英雄の一族の末裔ですが公爵様の復讐の為に婚約する事になりました

桜部遥

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一人の老いぼれは微笑む

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城下町へ出かけてから二週間が経った頃、朝食中にヴィルエイムは突然こんな事を言い出した。

「——婚約披露パーティーをやろうか。」

思わず、食べ進めていた手がピタリと止まる。
ミネアは目をぱちくりとさせて、ヴィルエイムの方を見た。
「え?」
ニコニコと楽しそうな顔で、ミネアの様子を見るヴィルエイム。
ミネアの後ろに立つシトラとシーラは、やっとか、と言いたげな顔をしていた。
どうやらこの中でおかしな反応を見せているのはミネアだけらしい。
「そもそも私達は婚約したんだ。パーティーを開かない方がおかしいだろう?婚約と言っても仮初だったし、何よりミネアの勉強を優先していたからずっと見送っていたんだ。でも、今のミネアは誰がなんと言おうと、立派なレディーだ。他の貴族に見せびらかさない理由が無い。」
「で、ですがそんな急に……!!」
確かにダンスレッスンや、社交界での立ち回り方について教えて貰って来た。
それは、それらを活用する日がいずれ来るからだと理解はしていたけれどまさかこんな急に言い出すなんて。
ミネアが混乱する気持ちも分からなくは無い。
そもそもデビュタントも行っていない、平民が突然社交界に姿を現す方が異例だ。

「——私だって本当はやりたくない!ミネアの美しさが世間に知れ渡るのは、嫌なんだ。ミネアがどれだけ美しいのかは私だけが知っていればそれでいいんだから。」

ミネアは思わず持っていたカトラリーを落とす。
さらりと、この人はとんでもない言葉を口にしたのでは?
と気付いた頃には既に手遅れで、ミネアの後ろに立っていた二人のメイドも、こくこくと頷いていた。
この後に及んでもう一度言おう。
どうやらこの中でおかしな反応を見せているのはミネアだけらしい。
「シトラ、シーラ!ヴィルを止めて!」
「いやいやぁ、ミネア様?今のご主人様は誰にも止められないですよー」
「それに、ミネア様の美貌は私達が一番よく理解しておりますから。」
これは親バカならぬ、メイドバカなのだろうか。
誰もヴィルエイム達を止められる者はこの場にはいないらしく、ミネアはただ真っ赤になった顔を手で覆い隠す事しか出来ない。

「まあ、焦ることは無いよ。今すぐに開けるものでもないしね。少なく見積もっても、一ヶ月は準備期間になるだろう。」

ミネアの反応に満足したのか、ヴィルエイムは彼女に対してそう言葉をかけた。
「そんなにかかるんですか?」
「うん。招待状を送ったり、ドレスを用意したり、会場の準備も必要だしね。あとは、ブィリルが入ってこられないように結界を張り直す必要もある。一ヶ月でも間に合うかどうかって所かな。」
グレーラビス公爵家に、様々な人が出入りするとなれば必然的にブィリル達にも情報が漏れる。
パーティーという人の多い場を使って、ミネアを狙うブィリルも現れるだろう。
それに、城下町の帰りにハイ・ブィリルに襲われたばかりだ。
備えすぎるということは無いだろう。
それに、あのガイルの言葉。

——ジルライムが、ミネアを欲しがっている……。

これまで表立って動きを見せてこなかったというのに……。やはりツィーピアの存在というのはそれだけ強力ということなのだろうか。
ヴィルエイムはミネアを見つめる。
きょとんとした顔でヴィルエイムの顔を覗く少女の愛くるしい姿。
もしもその華奢な腕が折られたら、もしもその美しい瞳をくり抜かれたら、もしもその咲き誇るような笑顔が奪われたら。
考えるだけでも、正気を失いそうになる。
ミネアを守る。絶対に、何があっても彼女を傷つけさせたりはしない。
「どうしたんですかヴィル?急に黙り込んで……」
「……いや、なんでもない。兎に角、そうとなったら準備を始めようか。ミネア、これから忙しくなるよ?」
決して、指一本たりとも触れさせたりはしない。
ヴィルエイムはそう心の中で強く誓い、ミネアの頭を静かに撫でる。
穏やかな時間が続くとは限らない。時間は有限だ。無限じゃないと言うことは、いずれ終わりが来るという事。
その時がいつ訪れてもいいように、細心の注意を払わなければ。
「はい、ヴィルのお役に立てるように頑張ります!」
無邪気に微笑む、小さな少女。
この愛らしい小鳥が、穢れてしまわないように。

——その為なら私は、どんな事でもしてみせる。

パーティーの決行が決まってからは、慌ただしく時は過ぎていった。
ヴィルエイムは家業と並行して、沢山の貴族宛に招待状を用意する。
他の公爵家と、国王陛下は勿論の事、繋がりのある貴族達にも招待状を送った。
「ふう、とりあえずはひと段落か……。パーティーの主催なんて普段はやらないから、中々堪えるな……。」
「これも当主としての勤めでございます。寧ろこれまでが、パーティーを開いてい無さすぎだったのです。」
書斎で、招待状を書いていたヴィルエイムはグッと背伸びをする。
ヴィルエイムの前で、かちゃっと暖かな紅茶を置いたヨーベルは彼の眉間に見える皺を見ながら嬉しそうに笑った。
「随分嬉しそうだな、ヨーベル」
「それはきっと当主様が変わられたからだと思います。こんな老いぼれでも、長年お傍にお仕えしておりましたから、よく分かります」
「……変わった?私が、か?」
ヴィルエイムは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
ヨーベルの言葉が、余程意外だったらしい。
そんなヴィルエイムを見つめるヨーベルの瞳は小さくも、柔らかな光を抱いていた。
「ええ、ミネア様のお陰です。あの時からずっとただ一つの目的の為だけに生きていた貴方が、新しい生きる意味を見つけた。それは確かなる成長ですよ。」

ヴィルエイムは、ジルライムが去った後この大きな屋敷を纏める当主となった。
ブィリルという存在をしり、祓魔師の道を進むことを選んだ後ヴィルエイムは、数多くの使用人達を屋敷から追い出した。
理由は一つ。この屋敷にいてはブィリルから狙われるかもしれないからだ。
それでもただ一人、ヨーベルだけは屋敷を離れなかった。
ブィリルという存在、ジルライムがブィリルの王となった事。ヴィルエイムは復讐の為に、実の兄を殺そうとしている事。
全てを知っても、ヨーベルはヴィルエイムを決して見放さなかった。
あれから十年。
思えばヴィルエイムがここまで生きてこられたのは、ヨーベルのお陰なのだろう。
そんな彼が、変わったと断言したのだ。
確かに、今迄はずっとジルライムを殺す為に全てを捨ててきた。でも今は違う。
ミネアという存在を捨てたくはない。離したくない。
それはきっと、ヴィルエイムが彼女に恋をしているからだ。
恋なんて、復讐の妨げになると思っていた。大切な人が出来れば、それは弱みになる。きっとこの人生を生きる上では必要の無いものだと、そう確信していた。でも実際は違う。
彼女を一人にしない為に、もっと頑張ろうと思えた。
痛みも、苦しみも、悲しみも、彼女が分かちあってくれるから、もう何も恐れるものは無い。
それをヨーベルも分かっているのだろう。
「確かにそうだな。ミネアは私にとってかけがえのない存在になった。……ヨーベル。私はこの先の未来をミネアと共に生きていきたい。——お前も着いてきてくれるか?」
ずっと、傍にいてくれた。
一人になって、復讐に呑まれても尚見捨てないでいてくれた。
ヨーベルは、自分の主からの真っ直ぐな言葉に満たされた笑顔を見せる。

——あんなに小さかったのに、いつの間にこんなに大きくなられて……。

復讐という目的が無ければ、すぐにでも死んでしまいそうな目をしていた。
誰かが見ていなければ、ふっと雪のように溶けて消えてしまいそうな小さな存在。
そんな彼を放っては置けなかった。もう昔のように無邪気な笑顔を見せてはくれない。
それでも、ヴィルエイムなりに不器用でも一歩ずつ着実に前に進もうとする、主君の姿。
ヨーベルは膝を曲げ、ヴィルエイムに跪く。
「こんな老いぼれには、勿体ないお言葉です当主様。」

ヨーベルは伏せた瞳の中で昔のヴィルエイムを思い出した。
両親が殺され、一人生き残った幼いヴィルエイム。
全ての生気を失い、光の無い瞳で突っ立っている一人の少年をヨーベルは見た。
「……兄様が殺した。父様も母様も、兄様が殺した。」
希望を失い、願望は枯れ、切望は意味を無くしていた。
たった一夜にして、全てを奪われたヴィルエイムは、今にも死んでしまいそうな背中をしていた。
「僕は……僕は兄様を殺す。どんな手を使ってでも、仇を討つ」
それだけが、ヴィルエイムの生きる意味。
それ以上は何も望まないという瞳。
ヨーベルはそんなヴィルエイムを見て、胸が締め付けられる痛みを感じた。
その後、グレーラビス家の使用人は次々と退職して行った。
一人、また一人と屋敷から姿を消した。
そんな中でヨーベルはふと思う。

——このままこの御方は、一人になってしまうのだろうか。

まだ成長しきっていない身体。
家族を失い、生きる理由は、実の兄を殺す為。
彼の人生に、救いという文字は残されているのだろうか。
ヨーベルは、ヴィルエイムの小さな手をそっと掴む。
まだ発達しきっていない、華奢な手。温もりを感じない、冷たい指先。
その時ヨーベルは確信する。きっとこの御方を一人にしたら、すぐに死んでまうだろうと。
だからヨーベルだけは屋敷を離れなかった。
自分だけは、ヴィルエイムの味方で在りたいとそう願ったから。
たとえ、ヴィルエイムの人生に救いは無くてもこれ以上地に落ちないように、手を握っている事だけは出来る。

——でも、全ては杞憂だった。

ヴィルエイムは変わった。
笑顔が増え、随分と行動的になった。
ミネアと出会った事で、ヴィルエイムは心の拠り所を得たようだった。
そこには確かに、救いがあった。
ヴィルエイムは救われたのだ。
だからこそ、これ以上この幸せを壊さない為に出来ることをやろう。
ヨーベルの中に決意が芽生える。
それはヨーベルがこの十年間ずっと、ヴィルエイムの傍にいたから芽生えた気持ちなのだろう。

「ヴィル!この後、シトラ達とお昼を食べるんです!良ければ一緒にいかがですか?」

ミネアの姿に、ヴィルエイムは声を弾ませる。
「勿論、ご一緒させてもらうよミネア」
今はただ、こうしてヴィルエイムとミネアが笑いあっているだけで十分だ。
そして願わくば、この先もヴィルエイムが笑顔の中で生きていられるように。
そう心の中で願う、ヨーベルは、誰にも気付かれないようにひっそりと笑って見せた。
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