんな手を使ってでも。」
怖い。恐ろしい。嫌だ。逃げなくちゃ。
ミネアの額には冷や汗が滲み、顔色はどんどん青ざめていく。
そんなミネアの姿を見ていたヴィルエイムはにたりと笑った後、カップを置いて手を伸ばす。
震えるミネアの手の甲に触れ、ヴィルエイムは優しく笑いかけた。

「——すまない、怖がらせるつもりは無かったんだ。大丈夫、これからは私が君を守ってみせよう。」

俯くミネアに囁きかける、甘い言葉。
ゆっくりと顔を上げると、ヴィルエイムは彼女に向かって、こう告げた。

「ミネア。——私の婚約者になる気はないかい?」
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