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暗雲の中でも輝いているもの
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ブィリルの爪がミネアの首を絞め殺そうとしている。
相手から伝わる殺気は本物だろう。
彼女は笑いながら、何も出来ないミネアを見て愉悦に浸りながら、殺す事を躊躇わずに寧ろ楽しもうとしている。
ミネアには助けを求める相手が居ない。
ヴィルエイムは屋敷を留守にしているし、他の使用人に助けを求めても、返って彼らを傷付けるだけだ。
ミネアは不甲斐ない自分を呪った。無力を呪った。脆弱を呪った。
「——大人しく死んで?」
嫌だ。本当は死にたくない。最後まで足掻きたい。
力は無い。才能も無い。弱いままだけれど、それでも少女は願う。
明日に生きる、彼の笑顔を見たいと。
——生きたい、と。
それが彼女の切なる望みだった。
それでも赤髪のブィリルは容赦なくその力を強める。
ミネアは全身の力を両手に流し、ブィリルの手を解こうと抵抗した。
無意味な抵抗だと分かっていても、そう簡単に自分の命を渡したくは無かったのだ。
それでも少女の思いとは裏腹に段々と意識は遠のいていく。
締められている首が痛い。酸素が回らない。思考が混濁していく。
少女が死を悟った、その刹那。
「——そこまでです、ブィリル。それ以上ミネア様に触れる事は許しません。」
頭の遠くの方で声が聞こえた。
ミネアにとって馴染みのある声だった。
意識が潰れそうになりながら、ミネアは必死に片目をこじ開ける。
赤髪のブィリルが見ていたのはミネアでは無く、部屋の扉だった。
無機質ながらも凛としたその声に、赤髪のブィリルは思わずミネアへの注意を解く。
その一瞬の隙を見逃さないかのように、ミネアの頭には少女の声が駆け巡った。
「ミネア様、早くこちらに!」
上手く瞳を動かせない。それでもミネアは重たい身体を必死に動かして、扉に向けて全力で走った。
覚束無い足が絡まって、ミネアの身体はそのまま前に倒れそうになる。
「......!?」
転ぶと、そう思っていたミネアの頭が感じたのは痛みでは無く、温もりだった。
焦点が合わない瞳でゆっくりと見上げると、そこにはピンクに色付いた髪が写った。
「ご無事ですか、ミネア様。」
「......シ、シーラ......?」
「お疲れ様でした。どうぞ今はお休み下さい。」
シーラはミネアの身体に肩を回し、ゆっくりと持ち上げる。
こんなにシーラが近くにいるのは初めてだ。
彼女からほのかに甘い香りがする。
それがとても安心出来て、心がゆっくりと穏やかになっていく。
それまでの緊張の糸が解けたかのように、ミネアは静かに意識を失った。
「シーラ、ミネア様を安全な部屋にお連れして。後は私が。」
シトラがそう指示をするとシーラは拒絶する事なく素直に従った。
ミネアを抱き抱えて、廊下を歩く。
コツンコツンとシーラはミネアと共に屋敷の何処かへと去っていった。
残ったシトラはただ、目の前の敵に集中する。
ブィリルはミネアが居なくなったのを見て、余裕綽々とシトラに告げた。
「あらあらメイドちゃーん?私、貴女には用無いのぉ。大人しくツィーピアを渡しなさい?」
「残念ながら我々には用があるんです。駆除対象No.38。速やかに貴女を排除します。」
シトラは鋭い眼光で赤髪のブィリルを睨みつける。
上から人間を見下し、卑下しているブィリルは、そんなシトラの顔をじっと見詰めた。
別にこのままこのメイドを放ってツィーピアを追いかけたっていい。
そもそも、こんなに人間になど最初から毛ほどの興味も無いのだ。
「攻撃してこないんですね?——まさか怖気付きましたか?」
シトラはそう嘲笑する。
嘲笑うようなその言い回しに、ブィリルはぴくりと肩を動かした。
「ふーん?人間風情に私を殺せるなら、やってみなよ!!」
シトラの挑発に乗ったように、赤髪のブィリルは彼女に向かって猪突猛進した。
まっすぐ鋭い爪がシトラの首元を捉える。
にたりと余裕が有り余っていそうな笑顔を浮かべたブィリルは、目にも止まらぬ速さでシトラの数センチ前まで移動した。
ブィリルは確信した。
この人間には自分を殺す事など不可能だと。
人間という非力で無力な存在は、首元を捻ってそのまま殺すことの出来る雑魚に過ぎない。
だからこれは、ただの作業だ。食すにも満たない、哀れな蛮族を片付ける作業なのだと、
——そう、思っていた。
刹那、血飛沫が上がる。
勢いよく、赤い噴水が部屋中を汚していく。
ブィリルは勝ったと確信していた。
けれど目の前の少女の首と頭は繋がったままだった。
けれど確かに、ブィリルの頬には深紅の液体がこびり付いている。
ならば......この血は誰の?
思考が一瞬留まる。そして、その血の正体に気が付いた時には、ブィリルに強い激痛が走っていた。
「うっ......ああああああああああああ!!!!!」
無い、無い、無い無い無い無い無い無い!!
腕が、無い!!!!
どうしてと、ブィリルは目の前の光景に驚愕する。
確かに殺せた。殺したはずだった。
その為に伸ばした腕が、どうして無い!?
自分の腕が斬り飛ばされた事に一瞬気が付かなかった。
一拍置いてから急激に身体中を走る痛み。
何故?何故?何故?何故!?何故!?何故!?!?何故こうなった!?
ブィリルの肩からは大量の液体が溢れ続け、血溜まりが出来上がっていく。
「ブィリルというのは本当に野蛮ですね。そのような大声を上げて、穢らわしい。」
ブィリルはそう吐き捨てた少女の手元を見る。
そこには小さなナイフが握られていた。
......そう、ナイフだった。
大剣でも槍でも無い、短剣。そんな小さな武器で、彼女はブィリルの腕を吹き飛ばしたのだ。
そんな事有り得るはずが無い。人間にはそんな力など、あるわけが無いのだ。
しかし、現にブィリルの少女は片腕を失っている。
「......っ!お、前......本当に、人間か......!?」
ブィリルは痛みに耐えきれず、そのまま片足を床に付ける。
先程までの涼し気な顔は一変し、苦痛に悶える顔つきに変わった。
今すぐに逃げ出したい。けれど、その前に確認しなければ。
目の前に平然とした顔で立っているこのメイドが本当に人間なのかを。
いや、きっと人間の皮を被った化け物かもしれない。
殺さるかもしれないと言うのに、顔色一つ変えずに片腕を切り落としたその力はやはり人間には余りある才能なのだから。
「——人間、ですよ。少なくとも今は人間のつもりです。」
シトラはブィリルに向かってそう答える。
そしてポケットからハンカチを取り出し、短剣に付着した血液を静かに拭き取った。
その佇まいは隙があるように見えて、全く隙が無い。
きっと今、死ぬ気で飛びかかっても返り討ちに合うだろう。もしかしたら、返り討ちにあうよりも先に殺されるかもしれない。
兎にも角にも、今のままではブィリルの少女に勝ち目は無い。
人間であれば誰彼構わず襲いかかるような獣と違って、このブィリルには理性がある。
今は死ぬ事よりも、生き延びる事を優先しなければ。
ブィリルは覚束無い足でゆっくりと立ち上がる。
無くした腕は、また力を蓄えれば元に戻る。
「......っ、今日はこの辺りにしておくわ......あの方の命令は、既に叶っているもの......。」
それは、シトラにとっては聞き捨てならない発言だった。
——あの方?まさか......。
ブィリルにも社会がある。
頂点に君臨するものは、ブィリルを従える強大な力を持つ。
彼女のような強力なブィリルが従う存在。そんな人物、一人しか心当たりが無い。
そしてその人物は闇に紛れ、他のブィリルに命令を下し自分は表舞台に姿を見せない。
そのせいで、これといった重要な手がかりも未だ見つからないままだ。
そして、その存在はシトラだけでなくあのヴィルエイムですらも探し求めている。
「待ちなさい。その話、詳しく教えなさい。」
「はああ?勘違いしないでくれる?私達は高潔なブィリル。あんた達に話すような事なんて何もないわ。」
赤髪のブィリルは、ミネアの部屋の中央まで吹き飛ばされた自分の腕を手に持った。
そのまま切り口を合わせると、腕は見事に肩と密着し今までの傷が無かったかのような姿煮戻る。
この凄まじい再生能力も、ブィリルの特徴だ。
片腕を吹き飛ばしたくらいでは、彼女は死なない。
だが、再生する為に力を使っているせいで戦闘力が落ちているのは確かだ。
ブィリルはゆっくりと、自分が入ってきた窓に向かう。
戦えば勝機はメイドの方にある。しかし、逃げ切るくらいなら造作もない。
「ああ、でもあの方から言伝を頼まれたんだった。ええっと、なんだっけ?確か......」
シトラは悠々自適に歩くブィリルに近づけないでいた。
いくら力が弱まっていても、相手は手練だ。
今斬りかかっても、返り討ちに合うだろう。
腕を斬り飛ばせたのは、彼女が完全に油断していたからだ。
今の彼女は、余裕綽々としているように見えて、シトラの攻撃を警戒している。
シトラが一歩でも彼女に近付けば、首を跳ねられるだろう。
それを瞬時に理解しているからこそ、シトラはただブィリルが去っていくのを見ているしか出来ない。
「——久しぶりに実家に帰るから楽しみにしてて、だってさ」
その言伝が誰から誰に向けてのものなのか、シトラはすぐに察した。
それを伝えろと命じた者がどんな顔をしていたのかも手に取るように分かる。
シトラは背筋から悪寒が走った。
「んじゃ、私言われた事はぜーんぶやったから帰るねぇー!生きてたらまた会おうね?」
そう言って、名前も告げないままブィリルは窓から夜の闇に溶けて行った。
残されたシトラは、脅威を追い返した安堵とこれからやってくる暗い未来への不安に駆られる。
「ジルライム……。」
誰もいなくなった部屋の中、一人立ち尽くしたシトラはその名を呟く。
顔も声も、どんな形なのかも知らない。ただ一つ理解しているのは、その人物こそが彼女に言伝を頼んだ張本人だ。
近いうちに彼がこの屋敷を訪れる。
空いた窓からは肌寒い風が吹き抜ける。それは嵐を呼ぶ夜風だった。
相手から伝わる殺気は本物だろう。
彼女は笑いながら、何も出来ないミネアを見て愉悦に浸りながら、殺す事を躊躇わずに寧ろ楽しもうとしている。
ミネアには助けを求める相手が居ない。
ヴィルエイムは屋敷を留守にしているし、他の使用人に助けを求めても、返って彼らを傷付けるだけだ。
ミネアは不甲斐ない自分を呪った。無力を呪った。脆弱を呪った。
「——大人しく死んで?」
嫌だ。本当は死にたくない。最後まで足掻きたい。
力は無い。才能も無い。弱いままだけれど、それでも少女は願う。
明日に生きる、彼の笑顔を見たいと。
——生きたい、と。
それが彼女の切なる望みだった。
それでも赤髪のブィリルは容赦なくその力を強める。
ミネアは全身の力を両手に流し、ブィリルの手を解こうと抵抗した。
無意味な抵抗だと分かっていても、そう簡単に自分の命を渡したくは無かったのだ。
それでも少女の思いとは裏腹に段々と意識は遠のいていく。
締められている首が痛い。酸素が回らない。思考が混濁していく。
少女が死を悟った、その刹那。
「——そこまでです、ブィリル。それ以上ミネア様に触れる事は許しません。」
頭の遠くの方で声が聞こえた。
ミネアにとって馴染みのある声だった。
意識が潰れそうになりながら、ミネアは必死に片目をこじ開ける。
赤髪のブィリルが見ていたのはミネアでは無く、部屋の扉だった。
無機質ながらも凛としたその声に、赤髪のブィリルは思わずミネアへの注意を解く。
その一瞬の隙を見逃さないかのように、ミネアの頭には少女の声が駆け巡った。
「ミネア様、早くこちらに!」
上手く瞳を動かせない。それでもミネアは重たい身体を必死に動かして、扉に向けて全力で走った。
覚束無い足が絡まって、ミネアの身体はそのまま前に倒れそうになる。
「......!?」
転ぶと、そう思っていたミネアの頭が感じたのは痛みでは無く、温もりだった。
焦点が合わない瞳でゆっくりと見上げると、そこにはピンクに色付いた髪が写った。
「ご無事ですか、ミネア様。」
「......シ、シーラ......?」
「お疲れ様でした。どうぞ今はお休み下さい。」
シーラはミネアの身体に肩を回し、ゆっくりと持ち上げる。
こんなにシーラが近くにいるのは初めてだ。
彼女からほのかに甘い香りがする。
それがとても安心出来て、心がゆっくりと穏やかになっていく。
それまでの緊張の糸が解けたかのように、ミネアは静かに意識を失った。
「シーラ、ミネア様を安全な部屋にお連れして。後は私が。」
シトラがそう指示をするとシーラは拒絶する事なく素直に従った。
ミネアを抱き抱えて、廊下を歩く。
コツンコツンとシーラはミネアと共に屋敷の何処かへと去っていった。
残ったシトラはただ、目の前の敵に集中する。
ブィリルはミネアが居なくなったのを見て、余裕綽々とシトラに告げた。
「あらあらメイドちゃーん?私、貴女には用無いのぉ。大人しくツィーピアを渡しなさい?」
「残念ながら我々には用があるんです。駆除対象No.38。速やかに貴女を排除します。」
シトラは鋭い眼光で赤髪のブィリルを睨みつける。
上から人間を見下し、卑下しているブィリルは、そんなシトラの顔をじっと見詰めた。
別にこのままこのメイドを放ってツィーピアを追いかけたっていい。
そもそも、こんなに人間になど最初から毛ほどの興味も無いのだ。
「攻撃してこないんですね?——まさか怖気付きましたか?」
シトラはそう嘲笑する。
嘲笑うようなその言い回しに、ブィリルはぴくりと肩を動かした。
「ふーん?人間風情に私を殺せるなら、やってみなよ!!」
シトラの挑発に乗ったように、赤髪のブィリルは彼女に向かって猪突猛進した。
まっすぐ鋭い爪がシトラの首元を捉える。
にたりと余裕が有り余っていそうな笑顔を浮かべたブィリルは、目にも止まらぬ速さでシトラの数センチ前まで移動した。
ブィリルは確信した。
この人間には自分を殺す事など不可能だと。
人間という非力で無力な存在は、首元を捻ってそのまま殺すことの出来る雑魚に過ぎない。
だからこれは、ただの作業だ。食すにも満たない、哀れな蛮族を片付ける作業なのだと、
——そう、思っていた。
刹那、血飛沫が上がる。
勢いよく、赤い噴水が部屋中を汚していく。
ブィリルは勝ったと確信していた。
けれど目の前の少女の首と頭は繋がったままだった。
けれど確かに、ブィリルの頬には深紅の液体がこびり付いている。
ならば......この血は誰の?
思考が一瞬留まる。そして、その血の正体に気が付いた時には、ブィリルに強い激痛が走っていた。
「うっ......ああああああああああああ!!!!!」
無い、無い、無い無い無い無い無い無い!!
腕が、無い!!!!
どうしてと、ブィリルは目の前の光景に驚愕する。
確かに殺せた。殺したはずだった。
その為に伸ばした腕が、どうして無い!?
自分の腕が斬り飛ばされた事に一瞬気が付かなかった。
一拍置いてから急激に身体中を走る痛み。
何故?何故?何故?何故!?何故!?何故!?!?何故こうなった!?
ブィリルの肩からは大量の液体が溢れ続け、血溜まりが出来上がっていく。
「ブィリルというのは本当に野蛮ですね。そのような大声を上げて、穢らわしい。」
ブィリルはそう吐き捨てた少女の手元を見る。
そこには小さなナイフが握られていた。
......そう、ナイフだった。
大剣でも槍でも無い、短剣。そんな小さな武器で、彼女はブィリルの腕を吹き飛ばしたのだ。
そんな事有り得るはずが無い。人間にはそんな力など、あるわけが無いのだ。
しかし、現にブィリルの少女は片腕を失っている。
「......っ!お、前......本当に、人間か......!?」
ブィリルは痛みに耐えきれず、そのまま片足を床に付ける。
先程までの涼し気な顔は一変し、苦痛に悶える顔つきに変わった。
今すぐに逃げ出したい。けれど、その前に確認しなければ。
目の前に平然とした顔で立っているこのメイドが本当に人間なのかを。
いや、きっと人間の皮を被った化け物かもしれない。
殺さるかもしれないと言うのに、顔色一つ変えずに片腕を切り落としたその力はやはり人間には余りある才能なのだから。
「——人間、ですよ。少なくとも今は人間のつもりです。」
シトラはブィリルに向かってそう答える。
そしてポケットからハンカチを取り出し、短剣に付着した血液を静かに拭き取った。
その佇まいは隙があるように見えて、全く隙が無い。
きっと今、死ぬ気で飛びかかっても返り討ちに合うだろう。もしかしたら、返り討ちにあうよりも先に殺されるかもしれない。
兎にも角にも、今のままではブィリルの少女に勝ち目は無い。
人間であれば誰彼構わず襲いかかるような獣と違って、このブィリルには理性がある。
今は死ぬ事よりも、生き延びる事を優先しなければ。
ブィリルは覚束無い足でゆっくりと立ち上がる。
無くした腕は、また力を蓄えれば元に戻る。
「......っ、今日はこの辺りにしておくわ......あの方の命令は、既に叶っているもの......。」
それは、シトラにとっては聞き捨てならない発言だった。
——あの方?まさか......。
ブィリルにも社会がある。
頂点に君臨するものは、ブィリルを従える強大な力を持つ。
彼女のような強力なブィリルが従う存在。そんな人物、一人しか心当たりが無い。
そしてその人物は闇に紛れ、他のブィリルに命令を下し自分は表舞台に姿を見せない。
そのせいで、これといった重要な手がかりも未だ見つからないままだ。
そして、その存在はシトラだけでなくあのヴィルエイムですらも探し求めている。
「待ちなさい。その話、詳しく教えなさい。」
「はああ?勘違いしないでくれる?私達は高潔なブィリル。あんた達に話すような事なんて何もないわ。」
赤髪のブィリルは、ミネアの部屋の中央まで吹き飛ばされた自分の腕を手に持った。
そのまま切り口を合わせると、腕は見事に肩と密着し今までの傷が無かったかのような姿煮戻る。
この凄まじい再生能力も、ブィリルの特徴だ。
片腕を吹き飛ばしたくらいでは、彼女は死なない。
だが、再生する為に力を使っているせいで戦闘力が落ちているのは確かだ。
ブィリルはゆっくりと、自分が入ってきた窓に向かう。
戦えば勝機はメイドの方にある。しかし、逃げ切るくらいなら造作もない。
「ああ、でもあの方から言伝を頼まれたんだった。ええっと、なんだっけ?確か......」
シトラは悠々自適に歩くブィリルに近づけないでいた。
いくら力が弱まっていても、相手は手練だ。
今斬りかかっても、返り討ちに合うだろう。
腕を斬り飛ばせたのは、彼女が完全に油断していたからだ。
今の彼女は、余裕綽々としているように見えて、シトラの攻撃を警戒している。
シトラが一歩でも彼女に近付けば、首を跳ねられるだろう。
それを瞬時に理解しているからこそ、シトラはただブィリルが去っていくのを見ているしか出来ない。
「——久しぶりに実家に帰るから楽しみにしてて、だってさ」
その言伝が誰から誰に向けてのものなのか、シトラはすぐに察した。
それを伝えろと命じた者がどんな顔をしていたのかも手に取るように分かる。
シトラは背筋から悪寒が走った。
「んじゃ、私言われた事はぜーんぶやったから帰るねぇー!生きてたらまた会おうね?」
そう言って、名前も告げないままブィリルは窓から夜の闇に溶けて行った。
残されたシトラは、脅威を追い返した安堵とこれからやってくる暗い未来への不安に駆られる。
「ジルライム……。」
誰もいなくなった部屋の中、一人立ち尽くしたシトラはその名を呟く。
顔も声も、どんな形なのかも知らない。ただ一つ理解しているのは、その人物こそが彼女に言伝を頼んだ張本人だ。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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