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紐解かれていく真実
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ジルライムから告げられたのは衝撃的な告白だった。
いや、これは告白と言うよりも告発なのだろう。
誰が真の罪人で、誰が真の被害者なのか。
それを明白にするための、告発。
——ブィリルにした?私のお父さんが?
ミネアには父親の記憶が無い。
物心ついた時には既に母親と二人でボロボロの小さな家に住んでいた。
母親は、女手1つでミネアを育てた。
当時、ミネアは自分に何故父親がいないのか気になった事があり、母親に尋ねた事がある。
その時、母親はミネアの頭を優しく撫でながらこう答えた。
「パパとママは考え方が違っていたの。あの人の事を悪くいうつもりはないけれど、パパが見ていたのは私達じゃなくて、もっと別の世界だったから。」
その時は、何の話か全く理解出来なかった。
大人になった今でも、やっぱりこの時母親が伝えたかった事は分からない。
でも今、確かに言えることはミネアの父親は普通の人間として生きる道を捨てたという事。
それを証明するかのように、彼がそこに立っている。
自分が告発であり、被害者であり、証人であるとそう告げている。
「どういう事ですか……?私の、お父さんと貴方にどんな関係が?」
ミネアは思わず前のめりになる。
生きてきた中で、ミネアは父親と顔を合わせた事すらない。
顔も声も知らない父親の話を持ち出されて、無視出来るほどミネアは強い人間では無いのだ。
「関係も何も、言った通りだよ?君の父親は俺をブィリルにした。ブィリルの王として生きる事を俺に強要した。」
「人間がブィリルに変化する事なんて有り得るんですか……?」
いや、有り得るはず無い。
もしそんな事が可能ならば、ヴィルエイムがとっくの昔に何らかの行動に出ているだろう。
そしてヴィルエイムならきっと、ミネアにその情報を共有したはずだ。
そうしなかったのは、ヴィルエイム自身もそんな話を聞いた事が無いから。
だと言うのに、ジルライムは自信に満ちた瞳をしている。
伝わってくる。この話は決して嘘では無いと、真実なのだと。
もし本当にそんな事が可能なら、どうしてミネアの父親は、ジルライムをブィリルにしたのだろう。
そもそもどんな方法を使って……?
ミネアの頭の中は疑問が渦を巻いてぐるぐると回転している。
「もし信じたくないのなら、それでもいい。けれどミネアちゃんが本当の事を知りたいのなら……その胸に問いかけてみるといい。きっと答えてくれると思うよ?だって君は——ツィーピアの生き残りなんだから。」
その含みのある言い方でミネアは確信する。この人はツィーピアという存在を嫌っている。
そして彼がツィーピアを嫌う理由は、ミネアがこれまでずっと知ろうとしてきたツィーピアの真実が原因なのだろう。
彼がツィーピアという存在を嫌い、憎んでいるのなら、少なくともツィーピアは善意の塊のような存在では無いはずだ。
ああ、どうしよう。
ヴィルエイムと出会ってからずっと、ミネアはツィーピアについて知りたいと思っていた。
自分が何者なのかをきちんと理解すればきっと、ヴィルエイムの役に立てるのだと。
でも今は……今は、知るのが怖い。
今のまま、何も知らずに生きていたいとそう思ってしまう。
そんなミネアの我儘を、その瞳は見透かしていた。
黄金の瞳。悪魔の瞳。宝石のように輝いて、ミネアを捕らえて離さない。
「いずれまた、そう遠くない未来に会いに来るよ、ミネアちゃん。その時までに君が真実に辿り着いてくれると信じているよ?」
そう言葉を残して、ジルライムは姿を消した。
まるで最初からその場にいなかったみたいに、呆気なく消えていった。
このまま何も考えないでいたいのに、頭の中でずっとジルライムの言葉がぐるぐると回っている。
一人取り残されたミネアは、震える足で部屋の中に入る。
指先の感覚が無い。
これはきっとジルライムに出会ったからでは無い。——自分の事を知るのが怖くなったからだ。
分かっている。ミネアのエゴは通じないと。
ヴィルエイムを真に思うなら、ミネアは目の前の光景から背けてはいけないと。
真実を知る方法を、ミネアは既に知っていた。何となく、ぼんやりと頭の中に思い浮かんでいた。
それが正解なのかは分からない。
ただ、この選択が正しいのだと自分に言い聞かせたくて、信じたくて。
ミネアは無言のまま、静かにベッドに上がった。
——次に目を覚ましたら、私は私のままでいられるのかな?
明日が来るのがこんなに怖い事だったなんて、知らなかった。
知らない方が幸せだったのに。
そんな事を思いながら、ミネアはゆっくりと瞼を閉じる。
その先に待つ存在に会いに行くために。夢の中へと誘われていく。
ミネアはゆっくりと意識を覚醒させていく。
眠ろうとしていたはずなのに、ミネアははっきりとした意識でここが夢の中なのだと悟った。
真っ暗で、足元すらも見えない。
その時だった。啜り泣く女の人の声が聞こえてくる。
ミネアは、その声の方向に向かって真っ直ぐ進んで行った。
ここは夢の中なのだから、壁や障壁なんてものは無い。
ただ、永遠に続く空間が広がっている。
そしてミネアは、やっとその人物に辿り着いた。
夢の中で何度か出会ったその人は、ずっと泣いていた。
悲しくて、苦しくて、辛くて、痛くて、でも誰にも話せなくて。
だから一人で全てを抑え込むように泣いていた。
——ああ、まただ。また、貴女の泣く声が聞こえてくる。
視界の先には、全てが闇に包まれた暗がりの中で一人泣いている少女がいた。
美しい、目を奪われる紫の淡い髪。
一瞬で少女が誰だか理解する。
——この人はツィーピアだ。
ミネアと同じ、ツィーピアの血を引く者。
彼女の瞳から零れ落ちた涙は、宝石のように光を放つ。
彼女はいつも泣いている。草原の中で。何処かの家の中で。そして今日は、暗闇の中で。
「……どうして、泣いているの?」
心の中で問いかけた。いつもは声にならず、ミネアの中で解けない疑問として消化されていくだけだった。
でも、今回は違う。
声が出た。言葉を伝えられた。
泣いていた少女は静かに顔を上げる。
ボロボロに泣いていた少女の目は腫れ、頬は涙が伝った跡が残っていた。
少女の瞳には、確かにミネアが映っていた。
夢の中だと言うのに、少女とミネアはお互いを認識したのだ。
少女はミネアの姿をまじまじと眺めたあと、まるで呪縛から解かれたかのような晴れ晴れとした顔で、ミネアに近付く。
少女は勢いよくミネアの両手をガシッと掴み、幸せそうに告げた。
「——やっと、私の願いを叶えてくれる気になったのですね!」
願い……?願いとはなんの事だろう。
ああ、そういえばブィリルの精神汚染からミネアを救ってくれた時、彼女はそんな言葉を口にしていた。
この人には願いがある。
そしてそれは、彼女自身には叶える事の出来ない願い。
ミネアは、その時のことを思い出す。
「ごめんなさい、私あの時の事はあまり覚えていなくて……。実は、知りたい事があるんです。」
彼女が切実に願っていた事。それを叶えてあげたいという気持ちは本物だ。
でも今のミネアにはそれよりももっと重要な事がある。
ミネアは目の前に立っているツィーピアに、自分の望みを明かした。
「ツィーピアについて、知っている事を教えてくれませんか?私は知らなくちゃいけないんです。ツィーピアについて。」
目の前の少女はミネアの真剣な瞳を見て、一瞬驚いたような表情を見せてから、にこやかに微笑んだ。
それがどういう意味を持っているのかは分からない。
けれどツィーピアの少女はミネアに友好的だというだけでも、ミネアにとっては有難い話だった。
「なら教えましょう。ツィーピアの歴史——その血塗られた過去について。」
そう告げた少女は、ミネアの手を離し指を鳴らす。
すると、暗闇だった世界は一瞬にして、ある人々の営みを描き出した。
「これは……?」
「これはツィーピアの過去。遠い昔、本当にあった出来事です。」
ミネアの前に現れた人々は、確かに現代のような服では無く藁を編んで作った服を着ていた。
魔道具も発明されていないのか、家の中で火を炊いて明かりを作っている。
家と呼べるような、レンガで作られた建築物では無く、藁と木を使った原始的な建物。
決して広くないその建物の中で十人ほどの人々が、ぎゅうぎゅう詰めになりながら生活を営んでいた。
彼らはこぞって石に書かれた文字のような何かを見つめている。
「彼らこそが、全ての元凶。ツィーピアという存在を生み出した張本人達。」
ツィーピアの少女は、映し出された過去の映像を見て、憎しみの籠った瞳を向ける。
そして少女は、ミネアに彼らの話をした。
「彼らが今読んでいるのは、当時とても人気があった英雄譚。英雄譚には英雄と悪魔の戦いが描かれていました。彼らはその英雄譚の虜になり、いつしかこう思うようになったのです。『この英雄譚を現実のものにしたい』と。でも悪魔なんて存在は、この世界には存在しなかった。」
時はそれから少し進む。
ある晴れた昼下がりに、彼らの集落に一人の女性が辿り着いた。
その女性は美しい紫色の瞳と髪を持っており、彼らは女性の容姿をとても気に入った。
女性はどうやら旅人だったらしい。
彼らは女性を快く歓迎し、彼女の為に宴まで開いた。
女性が望むなら、何日も泊めてあげようと全員で決め、彼らは女性の為に尽力を尽くした。
旅人の女性はそんな彼らの行動に感動し、感謝の意を込めて願い事を叶えると口にする。
彼らの願い事は皆同じものだった。あの英雄譚。
自分達もあの英雄譚のように、英雄になりたい。
そう口にすると、女性はその願いを叶えた。
けれど決して、悪魔を生み出した訳では無い。
女性は、彼らにこう告げる。
『貴方達がこの力を使って、苦しむ人々を救えば、やがては英雄になれるでしょう。』
女性は、ツィーピアの力を彼らに分け与えた。そして自らはまた旅に出ると言い、彼らの元を去る。
すると、みるみるうちに彼らの外見は変わっていった。
ある者は瞳の色が、ある者は髪の色が、あの旅人の女性と同じ紫色に変化したのだ。
彼らは酷く喜んだ。
彼女の美しい紫と同じものを手に入れる事が出来て。
彼女から特別な力を得る事が出来て。
その特別な力は、とても強力で強大な力だった。
そしてある者がこう口にする。
「——この力があれば、あの英雄譚を再現出来るのでは?」
彼らはその意見に賛同した。
あの女性の言いつけを守るよりも、あの英雄譚を現実に再現した方が手っ取り早く自分達が英雄になれると、そう思ったから。
そうして彼らは、愚かにも悪魔を作り出そうとした。
あの英雄譚に描かれたような、恐ろしく、おぞましい悪魔。
人間の生き血を得る事で、力をつけていく化け物。
しかし、無から有を生み出すことはできない。
何度も試してみたが、それらの実験は失敗に終わった。
そして彼らは考え方を変える。無から有を生み出せないのなら、元々あった有の性質を変えればいい。
そして、それに最も適していたのは——人間だった。
彼らはそうして、女性から授かった力を使い、人間を悪魔に変えた。
実験に使われた人間の細胞はみるみるうちに変貌していき、瞳から血を流す。恐らく細胞の変化に身体が耐えられず悲鳴を上げているのだろう。
そうして実験体の身体の中に新たな細胞が生まれた。これは人間から逸脱した力を使う為の筋肉を発達させる為の細胞であり、この細胞を増やす為には人間の生き血が必要になった。
「痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!た、ず……げで……だずげで!!!いだい……いだい!!!」
実験体が苦しみながら変わっていく様を、彼らはただじっと眺めていた。
何度も助けを乞うその声には耳を傾けず、己達の望む悪魔を自らの手で生み出した。
——こうしてブィリルは誕生したのである。
ブィリルの作成に成功した彼らは、それから無作為に人間をブィリルに変えていった。
そうしてこの世界には、ブィリルという悪魔が生まれてしまった。
瞬く間に、辺り一面は地獄と化した。
轟々と燃え盛る炎。その中で大勢の人間がブィリルという化け物から逃げようと必死にもがいている。
しかしブィリルの身体能力には勝てず、人間達は抵抗する術も無いままに殺されていく。
悲鳴が、慟哭が、恐怖が、広がっていく。
人間は皆、生き残る為に他者を蹴落としていった。
泣き叫ぶ声を、命乞いする声を、置き去りにして。
そうして、地面は深紅に染まっていく。
それが炎なのか、人の血なのか、判別出来ない程に世界はぐちゃぐちゃに壊されていく。
ブィリルは生き血を欲し、人間を次々に殺していった。
こうして現代の、ブィリルと人間の関係性が構築されたのである。
映し出された映像、そしてツィーピアの少女が語る真実にミネアは思わず口を手で覆う。
唖然とした。呆然とした。
言葉が出てこなかった。
人間の身勝手な願いのせいで、数え切れない程の人間がブィリルに変わっていく様をまじまじと見せつけられて、ミネアは気を失いそうになる。
「ブィリルという存在を生み出したのはツィーピア。本当は、英雄の一族なんて呼ばれる事は許されないのです。」
ツィーピアの少女は、激しい怒りをみせる。
ヴィルエイムを苦しめていたブィリル。それを生み出したのはミネアの先祖たち。
軽い気持ちで人々を犠牲にして、ヴィルエイムの人生を狂わせた。
確かにこれは英雄なんかじゃない。そんなふうに呼ばれて、もてはやされる存在じゃない。
それにしても、一つミネアには疑問が浮かんだ。
それはこの夢に誘われる前からずっとあった疑問。
ジルライムは言っていた。自分はブィリルにされたのだ、と。
そしてツィーピアの過去でも、彼らは人間からブィリルを生み出していた。
目で見てしまったのだから、それらが嘘だとは思っていない。
ただ……。
「ツィーピアはどうやって、人をブィリルに変えたんですか?」
それがツィーピアの力だと、旅人の女性は言っていた。
しかし、その力についてミネアは深く理解出来てはいない。
目の前にいたツィーピアの少女は、ミネアの疑問に対して答えを突きつける。
「ツィーピアは神によって権能を授かったという話は知ってますか?彼らはその権能を我が物顔で利用し、あのような罪を犯したのです。」
「権能……その話は知ってます。でもどんな権能なのかまでは分かりません。」
ミネアがそう答えると、ツィーピアの少女は静かに息を吸った。
そうして語られた、ツィーピアの本当の力。
それは人間が手にするにはあまりにも膨大な力だった。
そしてその力を今、自分が持っているのだと考えるだけで、頭がおかしくなりそうになる。
そんなミネアの事などお構い無しに、少女はツィーピアの能力、神の権能について話をした。
「——真理を書き換える力。それこそが神に与えられたツィーピアの能力なのです。」
いや、これは告白と言うよりも告発なのだろう。
誰が真の罪人で、誰が真の被害者なのか。
それを明白にするための、告発。
——ブィリルにした?私のお父さんが?
ミネアには父親の記憶が無い。
物心ついた時には既に母親と二人でボロボロの小さな家に住んでいた。
母親は、女手1つでミネアを育てた。
当時、ミネアは自分に何故父親がいないのか気になった事があり、母親に尋ねた事がある。
その時、母親はミネアの頭を優しく撫でながらこう答えた。
「パパとママは考え方が違っていたの。あの人の事を悪くいうつもりはないけれど、パパが見ていたのは私達じゃなくて、もっと別の世界だったから。」
その時は、何の話か全く理解出来なかった。
大人になった今でも、やっぱりこの時母親が伝えたかった事は分からない。
でも今、確かに言えることはミネアの父親は普通の人間として生きる道を捨てたという事。
それを証明するかのように、彼がそこに立っている。
自分が告発であり、被害者であり、証人であるとそう告げている。
「どういう事ですか……?私の、お父さんと貴方にどんな関係が?」
ミネアは思わず前のめりになる。
生きてきた中で、ミネアは父親と顔を合わせた事すらない。
顔も声も知らない父親の話を持ち出されて、無視出来るほどミネアは強い人間では無いのだ。
「関係も何も、言った通りだよ?君の父親は俺をブィリルにした。ブィリルの王として生きる事を俺に強要した。」
「人間がブィリルに変化する事なんて有り得るんですか……?」
いや、有り得るはず無い。
もしそんな事が可能ならば、ヴィルエイムがとっくの昔に何らかの行動に出ているだろう。
そしてヴィルエイムならきっと、ミネアにその情報を共有したはずだ。
そうしなかったのは、ヴィルエイム自身もそんな話を聞いた事が無いから。
だと言うのに、ジルライムは自信に満ちた瞳をしている。
伝わってくる。この話は決して嘘では無いと、真実なのだと。
もし本当にそんな事が可能なら、どうしてミネアの父親は、ジルライムをブィリルにしたのだろう。
そもそもどんな方法を使って……?
ミネアの頭の中は疑問が渦を巻いてぐるぐると回転している。
「もし信じたくないのなら、それでもいい。けれどミネアちゃんが本当の事を知りたいのなら……その胸に問いかけてみるといい。きっと答えてくれると思うよ?だって君は——ツィーピアの生き残りなんだから。」
その含みのある言い方でミネアは確信する。この人はツィーピアという存在を嫌っている。
そして彼がツィーピアを嫌う理由は、ミネアがこれまでずっと知ろうとしてきたツィーピアの真実が原因なのだろう。
彼がツィーピアという存在を嫌い、憎んでいるのなら、少なくともツィーピアは善意の塊のような存在では無いはずだ。
ああ、どうしよう。
ヴィルエイムと出会ってからずっと、ミネアはツィーピアについて知りたいと思っていた。
自分が何者なのかをきちんと理解すればきっと、ヴィルエイムの役に立てるのだと。
でも今は……今は、知るのが怖い。
今のまま、何も知らずに生きていたいとそう思ってしまう。
そんなミネアの我儘を、その瞳は見透かしていた。
黄金の瞳。悪魔の瞳。宝石のように輝いて、ミネアを捕らえて離さない。
「いずれまた、そう遠くない未来に会いに来るよ、ミネアちゃん。その時までに君が真実に辿り着いてくれると信じているよ?」
そう言葉を残して、ジルライムは姿を消した。
まるで最初からその場にいなかったみたいに、呆気なく消えていった。
このまま何も考えないでいたいのに、頭の中でずっとジルライムの言葉がぐるぐると回っている。
一人取り残されたミネアは、震える足で部屋の中に入る。
指先の感覚が無い。
これはきっとジルライムに出会ったからでは無い。——自分の事を知るのが怖くなったからだ。
分かっている。ミネアのエゴは通じないと。
ヴィルエイムを真に思うなら、ミネアは目の前の光景から背けてはいけないと。
真実を知る方法を、ミネアは既に知っていた。何となく、ぼんやりと頭の中に思い浮かんでいた。
それが正解なのかは分からない。
ただ、この選択が正しいのだと自分に言い聞かせたくて、信じたくて。
ミネアは無言のまま、静かにベッドに上がった。
——次に目を覚ましたら、私は私のままでいられるのかな?
明日が来るのがこんなに怖い事だったなんて、知らなかった。
知らない方が幸せだったのに。
そんな事を思いながら、ミネアはゆっくりと瞼を閉じる。
その先に待つ存在に会いに行くために。夢の中へと誘われていく。
ミネアはゆっくりと意識を覚醒させていく。
眠ろうとしていたはずなのに、ミネアははっきりとした意識でここが夢の中なのだと悟った。
真っ暗で、足元すらも見えない。
その時だった。啜り泣く女の人の声が聞こえてくる。
ミネアは、その声の方向に向かって真っ直ぐ進んで行った。
ここは夢の中なのだから、壁や障壁なんてものは無い。
ただ、永遠に続く空間が広がっている。
そしてミネアは、やっとその人物に辿り着いた。
夢の中で何度か出会ったその人は、ずっと泣いていた。
悲しくて、苦しくて、辛くて、痛くて、でも誰にも話せなくて。
だから一人で全てを抑え込むように泣いていた。
——ああ、まただ。また、貴女の泣く声が聞こえてくる。
視界の先には、全てが闇に包まれた暗がりの中で一人泣いている少女がいた。
美しい、目を奪われる紫の淡い髪。
一瞬で少女が誰だか理解する。
——この人はツィーピアだ。
ミネアと同じ、ツィーピアの血を引く者。
彼女の瞳から零れ落ちた涙は、宝石のように光を放つ。
彼女はいつも泣いている。草原の中で。何処かの家の中で。そして今日は、暗闇の中で。
「……どうして、泣いているの?」
心の中で問いかけた。いつもは声にならず、ミネアの中で解けない疑問として消化されていくだけだった。
でも、今回は違う。
声が出た。言葉を伝えられた。
泣いていた少女は静かに顔を上げる。
ボロボロに泣いていた少女の目は腫れ、頬は涙が伝った跡が残っていた。
少女の瞳には、確かにミネアが映っていた。
夢の中だと言うのに、少女とミネアはお互いを認識したのだ。
少女はミネアの姿をまじまじと眺めたあと、まるで呪縛から解かれたかのような晴れ晴れとした顔で、ミネアに近付く。
少女は勢いよくミネアの両手をガシッと掴み、幸せそうに告げた。
「——やっと、私の願いを叶えてくれる気になったのですね!」
願い……?願いとはなんの事だろう。
ああ、そういえばブィリルの精神汚染からミネアを救ってくれた時、彼女はそんな言葉を口にしていた。
この人には願いがある。
そしてそれは、彼女自身には叶える事の出来ない願い。
ミネアは、その時のことを思い出す。
「ごめんなさい、私あの時の事はあまり覚えていなくて……。実は、知りたい事があるんです。」
彼女が切実に願っていた事。それを叶えてあげたいという気持ちは本物だ。
でも今のミネアにはそれよりももっと重要な事がある。
ミネアは目の前に立っているツィーピアに、自分の望みを明かした。
「ツィーピアについて、知っている事を教えてくれませんか?私は知らなくちゃいけないんです。ツィーピアについて。」
目の前の少女はミネアの真剣な瞳を見て、一瞬驚いたような表情を見せてから、にこやかに微笑んだ。
それがどういう意味を持っているのかは分からない。
けれどツィーピアの少女はミネアに友好的だというだけでも、ミネアにとっては有難い話だった。
「なら教えましょう。ツィーピアの歴史——その血塗られた過去について。」
そう告げた少女は、ミネアの手を離し指を鳴らす。
すると、暗闇だった世界は一瞬にして、ある人々の営みを描き出した。
「これは……?」
「これはツィーピアの過去。遠い昔、本当にあった出来事です。」
ミネアの前に現れた人々は、確かに現代のような服では無く藁を編んで作った服を着ていた。
魔道具も発明されていないのか、家の中で火を炊いて明かりを作っている。
家と呼べるような、レンガで作られた建築物では無く、藁と木を使った原始的な建物。
決して広くないその建物の中で十人ほどの人々が、ぎゅうぎゅう詰めになりながら生活を営んでいた。
彼らはこぞって石に書かれた文字のような何かを見つめている。
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「彼らが今読んでいるのは、当時とても人気があった英雄譚。英雄譚には英雄と悪魔の戦いが描かれていました。彼らはその英雄譚の虜になり、いつしかこう思うようになったのです。『この英雄譚を現実のものにしたい』と。でも悪魔なんて存在は、この世界には存在しなかった。」
時はそれから少し進む。
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女性はどうやら旅人だったらしい。
彼らは女性を快く歓迎し、彼女の為に宴まで開いた。
女性が望むなら、何日も泊めてあげようと全員で決め、彼らは女性の為に尽力を尽くした。
旅人の女性はそんな彼らの行動に感動し、感謝の意を込めて願い事を叶えると口にする。
彼らの願い事は皆同じものだった。あの英雄譚。
自分達もあの英雄譚のように、英雄になりたい。
そう口にすると、女性はその願いを叶えた。
けれど決して、悪魔を生み出した訳では無い。
女性は、彼らにこう告げる。
『貴方達がこの力を使って、苦しむ人々を救えば、やがては英雄になれるでしょう。』
女性は、ツィーピアの力を彼らに分け与えた。そして自らはまた旅に出ると言い、彼らの元を去る。
すると、みるみるうちに彼らの外見は変わっていった。
ある者は瞳の色が、ある者は髪の色が、あの旅人の女性と同じ紫色に変化したのだ。
彼らは酷く喜んだ。
彼女の美しい紫と同じものを手に入れる事が出来て。
彼女から特別な力を得る事が出来て。
その特別な力は、とても強力で強大な力だった。
そしてある者がこう口にする。
「——この力があれば、あの英雄譚を再現出来るのでは?」
彼らはその意見に賛同した。
あの女性の言いつけを守るよりも、あの英雄譚を現実に再現した方が手っ取り早く自分達が英雄になれると、そう思ったから。
そうして彼らは、愚かにも悪魔を作り出そうとした。
あの英雄譚に描かれたような、恐ろしく、おぞましい悪魔。
人間の生き血を得る事で、力をつけていく化け物。
しかし、無から有を生み出すことはできない。
何度も試してみたが、それらの実験は失敗に終わった。
そして彼らは考え方を変える。無から有を生み出せないのなら、元々あった有の性質を変えればいい。
そして、それに最も適していたのは——人間だった。
彼らはそうして、女性から授かった力を使い、人間を悪魔に変えた。
実験に使われた人間の細胞はみるみるうちに変貌していき、瞳から血を流す。恐らく細胞の変化に身体が耐えられず悲鳴を上げているのだろう。
そうして実験体の身体の中に新たな細胞が生まれた。これは人間から逸脱した力を使う為の筋肉を発達させる為の細胞であり、この細胞を増やす為には人間の生き血が必要になった。
「痛い……痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!た、ず……げで……だずげで!!!いだい……いだい!!!」
実験体が苦しみながら変わっていく様を、彼らはただじっと眺めていた。
何度も助けを乞うその声には耳を傾けず、己達の望む悪魔を自らの手で生み出した。
——こうしてブィリルは誕生したのである。
ブィリルの作成に成功した彼らは、それから無作為に人間をブィリルに変えていった。
そうしてこの世界には、ブィリルという悪魔が生まれてしまった。
瞬く間に、辺り一面は地獄と化した。
轟々と燃え盛る炎。その中で大勢の人間がブィリルという化け物から逃げようと必死にもがいている。
しかしブィリルの身体能力には勝てず、人間達は抵抗する術も無いままに殺されていく。
悲鳴が、慟哭が、恐怖が、広がっていく。
人間は皆、生き残る為に他者を蹴落としていった。
泣き叫ぶ声を、命乞いする声を、置き去りにして。
そうして、地面は深紅に染まっていく。
それが炎なのか、人の血なのか、判別出来ない程に世界はぐちゃぐちゃに壊されていく。
ブィリルは生き血を欲し、人間を次々に殺していった。
こうして現代の、ブィリルと人間の関係性が構築されたのである。
映し出された映像、そしてツィーピアの少女が語る真実にミネアは思わず口を手で覆う。
唖然とした。呆然とした。
言葉が出てこなかった。
人間の身勝手な願いのせいで、数え切れない程の人間がブィリルに変わっていく様をまじまじと見せつけられて、ミネアは気を失いそうになる。
「ブィリルという存在を生み出したのはツィーピア。本当は、英雄の一族なんて呼ばれる事は許されないのです。」
ツィーピアの少女は、激しい怒りをみせる。
ヴィルエイムを苦しめていたブィリル。それを生み出したのはミネアの先祖たち。
軽い気持ちで人々を犠牲にして、ヴィルエイムの人生を狂わせた。
確かにこれは英雄なんかじゃない。そんなふうに呼ばれて、もてはやされる存在じゃない。
それにしても、一つミネアには疑問が浮かんだ。
それはこの夢に誘われる前からずっとあった疑問。
ジルライムは言っていた。自分はブィリルにされたのだ、と。
そしてツィーピアの過去でも、彼らは人間からブィリルを生み出していた。
目で見てしまったのだから、それらが嘘だとは思っていない。
ただ……。
「ツィーピアはどうやって、人をブィリルに変えたんですか?」
それがツィーピアの力だと、旅人の女性は言っていた。
しかし、その力についてミネアは深く理解出来てはいない。
目の前にいたツィーピアの少女は、ミネアの疑問に対して答えを突きつける。
「ツィーピアは神によって権能を授かったという話は知ってますか?彼らはその権能を我が物顔で利用し、あのような罪を犯したのです。」
「権能……その話は知ってます。でもどんな権能なのかまでは分かりません。」
ミネアがそう答えると、ツィーピアの少女は静かに息を吸った。
そうして語られた、ツィーピアの本当の力。
それは人間が手にするにはあまりにも膨大な力だった。
そしてその力を今、自分が持っているのだと考えるだけで、頭がおかしくなりそうになる。
そんなミネアの事などお構い無しに、少女はツィーピアの能力、神の権能について話をした。
「——真理を書き換える力。それこそが神に与えられたツィーピアの能力なのです。」
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※完結まで毎日更新
※全26話+おまけ1話
※一章ほのぼの、二章シリアスの二部構成です。
※他サイトにも投稿
婚約破棄すると言われたので、これ幸いとダッシュで逃げました。殿下、すみませんが追いかけてこないでください。
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……えっ? 喜んじゃうの?
※約8000文字程度の短編です。6/17に完結いたします。
※1ページの文字数は少な目です。
☆番外編「出会って10秒でひっぱたかれた王太子のお話」
セルビオとミュリアの出会いの物語。
※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
※1ページの文字数は少な目です。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、番外編を追加投稿する際に、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
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