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真理を書き換える力
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——真理を書き換える。
あまりにも壮大な話で、頭が真っ白になる。
ツィーピアの少女は嘘を付いている気配は無い。
御伽噺のような力だけれど、どうやらこれは本当の事らしい。
神から与えられた権能。今まではそれくらいしか知らなかった。
自分に世界すらも変えられる、大きな力が宿っていると考えるだけでミネアの背中に悪寒が走る。
「この能力はあまりに危険なのです。真理を書き換えるこの力は、あらゆる真実、理を自由自在に書き換える事が出来る。そして彼らは理を書き換えた。——この世界に悪魔は存在するという理を作ったのです。」
無かった世界の理を書き換える力……。
ツィーピアの少女は、心苦しそうな顔でミネアに話す。
彼女がどれほどの苦悩と葛藤を抱えているのか、ミネアには分からない。
それでも少女は、ずっとこの力について悩んできたということは分かる。
真実を自由にねじ曲げるなんて、本当はしてはいけない事だ。
理を自分が望むとおりに書き換えるなんて、自己満足でどれ程の人達の人生が壊れてしまうのだろう。
それこそがツィーピアが持つ本当の能力。物語なんかじゃない。空想なんかじゃない。
ミネアはこの目で見てしまった。
欲望に支配された者達が、ブィリルという悪魔を作り上げていく過程を。
数多の人々の人生が狂い、世界が歪んでいく様を。
とてもじゃないが、ミネアの手には余る力だ。
それに、ミネアは自分で何かを変えたいとも、何かを書き換えたいとも願っていない。
でも、全員がミネアのようなツィーピアでは無い。
現に、ミネアは既に一人ツィーピアの力を悪用した人物を知っている。
顔も名前も知らない、実の父親。
この力を使って、ミネアの父親はヴィルエイムの兄であるジルライムをブィリルに変えた。
——そんなの、絶対にしちゃダメだ。
なぜミネアの父親はジルライムをブィリルに変えたのだろう。
そこまでして、ミネアの父親は何をしようとしたのだろう。
考えようとしてみたけれど、答えはきっとミネアには導き出す事は出来ない。
「彼らに力を授けたツィーピアの女性を、私は原初のツィーピアと呼んでいます。原初のツィーピアは、彼らに力を与えるべきでは無かった。そのせいで、この世界の歴史はツィーピアの望む形に歪んでしまったのです。」
ツィーピアは神の権能を授かり、ブィリルを退け英雄になった。
人々から感謝され、ツィーピアという一族は英雄の一族として歴史に刻まれた。
けれど現実は違う。全てはツィーピアによって仕組まれた物語を辿ったにすぎない。
昨日までなら、きっとブィリルを恐ろしい存在だと思っていただろう。
この真実を知らなければ、ミネアはずっとブィリルに怯え、恐怖しながら生きる事になったのだろう。
最初から、ブィリルを悪だと決めつけていた。歴史が、彼らを加害者なのだとミネアに告げていた。
でも、実際は違う。そうじゃない、そうじゃなかったのだ。
今ならば、間違えなく言える。
——ブィリルは、被害者なのだ。
ジルライムがツィーピアを探していたのは、もしかしたら復讐の為なのかもしれない。
自分をブィリルにした犯人の娘が、実の弟の婚約者として幸せに生きているなんて、きっと腸が煮えくり返るくらい怒りが湧くものだろう。
もしも自分が、ジルライムの立場だったらとミネアは考える。
人生を壊され、人として歩むべき道を絶たれ。そんな中で憎むべき相手の娘が目の前にいたら。
ミネアだったら、そんな時平然とした涼しい顔でいられるだろうか。
ジルライムは、ミネアと話していた時、何を思っていたのだろう。
ヴィルエイムから話を聞いた時、ミネアはジルライムに対して怒りが湧いた。
まだ幼かったヴィルエイムを一人ぼっちにして、両親を殺して。
ヴィルエイムの歩むべき道を奪った人だと決めつけていた。
ああ、なんて愚かなんだろう。
自分には、ジルライムに対して怒る資格はないというのに。
「話すべきです……。ツィーピアは、本当は英雄なんかじゃないと。ブィリルは被害者なのだと!」
ミネアは思わず口にする。
それはきっと、自分がこの先その罪を背負って生きていける自信が無いから。
目を覚まして屋敷の皆と顔を合わせた時、いつも通りの笑顔を見せられる気がしなかったから。
今ここで洗いざらい話して、楽になりたいとそう思ってしまったから。
けれど、ツィーピアの少女はミネアの言葉に首を横に振った。
苦しそうな、険しい顔をして冷静にミネアに伝える。
「それを話して、信じてくれる人が本当に居るとお思いですか?真理を書き換える能力なんて、そんな話をしても聞く耳を持ってくれる人なんていません。それに……これはツィーピアの罪なんです。ツィーピアである貴女がこの先もそれを背負っていかなくてはなりません。」
彼女の言う通りだった。
仮に、ヴィルエイムやシトラ、シーラ達に話したとしてそれを真正面から信じてもらえるだろうか。
ミネアでさえ、ツィーピアの危険なこの力をまだ完全には信じられていないのに。
それに、もしもこの話をしたらヴィルエイムはどう思うのだろう。
実の兄をブィリルに変え、ヴィルエイムの人生を狂わせた張本人の娘だと明かしたら、彼は今まで通りの笑顔を向けてくれるだろうか。
……怖い。ヴィルに嫌われるのが、皆に拒絶されるのが怖い。一人ぼっちになるのが——怖い。
最低だ。こんな時まで自分の事を考えてしまっている。
皆に嫌われて、一人孤立するのが、何もよりも怖いと思ってしまっている。
それほどまでに、あの屋敷での日々が幸せだった。
宝物のようにキラキラと輝いていたのだ。
いつかは砕けてしまうと知っていたはずなのに、今はその煌めきが壊れてしまう事が何より恐ろしく感じる。
「でも……私はこれからどうすれば……。一人で背負うにはあまりにもこの罪は重たいです。」
この先ずっと嘘をついて生きていく事に、果たして耐えられるのだろうか。
何事も無かったのように振舞って、笑顔を見せる事が出来るのだろうか。
いつかバレてしまうかもしれないという、背後の恐怖に怯えずにいられるだろうか。
考えただけで、足が竦む。
俯くミネアの肩を、ツィーピアの少女は優しく掴んだ。
そして、少女はミネアに告げる。
「——一人ではありません。貴女の他にもう一人、ツィーピアの生き残りがいます。」
突然の告白に、ミネアは勢いよく顔を上げる。
ツィーピアの生き残りが自分の他にも存在する……?そんな事初耳だ。今まで聞いたこともない。
ミネアが動揺していると、ツィーピアの少女はもう一人の生き残りについて話し始めた。
「その人は、ある森の中でひっそりと息を殺すようにして暮らしています。出来ることなら、貴女には彼の元へ行って欲しいのです。……私の願いを叶える為にも。」
——願い?
そうだ。この大きな真実に押し潰されそうになっていたけれど、目の前にいるツィーピアの少女には願いがある。
それは恐らく彼女自身の力では叶える事の出来ない願い。
だからこうして、ミネアの夢の中に現れた。
「あの……貴女の願いってなんですか?」
前はその願いを聞く前に目が覚めてしまった。
でも今ならきっと、彼女の願いを聞く事が出来るはず。
ミネアは真剣な瞳で、少女と向き合った。
ミネアを助けてくれた、あの日の恩返しの為にもちゃんと聞かなくてはいけない。
ツィーピアの少女はミネアの、真っ直ぐな眼差しに静かに口を開いた。
「——この世界からツィーピアを消す。それが私の願いです。」
刹那、目の前が真っ白になる。
ツィーピアを……消す?
それはつまり、ミネアやもう一人の生き残りの人も消えると言うことだろうか?
目を丸くさせ、動揺を隠しきれないミネアに対して、ツィーピアの少女は優しく笑って抱きしめる。
少女の暖かな温もり。長い髪がミネアの鼻をくすぐる。
「大丈夫、怖がらないで。私が言いたいのは、この先ツィーピアが生まれないようにしたい、という事です。貴女の命を奪うような事はしません。ただ、子孫を作らず寿命を全うしてくれれば、私は満足です。」
ツィーピアが普通の人間と交わって生まれる子供は、必ずツィーピアの血を引いてしまう。
ミネアは恐らくツィーピアの父親と人間の母親の間に生まれた子供だ。
そのミネアにツィーピアとしての力が宿っているのだから、ツィーピア自身が破滅を望まぬ限り、この血は永遠と続いてしまう。
少女はそれを止めたいと話だった。
「既に、もう一人の生き残りである彼は私の望みを了承してくれました。あとは貴女次第です。勿論、貴女の恋路を引き裂くつもりはありません。それでもどうか、自分がツィーピアであるという事、そしてツィーピアがどんな罪を犯したのかは忘れないで。」
少女の温もりを感じる。
夢の中だと言うのに、彼女の優しさが伝わってくる。
ああ、自分は今生きているのだと、そう実感する。
それだけでミネアの瞳は揺れた。今にも泣き出しそうになる目頭にグッと力を入れて、涙を堪える。
「あら、もう時間みたいね。それじゃあ、そろそろお別れしましょう。私の願いは貴女に伝えられました。その後、どう選択するのかは貴女次第ですよ——ミネア。」
ミネアから離れた少女の身体は、ゆっくりと透けていく。
消えていく少女の体を見た瞬間、彼女にはもう会うことが出来なくなるのだとミネアは察した。
塵にすらならず、空間の中で溶けていくように少女の身体は無くなっていく。
最後にどうしてもミネアには聞きたいことが残っていた。
「あのっ!貴女のお名前は……!?」
駄目だ。ミネアの意識も朦朧とし始めている。
きっともう間もなくこの夢から覚めるのだろう。そうしたら、彼女には二度と会えない。
少女は、柔らかな笑顔をみせた。
きっとミネアに自分の思いを伝えられて、満足なのだろう。言い換えるならば、心残りは無くなったという事だ。
「私は、エーデル。いずれ現実で、会える事を願ってますよ。」
そう告げたエーデルの顔は、とても晴れ晴れとしていた。
彼女の最後の笑顔を瞳に焼き付けて、ミネアは夢から脱却する。
エーベルに、自分の本当の気持ちを伝えられないまま。
——エーデルさん。私はそれでも、ヴィルの隣にいたいです。
陽の光が、カーテン越しにミネアの顔を照らす。
小鳥の囀る声が、目覚ましのように音楽を奏でている。
「……朝なのね」
いつもと同じ景色。
重たい瞼をこじ開け、ゆっくりと身体を起こす。
厨房から漂う朝食の香り。窓から差し込む麗らかな日差し。
ベッドから眺めるいつもの景色。
何も変わらない、いつも通りの朝。
それでも、明確に変わった事がある。
ミネアはあの夢を忘れていない。
エーデルという女性が話したツィーピアの過去、罪、力について。
そして……ミネアの他にいるもう一人のツィーピア。
「……あ、れ?」
頬に違和感を感じたミネアは、そっと触れる。
触れた指先は湿っていて、胸の奥が苦しい。
ミネアは息を殺すようにして泣いていた。
この先の未来に対する不安。
これからずっと、ツィーピアとして罪を背負っていかなければならないという現実。
愛しているヴィルエイムの人生を狂わせた張本人が、自分の父親だと言う自責の念。
全てに押しつぶされそうになりながら、ミネアは涙を零す。
「うっ……ううっ……」
止めたいのに涙は溢れ続ける。
言葉にしがたい恐怖が、大きな塊となってミネアの心にのしかかっていた。
辛い。全てを話したい。でも、全てを話して皆に拒絶されるのが何より怖い。
だから、言えない。これは誰にも言ってはいけないのだ。
——それはミネアの中で何かが壊れ始めた朝だった。
あまりにも壮大な話で、頭が真っ白になる。
ツィーピアの少女は嘘を付いている気配は無い。
御伽噺のような力だけれど、どうやらこれは本当の事らしい。
神から与えられた権能。今まではそれくらいしか知らなかった。
自分に世界すらも変えられる、大きな力が宿っていると考えるだけでミネアの背中に悪寒が走る。
「この能力はあまりに危険なのです。真理を書き換えるこの力は、あらゆる真実、理を自由自在に書き換える事が出来る。そして彼らは理を書き換えた。——この世界に悪魔は存在するという理を作ったのです。」
無かった世界の理を書き換える力……。
ツィーピアの少女は、心苦しそうな顔でミネアに話す。
彼女がどれほどの苦悩と葛藤を抱えているのか、ミネアには分からない。
それでも少女は、ずっとこの力について悩んできたということは分かる。
真実を自由にねじ曲げるなんて、本当はしてはいけない事だ。
理を自分が望むとおりに書き換えるなんて、自己満足でどれ程の人達の人生が壊れてしまうのだろう。
それこそがツィーピアが持つ本当の能力。物語なんかじゃない。空想なんかじゃない。
ミネアはこの目で見てしまった。
欲望に支配された者達が、ブィリルという悪魔を作り上げていく過程を。
数多の人々の人生が狂い、世界が歪んでいく様を。
とてもじゃないが、ミネアの手には余る力だ。
それに、ミネアは自分で何かを変えたいとも、何かを書き換えたいとも願っていない。
でも、全員がミネアのようなツィーピアでは無い。
現に、ミネアは既に一人ツィーピアの力を悪用した人物を知っている。
顔も名前も知らない、実の父親。
この力を使って、ミネアの父親はヴィルエイムの兄であるジルライムをブィリルに変えた。
——そんなの、絶対にしちゃダメだ。
なぜミネアの父親はジルライムをブィリルに変えたのだろう。
そこまでして、ミネアの父親は何をしようとしたのだろう。
考えようとしてみたけれど、答えはきっとミネアには導き出す事は出来ない。
「彼らに力を授けたツィーピアの女性を、私は原初のツィーピアと呼んでいます。原初のツィーピアは、彼らに力を与えるべきでは無かった。そのせいで、この世界の歴史はツィーピアの望む形に歪んでしまったのです。」
ツィーピアは神の権能を授かり、ブィリルを退け英雄になった。
人々から感謝され、ツィーピアという一族は英雄の一族として歴史に刻まれた。
けれど現実は違う。全てはツィーピアによって仕組まれた物語を辿ったにすぎない。
昨日までなら、きっとブィリルを恐ろしい存在だと思っていただろう。
この真実を知らなければ、ミネアはずっとブィリルに怯え、恐怖しながら生きる事になったのだろう。
最初から、ブィリルを悪だと決めつけていた。歴史が、彼らを加害者なのだとミネアに告げていた。
でも、実際は違う。そうじゃない、そうじゃなかったのだ。
今ならば、間違えなく言える。
——ブィリルは、被害者なのだ。
ジルライムがツィーピアを探していたのは、もしかしたら復讐の為なのかもしれない。
自分をブィリルにした犯人の娘が、実の弟の婚約者として幸せに生きているなんて、きっと腸が煮えくり返るくらい怒りが湧くものだろう。
もしも自分が、ジルライムの立場だったらとミネアは考える。
人生を壊され、人として歩むべき道を絶たれ。そんな中で憎むべき相手の娘が目の前にいたら。
ミネアだったら、そんな時平然とした涼しい顔でいられるだろうか。
ジルライムは、ミネアと話していた時、何を思っていたのだろう。
ヴィルエイムから話を聞いた時、ミネアはジルライムに対して怒りが湧いた。
まだ幼かったヴィルエイムを一人ぼっちにして、両親を殺して。
ヴィルエイムの歩むべき道を奪った人だと決めつけていた。
ああ、なんて愚かなんだろう。
自分には、ジルライムに対して怒る資格はないというのに。
「話すべきです……。ツィーピアは、本当は英雄なんかじゃないと。ブィリルは被害者なのだと!」
ミネアは思わず口にする。
それはきっと、自分がこの先その罪を背負って生きていける自信が無いから。
目を覚まして屋敷の皆と顔を合わせた時、いつも通りの笑顔を見せられる気がしなかったから。
今ここで洗いざらい話して、楽になりたいとそう思ってしまったから。
けれど、ツィーピアの少女はミネアの言葉に首を横に振った。
苦しそうな、険しい顔をして冷静にミネアに伝える。
「それを話して、信じてくれる人が本当に居るとお思いですか?真理を書き換える能力なんて、そんな話をしても聞く耳を持ってくれる人なんていません。それに……これはツィーピアの罪なんです。ツィーピアである貴女がこの先もそれを背負っていかなくてはなりません。」
彼女の言う通りだった。
仮に、ヴィルエイムやシトラ、シーラ達に話したとしてそれを真正面から信じてもらえるだろうか。
ミネアでさえ、ツィーピアの危険なこの力をまだ完全には信じられていないのに。
それに、もしもこの話をしたらヴィルエイムはどう思うのだろう。
実の兄をブィリルに変え、ヴィルエイムの人生を狂わせた張本人の娘だと明かしたら、彼は今まで通りの笑顔を向けてくれるだろうか。
……怖い。ヴィルに嫌われるのが、皆に拒絶されるのが怖い。一人ぼっちになるのが——怖い。
最低だ。こんな時まで自分の事を考えてしまっている。
皆に嫌われて、一人孤立するのが、何もよりも怖いと思ってしまっている。
それほどまでに、あの屋敷での日々が幸せだった。
宝物のようにキラキラと輝いていたのだ。
いつかは砕けてしまうと知っていたはずなのに、今はその煌めきが壊れてしまう事が何より恐ろしく感じる。
「でも……私はこれからどうすれば……。一人で背負うにはあまりにもこの罪は重たいです。」
この先ずっと嘘をついて生きていく事に、果たして耐えられるのだろうか。
何事も無かったのように振舞って、笑顔を見せる事が出来るのだろうか。
いつかバレてしまうかもしれないという、背後の恐怖に怯えずにいられるだろうか。
考えただけで、足が竦む。
俯くミネアの肩を、ツィーピアの少女は優しく掴んだ。
そして、少女はミネアに告げる。
「——一人ではありません。貴女の他にもう一人、ツィーピアの生き残りがいます。」
突然の告白に、ミネアは勢いよく顔を上げる。
ツィーピアの生き残りが自分の他にも存在する……?そんな事初耳だ。今まで聞いたこともない。
ミネアが動揺していると、ツィーピアの少女はもう一人の生き残りについて話し始めた。
「その人は、ある森の中でひっそりと息を殺すようにして暮らしています。出来ることなら、貴女には彼の元へ行って欲しいのです。……私の願いを叶える為にも。」
——願い?
そうだ。この大きな真実に押し潰されそうになっていたけれど、目の前にいるツィーピアの少女には願いがある。
それは恐らく彼女自身の力では叶える事の出来ない願い。
だからこうして、ミネアの夢の中に現れた。
「あの……貴女の願いってなんですか?」
前はその願いを聞く前に目が覚めてしまった。
でも今ならきっと、彼女の願いを聞く事が出来るはず。
ミネアは真剣な瞳で、少女と向き合った。
ミネアを助けてくれた、あの日の恩返しの為にもちゃんと聞かなくてはいけない。
ツィーピアの少女はミネアの、真っ直ぐな眼差しに静かに口を開いた。
「——この世界からツィーピアを消す。それが私の願いです。」
刹那、目の前が真っ白になる。
ツィーピアを……消す?
それはつまり、ミネアやもう一人の生き残りの人も消えると言うことだろうか?
目を丸くさせ、動揺を隠しきれないミネアに対して、ツィーピアの少女は優しく笑って抱きしめる。
少女の暖かな温もり。長い髪がミネアの鼻をくすぐる。
「大丈夫、怖がらないで。私が言いたいのは、この先ツィーピアが生まれないようにしたい、という事です。貴女の命を奪うような事はしません。ただ、子孫を作らず寿命を全うしてくれれば、私は満足です。」
ツィーピアが普通の人間と交わって生まれる子供は、必ずツィーピアの血を引いてしまう。
ミネアは恐らくツィーピアの父親と人間の母親の間に生まれた子供だ。
そのミネアにツィーピアとしての力が宿っているのだから、ツィーピア自身が破滅を望まぬ限り、この血は永遠と続いてしまう。
少女はそれを止めたいと話だった。
「既に、もう一人の生き残りである彼は私の望みを了承してくれました。あとは貴女次第です。勿論、貴女の恋路を引き裂くつもりはありません。それでもどうか、自分がツィーピアであるという事、そしてツィーピアがどんな罪を犯したのかは忘れないで。」
少女の温もりを感じる。
夢の中だと言うのに、彼女の優しさが伝わってくる。
ああ、自分は今生きているのだと、そう実感する。
それだけでミネアの瞳は揺れた。今にも泣き出しそうになる目頭にグッと力を入れて、涙を堪える。
「あら、もう時間みたいね。それじゃあ、そろそろお別れしましょう。私の願いは貴女に伝えられました。その後、どう選択するのかは貴女次第ですよ——ミネア。」
ミネアから離れた少女の身体は、ゆっくりと透けていく。
消えていく少女の体を見た瞬間、彼女にはもう会うことが出来なくなるのだとミネアは察した。
塵にすらならず、空間の中で溶けていくように少女の身体は無くなっていく。
最後にどうしてもミネアには聞きたいことが残っていた。
「あのっ!貴女のお名前は……!?」
駄目だ。ミネアの意識も朦朧とし始めている。
きっともう間もなくこの夢から覚めるのだろう。そうしたら、彼女には二度と会えない。
少女は、柔らかな笑顔をみせた。
きっとミネアに自分の思いを伝えられて、満足なのだろう。言い換えるならば、心残りは無くなったという事だ。
「私は、エーデル。いずれ現実で、会える事を願ってますよ。」
そう告げたエーデルの顔は、とても晴れ晴れとしていた。
彼女の最後の笑顔を瞳に焼き付けて、ミネアは夢から脱却する。
エーベルに、自分の本当の気持ちを伝えられないまま。
——エーデルさん。私はそれでも、ヴィルの隣にいたいです。
陽の光が、カーテン越しにミネアの顔を照らす。
小鳥の囀る声が、目覚ましのように音楽を奏でている。
「……朝なのね」
いつもと同じ景色。
重たい瞼をこじ開け、ゆっくりと身体を起こす。
厨房から漂う朝食の香り。窓から差し込む麗らかな日差し。
ベッドから眺めるいつもの景色。
何も変わらない、いつも通りの朝。
それでも、明確に変わった事がある。
ミネアはあの夢を忘れていない。
エーデルという女性が話したツィーピアの過去、罪、力について。
そして……ミネアの他にいるもう一人のツィーピア。
「……あ、れ?」
頬に違和感を感じたミネアは、そっと触れる。
触れた指先は湿っていて、胸の奥が苦しい。
ミネアは息を殺すようにして泣いていた。
この先の未来に対する不安。
これからずっと、ツィーピアとして罪を背負っていかなければならないという現実。
愛しているヴィルエイムの人生を狂わせた張本人が、自分の父親だと言う自責の念。
全てに押しつぶされそうになりながら、ミネアは涙を零す。
「うっ……ううっ……」
止めたいのに涙は溢れ続ける。
言葉にしがたい恐怖が、大きな塊となってミネアの心にのしかかっていた。
辛い。全てを話したい。でも、全てを話して皆に拒絶されるのが何より怖い。
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※10/1から連載し、10/7に完結します。
※1日おきの更新です。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
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