英雄の一族の末裔ですが公爵様の復讐の為に婚約する事になりました

桜部遥

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城下町のデート

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「ミネア様ー!新しいドレスが届きましたよー!どれも可愛くて、絶対にミネア様に似合うと思います!」
「シーラ、声が大きいわ。ミネア様も困ってしまうでしょう。」

あの騒動から一ヶ月。
シトラとシーラは、ミネアの前でも素を見せ始め会話も段々と増えてきた。
事務的な話だけでなく、二人の趣味の話なども聞くようになって、ミネアは穏やかな日々を過ごしている。
あの後、シトラ達から全てを聞いたヴィルエイムは、ミネアに謝罪とお詫びをしに来た。
何か欲しいものは無いかと聞かれたが、ミネアには物欲というものがからっきし無いので、ヴィルエイムは考える時間を設けることにした。
「こんなに何着も頂いていいのかな……。私には勿体ないよ……」
「何を言うんですか、ミネア様!ミネア様が着て下さらないとドレスが泣いてしまいます!」
ミネアの寝室にはずらりと沢山のドレスが山のように置かれている。
普段、ミネアが着ていた服はこの屋敷に眠っていたものやシトラ達が用意したものだ。
だが、ミネア専用の服が必要だとヴィルエイムは何十着ものドレスをミネアの為に用意していた。
この四ヶ月間、それらは全部シトラ達が管理していたが、彼女達の信頼を得た今ミネアの前に列を成して並んでいる。
「それからミネア様に伝言です。他にも欲しいものがあれば遠慮なく言うように、と。」
「こっ、これ以上頂く訳にはいかないよ……!もう既にお腹いっぱいなのにー!」
ヴィルエイムの優しさがひしひしと伝わってきて、ミネアの心はキリキリと痛む。
詫びの品や望む品があって、ここにいる訳では無いというのに、ヴィルエイムはこうやって何でも贈ってくれる。
貴族というのは皆そういうものなのかと、ミネアは疑問に思った。
「ミネアって本当に謙虚ですよねぇー。もう少し我を出しても良いと思いますが……あ、見てください、このお洋服!ミネア様の紫色の髪と同じ色ですよ!」
シーラが大量のドレスの中から見つけたのは、淡い紫色のドレスだった。
装飾も少なく、他のドレスに比べたら見劣りしてしまうが、自分の髪と同じ色のそのドレスにミネアは強く心を引かれた。
紫が強く主張しすぎず、落ち着きのあるデザイン。
「ミネア様の髪と合わせたら、絶対にお似合いです!ね、シトラ!」
「ええ。確かにミネア様に良くお似合いになると思います。」
ピンクや赤などの派手な色もあったけれど、ミネアはその紫色のドレスが一番気に入っていた。
他の令嬢から見れば、地味や品がないなど言われるかもしれないけれど。
「——私もとても気に入ったわ。本当に素敵……。」
ミネアはそのドレスを持って、ふっと微笑んだ。
その穏やかで幸せに満ちた微笑みに、シトラとシーラもつられて笑顔になる。
いつからか、ミネアが笑っていると二人のメイドまで嬉しくなるようになった。
ミネアと心が同調しているように、悲しい感情も、楽しい感情も。ミネアが涙を流せばシトラ達も同様に胸を締め付けられ、ミネアが笑えば一緒になって喜びを分かち合う。
あくまでも主従の関係だが、三人の間には他に言葉にしがたい関係が構築されていた。
三人で笑いあっていると、開いていた扉の先から聞きなれた声が聞こえてきた。

「——気に入ってくれて良かったよ、ミネア。」

その声にぴくっと肩を震わせて、ミネアは振り返る。
その先には、いつものように妖艶に微笑むヴィルエイムの姿があった。
「ヴィルエイム様!?どうされたのですか!?」
「なに、婚約者の楽しそうな声が聞こえたから様子を見に来てみたんだ。ところでミネア、この後何か用事はあるかい?」
そう言ってミネアの元に近寄るヴィルエイムはいつもよりも軽装だった。
ブローチや宝石類はどこにも見えず、いつも持ち歩いている剣も見当たらない。
寝巻きという訳でもないのだろう。
「いえ、特には……。どうかされたのですか?」
「うん、実は折り入って頼みたい事があってね。」
そうだ、とミネアはヴィルエイムの装いを見て思い出す。
最近はこの暮らしに随分慣れてしまっていたから忘れていたけれど、街で働いていた時はこういった軽装の客が多く見受けられていた。
ならヴィルエイムは自ら望んで、その服に腕を通したのだろう。
平民と同じような服装に。

「この後、私とデートして欲しいんだ。」

その思わぬ発言に、ミネアは一瞬思考が停止する。
デート?でーと?それって、男女が二人で遊んで歩く、あのデート?
でもデートって、付き合っていたり恋仲の二人が行うものじゃ……?
と、そこでミネアは今の自分達の関係について思い出す。
ヴィルエイムの婚約者であるミネア。
婚約者がデートをするのは、当たり前の事では無いだろうか。
むしろ今まで、婚約者らしい行動を何一つ取ってこなかった気さえする。
「えっと……私で、いいんですか……?」
「もちろんだよ、レディー。むしろ君以外の誰を選ぶと言うんだい?君は私の婚約者だろう?」
そうだ。婚約者なんだ。
ならば、ヴィルエイムが望むことを成し遂げるのが婚約者としての勤め。
言わばこれは、ミネアが婚約者として行う初めての任務のようなもの。
ヴィルエイムが何を思って、デートに誘ったのかは分からないけれど、それが彼の望みならば断る理由などミネアには無い。
ミネアはぐっと握りこぶしをつくって、堂々とした表情で前を向いた。

「分かりました!やってみせます、デートを!」

こうして、ヴィルエイムとミネアの初デートは決行される運びとなったのである。
ミネアは気に入っていた紫色の淡いドレスを身にまとった。
貴族の服なので上等な布で造られてはいるが、派手な装飾も無く平民の中にもスっと溶け込めるシンプルなデザインだ。
宝石やアクセサリーなど金目になりそうなものは、身に纏うだけで盗人達の格好の餌になる。
化粧もほとんどせずに、飾り立てない事で素性を隠す事が出来るのだと、シトラが教えてくれた。
こうして準備を整えたミネアとヴィルエイムは、二人で馬車に乗って街を目指す。
「思えば、こうして二人で馬車に乗るのは初めてだね。ミネア、気分が悪くなったらいつでも言うんだよ?」
「は、はい……!!」


二人を乗せた馬車は屋敷を離れ、この国で一番賑わっている場所を目指す。
城下町のヨーサルト。
この国の人は勿論、外国からの来訪者も少なくない。
ヴィルエイムの他に存在する公爵家は、このヨーサルトとゾルーテム城を囲むように領土を持っている。
グレーラビス公爵家はヨーサルトの西側に領土を持ち、ヴィルエイムの下では数々の平民が暮らしいている。
ミネアもその内の一人だ。その為、ミネアは城下町に行った事が無い。
それ所か、生まれ育った町から一歩も外に出たことは無かった。
母親が昔から「外には怖いものが沢山ある」と口にしていたから。

「さあ、着いたよ。ここがヨーサルトだ。」

馬車に揺られて二時間ほどで目的地にたどり着いた。
国の中で一番人口が多く、一番活気づいている場所という事もあり、ミネアにとって馬車から降りた先に待っていたのは別世界のような光景だった。
屋台に出店、大通りは無数の人で溢れかえっている。
音楽のように、人の様々な声が混ざりあってミネアの耳に響いた。
ミネアが暮らしていた町では、こんなに多くの人が集まっているのを見た事が無い。
「き、今日はお祭りか何かなんですか……!?」
「いいや?普通の平日だよ。この町は人が多いからね、こうやって毎日出店を開く所も少なくないんだ」
この活気が、毎日のように続いているだなんて。
客を呼び込む声に、子供が駄々をこねる声。食べ物を美味しそうに頬張る人に、手を繋ぎながらあちこち見て歩く親子。
皆が楽しそうに笑っている。
見ているだけで、心が暖かな気持ちで満たされていくような感覚。
——毎日が、お祭りみたい。
目の前に広がる風景に笑みをこぼすミネアを見て、ヴィルエイムはそっと彼女の手を掴んだ。
「折角のデートなんだ。見てるだけではなくて、私達も楽しむとしよう。さあ、どこに行きたい?ミネア」
爽やかな風が吹き抜ける。
ミネアの視線の先には、穏やかに微笑みながら自分を引っ張ってくれるヴィルエイムの姿があった。
どうしたのだろう。
初めて見る景色に緊張しているから?それとも繋いでいるこの手が熱いから?

——分からないけど、ヴィルエイム様がキラキラと輝いて見える。

不思議だった。今までも手を繋いだ事はあった。
一緒にダンスを踊った事もあった。
毎日彼に対して、ドキドキしていたけれど今日はいつもと少し違う。
足元がふわふわして宙に浮いているような感覚。
目の前で歩くヴィルエイムの後ろ姿から目が離せない。
心臓がとくんとくんと、熱く脈を打つ。
さっきまであんなに騒がしくて賑わっていた人の声が、今は遠のいていく。
ヴィルエイム以外の景色が霞んで、彼の姿だけが脳裏に焼き付いていく。

——この気持ちは、なんて表現したらいいの?

自分に対するその疑問の答えは分からないけれど、耳がじんじんと熱くなるのを感じながら、ミネアは彼の進む道をなぞるように歩いていった。
「ヴィルエイム様、これは何ですか?」
「ん?ああ、これは『クケル』っていう伝統工芸品だね。ミネアは初めて見たのかい?」
はい、と答えたミネアは出店の一角に飾られていた木の彫刻に目が止まった。
様々な形の鳥の彫刻が飾られている。
羽の一枚一枚が丁寧に掘られており、並べられている全ての鳥の形が微妙に違っているところから、これらは全て人の手によって彫られたものだと理解する。
両手にすっぽりと収まるサイズ感の彫刻は、ミネアにとって初めて見る物だった。
ヴィルエイムは伝統工芸品と言っていたのだから、そこそこに有名な物なのだろう。
「クケルは想い人に渡す事で、その人の災いを退けるという言い伝えがあるんだよ。ほら、クケルには瞳に色が無いだろう?ここに想い人をイメージした色を塗るんだよ。そうすることで世界に一つだけのクケルを作る事ができるんだ。」
ミネアはヴィルエイムに言われた場所を覗く。
確かに、鳥の彫刻には瞳が彫られていなかった。
「うん?ないだい、兄ちゃん達これが欲しいのか?折角だし、安くしてやるよ」
ミネアが興味津々にクケルを吟味していると、屋台のおじさんが声をかけてくれた。
笑うと白い歯が目立つ、気前のいいおじさんだ。
「そうだね、今日の思い出に買ってみようかミネア。」
「い、いいんですか……?」
「構わないよ。今日はミネアの欲しいものは何でも買ってあげるから。」
そう言われるのは初めてで、ミネアはどんな表情をしたらいいのか分からなくなる。
なんだか少し、むず痒い。
モジモジしていると、おじさんが好きな彫刻を選ぶようにとミネアに言った。
改めて、屋台に並んでいる彫刻を見つめる。
どれも繊細な作りで、見ているだけでうっとりしてしまう仕上がりだ。
どれにしようかと、悩んでいたミネアの目に止まったのは、少し尾の長い切り目の鳥だった。
雪の中で孤高に羽ばたこうとするような、そんな美しさを感じたミネアは思わずその鳥を選ぶ。

「これにします!」

そう言って持ち上げた鳥の彫刻は空気のように軽くて、ミネアは少し驚いた。
こんなに立派な彫刻なのだから、もっとずっしりしているのかと思っていたら、見た目ほど重たくは無いようだ。
何故だろうと持った鳥をよく見てみると、下の方に小さな穴が空いていた。
「お、良く気付いたなお嬢ちゃん。」
「あの、どうして穴が空いているんですか?」
そう尋ねると、おじさんは面倒がらずにしっかりとミネアに教えてくれた。

クケルは人から災いを退けるという言い伝えがある。
そして退けた災いをこの小さな穴を通して、クケルの身に封じ込めるのだそうだ。
「こんなに軽いクケルも、災いを封じ込める力を持っているのさ。どうだ?すごいだろ?」
「はい!とても素敵です!」
こんなに素敵な物が売られていたなんて。
今までのミネアなら絶対に知らなかった事だ。
嬉しい。クケルという美しくて綺麗な物に出会えて、ミネアの胸は暖かくなる。
「それじゃあお待ちかねの時間だ。嬢ちゃん、このクケルの瞳は何色にする?」
尾が長く、気高さの残る美しい鳥の彫刻。
それを見た時、何故かふと今隣にいる一人の人物の事をミネアは考えた。
初めて彼の瞳を見た時、月明かりに照らされた夜空を思い出した。
星々を包み込む夜空はいつもより明るくて、鮮やかな青が残った宝石のような空。
彼の瞳はそれに良く似ている。
その瞳があまりにも美しくて言葉にならなかった。
彼は今、ミネアの隣にいる。
でも、二人の距離はまだまだ遠い。ミネアが彼にしてあげられることをこの四ヶ月悩んでいたけれど、結局見つからなかった。
このクケルに伝えられているのは、ただの言い伝え。本当に、災いを退けてくれる力があるのかは分からないけれど、今のミネアに出来るのはきっと、こんな些細なことだから。

「それじゃあ——」

ミネアは瞳の色を指定する。
そうして出来上がったのは世界に一つしかない美しいクケル。
ミネアはそのクケルが入った包み紙を、ヴィルエイムに手渡した。
「あの、ヴィルエイム様!これ、良かったら受け取って下さい……!」
「これを、私に?」
初めて異性にプレゼントを渡す。
ミネアの指先は少しだけ震えていた。
恥ずかしさでヴィルエイムの顔を見ることが出来ない。
彼は今、どんな顔をしているのだろうとミネアは頭の中で想像する。
嫌がられているだろうか。煙たがられていないだろうか。
ヴィルエイムの視線を感じながら、ミネアはぎゅっと目を瞑った。
小動物のように身体を小さくさせるミネアを見て、ヴィルエイムはふっと微笑む。
思えばこうやって、誰かと出かけたのは久しぶりだ。
それに、こんな風に贈り物を貰うのも。
邪心にまみれたプレゼントでは無く、純粋にヴィルエイムを想って贈られたプレゼント。
もしかしたら初めてかもしれない。こうやって、純粋なプレゼントを貰うのは。
ヴィルエイムは優しく微笑んで、その包み紙を受け取った。
「ありがとう、ミネア。大切にするよ。」
ミネアはパッと顔を上げる。
自分の瞳に映るのは、薔薇のように美しい笑顔を浮かべる一人の青年。
その刹那、時が止まる。

頬が熱い。胸の奥がジンジンと焼ける。
この人の笑う姿を一分一秒たりとも見逃したくないと思ってしまう。
空は少しずつ夕暮れ色に染まり、ヴィルエイムの頬を太陽が淡く照らす。
指先の感覚が無い。見つめられるだけで、息をすることすら忘れてしまいそうになる。

——この感情の名前は……

今はまだ不確かだけれど。いつかそれが確証に変わったら。
ミネアの気持ちを、受け取ってくれるのだろうか。
それはまだ、誰も知らない。
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