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婚姻という名の契約をここに
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それはミネアにとって思いもよらぬ言葉だった。
公爵家という、自分には分不相応な場所。そこで出会った、ヴィルエイムという美しい男性。
自分がツィーピアという英雄の一族の末裔であり、ヴィルエイムはブィリルという怪物殺しを生業としている祓魔師。
全てが夢のようで、御伽噺みたいで、まだ信じられない部分も沢山あって。
ミネアにとっては不安ばかりだったけれど、それを一瞬で吹き飛ばしてしまう彼からの唐突な言葉。
「ミネア。——私の婚姻者になる気はないかい?」
触れた手からヴィルエイムの温もりがミネアに伝わる。
彼の目が、決して冗談では無いと教えてくれている。
吸い込まれそうなほど美しい眼が写すのは、ミネアというただの平民。
「なっ……何を仰っているんですか……!?そのようなご冗談は……」
「冗談では無いよ、レディー。私の婚約者になれば、ブィリルから身を守る事が出来る。」
そう。これは断じて、公爵が平民に一目惚れをして求婚したなどという美談では無い。
「ミネア、君は私を剣として利用すればいい。婚約の事を深く考える必要は無いよ。」
「で、ですがそれでは……!」
それではミネアへの得があまりにも多すぎる。
ヴィルエイムにとって、ツィーピアの末裔というだけの理由でミネアと婚約するなどデメリットの方が多すぎるのだ。
貴族と平民が婚約すれば、大きな不満を買うことになるだろう。
特に家柄を気にする貴族には尚のことだ。
そこまでしてミネアを婚約者に迎える事に果たして意味などあるのだろうか。
「これは私の為でもあるんだ、ミネア。」
疑問と不安と焦りが、積もりに積もってミネアの中で山のように膨らんでいく。
そんな時、ヴィルエイムはミネアの手を離して再びソファーに腰を下ろした。
「ツィーピアの力を欲するブィリルは多いんだ。ミネアが居てくれれば、私の仕事も捗ると思う。それにね、私の夢はこの国からブィリルという恐怖を消し去って真に平和な国を作る事なんだ。……恥ずかしくて、あまり大きな声では言えないけどね」
指で頬をかくヴィルエイムは恥ずかしそうに笑った。
頬が紅色に染まって、その姿にミネアの心の中にあった沢山の不安は徐々に薄くなっていった。
——ああ、この人は今まで一人であの恐怖と戦っていたのね。
ブィリルを殺す祓魔師ととしてのヴィルエイム。
彼が敵にしたのは人間よりも恐ろしい怪物。
ブィリルという存在は国内でも機密事項で、知っている存在は少ないとヴィルエイムは言っていた。
頼れる人も決して多くは無かったのだろう。
ブィリのあの怪力に捕まれば、人間なんて一溜りもない。
そんな怪物から背を向けずに、この人は戦ってきたのだ。
そう考えると、不思議とミネアの心がぎゅっと苦しくなった。
そして同時に目の前にいる、この人を助けてあげたいとも思った。
不安が完全に消えた訳では無い。状況が完全に呑み込めた訳でも無い。
でも、これだけは分かる。
——公爵様は、決して悪い御方では無いわ。
そしてそんな彼が、ミネアを頼ろうとしている。
彼の願いは、もしかしたら戯言かもしれない。妄言かもしれない。
それでも、ミネアにとっては違った。
彼の願いを叶えてあげたいと、心の底から思ってしまった。
何より、ミネアの事を案じてくれた。あのブィリルから救ってくれた。
なら、彼の提案を断る理由なんてあるのだろうか。
ミネアはゆっくりと立ち上がり、深々と頭を下げる。
ただの平民だけれど、それでも出来ることがあるのならばやってみたいという思いで、ミネアはヴィルエイムに告げる。
「何分至らぬ所はございますが、こんな私で良ければ公爵様のお役に立ちたいです!」
ヴィルエイムはその言葉に目を丸くした。
この少女の言動が、予想外だったのだ。
少なくとも一週間は粘るつもりだった。突然屋敷に連れてこられて、訳も分からない話をされて、その上初対面の人間が求婚するなんて、普通に考えれば怪しいだろう。
警戒して、疑うもののはずだ。
なのにミネアは、すんなりと受け入れた。承諾した。
それが、ヴィルエイムにとって予想外だった。
もしかしたら彼女にも何か企みがあるのではないだろうかと、ヴィルエイムは目を細める。
だが、顔を上げたミネアの瞳はまっすぐヴィルエイムを見ていた。
覚悟を決めたその顔に、偽りは無い。
たとえミネアが何かを企み、腹の中に何かを隠していたとしても。
——それは、お互い様というやつか。
ヴィルエイムは立ち上がり、ミネアの隣で跪いた。
そして、ミネアの手の甲を優しく持ち上げて口付けをする。
「ありがとう、ミネア。君の事は全力で私が守ると誓おう。」
ヴィルエイムの言葉に、ミネアは顔を真っ赤に染める。
茹で上がったタコのような肌で、恥じらいながら、でもどこか嬉しそうな声で、
「はい、よろしくお願いします公爵様」
と笑って見せた。
ミネアは知らない。
この婚約がヴィルエイムの罠だと言う事を。
この婚約がそう簡単なものでは無いと言う事を。
ヴィルエイムはそんな何も知らないミネアをそっと抱きしめる。
ミネアの美しい紫色の髪が彼の頬をくすぐる。
「こ、公爵様……!?」
「もう婚約したんだから、これからは名前で呼んでくれると嬉しいな、ミネア?」
いきなりの抱擁に動揺するミネアを、優しく包み込むような甘い声。
「で、ですが……!」
「なら、名前で呼んでくれるまで離さないよ?私としてはそれも嬉しいけれどね」
「うっ…………!」
卑怯ですと、思わず声を大にして言いたくなる。
婚約者の第一歩としては、かなりハードルが高いようで、ミネアは既に目を回していた。
それでもずっとこのまま、という訳にもいかず結局我慢比べに負けたのはミネアだった。
「——ヴィルエイム様……っ!!」
降参を選んだミネアから、ゆっくりと身体を離すヴィルエイムはご満悦そうな笑顔で「うん」と答える。
顔が整っているというのは凶器なのだとミネアが知ったのはこの時だった。
彼の笑顔は、花のように美しい。でもその花の根には何があるのか、地上からでは分からない。
その花を掘り起こす勇気など今のミネアには持ち合わせていないものだ。
それよりも、過剰なスキンシップのせいでミネアは体力を削がれた。
満身創痍なミネアはその場でヘタリ込み、ぐるぐると目を回している。
そんなミネアを見て微笑んだヴィルエイムは、書斎の扉を開けてメイドを呼んだ。
「いいかいミネア。今日から君は私の婚約者だ。これからは公爵夫人になるという覚悟をしておいてくれ。」
「公爵、夫人……。」
目を覚ます前までは平民だったのに、今は公爵の婚約者という立場だ。
こんな御伽噺のような出来事が本当にあって良いのだろうか。
そんな不安を見越したかのように、ヴィルエイムはミネアの手を優しく握る。
「大丈夫。君は必ず私が守るから心配はいらないよ。」
不思議とその言葉は魔法のようにミネアの心を軽くする。
現れたメイドは、二人だった。
一人は翡翠色の三つ編みに、桃色の瞳。一人は熟した桃のような色のショートボブに翡翠色の瞳。
「初めまして、本日よりミネア様の傍付きを拝命しました、シトラと申します。」
「同じく、傍付きを務めますシーラと申します。以後、よろしくお願い致します。」
翡翠色の三つ編みの方はシトラ。
桃色のショートボブの方がシーラと名乗った。
顔の造形といい、名前といい、二人はどこか似ている。
「シトラ。シーラ。私の麗しの婚約者に屋敷の案内を。」
「畏まりました、ご主人様。」
「それではミネア様。こちらに。」
シトラとシーラに挟まれるようにミネアは歩き始める。
まだまだ聞きたいことは山のようにあるが、まずは婚約者という立場をきちんと自覚するところから始めようと、ミネアは一歩を踏み出す。
「ミネア。終わったら夕食まで部屋で休んでいるといい。随分と疲れただろうし、時間になったら呼びに行くよ。」
分かりましたとミネアは二人のメイドと共に書斎を後にする。
そんなミネアに向かって手を振り続けていたヴィルエイムは、扉がバタンと閉まると同時に手を下ろした。
先程までの甘い笑顔など嘘だったかのように、ヴィルエイムの表情は固くなる。
「ふぅ……。——ヨーベル、入れ。」
そう空虚な書斎でヴィルエイムが呟くと、それを待っていたかのように扉からノックの音が聞こえてくる。
入ってきたのは、この屋敷の執事長であるヨーベルだった。
眉間によった皺は歳のせいなのか、それとも癖なのか。
年老いているというのに、風格があるヨーベルは長めの白髪を一括りに束ねている。
燕尾服が板に着いているヨーベルは、作業用の椅子に腰を下ろした主君に向けて頭を下げた。
「お呼びでしょうか、我が主様。」
「明日からミネアを勉強させられる家庭教師を探せ。出来る限り腕が立ち、尚且つ口が堅い者が好ましいな。」
「仰せのままに。……して、我が主に一つ質問を。」
「なんだ?」
ヨーベルは顔をあげ、自らの主の顔色を伺う。
「彼女に、真実を打ち明けずに宜しかったのですか?」
ヨーベルの発言に、ヴィルエイムはぴくりと眉を動かす。
彼は公爵邸の執事長だ。これまでの会話を盗み聞きしていた訳では無いだろう。
ただヨーベルの長年の感が、あの娘に自分の主は話していない事があると告げているのだ。
見透かされたようなヨーベルの瞳に、ヴィルエイムはじっと窓の外を見る。
三階にある書斎からは庭の美しい花々が一望できた。
花に囲まれながら、楽しげに笑う一人の少女の姿。
そんな少女を見守る二人のメイド。
一番大変な思いをしたのは間違えなく彼女だろう。それでも婚約を受け入れてくれた。
それは紛れもなく、彼女の善意からだ。
——分かっている。私は彼女の優しさに漬け込んだ。
それでも。
「ミネアには言わないつもりだ。元よりこれは、私の問題だからね。彼女を利用するつもりはあっても巻き込むつもりは無い。」
「左様でございますか。我が主がお決めになったことなれば、このヨーベルは従いましょう。」
果たさなくてはならない事がある。
やらねばならない事がある。
この命を費やしてでも。他人を利用してでも。
「——私は、あの愚兄を必ず殺す。」
ぎゅっと力強く握ったその拳の中に、ヴィルエイムは何を隠しているのか。
ミネアがそれを知る日は、そう遠くない未来の話。
公爵家という、自分には分不相応な場所。そこで出会った、ヴィルエイムという美しい男性。
自分がツィーピアという英雄の一族の末裔であり、ヴィルエイムはブィリルという怪物殺しを生業としている祓魔師。
全てが夢のようで、御伽噺みたいで、まだ信じられない部分も沢山あって。
ミネアにとっては不安ばかりだったけれど、それを一瞬で吹き飛ばしてしまう彼からの唐突な言葉。
「ミネア。——私の婚姻者になる気はないかい?」
触れた手からヴィルエイムの温もりがミネアに伝わる。
彼の目が、決して冗談では無いと教えてくれている。
吸い込まれそうなほど美しい眼が写すのは、ミネアというただの平民。
「なっ……何を仰っているんですか……!?そのようなご冗談は……」
「冗談では無いよ、レディー。私の婚約者になれば、ブィリルから身を守る事が出来る。」
そう。これは断じて、公爵が平民に一目惚れをして求婚したなどという美談では無い。
「ミネア、君は私を剣として利用すればいい。婚約の事を深く考える必要は無いよ。」
「で、ですがそれでは……!」
それではミネアへの得があまりにも多すぎる。
ヴィルエイムにとって、ツィーピアの末裔というだけの理由でミネアと婚約するなどデメリットの方が多すぎるのだ。
貴族と平民が婚約すれば、大きな不満を買うことになるだろう。
特に家柄を気にする貴族には尚のことだ。
そこまでしてミネアを婚約者に迎える事に果たして意味などあるのだろうか。
「これは私の為でもあるんだ、ミネア。」
疑問と不安と焦りが、積もりに積もってミネアの中で山のように膨らんでいく。
そんな時、ヴィルエイムはミネアの手を離して再びソファーに腰を下ろした。
「ツィーピアの力を欲するブィリルは多いんだ。ミネアが居てくれれば、私の仕事も捗ると思う。それにね、私の夢はこの国からブィリルという恐怖を消し去って真に平和な国を作る事なんだ。……恥ずかしくて、あまり大きな声では言えないけどね」
指で頬をかくヴィルエイムは恥ずかしそうに笑った。
頬が紅色に染まって、その姿にミネアの心の中にあった沢山の不安は徐々に薄くなっていった。
——ああ、この人は今まで一人であの恐怖と戦っていたのね。
ブィリルを殺す祓魔師ととしてのヴィルエイム。
彼が敵にしたのは人間よりも恐ろしい怪物。
ブィリルという存在は国内でも機密事項で、知っている存在は少ないとヴィルエイムは言っていた。
頼れる人も決して多くは無かったのだろう。
ブィリのあの怪力に捕まれば、人間なんて一溜りもない。
そんな怪物から背を向けずに、この人は戦ってきたのだ。
そう考えると、不思議とミネアの心がぎゅっと苦しくなった。
そして同時に目の前にいる、この人を助けてあげたいとも思った。
不安が完全に消えた訳では無い。状況が完全に呑み込めた訳でも無い。
でも、これだけは分かる。
——公爵様は、決して悪い御方では無いわ。
そしてそんな彼が、ミネアを頼ろうとしている。
彼の願いは、もしかしたら戯言かもしれない。妄言かもしれない。
それでも、ミネアにとっては違った。
彼の願いを叶えてあげたいと、心の底から思ってしまった。
何より、ミネアの事を案じてくれた。あのブィリルから救ってくれた。
なら、彼の提案を断る理由なんてあるのだろうか。
ミネアはゆっくりと立ち上がり、深々と頭を下げる。
ただの平民だけれど、それでも出来ることがあるのならばやってみたいという思いで、ミネアはヴィルエイムに告げる。
「何分至らぬ所はございますが、こんな私で良ければ公爵様のお役に立ちたいです!」
ヴィルエイムはその言葉に目を丸くした。
この少女の言動が、予想外だったのだ。
少なくとも一週間は粘るつもりだった。突然屋敷に連れてこられて、訳も分からない話をされて、その上初対面の人間が求婚するなんて、普通に考えれば怪しいだろう。
警戒して、疑うもののはずだ。
なのにミネアは、すんなりと受け入れた。承諾した。
それが、ヴィルエイムにとって予想外だった。
もしかしたら彼女にも何か企みがあるのではないだろうかと、ヴィルエイムは目を細める。
だが、顔を上げたミネアの瞳はまっすぐヴィルエイムを見ていた。
覚悟を決めたその顔に、偽りは無い。
たとえミネアが何かを企み、腹の中に何かを隠していたとしても。
——それは、お互い様というやつか。
ヴィルエイムは立ち上がり、ミネアの隣で跪いた。
そして、ミネアの手の甲を優しく持ち上げて口付けをする。
「ありがとう、ミネア。君の事は全力で私が守ると誓おう。」
ヴィルエイムの言葉に、ミネアは顔を真っ赤に染める。
茹で上がったタコのような肌で、恥じらいながら、でもどこか嬉しそうな声で、
「はい、よろしくお願いします公爵様」
と笑って見せた。
ミネアは知らない。
この婚約がヴィルエイムの罠だと言う事を。
この婚約がそう簡単なものでは無いと言う事を。
ヴィルエイムはそんな何も知らないミネアをそっと抱きしめる。
ミネアの美しい紫色の髪が彼の頬をくすぐる。
「こ、公爵様……!?」
「もう婚約したんだから、これからは名前で呼んでくれると嬉しいな、ミネア?」
いきなりの抱擁に動揺するミネアを、優しく包み込むような甘い声。
「で、ですが……!」
「なら、名前で呼んでくれるまで離さないよ?私としてはそれも嬉しいけれどね」
「うっ…………!」
卑怯ですと、思わず声を大にして言いたくなる。
婚約者の第一歩としては、かなりハードルが高いようで、ミネアは既に目を回していた。
それでもずっとこのまま、という訳にもいかず結局我慢比べに負けたのはミネアだった。
「——ヴィルエイム様……っ!!」
降参を選んだミネアから、ゆっくりと身体を離すヴィルエイムはご満悦そうな笑顔で「うん」と答える。
顔が整っているというのは凶器なのだとミネアが知ったのはこの時だった。
彼の笑顔は、花のように美しい。でもその花の根には何があるのか、地上からでは分からない。
その花を掘り起こす勇気など今のミネアには持ち合わせていないものだ。
それよりも、過剰なスキンシップのせいでミネアは体力を削がれた。
満身創痍なミネアはその場でヘタリ込み、ぐるぐると目を回している。
そんなミネアを見て微笑んだヴィルエイムは、書斎の扉を開けてメイドを呼んだ。
「いいかいミネア。今日から君は私の婚約者だ。これからは公爵夫人になるという覚悟をしておいてくれ。」
「公爵、夫人……。」
目を覚ます前までは平民だったのに、今は公爵の婚約者という立場だ。
こんな御伽噺のような出来事が本当にあって良いのだろうか。
そんな不安を見越したかのように、ヴィルエイムはミネアの手を優しく握る。
「大丈夫。君は必ず私が守るから心配はいらないよ。」
不思議とその言葉は魔法のようにミネアの心を軽くする。
現れたメイドは、二人だった。
一人は翡翠色の三つ編みに、桃色の瞳。一人は熟した桃のような色のショートボブに翡翠色の瞳。
「初めまして、本日よりミネア様の傍付きを拝命しました、シトラと申します。」
「同じく、傍付きを務めますシーラと申します。以後、よろしくお願い致します。」
翡翠色の三つ編みの方はシトラ。
桃色のショートボブの方がシーラと名乗った。
顔の造形といい、名前といい、二人はどこか似ている。
「シトラ。シーラ。私の麗しの婚約者に屋敷の案内を。」
「畏まりました、ご主人様。」
「それではミネア様。こちらに。」
シトラとシーラに挟まれるようにミネアは歩き始める。
まだまだ聞きたいことは山のようにあるが、まずは婚約者という立場をきちんと自覚するところから始めようと、ミネアは一歩を踏み出す。
「ミネア。終わったら夕食まで部屋で休んでいるといい。随分と疲れただろうし、時間になったら呼びに行くよ。」
分かりましたとミネアは二人のメイドと共に書斎を後にする。
そんなミネアに向かって手を振り続けていたヴィルエイムは、扉がバタンと閉まると同時に手を下ろした。
先程までの甘い笑顔など嘘だったかのように、ヴィルエイムの表情は固くなる。
「ふぅ……。——ヨーベル、入れ。」
そう空虚な書斎でヴィルエイムが呟くと、それを待っていたかのように扉からノックの音が聞こえてくる。
入ってきたのは、この屋敷の執事長であるヨーベルだった。
眉間によった皺は歳のせいなのか、それとも癖なのか。
年老いているというのに、風格があるヨーベルは長めの白髪を一括りに束ねている。
燕尾服が板に着いているヨーベルは、作業用の椅子に腰を下ろした主君に向けて頭を下げた。
「お呼びでしょうか、我が主様。」
「明日からミネアを勉強させられる家庭教師を探せ。出来る限り腕が立ち、尚且つ口が堅い者が好ましいな。」
「仰せのままに。……して、我が主に一つ質問を。」
「なんだ?」
ヨーベルは顔をあげ、自らの主の顔色を伺う。
「彼女に、真実を打ち明けずに宜しかったのですか?」
ヨーベルの発言に、ヴィルエイムはぴくりと眉を動かす。
彼は公爵邸の執事長だ。これまでの会話を盗み聞きしていた訳では無いだろう。
ただヨーベルの長年の感が、あの娘に自分の主は話していない事があると告げているのだ。
見透かされたようなヨーベルの瞳に、ヴィルエイムはじっと窓の外を見る。
三階にある書斎からは庭の美しい花々が一望できた。
花に囲まれながら、楽しげに笑う一人の少女の姿。
そんな少女を見守る二人のメイド。
一番大変な思いをしたのは間違えなく彼女だろう。それでも婚約を受け入れてくれた。
それは紛れもなく、彼女の善意からだ。
——分かっている。私は彼女の優しさに漬け込んだ。
それでも。
「ミネアには言わないつもりだ。元よりこれは、私の問題だからね。彼女を利用するつもりはあっても巻き込むつもりは無い。」
「左様でございますか。我が主がお決めになったことなれば、このヨーベルは従いましょう。」
果たさなくてはならない事がある。
やらねばならない事がある。
この命を費やしてでも。他人を利用してでも。
「——私は、あの愚兄を必ず殺す。」
ぎゅっと力強く握ったその拳の中に、ヴィルエイムは何を隠しているのか。
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※1日おきの更新です。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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