英雄の一族の末裔ですが公爵様の復讐の為に婚約する事になりました

桜部遥

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知りたい事、知りたくない事

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ヴィルエイムの発案により決まった、二人の婚約披露パーティー。
その準備は着々と進んでおり、ミネアも既にドレスやラグジュアリーの手配を終え、ダンスレッスンも佳境に差し掛かっていた。
最難関のワルツ。
前は右も左も分からず、てんてこ舞いだったけれど、今となっては軽快な足取りでテンポよく踊る事が出来ている。

「——はい、そこまで。完璧ですわ、ミネア様!何も言うことはありません!」

パーティーまで残り二週間。
やっと一度も間違えること無くワルツを踊る事が出来た。
これはミネアにとって大きな一歩だった。
「ありがとうございます!アトラ先生の教えの賜物です!」
最初ダンスを始めた時は、これで本当に踊れるようになるのかと先行きが不安だった。
しかし、ミネアの不安を取り除くようにアトラは根気強く教示してくれたお陰で、ここまでたどり着く事が出来たのだ。
「私は何もしておりませんわ。お礼なら、ヴィルエイム様に仰ってくださいな」
アトラは口元を手で隠しながらおしとやかに笑う。
アトラが言おうとしている事は、ミネアも理解出来ていた。
パーティーの開催が決まってから、ミネアのダンスレッスンにヴィルエイムも参加してくれた。
彼のリードがなければ、こんなに短期間で成長は出来なかっただろう。
「そういえばお聞きになりましたよ?パーティーが終わったら、寝室を共にすると……。ヴィルエイム様はミネア様の事を相当溺愛しているのですね?」
「……っ!!」
そうなのだ。
婚約者同士、寝室が別なのは如何なものかとヴィルエイムが言い出した事がきっかけで、ミネアは彼と同じ寝室を使う事になった。
ミネアの心の準備の為にも、パーティーが終わってからという条件付きにはなったが、その日がもうすぐそこまで近付いているのだと思うと、顔が熱くなる。
耳まで赤く染まるミネアの姿を見ながら、微笑ましいなとアトラが笑っていると、扉をノックする音が聞こえた。

「おや?レディー達で談笑中だったかな?これは邪魔をしてしまったね」

入ってきたのは、ヴィルエイムだった。
仮眠をとっていたのか、少し髪が跳ねていていつものヴィルエイムよりも幼く感じる。
「ヴィル!」
「ミネア、調子はどう?」
ヴィルエイムはパーティーの準備と家業でかなり時間を削られていた。
寝る間も惜しんで作業を続けるヴィルエイムは、それでも毎日必ずミネアの元に顔を見せる。
ミネアはそんなヴィルエイムを心配していたが、当の本人は、ミネアの顔が見られる事が一番の栄養剤だった。
「聞いてください、ヴィル!やっとワルツを踊れるようになったんです!」
「それは凄い!流石は私のミネアだね、どんな事でもあっさりとこなしてみせる」
「そ、そんな事はありません……!それよりもヴィルの方は大丈夫ですか?無理はしていませんか?」
ミネアはヴィルエイムに駆け寄り、心配そうに彼の顔色を伺う。
心做しか、少し顔色が悪い。寝不足が原因なのだろう。
それでもヴィルエイムは、ミネアの手をそっと掴みその甲に口付けをした。
「ヴィ、ヴィル……!?」
「大丈夫だよミネア。君の顔を見たら元気が出てきた。それに、このパーティーは記憶の中でずっと忘れられない最高のものにしたいんだ。多少の無理は承知の上さ」
その言葉に嘘は無い。
ミネアの初めての社交の場。それが彼女にとってかけがえのないものになれたのなら、ヴィルエイムにとってそれ以上に嬉しい事など無い。
様々なマナーや立ち回りについて、教わっていても知識と実践は違う。
だからミネアの不安を少しでも取り除けるようにリストアップは万全だ。
ここまで一つのパーティーに全力を注いだ事など無い。
でも、それでミネアが楽しんでくれるのならヴィルエイムはどんな無理難題でもクリアしてみせるつもりだ。
「ですがそれでヴィルが体調を崩してしまっては、私が悲しいです。どうか、お身体には気を付けて下さい……」
「うーん、それなら毎日ミネアが添い寝してくれると嬉しいな。そうしてくれるのなら、私は絶対に体調不良にならないと思うのだけど?」
「…………っ!?」
そう言いながら、ミネアの手を頬に近付けるヴィルエイムは、彼女の反応を楽しんでいるようだった。
ヴィルエイムは時々意地悪だ。
ミネアがこういう時、強く言えない人間だと理解した上で挑発してくる。
その意地悪な瞳も、何気に嫌では無い自分が居ることを最近のミネアは知ってしまった。

「そっ……それはダメですーっ!!」

毎日密着されたら、ミネアの心臓が持たない。
ヴィルエイムは、自分の気持ちをミネアに伝えてから行動が積極的になった。
こうしたスキンシップもそうだが、甘い言葉を毎日囁いてくる。
それに耐えるだけでも精一杯なのに、これ以上の事が待っているなんて……考えただけで頭がパンクしそうだ。
ぐるぐると目を回しているミネアを見て、何かに満足したのか、ヴィルエイムはゆっくりと彼女の手を離した。
離したくないというのが本音だけれど、これ以上しつこく粘着して、彼女に嫌われたくは無い。
押す時と引く時はしっかりと見極めなくては。
「冗談だよ。まあ、私としてはミネアがその気になってくれるならいつでもウェルカムだけどね?……さて、ミネアの顔を見れた事だし私は失礼するよ」
萎れたシャツ、寝癖の残る髪。
彼が忙しいのは本当なのだ。それでもこうして時間を割いて、ミネアに会いに来てくれる。
言葉にするのは恥ずかしいけれど、それはやっぱりミネアにとって嬉しい事だった。
だからこそ心配するし、だからこそ強く言えない。
ミネアは決してヴィルエイムのやりたい事、やろうとしている事に口を出すつもりはないのだ。
「あの、ヴィル!——お仕事、頑張ってください……!」
「ありがとう、ミネア。」
そうしてヴィルエイムは、部屋を出ていった。
彼が頑張っている事はよく理解している。
それが、ミネアの為だと言う事も。
だから今ミネアが出来ることは、彼が無理をしすぎないように、祈るだけ。
「ヴィルエイム様は本当にミネア様が大切なんですね。」
ミネアの肩にぽんと、優しく手を置いたアトラは、彼がいなくなった扉を見つめる。
アトラの言葉は、その通りだとミネアも思う。
でも、それはミネアだって同じだ。

「私も、ヴィルが大切です。心の底から。」

それが恋という感情。
どうしようもなく相手の事を考えてしまう。ヴィルエイムが愛おしくて、仕方がない。
でも、その感情を押し付けて彼の邪魔をしたく無い。
一緒にいたいけれど、彼の重荷にはなりたくない。
恋とは、なんて難しいのだろう。
ミネアが沈んだ気分でいると、隣から声が聞こえてきた。
アトラはミネアと違って真っ直ぐその扉を見つめている。
凛とした姿勢で、堂々と胸を張るようにアトラはミネアに告げた。

「互いを思い合う心は、誰にも邪魔できません。だから大丈夫ですよ、ヴィルエイム様はミネア様とこの先もずっと一緒に居ます。」

そうなのかな。そうだったら、いいな。
まだ先の事は分からないけれど、その未来に映るミネアの隣にヴィルエイムがいてくれたなら、どれだけ幸せだろう。
そんな事を考えながら、その日のダンスレッスンは終わりを迎えた。


「夜はまだ少し肌寒いなぁ。」

夕食を摂り終え、ヴィルエイムは書斎で残っている事務仕事を片付けている。
先に一人、寝室に戻ったミネアは夜空に浮かぶ月をバルコニーから眺めていた。
ストールを羽織り、まだ冷たい夜風を浴びる。
毎日をこの屋敷で過ごしているうちに段々と、自分の中でヴィルエイム達が大切な存在になっているのだと自覚していた。
シトラ、シーラ、ヨーベル、厨房の皆。
今のミネアは一人じゃない。沢山の優しい人に囲まれて、笑顔の絶えない日々を送っている。
それは、当たり前のようで当たり前では無い。
奇跡のような日々。暖かくて、心地よくて。
——だから、忘れてしまう。自分がどんな人間なのか。
「あんまり夜風にあたり過ぎても風邪引いちゃうし、もうそろそろ寝ようかな。」
ミネアはくるりとベッドに向かって一歩を踏み出す。
なんて事は無い。いつも通り、ふわふわの布団の中で眠りについて朝シトラに起こされる。
ミネアの中で新鮮だったそれらの出来事が、日常に変わっていた。
それだけのことだった。
でも、それらは結局永遠には続かない。続いてはいけない。
それを、ミネアは知ってしまった。彼と出会って。

「——初めまして、俺の想い人。」

瞬間、凍てつく氷の気配がした。
空気が一瞬で固まり、世界は光を閉ざす。
ミネアの心臓がどくんと、強く脈をうつ。
息を飲みながら、ミネアはゆっくりと振り返った。
月の光を遮る、蒼月のような輝きを放つ髪。黄金の獣の瞳。
ミネアの知る人物と似た面影なのに、纏う空気は全くの別物。
その美しい長髪は、男だというのに女性のように手入れをされていて、一本一本が夜風に靡く度にきらりと光を放つ。
ミネアはその人物を知っていた。
初めての邂逅。声を聞くのも、その姿を目にするのも初めてのはずなのに、直感的に彼が誰なのかを理解する。
ミネアの首元を流れる、冷たい汗。
顔が強ばるミネアを見て、にたりと不気味な笑みを浮かべるその男の名は……。

「——ジルライム・ライ・グレーラビス」

その名を口にしたミネアに対して、男は驚く事無く平然と笑っていた。
「へえ?俺の事知ってるんだ?ヴィルから話を聞いたのかな。だとすれば、ヴィルは相当君に対して心を開いているらしい。それも『ツィーピアの力』……なのかな?」
ミネアは目を見開いた。
……ツィーピアの力?
それはどういう事だろう。ツィーピアの血を呑めば、強大な力を得られる為ブィリルが狙っている、というのは知っている。
ヴィルエイムもミネアを利用してブィリルを誘き出そうとしていたくらいだ。
けれどミネアのツィーピアとしての利用価値はせいぜいそのくらいだろう。
ツィーピア自身、つまりミネア本人にはなんの力も無い。
ミネアはただの人間だ。少なくともミネアを含め、この屋敷の全員がそう思っている。
ミネアの戸惑う姿を見て、何かを察したジルライムはバルコニーの手すりに座り、後退りをしようとするミネアに対して手を差し出した。
「ねえ、ミネアちゃん。君は自分が何者なのか知りたくない?」
「……え?」
「俺は知っているよ、君が……ツィーピアが何者なのか。そしてツィーピアが持つ力についても。」
それはミネアの気を引くには十分すぎる内容だった。
ツィーピアの力。それが一体何なのか。
これまで何回もそれについて考えた。けれど結局答えは分からずじまいで、ミネアにとってツィーピアという一族はベールに隠された存在だった。
でも、この人は何かを知っている。少なからず、ミネアの知らないツィーピアについての情報を持っている。
ミネアはじっとジルライムを見詰めた。
何を考えているのかさっぱり分からない。黄金のその瞳の奥で飼う、確かなる闇は沈黙の中で揺らいでいた。
ただミネアにも分かるのは、彼はこの状況を楽しんでいるという事。
「……貴方の……貴方の目的は何ですか?ツィーピアの血ですか?それなら、これ以上ヴィルを傷付けないでください。」
彼の言葉で、ヴィルエイムの人生は狂った。
もうその時計の針は戻ることはできないけれど、これ以上傷付けないようにする事は出来るはずだ。
秒針が壊れてしまう前に、ミネアは何としても目の前のブィリルが成そうとしている事を止めなければならない。
ミネアの言葉に、ジルライムはぷはっと吹き出すように笑った。
彼女の真剣な思いを小馬鹿にするように、ジルライムは軽快に笑ってみせる。
彼の思いもよらぬリアクションに、ミネアが困惑していると、ジルライムの瞳は鋭い光を帯びた。
「ヴィルを傷付ける?俺が?何を言い出すかと思えば……ぷっ、あははは!おっかしい話だねぇ」
「…………?」
何か、変な事でも言っただろうか。
ただヴィルエイムにこれ以上悲しんで欲しくなくて、その一心で言葉を紡いだはずだ。
そこに笑う点など無かったと、ミネアはそう分析する。
ジルライムはひとしきり腹を抱えて笑った後、伏せ目がちな瞳でミネアを捕らえた。
その白く細い腕を真っ直ぐに伸ばし、その指先はミネアの心臓を突き刺すかのように向けた。
そして、一拍置いた後ジルライムは静かに口を開く。
それを告げれば、この少女が壊れると知りながら。
それを告げれば、彼女の人生が狂うと知りながら。
それでも愉快で堪らないジルライムはそれを言わずにはいられなかった。
そうして彼の口から告げられたのは、ミネアもヴィルエイムも、きっとこの世の全ての人間すら予想だにしていなかった言葉だった。

「俺をブィリルにしたのは、ミネアちゃん。——君の父親だよ?」

それが、終わりの始まりだった。
全てを知らずにいられたら。この時、ジルライムの言葉に耳を傾けていなかったら。
結末は変わったのだろうか。
未来は変わったのだろうか。
ジルライムは、ミネアの呆然と立ち尽くす姿を見て、にたりと微笑む。
その時のミネアには、夜の風がまるで凍てつく氷の風かのように冷たく感じた。
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