英雄の一族の末裔ですが公爵様の復讐の為に婚約する事になりました

桜部遥

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シトラが赤髪のブィリルを追い返し、ゆっくりと夜は開けようとしていた。
シーラによって、客間に運ばれたミネアは酷い頭痛に襲われながらも意識を取り戻す。

「……ここ、は……?」

頭をガンガンと殴られるような痛み。
けれど決して耐えられないという訳では無く、ミネアは無理のない範囲で身体を起こした。
「あっ、お姉ちゃんー!ミネア様が目を覚ましたよー?」
「うるさいわよシーラ。ミネア様の体調に障ったらどうするの。」
ふとミネアが首を横に向けると、そこにはシーラの姿があった。
桃色の綺麗な髪がさらりと揺れる。
「おはようございます、ミネア様!調子は如何ですか?」
ミネアは思わず目を丸くした。
シーラが、笑っている……?
いつもあんなに無口で無表情だったシーラが天真爛漫な笑顔をミネアに向けていたのだ。
「えっと……?う、うん、大丈夫……」
「それは良かったです!ミネア様に何かあったとヴィルエイム様に知られれば私達の首は無くなってるところでした!」
「あの、シーラ……なんだよね?」
気さくに話しかける姿、コロコロと変わる表情。
本当にミネアの傍付きのシーラなのだろうか?
もしかしてここは夢の中なのではと、思わず錯覚してしまう。
ミネアの困惑した表情に、シーラも彼女が何を戸惑っているのか察した。
はあ、とため息をついて、後ろでカーテンを変えるシトラに向かって悪態をつく。

「もー、こうなるからやめようって言ったのにー!お姉ちゃんってば、ほんとに人の都合なんてお構い無しなんだからー」
「シーラ、最初に提案してきたのは貴方の方でしょう?その方がスパイみたいで面白いからって。」
「それはぁ……えへへ」

ミネアはただあっけらかんと口を開けていた。
服はあのブィリルと出会った時のままなのを確認したミネアは、気を失ってからそこまで時間が経っていない事を悟る。
「あの……二人とも?」
思わず困惑のまま声をかけると、シーラははっとミネアに気付いて、ゆっくりと手を差し出した。
「ミネア様、起きられますか?少し、お話をしましょう!ミネア様が知りたい事、なんでもお話しますよ!」
表情を作っている空気は無い。恐らくシーラはこっちが素なのだろう。
その辺も含めて、どうやら二人のメイドは話をしてくれるらしい。
ミネアはシーラの手を取って、そのままシトラと共に応接室に向かった。
応接室にはお茶の準備が整えてあった。
焼きたてのクッキーと、紅茶がテーブルの上に置かれている。

「ささ、ミネア様!座って下さい!」

シーラはるんるんと楽しそうにミネアの手を引っ張った。
二人のメイドが何を考えているのか分からないまま、ミネアは言われた通り席に座った。
「色々あってお疲れでしょう、お茶を飲んで少し心を休ませて下さい。」
「あ、うん……」
ぷかぷかと優しい湯気が立ち込める。
紅茶を一口飲むと、その温かさが心まで広がっていった。
いつもと変わらないはずの紅茶なのに、心が落ち着く。
「さてと……まずはミネア様——今まで騙して申し訳ございませんでした!」
シーラの声に合わせて、ミネアの前に立っていた二人のメイドは頭を下げる。
急展開に、ミネアの思考は停止した。
「えっと……?」
シーラの発言から、ミネアに謝りたい事があるのだと察する。
ただ、それが何に対してなのかは分からない。
騙していて、と言ったからにはミネアは知らない間に二人に騙されていたのだろう。
シーラが猫を被って性格を変えていた事だろうか?
それにしては、あまりに大袈裟な謝罪だ。
ミネアが首を横に傾げると、シトラがゆっくりと説明を始めた。

「私とシーラはミネア様を試していたんです。ヴィルエイム様の婚約者に相応しいかどうかを。私とシーラは、ご主人様と同じ……祓魔師です。」

ミネアはゆっくりと目を見開く。
ヴィルエイムと同じ祓魔師?
そんな事、彼は一言も言っていなかった。
「ご主人様には私達からお願いしたんです!ミネア様を試させて下さいって!それで……その、今夜襲ってきたブィリルもわざと屋敷に招いたんです……」
襲ってきた……あの赤髪のブィリルの事だろう。
「この屋敷にはブィリル対する結界が張られています。ですがミネア様のお力を試す為、ご主人様に結界の力を弱めてもらいました。わざとあのブィリルをおびき寄せる為に。」
そうしてシトラとシーラは順を追ってミネアに今回の出来事について話し始めた。

ヴィルエイムの命令によって、英雄の末裔であるツィーピアの娘の面倒を見る事になったシトラとシーラは、ある一つの疑問を抱いた。
その事を直接ヴィルエイムに話すと、彼は二人のメイドにこう言った。
「それなら彼女の事を試してみるといい。」
そうして二人のメイドはミネアを試す事にしたのだ。
二人のメイドが抱いた疑問。それは
——果たしてこの少女は使い物になるのか?
というものだ。
ミネアが屋敷に迎えられてすぐ、シトラ達は彼女の素性を調べたが何も分からなかった。
結果的にミネアはツィーピアの血をひいているという事以外、ベールに包まれた怪しい人物という印象を抱いたのだ。
そんな少女が本当に公爵家の婚約者、しかも祓魔師であるヴィルエイムの婚約者として役に立つのだろうか。
「ミネア様の前では堅苦しいメイドになろうよ!取っ付きにくくて、嫌な感じのメイドに!」
「それはいいけれど……どうして?」
「そうすればいつか痺れを切らしてミネア様も、本性を表すかもしれないし!それになんだか、こういうのって秘密を隠したスパイみたいでかっこよくない!?」
そんなシーラの提案で、二人は無口で無表情のメイドを演じる事にした。
二人が無愛想なメイドを演じている間、ミネアはそんな事も知らずに彼女達に笑いかけた。
シトラもシーラも、ミネアが信用に足る人間でないと判断したらすぐに斬り捨てるつもりで接していたが、中々彼女は本性を見せない。
それどころか、どれだけ冷たい対応をとっても笑ってばかりいる。

「ミネア様、中々図太いよねー。もうそろそろ痺れを切らしてもいいはずなんだけどなあ~?」
「シーラ、そういう言い方は良くないわ。本当にミネア様はお優しい方なのかもしれないし。」
二つのベットと二つの机が左右対称に配置されている。
ここは二人のメイドの部屋だ。ミネアの部屋のように煌びやかでは無いが、二人部屋にしてはかなり大きく、不自由無く暮らせる。
右側のベットの上で、ぐでーっと寝そべりながらシーラはため息をついた。
既にミネアの傍付きになって三ヶ月。
その間、これといった進展は無かった。
平民から公爵家の婚約者になったのなら、今まで出来なかった分の願いを叶えたいと思うはずだ。
美味しい物をたらふく食べ、ドレスや宝石を買い漁り、ありとあらゆる面倒をメイドに押し付ける。
それくらいは当たり前だと思っていた。
けれどミネアは身の丈に合った物しか持たず、何も欲する事無く、婚約者としての責務を果たそうと勤勉に努力していた。
三ヶ月もそんな彼女の姿を見ていれば、ミネアの本性が汚いものでは無いという事くらい理解できる。
彼女は心が清らかで、潔白だ。
「ミネア様が良い人なのは分かるけどさ?でもそれだけって言うか……正直、優しいだけだよね」
シーラの言いたい事をシトラは理解する。
ミネアは確かに清廉潔白で、優しい人だ。努力を怠らず、毎日懸命に勉学に勤しんでいる。
だが、それだけでは足らない。
ヴィルエイム・ライ・グレーラビスは公爵家当主であり、祓魔師だ。
彼に釣り合う婚約者として認めるには、不十分なのだ。
シトラは何かを考え込んだ後、座っていた椅子から静かに立ち上がった。
「そうね。婚約者として努力しているのは見て取れるけれど、それだけでは意味が無いもの。……シーラ。最後に一つ、ミネア様を試してみましょう。そうすれば、彼女がこの屋敷に相応しい者かどうか、判断できるわ。」
シトラはシーラにその方法を耳打ちで教える。
彼女が提案してきたものは、シーラの想像を大きく超えた。
思わず目を見開き、シトラの顔を見る。

「えっ!?本気で言ってるの、シトラ!?」

シトラはニコリと笑った。
シトラの提示した方法を使えば、確かにミネアに試練を与える事ができる。
でももしもそれに失敗したら……?ミネアはツィーピアであると言うだけで、ヴィルエイムからしてみれば喉から手が出る程欲しい人材だ。
そんな彼女がもしも治らない傷を負う事になれば……。
シーラは想像しただけで顔が真っ青になる。
そんなシーラを見かねて、シトラはぎゅっと彼女を抱きしめた。
「シーラ、もしもの時は私が全ての責任を負うわ。それに、信じてみたいでしょ?私達が仕える人なら大丈夫だって。」
この三ヶ月間の事をシーラは思い出す。
ミネアは無愛想なシーラに対して嫌な顔一つせずに、接してくれた。
ヴィルエイムが楽しそうに笑っている姿を久しぶりに見た。
彼女の優しさは、無力なものでは無いのかもしれない。
——信じたい。ミネア様なら越えられるって。
平民だからとか、婚約者だから、とか関係無く。
ミネアという一人の人間を信じてみたいと、シーラは思った。
「……分かったよ、シトラ。やろう、これ最後だよ。」

シトラの提案は、あまりにも危険なものだった。
それでも二人のメイドと、一人の少女が前に進む為には必要な試練だったのだろう。
二人のメイドはこうして、ある作成を練った。
それは屋敷の主であるヴィルエイムが留守にする日を狙って決行する事が決められた。
ミネアが取り返しのつかない傷を負ったら、その時は二人で責任を負う事を誓い、そして。

——ついにその日はやってきた。
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