英雄の一族の末裔ですが公爵様の復讐の為に婚約する事になりました

桜部遥

文字の大きさ
17 / 37

宴は災いとなって降り注ぐ

しおりを挟む
馬車が破壊され、新しい馬車を手に入れる為には時間がかかる。
野営をする為の準備をしていなかったヴィルエイムはミネアを連れて近くの村までやってきた。
幸いな事に、山道を少し下った場所にあった村は、旅人なども多く訪れる村だったらしく宿も用意されていた。
ミネアとヴィルエイムはそのまま宿で一泊する事になった。
急な来訪だったので、部屋の空きは一つしかなく二人は同じ部屋で寝る事になり、少ない手荷物を持って階段を上がる。
「思っていたよりも大きいね、これなら安心だ。」
ミネアの身なりから貴族だと宿の主が察したのかは分からないが、通された部屋はかなりゆとりがあった。
ベットがシングルなのには変わりないが、暖炉やソファー、ひざ掛けなども備わっている。
ふう、とミネアが腰をかけると、その動きに合わせてソファーが動いた。
「ミネアはベットで寝るといい。魔道具で屋敷に知らせを飛ばしたから、明日の早朝には迎えが来るだろう。それまではゆっくり休んで。」
それは、ヴィルエイムなりの優しさだと分かっていた。
それでもミネアにはどうしても知りたい事があった。
ミネアはヴィルエイムの手をそっと掴み、隣に座るように促す。
言葉を発せずとも、ミネアが何を求めているのかヴィルエイムには理解出来た。
それはあまりヴィルエイムにとっては楽しい話では無いけれど、彼女は婚約者だ。
それに、醜い自分でも傍に居ると言ってくれた。
彼女の心を踏みにじりたくは無い。
ヴィルエイムはゆっくりミネアの隣に座る。
暖炉の中で木がパチパチと燃える音が聞こえてくる。
二人でそんな暖炉を見つめながら、ヴィルエイムはミネアに確認をとった。
「これから話す事はあんまり良い話では無い。ミネア、もし君がこれ以上聞きたくないと思ったら、その時はちゃんと言って欲しい」
「私は……私は知りたいです。ヴィルエイム様の事を。どんな話でも絶対ヴィルエイム様に幻滅したりしません。約束します。」
ミネアはヴィルエイムの手を包み込むように握りしめる。
彼女も覚悟を決めてここに座っているのだと、その温もりから理解したヴィルエイムは遠い目をしながら語り始める。
それはヴィルエイムがまだ、十三になる前の話だ。


「——母様!父様!おかえりなさい!」


幼い少年が、大きな玄関から入ってきた夫婦に抱き着く。
無邪気な笑顔を向ける蒼い月の髪を持った少年。
上等な布で作られた服と、宝石のブローチ。
扉から入ってくる陽の光が、少年の瞳を一層輝かせる。
「ただいま、ヴィル。ちゃんと大人しくしてたかしら?」
「うん!」
「ヴィルは相変わらずそそっかしいからな。父さん達が居ない間、使用人達を困らせたんじゃないか?」
「そんな事してないよ、父様!」
母は幼いヴィルエイムを抱きしめ、父は大きな手でヴィルエイムの頭を優しく撫でる。
ヴィルエイムと同じ髪を持つ、美しい母と、聡明でいつも堂々としている父。
父親は様々な事業を展開している事業家だった。母親は経理を担当し、父親の仕事を手伝っている。
祓魔師としての素質は無く、二人とも普通の人間と同じ生活をしていた。
勿論、ブィリルやツィーピアについても何も知らない。
父親は事業家として成功を収めていた。公爵家の地位が今でも続いているのは、父親の努力の賜物だろう。
そして……。

「——ヴィル。そんなに騒いでいると父様達が困るだろう?ほら、早く部屋に戻って勉強の続きをしよう。」

階段を一段一段丁寧に降りてくる少年は、ヴィルエイムと同じ蒼月の髪を揺らした。
瞳は父親譲りの柔らかい目元。肩に着く程の長く絹のような髪をひとつに束ねたその少年はヴィルエイムよりも大人びた顔をしていた。
「ジル兄様!」
「おかえりさない、父様、母様。長旅ご苦労さま。」
ジルライム・ライ・グレーラビス。ヴィルエイムと五つ離れた実の兄である。
ジルライムは父親に似てとても聡明な人だった。
まだ成人したばかりだと言うのに、父親の事業の手伝いもこなし、ヴィルエイムの勉強も見ている。
更に剣の腕前も屋敷の中でも随一で、文武両道どれをとっても完璧な人だった。
「ジル、留守の間屋敷を任せきりにしてしまって済まなかった。」
「いいんですよ、父様。俺は父様達が少しでも休めるように願っているんです。これくらいはやらせて下さい。」
ジルは心優しく、家族をとても愛していた。
そんなジルの町での評判は当然良く、貴族の娘達はジルの妻になりたいと願う者も多い。
けれどジルは恋にうつつを抜かす事は無く、家族の為にと身を削ってまで勉学に励んでいた。
ヴィルエイムはそんな兄をとても誇りに思っていた。
世界で一番カッコイイ、自慢の兄。
ジルライムが兄である事がヴィルエイムの自慢でもあった。

——あの日が来るまでは。

その日は、ヴィルエイムの十三の誕生日だった。
使用人達が飾り付けをし、屋敷はヴィルエイムの誕生日をお祝いするべく色付いている。
「母様ー!見てください!新しい洋服をメイド達が着せてくれたんです!」
「あらあら、廊下を走っては転んでしまいますよヴィル。でも……確かに素敵な服ね。よく似合っていますよ、ヴィル。」
元気よく廊下を走り回り、ヴィルエイムは大好きな母親に抱き着く。
そんなヴィルエイムを優しく撫でる母親と、後ろから見守るメイド達。
「母様、今日の夕食はなんですか?」
「さあ……なんでしょうね?きっとヴィルの好きな物だと思いますよ。料理長も今日の為にと前日から張り切っていましたから。」
暖かな空間。穏やかな時間。誕生日を沢山の人が祝ってくれる。
夢のような一時だった。
通り過ぎる沢山の使用人達が、ヴィルエイムを見る度に笑顔で誕生日を祝福してくれる。
その度にヴィルエイムは嬉しい気持ちで満たされていた。

「ヴィル!お誕生日おめでとう!」

母と別れて勉強部屋に入ると、先に部屋で待っていたジルライムが声をかけてくれた。
「ジル兄様!ありがとうございます!」
「もう十三歳になるんだね、大きくなったものだ。身長も伸びたんじゃないか?」
「僕、もっと大きくなります!ジル兄様を超えるくらい!」
「本当?それは越されないように俺も頑張らないとね。それと……はい、これはプレゼント」
兄弟の和気あいあいとした会話。
ジルライムはポケットの中からゴソゴソと大きな箱をヴィルエイムに手渡した。
それは両手で持つとずっしりとした重みを感じる。
手渡されたヴィルエイムは、その重さから宝石やアクセサリーでは無い事を悟る。
勉強部屋で渡され、兄は聡明でいつも勉学に励んでいる。
「もしかしてこれ、何かの本?」
「残念、本じゃないよ。でももしかしたら……本よりずっとヴィルエイムには荷が重たいプレゼントかもね」
「?」
兄の言葉の意味が良く理解出来ない。
ジルライムは自分よりも頭が良いから時々その言葉がよく分からない時がある。
今回もそうなのだろうと、ヴィルエイムはあまり深く考えなかった。
包み紙を破り、中の箱をゆっくりと開ける。

「……これって!?」

箱の中に入っていたのはヴィルエイムには予想もつかない代物だった。
片手で持つと、その重みを実感する。鋼で作られたそれは、ヴィルエイムが持つにはまだ少し早いようにも感じる。
「ジル兄様、これ……これって……」
「うん、銃だよ。ヴィルも十三になるんだ。この先色々な悪い奴に狙われるかもしれない。だからこれは護身用に持っておくといいよ。銃なら剣と違って隠しやすいし、扱いやすい。」
そのプレゼントが、ヴィルエイムを思っての物だと理解は出来ている。
けれど心の準備も整う前に渡される物にしては、これはあまりに荷が重すぎる。
「ヴィル。いつかその銃を使う時が来るかもしれない。でもそれまでは絶対に俺が守ってやるからな。」
ジルライムの穏やかな微笑みと、頭上から感じるほのかな温もり。
頭を優しく撫でてくれるジルライムの言葉に嘘偽りが無いことを理解したヴィルエイムなつられるように笑う。
身を守る為にこの銃は大切にしておこう。そう心に決めたヴィルエイムは、ジルライムに向かって「ありがとう、ジル兄様!」と告げた。
ヴィルエイムにとって完璧な兄。
いつも自分の事を大切にしてくれる、優しい兄にヴィルエイムは敬愛の眼差しを向ける。
悲しい時、寂しい時、傍にいてくれるジルライムの事を、ヴィルエイムはヒーローのように思っていた。
勉強の時は少し怖い時もあるけれど、遊んでくれたり、町に連れ出してくれたり、守ってくれたりする大好きなお兄ちゃん。

「ヴィル。今日はうんと楽しい日になるといいね。」

「うん!」
こんな時間がいつまでも続けば、何より幸福だったろうか。
この日に戻りたいと何度願った事だろうか。
ヴィルエイムの笑顔が壊れる時間は刻一刻と迫っていた事を、この時はまだ誰も知らない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

拾った年上侯爵が甘え上手すぎて、よしよししてたら婚約することになりました

星乃和花
恋愛
⭐︎火木土21:00更新ー本編8話・後日談8話⭐︎ 王都の市場で花屋をしているリナは、ある朝―― 路地裏で倒れている“美形の年上男性”を拾ってしまう。 熱で弱っているだけ……のはずが、彼はなぜか距離が近い。 「行かないで」「撫でて」「君がいると回復する」 甘えが上手すぎるうえに、褒め方までずるい。 よしよし看病してあげていたら、いつの間にか毎日市場に現れるようになり、 気づけば花屋は貴族の面会所(?)になっていて―― しかも彼の正体は、王都を支える侯爵家の当主だった!? 「君は国のために必要だ(※僕が倒れるから)」 年上当主の“甘え策略”に、花屋の心臓は今日ももたない。 ほのぼの王都日常コメディ×甘やかし捕獲ラブ、開幕です。

小さくなった夫が可愛すぎて困ります

piyo
恋愛
夫が、ある日突然、幼児の姿になってしまった。 部下の開発中の魔法薬を浴びてしまい、そのとばっちりで若返ってしまったらしい。 いつも仏頂面な夫が、なんだかとっても可愛い――。 契約結婚で、一生愛とは無縁の生活を送ると思っていたノエルだったが、姿が変わってしまった夫を、つい猫可愛がりしてしまう。 「おい、撫でまわすな!」 「良いじゃありませんか。減るもんじゃないし」 これまで放置されていた妻と、不器用に愛を示す夫。 そんな二人が、じれじれ、じわじわとお互いの距離を詰めていく、甘くて切ない夫婦再生の物語 ※完結まで毎日更新 ※全26話+おまけ1話 ※一章ほのぼの、二章シリアスの二部構成です。 ※他サイトにも投稿

婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。

桜乃
恋愛
ハイネシック王国王太子、セルビオ・エドイン・ハイネシックが舞踏会で高らかに言い放つ。 「ミュリア・メリッジ、お前とは婚約を破棄する!」 「はい、喜んで!」  ……えっ? 喜んじゃうの? ※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。 ※1ページの文字数は少な目です。 ☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」  セルビオとミュリアの出会いの物語。 ※10/1から連載し、10/7に完結します。 ※1日おきの更新です。 ※1ページの文字数は少な目です。 ❇❇❇❇❇❇❇❇❇ 2024年12月追記 お読みいただき、ありがとうございます。 こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。 ※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。

あなたがすき、だったから……。

友坂 悠
恋愛
 あなたが好きだったから、わたしは身を引いた。  もともと、3年だけの契約婚だった。  恋愛感情なしに、偽装夫婦を演じよう。  そういうあなたに同意をして一緒に暮らし出した日々。  それなのに。  約束の期限の三日前、まさか酔ったあなたとそういう関係になるなんて、思わなかった。  だから。 わたしはそのまま翌朝家を出た。  わたしだけが、どんどんあなたを好きになってしまったことを隠したくて。  こんな気持ちを悟られ、あなたに迷惑がかかるのに、耐えられなくて。    ############# なろうさんで開催されていた、氷雨そら先生、キムラましゅろう先生主催、 シークレットベビー企画参加作品だった、「あなたが好きだったから」という短編に、少し加筆修正して連載化しました。 初めてのシクべ、ちょっと変わったタイプのシクべ作品となりました。 お楽しみいただけると幸いです。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して二年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 【ご報告】 2月28日より、第五章の連載を再開いたします。毎週金・土・日の20時に更新予定です。 また、誤字脱字の修正および一部表現の見直しを行いました。ただし、記載内容の趣旨に大きな変更はございません。 引き続きよろしくお願いいたします。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

1度だけだ。これ以上、閨をともにするつもりは無いと旦那さまに告げられました。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ヴィヴィアン・ジュード伯爵令嬢  17歳、長女で爵位はシェーンより低が、ジュード伯爵家には莫大な資産があった。 ドン・ジュード伯爵令息15歳姉であるヴィヴィアンが大好きだ。 シェーン・ロングベルク公爵 25歳 結婚しろと回りは五月蝿いので大富豪、伯爵令嬢と結婚した。 ユリシリーズ・グレープ補佐官23歳 優秀でシェーンに、こき使われている。 コクロイ・ルビーブル伯爵令息18歳 ヴィヴィアンの幼馴染み。 アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳 シェーンの元婚約者。 ルーク・ダルシュール侯爵25歳 嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。 ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。 ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。 この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。 ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳 ロミオ王太子殿下の婚約者。 ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳 私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。 一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。 正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

処理中です...