英雄の一族の末裔ですが公爵様の復讐の為に婚約する事になりました

桜部遥

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新しい生活の始まり

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つい昨日までただの町娘だったのに、私は今日から公爵様の婚約者になった。

あの後、シトラとシーラに屋敷を案内してもらった。
昼食を挟み、また屋敷を見て周り。そうこうしている間に時間は静かに過ぎていった。
ミネアは、朝目覚めた二階の客室に戻りはあ、とため息を漏らす。
ヴィルエイムの計らいで、夕食までの間は自室で休む事にした。
朝から色々とありすぎて、正直な所これから自分がどうなるのか良く分からない。
ミネアは疲れた足取りでベットに横たわる。

——まだ、夢を見ているみたい。

頭がふわふわする。
今日の出来事は全部現実なのだろうか。なんだかまだ半信半疑のままだ。
ツィーピア。ブィリル。祓魔師。ヴィルエイム。
昨日まで見ていた世界はあまりに小さなものだったのだと思い知らされる。
「疲れた……。もう何も考えたくない……。」
思考が停止する。
キャパオーバーというやつだ。これ以上考えても、きっと自分の中の疑問は解決しない。
沢山の情報量と屋敷を歩き回ったせいか、猛烈な眠気がミネアを襲った。
「だめ……。おきて、なきゃ……。」
そう分かってはいても、本能には抗えない。
ミネアはゆっくりと重たい瞼を閉じた。


——夢を見た。

紫色の綺麗な髪の女の子が森林の中にある草原で、一人ポツリと立っている。
宝石のような輝きを放つ長髪が風に乗ってサラサラと揺れる。
少女の他に、人気は無い。
どこまでも澄んだ青い空の下で、少女は何を見ているのだろう。
少女は、ゆっくりと空を仰いだ。
その頬は美しい雫で濡れている。
どうして彼女は泣いているのだろうか。
ミネアには分からない。夢だから声をかける事すら出来ない。
ただ分かるのは、この少女は悲しくて泣いているのだと言う事。
涙は、草原を濡らした。
悲しくて泣いている少女は、やがて涙に明け暮れ、最後の一滴の雫を纏う。

「——こんな血なんて、消えてしまえばいいのに。」

最後の雫が地に落ちる寸前、少女はそう呟いた。
どうしてそんな悲しい事を言うの?
どうして貴女は泣いているの?
ミネアの問いかけは言葉にすらならず、空虚に溶けていく。

「要らなかった。こんな力なんて要らなかった。こんな——の力なんて。」

ミネアが最後に聞いたのはそんな後悔の言葉。
途中、彼女が何と言ったのかは聞き取れなかったけれど、少女にとって自分に宿った力はそれほどまでに憎い物だったのだろうか。
ああ。そういえば少女は紫色の髪をしていた。
ミネアと同じ。

——ツィーピア一族の特徴である、紫色の髪を。

そこで、夢は途切れた。
プツリと電源が切れたように、粗雑に夢から切り離された。
ミネアが再び目を覚ますと、オレンジ色の太陽が轟々と燃えていた。
部屋一帯がオレンジ色に染まっている。
ミネアは静かに身体を起こした。
あの夢はなんだったのだろう。
ミネアの心にはあの少女の言葉がひっかかっていた。
紫色の髪。きっと彼女はツィーピアの一族の人間だろう。
でも彼女がどうして泣いていたのかは分からない。
言葉にし難い虚無感に苛まれる。
所詮は夢。ミネアにはあの涙を止める事は出来ない。
分かってはいても、ミネアの心にあるモヤモヤは晴れないままだった。
床に足を付け、ぐっと背伸びをする。
身体の疲れは取れるどころか、増してしまった。
あんな悲しい夢を見てしまったのだから仕方がない。

「失礼します、ミネア様。夕食前に身支度を整えたく、参りました。」

コンコンと扉をノックする音。
「入って大丈夫です。」
ミネアがそう扉に向かって話しかけると、ゆっくりと扉が開く。
そこに立っていたのはシトラとシーラだった。
「お休みの所、申し訳ございませんミネア様。」
「ご主人様からの命により、ミネア様の身支度のお手伝いをさせて頂きます。」
無表情な二人のメイドは、そう告げるとミネアを隣の部屋に案内した。
隣の部屋は、クローゼットやドレッサーが置かれている。
見るからに、着替えをする為の部屋だろう。
この屋敷の部屋はどこも大きくて、ミネアは思わず呆然としてしまう。

「ミネア様、こちらにお座り下さい。」

そこからは、二人のメイドに言われるがままだった。
メイクをさせられ、クローゼットから色々な服を取り出してはこれじゃない、あれじゃないとシトラ達は眉間に皺を寄せた。
そしてシトラ達が選んだドレスに袖を通し、再びドレッサーの前で今度は髪のセットが始まる。
最後にネックレスやヘアアクセサリー、イアリングなどの装飾品を身につけ、全てが終わる頃にはとっくに日が暮れていた。
「完成しました、ミネア様。」
大きな鏡をシーラが用意する。
その鏡の前にミネアが移動すると、そこに映っていたのは見違えるほど綺麗になった己の姿だった。
思わず、本当にこれが自分なのかと頬を触る。
鏡に映った少女はミネアの動きに合わせていた。
目を疑いたくなるが、どうやら本当にこれはミネア自身のようだ。
水色と紫のドレスは、ミネアの髪の美しさをより引き立たせる。
ハーフアップにしたせいか、自分の顔の輪郭がはっきりと見えていつもより顔が小さく感じた。
——これが、貴族の力……!!
上等な布で作られたドレス。低いヒールながらも存在感のある靴。
どこからどう見てもこれでは平民に見えない。
馬子にも衣装とはこの事だ。

「ミネア様、そろそろ夕食のお時間です。」
「ご主人様がお待ちです。お部屋までご案内します。」

二人のメイドと共に、廊下を歩く。
履きなれないヒールに、重たいドレス。髪飾りに耳のイアリング。
そのせいだろうか。妙に落ち着かない。
歩き方はぎこちなく、走ったらドレスの裾で転んでしまいそうだ。
階段を降りるのでさえ、一段一段慎重になる。
貴族というのは普段からこんなに重たい服を着ているのだろうか。
「なんだか社交界に行くみたいですね。こんなに素敵なドレスまで貸してくださって……。」
ミネアがそういうと、シーラは顔色一つ変えずにその言葉に対して答えた。
「いえ。それは日常的に着る普段着です。社交界にはそちらのドレスよりも何倍も宝石を縫ったドレスで参加します。」
「社交界のドレスはどれもウエストが細く作られている為、コルセットで腰周りを締め上げてから着用します。」
シーラに合わせるようにシトラも続けて答える。
聞いているだけで、社交界に行く事がどれほど大変なのかが伝わってきた。

今まで知らなかったけれど、着飾ることってとても大変なのね……。

昔、仕事からの帰り道に馬車に乗った貴族の令嬢を見た事がある。
美しく着飾っていた令嬢は、顔色一つ変えずに馬車に揺られていた。
時間帯から察するに社交界に参加する道中だったのだろう。
あの時は、綺麗だな程度の事しか考えられなかったけれど、そんな社交界に出席する事がミネアには想像もつかないくらいに大変な事なのだと今は思う。
そして、今日から自分もその立場になるのだと。
改めて、こんな自分でいいのだろうかと不安になった。
ツィーピアの生き残りであるミネアを守る為にヴィルエイムは婚約を提案してくれた。
なら、今は迷っている暇は無い。自分に出来ることを探そう。
まだ何も分からないけれど、一から学んでいつかはヴィルエイム様の隣に立てるように。
あんなに優しい言葉をくれた。微笑みかけてくれた。

——頑張ろう。そんな彼に恥じないように。

ダイニングの前に着いたミネアは、ゆっくりと扉を開く。
その先には、長いテーブル。そしてその奥で座る、一人の美しい男性。
「やあ、ミネア。あまりにも美しくて、一瞬君が宝石に見えたよ。」
「ヴ、ヴィルエイム様……!!そんな恥ずかしい事仰らないで下さい……!」
「私は本気なんだけれどなぁ。さあ、ミネア座ってくれ。お腹が空いただろう?今日はミネアの為に料理長に頼んでいつもよりも豪華なディナーを用意したんだ。ささやかな歓迎会のようなものだね。」
シーラが音も立てずに椅子を引く。
どうやらここに座れ、という事なのだと理解したミネアは、流されるように席に着いた。
ヴィルエイムの左隣。
落ち着かない様子のミネアは、そわそわと辺りを見渡す。
目の前に置かれている銀製のナイフやフォーク。
「あの、私食事のマナーみたいなものも知らないんですが……。」
「今日はマナーは気にしなくていいさ。これからゆっくりと知らない事を学んでいけばいい。」
ヴィルエイムの暖かな言葉。
ああ、彼の為に早く色々学びたい。
ミネアは自然とそんな感情を抱いた。
「ところでミネアはお酒は嗜む方かい?折角ならシャンパンで乾杯したいんだけど……。」
「あまり呑める方ではありませんが、一杯くらいなら……!」
「そうか。それじゃあ……」
ヴィルエイムが手を上げると、シトラが何やら瓶を持ってくる。
ヴィルエイムとミネアの前に置かれていたシャンパングラスに、ゆっくりとその液体を注いだ。
透明なグラスの中で、シャンパンの炭酸がパチパチと弾ける。
ミネアの隣に座るヴィルエイムは、ニコリと微笑みながらグラスを上に掲げた。
つられるようにミネアもグラスを手に持つ。

「——ようこそ、グレーラビス家へ!」

カチンとグラス同士が重なり合う音が響く。
それが、新しい生活の始まりを告げる音だった。
不思議な縁でヴィルエイムと出会い、自分が英雄の一族の生き残りだと知った。
ブィリルという悪魔が存在すること。ヴィルエイムがそれらを倒す祓魔師であること。
そして——自分が今日からこの人の婚約者になる事。
丸一日の出来事にしてはあまりに情報量が多すぎて、不安は未だ拭えない。
けれどこうして、ミネアを暖かく迎えてくれた優しい彼に報いる為に自分に出来ることをしたいと思った。
そう思わせてくれた。
だから、頑張ろう。

——私が婚約者で良かったと、いつかはそう思って貰えるように。
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