英雄の一族の末裔ですが公爵様の復讐の為に婚約する事になりました

桜部遥

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甘いスイーツのような

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ヴィルエイムに抱っこたれ、為す術も無いミネアはそのまま彼の人形のように身を固くしていた。
「さあ、着いたよミネア。」
ヴィルエイムの声にゆっくりと瞼を開ける。
彼の行動に、ただ無言のままだったミネアは、目の前に広がる風景を見て思わず目を見開く。

色とりどりの花々に囲まれた、美しい庭園の中に一際目を引く真っ白な建造物。
テーブルも椅子も真っ白なその円柱型の建物は、花を愛でるにはあまりに最適な場所だった。
テーブルの上にはクロスが引かれ、その上にはサンドウィッチやお菓子が並んでいる。
真っ直ぐな道を歩き、ミネアはゆっくりとテーブルに向かった。
左右では色んな花がミネアとヴィルエイムを出迎えてくれている。
太陽の光が当たって、のびのびと上を向いて咲き誇る美しい花達に、ミネアは目を奪われた。
「折角天気が良いから、昼食は外で食べようかなと思ってね。駄目だったかな?」
「いえ!そんな事は……!!凄く綺麗で、思わず声が出なかっただけです!」
嘘では無い。言葉を失う程に輝いて見えた。
昨日も軽く屋敷の外を案内してもらったが、この場所までは来られなかった。
まるで絵画を切り取ったかのような風景に、ミネアは感激する。
「そうか、なら良かった。さ、こっちにおいで?二人で昼食といこう」
隣合った二つの白い椅子。背もたれには綺麗な彫刻が掘られており、木製の椅子ながらも艶やかな輝きを放っていた。
ミネアが静かに腰を下ろすと、ヴィルエイムは彼女の右隣に座る。
少し身体を動かせば、肩が触れ合ってしまいそうな距離にミネアは息を飲んだ。
「さ、ミネアの好きなものを食べるといい。どれから食べたい?」
「えっと……そ、それではこの卵サンドを……」
ミネアが手を伸ばそうとした刹那、ヴィルエイムの腕がテーブルに置いてあった卵サンドに伸びる。
素早くそのサンドウィッチを手にしたヴィルエイムは、にっこりと笑いながらミネアの顔を見詰めた。
「あ、あの、ヴィルエイム、様……?」
「ミネア、はい」
ヴィルエイムは楽しそうにサンドウィッチをミネアの口元まで運ぶ。

「——あーん」

ヴィルエイムの弾む声に、彼が何をしようとしているのかミネアにも想像が出来た。
けれどそれを素直に受け入れるのには抵抗がある。
人目が無いとは言っても、こんな至近距離で男女がイチャイチャしているなんてもし誰かに見つかったら……。
羞恥心のせいで、ヴィルエイムの誘導に上手く乗れないミネア。
「私、自分で食べられます……!」
「これは私がやりたくてやってるんだ。それに今の君は私の婚約者だ。婚約者の頼みを聞いてはくれないのかい?」
ミネアの性格上、そんな言い方をされては断れるわけも無い。
それを見越して、ヴィルエイムは卑怯な手を使っている。ただ、ミネアが本気で拒絶すればヴィルエイムもこれ以上無理強いはしないのだろう。
これは婚約者として、もっと彼に近づく為。
婚約者らしい所をもっと見せる為。
ミネアは恥ずかしくて、全身の血液が沸騰しそうになりながら、ぎゅっと目を瞑った。
手に力が入って、少し汗ばむ。

「あ、……あ~ん……」

精一杯口を開けて、ミネアはサンドウィッチを頬張った。
口の中には新鮮な卵の風味とまろやかな旨味が広がる。
とは言っても、羞恥心でほとんど味がしないに等しかったけれど。
うっすらと目を開けるとヴィルエイムは満足気な顔で笑っている。
「美味しい?」
「は、はい……!」
それは良かった、とヴィルエイムは愉悦に浸るような笑顔で微笑む。
何故だろう。婚約者同士の昼食と言うよりも、一方的に餌を与えられているような感覚になる。
腹の中が良く分からないヴィルエイムの笑顔に絆されながら、ミネアはその後もサンドウィッチを食した。
小鳥の囀りが、メロディーを奏でるように響き渡る。
「ヴィルエイム様は好きな食べ物などあるのですか?」
「うーん、特には……あ、でもここだけの話実は私かなり甘党なんだ。よく仕事の合間に菓子を食べたりするよ。どうしてそんな事を聞くんだい?」
昼食も一通り食べ終え、二人はゆったりした時間を過ごしていた。
「私、ご飯屋さんで仕事していたんです。家でも自炊してたりして、実は料理得意なんです。多分公爵邸のシェフに比べたら腕は劣りますけど……。」
母が仕事で忙しくしていた時に、初めて料理を振舞った。それはお世辞にも見栄えがいいとは言えない、ボロボロのスープだったけれど。
ミネアの母親はそれを嬉しそうに食べてくれた。
ミネアは将来、良いお嫁さんになるねなんて、そう笑いながら。
その光景が頭から離れられなくて、ミネアはそれからもずっと家で色んな料理を作った。
それは母親が死んでからも変わらない。
寧ろ寂しさを紛らわせる、良い材料だった。
「私は食べてみたいけれどな、ミネアの手作り料理。」
「ほ、本当ですか……!?」
ヴィルエイムは静かに天を仰いだ。
その笑顔はどこか儚くて、いつもより柔らかくて。
ミネアは思わず魅入ってしまった。

「私はもう随分と同じシェフが作った料理しか食べていないんだ。昔はたまに母が菓子を作ってくれたりもしたんだけれど、今はそれも無くなって。……だからミネアが作ったものを食べてみたい。いつか、私に振舞ってくれるかい?」

それは初めて聞いたヴィルエイムの身の上話だった。
思えば、ヴィルエイムのような若さで公爵家の当主をしているというのは、随分珍しい。
それにこの屋敷にはヴィルエイムの家族らしい人物を一人も見ていない。

——もしかして、ヴィルエイム様も家族を……?

それ以上は、踏み入っては行けない気がした。
便宜上婚約者という立場にあっても、本当に心が通う訳では無い。
彼のその腹の中を知るには、今のミネアはあまりに弱く、脆すぎる。
だからその代わりに、ミネアは笑って答えた。
彼の事を少し知れた嬉しさと、自分に期待してくれている事への返事に。

「——はい!いつでも作りますね!」

ヴィルエイムはミネアの満面の笑みに、一瞬驚いたような顔を見せてからつられて笑った。
この少女は、深く踏み込んで来ない。
それがどれだけ心地のいい事か、きっとこの少女は知らないのだろう。
人間、誰しも隠したい事の一つや二つ存在する。それらを無神経に探られるのは、気色の悪い事だ。
でも、彼女はそうでは無い。
きちんと場をわきまえて、それでも自分に出来ることを全力でやろうと走っている。
それは誰にでも出来る事では無い。
だからだろうか。

——君の笑顔を見ているのは、気分が良い。

なんてそんな感情がふとヴィルエイムの中を過ぎる。
これは婚約という名のただの契約に過ぎない。
いつかは終わる関係だと言うのに、こんな感情は邪魔になるだけだ。
「最初はクッキーとかが無難ですかね?あ、でも私パウンドケーキも好きなんです!クルミが入ってると、食感も楽しいんですよ!」
「それは食べたことが無いな……是非ミネアが作るパウンドケーキを食べてみたいものだよ。でも私はミネアが作るなら何でもウェルカムだけれどね?」
「そう言われると迷います……うーん、ヴィルエイム様の苦手な食べ物って何ですか?」
「苦手な食べ物かぁ……。今は平気だけれど、昔は芋が嫌いだったかも。あとは脂っぽい肉もそんなに好きじゃなくてね、そっちも無理やり克服したけど」
好きな食べ物、嫌いな食べ物。
こんな当たり障りない事を聞かれるのは久方ぶりだ。
公爵家の当主として振る舞う中で、選り好みはしなくなっていった。
誰にでも平等に優しく、微笑みかけて。
皆は上っ面のヴィルエイムしか見ていないのだから、表面を飾ればそれだけでいい。
でも、彼女は違った。
ミネアはヴィルエイムの内面を知ろうとしてくれている。
変な下心も無く、ただ純粋にヴィルエイム・ライ・グレーラビスという人間を知ろうとしてくれている。
彼女のその本心は、とても暖かくて柔らかくて、例えるならばそう。

——甘い、スイーツのような

そんなミネアの言葉に、ヴィルエイム自身も知らないうちに少しずつ心を開いていく。
ブィリルを討伐する事だけに生きていたヴィルエイムだったのに、こんなにいとも容易く彼女に心を見せてしまうとは。
もしかしたらミネアがツィーピアだと言うことと関係しているのだろうか。
例えそうだったとしてもそうでなかったとしても、今はこの甘い空気の中で身を休めていたい。
「ミネア、今度一緒に町へ行こうか。折角なら材料も二人で一緒に買おう。」
「い、いいんですか……!?嬉しいです!」
きっとそう遠くない未来、ミネアはヴィルエイムが隠している野望を知るだろう。
それはヴィルエイムも分かっている事だ。
隠し通せるわけが無いと。
もし、ミネアがヴィルエイムのやろうとしている事を知ったら彼女はどんな反応を見せるのだろうか。

——私は彼女から、笑顔を奪ってしまうかもしれない。

その時が来て、言わなければ良かったと後悔しない為にも。
きっとこれ以上距離を近付けてはならない。
互いの為に程よい距離を保って、接していこうとヴィルエイムは心に決めた。
全てはミネアの為では無い。

——自分が手遅れにならないように。

そんな自己防衛だ。
決して超えてはならないラインを自分で定めて、その先の事は考えないように。
「そろそろ授業の時間ですね。ヴィルエイム様はまだお仕事が残っているのですか?」
「そうだね、これでも一応は公爵家の当主だから。」
「そうですよね……お仕事、頑張って下さい!」
「君の方こそ、ミネア。授業、頑張って」
はい、とミネアは元気良く笑った。
そうして短い昼休憩の時間は過ぎていく。
心地の良い風が吹き抜ける、午後の昼下がり。
そよ風が少しだけヴィルエイムの心も揺らした。
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