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貴方との距離
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夕暮れ時。町に溢れる子供は少なくなり、その代わりとでも言わんばかりに大人の数が増えていく。
「さて、そろそろ私達も帰るとしようかミネア。」
「はい!」
今日はとても楽しかった。
ヴィルエイムと一緒に色々な場所を見て回った。
全てが初めて見るもので、何もかもが新鮮で。
自分の知らない世界に迷い込んだような気分だった。
でも不思議と不安は無かった。それはきっと、隣に彼が居てくれたからだろう。
ヴィルエイムの暖かくて大きな手が、ずっとミネアを引っ張ってくれていた。
そうしている間にも時間は流れ、あっという間に夜がやってくる。
ミネアとヴィルエイムは馬車に乗り込み、帰路に着こうとしていた。
「今日は楽しかったかい、ミネア」
「はい!とっても楽しかったです!」
馬車に揺られながら、向き合った二人はそんな会話に花を咲かせる。
ミネアは今日の話をヴィルエイムに聞かせた。
初めて触れた様々な体験を楽しそうに話すミネアを見て、ヴィルエイムもつられるように笑顔を見せる。
穏やかな時間が流れようとしていたその時だった。
日は沈み、闇の中から鋭い光が輝きを放つ。
人気の少ない山道は、『奴ら』にとっても格好の餌場だった。
「——みぃつけた」
草むらの影からにたりと笑う声がする。
その刹那。
ガタン!と馬車は勢いよく宙に浮いた。
「……!?」
ヴィルエイムは咄嗟にミネアを守ろうと彼女の腕を掴む。
馬は急停止し、ベコベコに潰れた扉の先に不穏な気配を感じた。
ヴィルエイムはすぐに誰の仕業なのか検討が着いた。
今日ずっと、ミネアは髪の色を隠さなかった。
それは奴らにとって、獲物の存在を認識するのには十分な時間だったのだろう。
ツィーピアを狙う奴らには、このタイミングが絶好のチャンスだった。
だから奇襲をかけた。
「大丈夫か!?」
ヴィルエイムは馬を引いていた使用人に声をかける。
使用人は多少混乱しているものの、ヴィルエイムの声に反応していた。
ヴィルエイムが支えたお陰で、ミネアも怪我は無いようだ。
ヴィルエイムはミネアの状態を見て安堵していると、壊れた扉の隙間からミシミシと軋む音が聞こえてくる。
どうやら奇襲をかけた奴は、このまま扉を破壊して正面からミネアを襲うつもりのようだ。
「ヴィ、ヴィルエイム、様……?」
「大丈夫だ、ミネア。私の後ろに隠れていて。」
一気に空気が張り詰める。
扉を外して入ってきたのは、青い髪をしたブィリルだった。
おぞましいほど綺麗な黄金の瞳が、ミネアを捉える。
ヴィルエイムよりも少し背は低いが、整った顔立ちをした男のブィリル。
「初めまして、ツィーピアのお嬢さん。俺はガイルだ。よろしく頼むぜ?」
夕闇を纏ったガイルと名乗るブィリルは、ミネアに対してにたりと笑う。
黒いシャツを着ていても分かる筋肉。かなりの力を持っているのだろう。ブィリルである事も考えれば、彼の腕力は頭蓋骨すらも粉砕するかもしれない。
ガイルに対して、ヴィルエイムは即座に隠し持っていた拳銃を突きつける。
「ブィリルが名を名乗るとは珍しい。しかし残念だったな、貴様はここで死ぬ事になる。私は決して彼女を死なせたりはしない。」
「はあ?俺がそこのお嬢さんを殺す?そんな事をするのは、知能を持たない雑魚がする事だ。」
ガイルの言い草に、ヴィルエイムは眉間に皺を寄せる。
ミネアを殺さない?ならば何故このブィリルは姿を現したのだろう。
ブィリルにとってツィーピアの血は喉から手が出る程欲しいもののはずだ。
「どういうことだ?お前の目的は?」
殺す事が目的では無いのならば、彼の目的は他にあると言うこと。
それにコミュニケーションをとる事が出来るという事は、彼はブィリルの中でもかなり力をつけたブィリル。
……こいつ、ハイ・ブィリルか。
青い髪にガイルと言う名前。思い出した。
駆除対象No.12。氷剣使いのガイル。
こんなタイミングでハイ・ブィリルの上位に出会うとは。
普通のブィリルならばいざ知らず、このガイルを相手にするのは分が悪い。
ミネアが目的ならば、ヴィルエイムは邪魔な存在とみなされるのだろう。
そうなれば、ここで殺されるかもしれない。
ヴィルエイムは固唾を飲んだ。
そんなヴィルエイムの仰々しい顔に、ガイルは軽快に笑う。
ヴィルエイムにはその笑いの意味が分からなかった。
ひとしきり笑ったガイルは、目を潤ませながら目的を伝える。
「俺達の王がツィーピアのお嬢さんを欲してるんでね。ちょいと連れていこうかと。」
ヴィルエイムは思わずミネアの傍を離れ、ガイルの胸ぐらを掴む。
その背中から放たれているのはかつてないほどの殺気。
ヴィルエイムがここまで敵意を剥き出しにしている姿を初めて見たミネアは、そんな彼の背中をただ心配そうに見ている事しか出来ない。
「——今、何と言った?」
「おいおい何だよ、そんな怖ぇ顔しちまって。折角のイケメンが台無しだぜ?」
ガイルは余裕のないヴィルエイムに向かって挑発気味に笑う。
「ミネアは絶対に連れていかせない。私が命に変えてでも守る。」
ヴィルエイムの言葉に、ガイルは一瞬目を丸くしてから、吹き出すように笑った。
彼のツボが浅いのか、それともヴィルエイムの発言が余程気に入ったのか。
ガイルは声を上げて笑った後、鋭い眼光でヴィルエイムを見つめた、
「おいおい、嘘は無しだぜ?お前の目的はお嬢さんを守ることじゃねえだろ?なあ、ヴィルエイム・ライ・グレーラビス公爵?俺は知ってるんだぜ?お前の本当の目的を。なんなら教えてやろうか?」
「……ろ」
ガイルは胸ぐらを掴まれているというのに、これっぽっちも怖気付く事無くむしろこの状況を楽しんでいた。
ヴィルエイムの肩が小刻みに震える。
それでもガイルはそんなヴィルエイムを面白がるように口を開いた。
「なんだったっけ?ほら、お前のさあ……」
「……めろ」
「ああ!思い出した!」
「やめろ!!」
ガイルは愉悦に浸りながら、ヴィルエイムの顔が怒りに呑まれていく様を見守る。
そしてガイルはその言葉を口にした。
四ヶ月間ずっと、ミネアにすら黙っていたヴィルエイムの本当の目的を。
「——殺したいんだろ?自分の実の兄を。」
その刹那、音が消えた。
それまでやめろと何度も叫んでいたヴィルエイムの声がピタリと止まった。
ミネアは思いもよらない発言に絶句する。
……殺す?あの優しいヴィルエイム様が?
ヴィルエイムはガイルを突き飛ばし、力の抜けた手をぶらんと揺らした。
馬車から突き飛ばされたガイルは尻もちをつきながら、ヴィルエイムの様子を見て愉しそうに笑う。
「いててて。何だよ、図星をつかれて八つ当たりか?ひでぇ奴だなぁ公爵様は。でも本当の話だろ?お前はその為に——そこにいるツィーピアのお嬢さんも利用しようとしてる。なあ、俺は間違った事を言ったか?」
ヴィルエイムはガイルの言葉に何も反論出来なかった。
彼の言っている事は全て真実だったから。
そしてヴィルエイムが無言でいるという事は、他の誰から見ても肯定しているように捉えられた。
ミネアは唖然とする。
ヴィルエイムがずっと何かを隠している事は知っていた。
ツィーピアであるミネアに婚約を持ちかけた事にも何か裏があるのだろうと心のどこかでそう理解していた。
けれどそれがまさか、実の兄の殺害だったなんて。
あんなに温厚だったヴィルエイムの面影は既に失われていた。
「その顔……お嬢さんも初めて知ったのか?ダメだなあ、婚約者なのに隠してたなんてよお。そうは思わねぇか、お嬢さん?」
ガイルはケタケタと笑いながら、ヴィルエイムの後ろで座り込むミネアの瞳を覗き込んだ。
こういう時、何と答えたらいいのだろうとミネアは考える。
確かに、ずっと隠し事をされていた事はショックだ。
でもそれは、彼なりに理由があったのだとそう思う。
ミネアの瞳にヴィルエイムの顔は映らない。
今彼は、どんな表情をしているのだろう。
怒り?憎しみ?いや、違う。
この四ヶ月間ずっとヴィルエイムを見てきた。
彼はどんな時でも笑っていた。ミネアの不安を取り除いてくれた。
一人ぼっちだったミネアに、新しい居場所をくれた。
何も持っていなかったミネアに、役割をくれた。
それは全部、自分の目的の為だったのかもしれない。
利用されていただけなのかもしれない。
それでも、ミネアは……。
小さな少女は立ち上がる。
まだ怖いけれど、それでも立ち向かうと決めたから。
彼が傍にいてくれたように、今度は自分が傍にいる番だ。
ミネアはそっと、ヴィルエイムの手をとる。
冷たく冷えきっていた手を包み込み、ミネアは堂々とヴィルエイムの前に立った。
「私はそれでもヴィルエイム様を信じます。私は婚約者だから、どんなヴィルエイム様でも受け入れます。」
それがミネアの意思だった。
決して覆る事の無い、彼女の固い心。
ミネアはずっと考えていた。どうしたら沢山貰った恩を彼に返せるのだろうと。
彼の役に立てば、恩を返す事が出来るとずっと思っていた。
でもきっと、それだけじゃない。
役に立つだけじゃなくて、彼を信じる事。
それがミネアに出来る最上級の恩返しだ。
「大丈夫です、ヴィルエイム様。私は絶対にこの手を離しません。」
ヴィルエイムの中で何かが壊れる音がした。それは多分、ずっと心を隠していた固い殻。
誰にもバレないように弱い心を覆い隠していたその殻がバリンと割れた気がした。
さっきまであんなに寒かったのに、彼女の温もりが指先から伝わってくる。
今まではずっと守るべき対象だったはずなのに、今はこうして彼女の背中に守られている。
——ああ、君は私が思っているよりずっと強い人なんだね。
醜い心を見せれば嫌われると思っていた。
だから彼女の前では完璧な自分を偽っていた。
でも、ミネアには見透かされていたのだろう。
彼女はいつも清らかで真っ直ぐな瞳をしていたから。
さっきまで、ミネアに真実を知られるのが怖かった。
離れてしまったら、拒絶されたらどうしようと不安で仕方なくて。
でもそんなのは杞憂だった。
彼女は強い。ヴィルエイムが思っているよりもずっと。
ヴィルエイムは優しくミネアの手を握り返し、片手に持っていた銃口をガイルに向ける。
「私はミネアを絶対に離さない。伝えておけ、お前の主人に。そっちがその気なら、全力で相手をしようと。」
もう迷わない。
もう間違えない。
その決意の現れた瞳でガイルを睨みつける。
ヴィルエイムの言葉に、ガイルは口角を上げた。
先程までのような見下した笑い方では無く、この先の未来を楽しみにする無邪気な子供のように。
「成程ね。ならそのように伝えましょう。我らがブィリルの王——ジルライム・ライ・グレーラビス様に。」
ガイルは静かにお辞儀をして、木々の中に姿を消した。
彼が最後に残した名前。
——ジルライム・ライ・グレーラビス。
その人物の顔を思い出して、ヴィルエイムは瞳を閉じる。
彼と顔を合わせる未来はすぐそこまで迫っていると悟りながら。
「あの……ヴィルエイム様」
ゆっくり目を開くと、隣には心配そうにヴィルエイムを見上げるミネアの姿があった。
「ジルライムさんって……?」
前までならきっと何でもないと誤魔化していただろう。
でももう、彼女に嘘はつきたくない。
こんなに正面から向き合ってくれる優しいミネアに、こんな顔をさせたくない。
ヴィルエイムは正直に話す事を決めた。
「ジルライム・ライ・グレーラビス。私の実の兄だよ。」
そう。
幼いあの夜にその男を殺すと決めた。
あの日からヴィルエイムの人生は壊れた。
ヴィルエイムはミネアの手を握りしめたまま、彼女に問う。
「ミネア、聞いてくれるかい?私の昔話を。」
それはまだヴィルエイムが十三歳の時。
血塗られたある夜の出来事だった。
「さて、そろそろ私達も帰るとしようかミネア。」
「はい!」
今日はとても楽しかった。
ヴィルエイムと一緒に色々な場所を見て回った。
全てが初めて見るもので、何もかもが新鮮で。
自分の知らない世界に迷い込んだような気分だった。
でも不思議と不安は無かった。それはきっと、隣に彼が居てくれたからだろう。
ヴィルエイムの暖かくて大きな手が、ずっとミネアを引っ張ってくれていた。
そうしている間にも時間は流れ、あっという間に夜がやってくる。
ミネアとヴィルエイムは馬車に乗り込み、帰路に着こうとしていた。
「今日は楽しかったかい、ミネア」
「はい!とっても楽しかったです!」
馬車に揺られながら、向き合った二人はそんな会話に花を咲かせる。
ミネアは今日の話をヴィルエイムに聞かせた。
初めて触れた様々な体験を楽しそうに話すミネアを見て、ヴィルエイムもつられるように笑顔を見せる。
穏やかな時間が流れようとしていたその時だった。
日は沈み、闇の中から鋭い光が輝きを放つ。
人気の少ない山道は、『奴ら』にとっても格好の餌場だった。
「——みぃつけた」
草むらの影からにたりと笑う声がする。
その刹那。
ガタン!と馬車は勢いよく宙に浮いた。
「……!?」
ヴィルエイムは咄嗟にミネアを守ろうと彼女の腕を掴む。
馬は急停止し、ベコベコに潰れた扉の先に不穏な気配を感じた。
ヴィルエイムはすぐに誰の仕業なのか検討が着いた。
今日ずっと、ミネアは髪の色を隠さなかった。
それは奴らにとって、獲物の存在を認識するのには十分な時間だったのだろう。
ツィーピアを狙う奴らには、このタイミングが絶好のチャンスだった。
だから奇襲をかけた。
「大丈夫か!?」
ヴィルエイムは馬を引いていた使用人に声をかける。
使用人は多少混乱しているものの、ヴィルエイムの声に反応していた。
ヴィルエイムが支えたお陰で、ミネアも怪我は無いようだ。
ヴィルエイムはミネアの状態を見て安堵していると、壊れた扉の隙間からミシミシと軋む音が聞こえてくる。
どうやら奇襲をかけた奴は、このまま扉を破壊して正面からミネアを襲うつもりのようだ。
「ヴィ、ヴィルエイム、様……?」
「大丈夫だ、ミネア。私の後ろに隠れていて。」
一気に空気が張り詰める。
扉を外して入ってきたのは、青い髪をしたブィリルだった。
おぞましいほど綺麗な黄金の瞳が、ミネアを捉える。
ヴィルエイムよりも少し背は低いが、整った顔立ちをした男のブィリル。
「初めまして、ツィーピアのお嬢さん。俺はガイルだ。よろしく頼むぜ?」
夕闇を纏ったガイルと名乗るブィリルは、ミネアに対してにたりと笑う。
黒いシャツを着ていても分かる筋肉。かなりの力を持っているのだろう。ブィリルである事も考えれば、彼の腕力は頭蓋骨すらも粉砕するかもしれない。
ガイルに対して、ヴィルエイムは即座に隠し持っていた拳銃を突きつける。
「ブィリルが名を名乗るとは珍しい。しかし残念だったな、貴様はここで死ぬ事になる。私は決して彼女を死なせたりはしない。」
「はあ?俺がそこのお嬢さんを殺す?そんな事をするのは、知能を持たない雑魚がする事だ。」
ガイルの言い草に、ヴィルエイムは眉間に皺を寄せる。
ミネアを殺さない?ならば何故このブィリルは姿を現したのだろう。
ブィリルにとってツィーピアの血は喉から手が出る程欲しいもののはずだ。
「どういうことだ?お前の目的は?」
殺す事が目的では無いのならば、彼の目的は他にあると言うこと。
それにコミュニケーションをとる事が出来るという事は、彼はブィリルの中でもかなり力をつけたブィリル。
……こいつ、ハイ・ブィリルか。
青い髪にガイルと言う名前。思い出した。
駆除対象No.12。氷剣使いのガイル。
こんなタイミングでハイ・ブィリルの上位に出会うとは。
普通のブィリルならばいざ知らず、このガイルを相手にするのは分が悪い。
ミネアが目的ならば、ヴィルエイムは邪魔な存在とみなされるのだろう。
そうなれば、ここで殺されるかもしれない。
ヴィルエイムは固唾を飲んだ。
そんなヴィルエイムの仰々しい顔に、ガイルは軽快に笑う。
ヴィルエイムにはその笑いの意味が分からなかった。
ひとしきり笑ったガイルは、目を潤ませながら目的を伝える。
「俺達の王がツィーピアのお嬢さんを欲してるんでね。ちょいと連れていこうかと。」
ヴィルエイムは思わずミネアの傍を離れ、ガイルの胸ぐらを掴む。
その背中から放たれているのはかつてないほどの殺気。
ヴィルエイムがここまで敵意を剥き出しにしている姿を初めて見たミネアは、そんな彼の背中をただ心配そうに見ている事しか出来ない。
「——今、何と言った?」
「おいおい何だよ、そんな怖ぇ顔しちまって。折角のイケメンが台無しだぜ?」
ガイルは余裕のないヴィルエイムに向かって挑発気味に笑う。
「ミネアは絶対に連れていかせない。私が命に変えてでも守る。」
ヴィルエイムの言葉に、ガイルは一瞬目を丸くしてから、吹き出すように笑った。
彼のツボが浅いのか、それともヴィルエイムの発言が余程気に入ったのか。
ガイルは声を上げて笑った後、鋭い眼光でヴィルエイムを見つめた、
「おいおい、嘘は無しだぜ?お前の目的はお嬢さんを守ることじゃねえだろ?なあ、ヴィルエイム・ライ・グレーラビス公爵?俺は知ってるんだぜ?お前の本当の目的を。なんなら教えてやろうか?」
「……ろ」
ガイルは胸ぐらを掴まれているというのに、これっぽっちも怖気付く事無くむしろこの状況を楽しんでいた。
ヴィルエイムの肩が小刻みに震える。
それでもガイルはそんなヴィルエイムを面白がるように口を開いた。
「なんだったっけ?ほら、お前のさあ……」
「……めろ」
「ああ!思い出した!」
「やめろ!!」
ガイルは愉悦に浸りながら、ヴィルエイムの顔が怒りに呑まれていく様を見守る。
そしてガイルはその言葉を口にした。
四ヶ月間ずっと、ミネアにすら黙っていたヴィルエイムの本当の目的を。
「——殺したいんだろ?自分の実の兄を。」
その刹那、音が消えた。
それまでやめろと何度も叫んでいたヴィルエイムの声がピタリと止まった。
ミネアは思いもよらない発言に絶句する。
……殺す?あの優しいヴィルエイム様が?
ヴィルエイムはガイルを突き飛ばし、力の抜けた手をぶらんと揺らした。
馬車から突き飛ばされたガイルは尻もちをつきながら、ヴィルエイムの様子を見て愉しそうに笑う。
「いててて。何だよ、図星をつかれて八つ当たりか?ひでぇ奴だなぁ公爵様は。でも本当の話だろ?お前はその為に——そこにいるツィーピアのお嬢さんも利用しようとしてる。なあ、俺は間違った事を言ったか?」
ヴィルエイムはガイルの言葉に何も反論出来なかった。
彼の言っている事は全て真実だったから。
そしてヴィルエイムが無言でいるという事は、他の誰から見ても肯定しているように捉えられた。
ミネアは唖然とする。
ヴィルエイムがずっと何かを隠している事は知っていた。
ツィーピアであるミネアに婚約を持ちかけた事にも何か裏があるのだろうと心のどこかでそう理解していた。
けれどそれがまさか、実の兄の殺害だったなんて。
あんなに温厚だったヴィルエイムの面影は既に失われていた。
「その顔……お嬢さんも初めて知ったのか?ダメだなあ、婚約者なのに隠してたなんてよお。そうは思わねぇか、お嬢さん?」
ガイルはケタケタと笑いながら、ヴィルエイムの後ろで座り込むミネアの瞳を覗き込んだ。
こういう時、何と答えたらいいのだろうとミネアは考える。
確かに、ずっと隠し事をされていた事はショックだ。
でもそれは、彼なりに理由があったのだとそう思う。
ミネアの瞳にヴィルエイムの顔は映らない。
今彼は、どんな表情をしているのだろう。
怒り?憎しみ?いや、違う。
この四ヶ月間ずっとヴィルエイムを見てきた。
彼はどんな時でも笑っていた。ミネアの不安を取り除いてくれた。
一人ぼっちだったミネアに、新しい居場所をくれた。
何も持っていなかったミネアに、役割をくれた。
それは全部、自分の目的の為だったのかもしれない。
利用されていただけなのかもしれない。
それでも、ミネアは……。
小さな少女は立ち上がる。
まだ怖いけれど、それでも立ち向かうと決めたから。
彼が傍にいてくれたように、今度は自分が傍にいる番だ。
ミネアはそっと、ヴィルエイムの手をとる。
冷たく冷えきっていた手を包み込み、ミネアは堂々とヴィルエイムの前に立った。
「私はそれでもヴィルエイム様を信じます。私は婚約者だから、どんなヴィルエイム様でも受け入れます。」
それがミネアの意思だった。
決して覆る事の無い、彼女の固い心。
ミネアはずっと考えていた。どうしたら沢山貰った恩を彼に返せるのだろうと。
彼の役に立てば、恩を返す事が出来るとずっと思っていた。
でもきっと、それだけじゃない。
役に立つだけじゃなくて、彼を信じる事。
それがミネアに出来る最上級の恩返しだ。
「大丈夫です、ヴィルエイム様。私は絶対にこの手を離しません。」
ヴィルエイムの中で何かが壊れる音がした。それは多分、ずっと心を隠していた固い殻。
誰にもバレないように弱い心を覆い隠していたその殻がバリンと割れた気がした。
さっきまであんなに寒かったのに、彼女の温もりが指先から伝わってくる。
今まではずっと守るべき対象だったはずなのに、今はこうして彼女の背中に守られている。
——ああ、君は私が思っているよりずっと強い人なんだね。
醜い心を見せれば嫌われると思っていた。
だから彼女の前では完璧な自分を偽っていた。
でも、ミネアには見透かされていたのだろう。
彼女はいつも清らかで真っ直ぐな瞳をしていたから。
さっきまで、ミネアに真実を知られるのが怖かった。
離れてしまったら、拒絶されたらどうしようと不安で仕方なくて。
でもそんなのは杞憂だった。
彼女は強い。ヴィルエイムが思っているよりもずっと。
ヴィルエイムは優しくミネアの手を握り返し、片手に持っていた銃口をガイルに向ける。
「私はミネアを絶対に離さない。伝えておけ、お前の主人に。そっちがその気なら、全力で相手をしようと。」
もう迷わない。
もう間違えない。
その決意の現れた瞳でガイルを睨みつける。
ヴィルエイムの言葉に、ガイルは口角を上げた。
先程までのような見下した笑い方では無く、この先の未来を楽しみにする無邪気な子供のように。
「成程ね。ならそのように伝えましょう。我らがブィリルの王——ジルライム・ライ・グレーラビス様に。」
ガイルは静かにお辞儀をして、木々の中に姿を消した。
彼が最後に残した名前。
——ジルライム・ライ・グレーラビス。
その人物の顔を思い出して、ヴィルエイムは瞳を閉じる。
彼と顔を合わせる未来はすぐそこまで迫っていると悟りながら。
「あの……ヴィルエイム様」
ゆっくり目を開くと、隣には心配そうにヴィルエイムを見上げるミネアの姿があった。
「ジルライムさんって……?」
前までならきっと何でもないと誤魔化していただろう。
でももう、彼女に嘘はつきたくない。
こんなに正面から向き合ってくれる優しいミネアに、こんな顔をさせたくない。
ヴィルエイムは正直に話す事を決めた。
「ジルライム・ライ・グレーラビス。私の実の兄だよ。」
そう。
幼いあの夜にその男を殺すと決めた。
あの日からヴィルエイムの人生は壊れた。
ヴィルエイムはミネアの手を握りしめたまま、彼女に問う。
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それはまだヴィルエイムが十三歳の時。
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ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
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妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
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「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
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