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オワリノハジマリ
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ヴィルエイムにネックレスをプレゼントして貰ってから、ミネアは毎日のようにそのネックレスを身につけている。
派手ではないけれど、上品さがあってどんなドレスにもよく似合う、ヴィルエイムが贈ってくれたネックレス。
鏡や窓に映る度、ミネアは思い出してはにやにやと笑顔が零れていた。
——パーティーまで後五日。
もう目前まで迫ったパーティーを前に、屋敷は慌ただしく動いていた。
そもそもこの屋敷でパーティーを開くのが十年以上ぶりだと言うこともあって、ヨーベルやシトラ、シーラをはじめとする使用人達が活気づいている。
ミネアは、当日に着るドレスの最終チェックや、当日訪れるゲストの一覧を確認したり。ダンスのおさらいや、当日の流れを確認したりと、ミネアもミネア自身でやる事が山積みだ。
特に、招待したゲストは約三十組にも上り、名前と顔を一致させるだけでも一苦労だった。
ゲストを不快にさせないようにと、部屋で何度も挨拶の練習をしては本番に向けて胸がドキドキと高鳴っていた。
「あー!ミネア様ぁー!」
「シーラ!どうしたの?」
部屋で資料とにらめっこしていたミネアの前に、シーラが飛びついてくる。
何だか数時間顔を合わせなかっただけで、随分やつれているようだった。
シーラはミネアのお腹に飛び込んでは、はあと大きなため息をつく。
「パーティールームの飾り付けが全然間に合わないんですうー!ご主人様ったらミネア様の為にって、普段ならやらない様な事まで拘りはじめて……。これじゃあ当日までに私の寿命縮みますよー!」
ミネアの前で、愚痴を零すシーラ。
初めて出会った時よりもずっとミネアとの距離が近く、使用人だと言うのに時折こうした子供っぽさも垣間見える。
しっかりしている時のシーラも、こうして素を見せる時のシーラも。
ミネアにとっては大切な使用人だ。
「拘り?ヴィルが?」
「そうですよー?基本は私達に任せるお方なのに、今回はあれやこれやと指示が多いんです。きっとミネア様にとって初めてのパーティーだから張り切ってるんですよ」
ミネアには想像がつかない。
ヴィルエイムはいつも何処か余裕のある表情をしている事が多く、張り切っている姿なんて見たことも無い。
「まあ?ミネア様の前だと格好つけたいのだと思いますけど……。ご主人様、案外そういう所は強情なんですよねぇ。」
シーラの言葉にミネアは苦笑いしながらお茶を濁す。
とはいえ、少しは見てみたいような気もする。
余裕綽々としているヴィルエイムが、やる気満々になっている姿を。
なんて想像していると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「へぇ?ご主人様の愚痴を吐くなんて……これは減給かな、シーラ?」
凍りつくようなその声に、シーラはビクッと身体を震え上がらせる。
ミネアと共に扉の方を見ると、そこにはにこやかに笑いながら仁王立ちをするヴィルエイムの姿が。
心做しかその笑顔は引きつっているようにも見える。
「シトラが探しているから手伝って見れば……こんな所で油を売っていたのかい?」
「ごっ……ご、ご主人様ー!?ち、違いますよー??私はミネア様にご主人様がどれだけ頑張っているのかをお話していた所で……」
真っ青な顔で必死に弁明をするシーラ。
あたふたとした様子で、ヴィルエイムの顔色を伺っている。
普通に考えれば使用人が主人の愚痴を零している事がバレてしまえば即刻クビだろう。
けれど、この屋敷は少し違う。
ヴィルエイムは、シーラの様子を見てはあ、とため息をついた。
「まあ、確かに皆の仕事量を増やしてしまっているし、シーラの言いたい気持ちも分かる。此処で話した事は誰にも言わないと約束出来るかい、シーラ?」
「は、はい!そりゃあもう!この命に変えても黙秘します!!」
シャキッと背筋を伸ばし、キリッとした目つきでシーラはそう宣言する。
その言葉が本心なのかどうかは分からないが、ヴィルエイムとてそこまで鬼では無い。
それに、寝る間も惜しんで準備に励んでくれている使用人に叱る権利は今のヴィルエイムに無いと自分で思っていた。
シーラの言っている事は本当の事だ。
これまでパーティーの主催なんてやって来なかったから、手探りで準備を進めている。
そして使用人達も、パーティーの準備なんて初めて経験する者も多いだろう。
シーラが愚痴を零したくなる気持ちが理解出来ない訳では無い。
「それじゃあシーラは、シトラの所に向かうように。私は何も言わないけれど、シトラは痺れを斬らせたら何を言い出すか分からないよ?」
「はい!それではミネア様、また夕方にお会いしましょうねー!」
何処までもフランクで、笑顔の絶えないシーラ。
大きくぶんぶんと手を振りながら、ミネア達の元から去って行った。
そんなシーラの影が見えなくなったのを確認してから、ヴィルエイムは大きなため息と共に頭を悩ませる。
「はあ……。そんなに張り切っている様に見えるのかな……確かに少し気を張ってはいるけれど、まさかシーラにバレていたとはね」
シーラの次はヴィルエイムの愚痴が始まりそうだ。
ミネアの部屋は、屋敷の相談室にでもなっているのだろうか。
ミネアは普段はあまり見せないヴィルエイムの頭を抱える姿に、思わず笑みが零れる。
「私の為に沢山頑張って下さっていたんですね、ヴィル。」
ヴィルエイムの顔を覗き込みながら、ミネアはそんな言葉をかける。
少し意地悪げな笑みを浮かべるミネアに、ヴィルエイムはムッと頬を膨らませた。
「ミネアまで、私をいじめるつもりかい?」
「そんなつもりはありませんけど……でもヴィルがそこまで拘ってくれているなんて、嬉しいです。早く会場を見てみたいなぁ」
ミネアはくすくすと楽しそうに笑い声を漏らす。
ヴィルエイムが色々試行錯誤をして作り上げる、一夜限りのステージ。
それがたった一夜だけの為なんて、なんだか少し勿体ないような気もする。
自分の為を思って、準備を進めてくれているヴィルエイムには感謝してもしきれない。
と、ミネアがふと零したそんな言葉に、ヴィルエイムは彼女の手を握りながら、ニコリと微笑んでこう告げた。
「——なら、今見てみるかい?」
パーティーが行われるのは、屋敷の中の一階にある大きな広場だった。
そこはパーティーの為に作られた部屋らしく、二階からは、会場を一望出来る。
「うわぁ……!」
既に掃除などの下準備は終えており、現在は会場に配置する装飾品などを搬入している。
重たい荷物は男性二人がかりで慎重に運び、細かな部分の装飾はメイド達が行っている。
指示を出したり、ささやかな雑談を交わしたりと会場は既に活気づいていた。
「どうかな、まだ完成とはほぼ遠いけれど。」
「凄いです!すごく素敵で……夢を見ているみたいです」
数え切れない程沢山の人達が、ヴィルエイムとミネアの為に汗を流しながら準備を進めている。
顔も名前も覚えきれない程多くの人が、パーティーの為に働いてくれている。
それは誇ってもいい事なのだろうか?
ミネアは平民だ。本来ならばパーティーを開いて貰えるような立場では無い。
小さなボロボロの家でひっそりと暮らしていた。それだけで十分だと、あの頃は思っていた。
……だと言うのに。
今は数え切れないくらいの人達がミネアの為にと手を動かしている。
当日には、多くの貴族がここに足を運ぶ。
——ミネアの為に。
ふと、思ってしまった。
自分はそこまで多くの人に祝ってもらえるような人間なのだろうか?
愛しているヴィルエイムにもまだ嘘をついている。
平民出身だと貴族にバレれば、ヴィルエイムはバッシングを喰らうかもしれない。
ミネアは本当に、パーティーに出てもいいのだろうか?
あの会場の中央に立ってもいいのだろうか。
沢山の、ミネアを探る目線に果たして耐えられるだろうか。
——怖い。どうしよう、今になって……凄く怖い。
こうやって会場を目の当たりにして、ミネアは途端に恐怖に襲われる。
大丈夫だと、そう思ってきたのに。ヴィルエイムと一緒なら平気だと思っていたのに。
今になって、目の前が歪む。
……逃げ出したい。
なんて最低な人間なのだろう。
ここまで来て、あとたった五日で本番だと言うのに。ここでそんな事を考えてしまうなんて。
自己保身で、逃げようとしてしまう自分に無性に腹が立つ。
「ほら、見てごらんミネア。あのシャンデリアはこのパーティーの為に準備したんだ。」
ヴィルエイムが指を指したのは、会場の中央にある、豪華なシャンデリア。
今までミネアが見てきたシャンデリアの中で一番大きくて、一番美しいシャンデリアだった。
「気をつけろよー!」
「分かってるってば、お前こそ間違えて落とすなよ?」
そういえば、彼らを見て思い出したことがある。
それは、ヴィルエイムと街へデートに行った日。
怪我をしていた子供を見捨てていたはずの大人達が一斉に顔色を変えて、子供に歩み寄った。
あれは果たして偶然なのだろうか。それとも、誰かがそう仕組んだのだろうか。
駄目だ。考える事が多すぎる。
今はパーティーに集中しなくてはいけないのに、婚約者としてもツィーピアとしても至らない点が多い。
こんな事で本当にパーティーは成功するのだろうか?
上の空の状態では、きっとパーティーも楽しめない。
それにヴィルエイムの足を引っ張ってしまったら?
それならいっその事……。
——パーティーが延期になればいいのに。
心の中でぼそっと零れたそんな思い。
決して本当にそう思った訳では無い。だって延期になったら、それこそヴィルエイムが悲しむから。
けれど……。
「おい、ヤバいぞ!!!!」
ミネアが顔を上げた瞬間、シャンデリアが天井から落ちる。
ガシャン!!という大きな音と共に、粉々になったシャンデリアの破片が会場に散らばった。
突然の事故に、その場にいた全員が騒然とする。
「大丈夫か!?怪我は?」
「かすり傷だ……。にしても何で急に?点検はしっかりしたはずなのに……」
「留め具が緩んでいたのか?にしても大きな怪我じゃなくて良かったな。」
幸い、この事故で大きな怪我をした者はいなかった。
けれど、思わぬ出来事に使用人達はザワつく。
突然の事で顔が青ざめている人もチラホラ見かけた。
それを落ち着かせたのは、ヴィルエイムだった。
声を張って、その場に居た全員に聞こえるように告げる。
「怪我をした者は手当を!それ以外は散らばった破片を集めて欲しい。急な仕事で済まないが、よろしく頼む!」
ヴィルエイムの堂々とした声に、皆の顔色は一気に明るくなった。
はい!と声を揃え、彼らはヴィルエイムの指示通りに動く。
そうだ。これは事故だ。
けれど一人だけ、そう思わなかった人物が居た。
そう、他ならぬミネアだ。
事故の瞬間、自分が何を思ったのか。
パーティーが延期になればいいと、軽い気持ちでそんな事を願った。本気ではなくとも、そう願ってしまったのだ。
そして、もう一つ。
さっき気になっていた、あのデートでの出来事。
ミネアはあの時も、こう思った。
——皆があの子に親切にしてあげたらいいのに。
そう心の中で願った瞬間、洗脳されたかのように大人達は子供に手を差し伸べた。
——もしかして、私が願ったから?
今回の事故も、あの時の異常な光景も。
全てがミネアの願いによって引き起こされたのだとしたら?
ツィーピアの力は、真実と理を書き換える。
望んだ世界に書き換わる。
その力によるものだとしたら?
「……ミネア?顔色が悪いけれど、どうしたんだい?」
遠くからヴィルエイムの声が聞こえてくる。
頭の中が空っぽになる。
もしもツィーピアの能力だとしたら、本当にミネアはこのままここに居ていいのだろうか。
少しでも願ってしまえば、世界はミネアの望むままに変わる。
ミネアがヴィルエイムと一緒に居たいと願ったら?
ヴィルエイムの心なんて関係なく、ミネアの願いを叶えてしまうだろう。
あまりにも漠然とした力で、ミネアの手足の温度が無くなっていく。
何かを願えば、世界が書き換わる。真実も、理もねじ伏せて。
そんな力を持っている人間が本当に自由に生きていていいのだろうか。
何も分からない。でもたった一つだけ確かな事は……。
——この力は、使ってはいけない
それがどんな願いでも、叶えてしまうのだろう。
今回の事故は、大きな被害は出なかった。けれど今回が奇跡だとしたら?
次に願った時、もしかしたらその願いを叶える為に誰かが死ぬかもしれない。
もしもそれが現実になった時、ミネアは果たして正気を保っていられるだろうか。
ああ、もしかしたら。
——私は、ここにいてはいけないのかな?
派手ではないけれど、上品さがあってどんなドレスにもよく似合う、ヴィルエイムが贈ってくれたネックレス。
鏡や窓に映る度、ミネアは思い出してはにやにやと笑顔が零れていた。
——パーティーまで後五日。
もう目前まで迫ったパーティーを前に、屋敷は慌ただしく動いていた。
そもそもこの屋敷でパーティーを開くのが十年以上ぶりだと言うこともあって、ヨーベルやシトラ、シーラをはじめとする使用人達が活気づいている。
ミネアは、当日に着るドレスの最終チェックや、当日訪れるゲストの一覧を確認したり。ダンスのおさらいや、当日の流れを確認したりと、ミネアもミネア自身でやる事が山積みだ。
特に、招待したゲストは約三十組にも上り、名前と顔を一致させるだけでも一苦労だった。
ゲストを不快にさせないようにと、部屋で何度も挨拶の練習をしては本番に向けて胸がドキドキと高鳴っていた。
「あー!ミネア様ぁー!」
「シーラ!どうしたの?」
部屋で資料とにらめっこしていたミネアの前に、シーラが飛びついてくる。
何だか数時間顔を合わせなかっただけで、随分やつれているようだった。
シーラはミネアのお腹に飛び込んでは、はあと大きなため息をつく。
「パーティールームの飾り付けが全然間に合わないんですうー!ご主人様ったらミネア様の為にって、普段ならやらない様な事まで拘りはじめて……。これじゃあ当日までに私の寿命縮みますよー!」
ミネアの前で、愚痴を零すシーラ。
初めて出会った時よりもずっとミネアとの距離が近く、使用人だと言うのに時折こうした子供っぽさも垣間見える。
しっかりしている時のシーラも、こうして素を見せる時のシーラも。
ミネアにとっては大切な使用人だ。
「拘り?ヴィルが?」
「そうですよー?基本は私達に任せるお方なのに、今回はあれやこれやと指示が多いんです。きっとミネア様にとって初めてのパーティーだから張り切ってるんですよ」
ミネアには想像がつかない。
ヴィルエイムはいつも何処か余裕のある表情をしている事が多く、張り切っている姿なんて見たことも無い。
「まあ?ミネア様の前だと格好つけたいのだと思いますけど……。ご主人様、案外そういう所は強情なんですよねぇ。」
シーラの言葉にミネアは苦笑いしながらお茶を濁す。
とはいえ、少しは見てみたいような気もする。
余裕綽々としているヴィルエイムが、やる気満々になっている姿を。
なんて想像していると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「へぇ?ご主人様の愚痴を吐くなんて……これは減給かな、シーラ?」
凍りつくようなその声に、シーラはビクッと身体を震え上がらせる。
ミネアと共に扉の方を見ると、そこにはにこやかに笑いながら仁王立ちをするヴィルエイムの姿が。
心做しかその笑顔は引きつっているようにも見える。
「シトラが探しているから手伝って見れば……こんな所で油を売っていたのかい?」
「ごっ……ご、ご主人様ー!?ち、違いますよー??私はミネア様にご主人様がどれだけ頑張っているのかをお話していた所で……」
真っ青な顔で必死に弁明をするシーラ。
あたふたとした様子で、ヴィルエイムの顔色を伺っている。
普通に考えれば使用人が主人の愚痴を零している事がバレてしまえば即刻クビだろう。
けれど、この屋敷は少し違う。
ヴィルエイムは、シーラの様子を見てはあ、とため息をついた。
「まあ、確かに皆の仕事量を増やしてしまっているし、シーラの言いたい気持ちも分かる。此処で話した事は誰にも言わないと約束出来るかい、シーラ?」
「は、はい!そりゃあもう!この命に変えても黙秘します!!」
シャキッと背筋を伸ばし、キリッとした目つきでシーラはそう宣言する。
その言葉が本心なのかどうかは分からないが、ヴィルエイムとてそこまで鬼では無い。
それに、寝る間も惜しんで準備に励んでくれている使用人に叱る権利は今のヴィルエイムに無いと自分で思っていた。
シーラの言っている事は本当の事だ。
これまでパーティーの主催なんてやって来なかったから、手探りで準備を進めている。
そして使用人達も、パーティーの準備なんて初めて経験する者も多いだろう。
シーラが愚痴を零したくなる気持ちが理解出来ない訳では無い。
「それじゃあシーラは、シトラの所に向かうように。私は何も言わないけれど、シトラは痺れを斬らせたら何を言い出すか分からないよ?」
「はい!それではミネア様、また夕方にお会いしましょうねー!」
何処までもフランクで、笑顔の絶えないシーラ。
大きくぶんぶんと手を振りながら、ミネア達の元から去って行った。
そんなシーラの影が見えなくなったのを確認してから、ヴィルエイムは大きなため息と共に頭を悩ませる。
「はあ……。そんなに張り切っている様に見えるのかな……確かに少し気を張ってはいるけれど、まさかシーラにバレていたとはね」
シーラの次はヴィルエイムの愚痴が始まりそうだ。
ミネアの部屋は、屋敷の相談室にでもなっているのだろうか。
ミネアは普段はあまり見せないヴィルエイムの頭を抱える姿に、思わず笑みが零れる。
「私の為に沢山頑張って下さっていたんですね、ヴィル。」
ヴィルエイムの顔を覗き込みながら、ミネアはそんな言葉をかける。
少し意地悪げな笑みを浮かべるミネアに、ヴィルエイムはムッと頬を膨らませた。
「ミネアまで、私をいじめるつもりかい?」
「そんなつもりはありませんけど……でもヴィルがそこまで拘ってくれているなんて、嬉しいです。早く会場を見てみたいなぁ」
ミネアはくすくすと楽しそうに笑い声を漏らす。
ヴィルエイムが色々試行錯誤をして作り上げる、一夜限りのステージ。
それがたった一夜だけの為なんて、なんだか少し勿体ないような気もする。
自分の為を思って、準備を進めてくれているヴィルエイムには感謝してもしきれない。
と、ミネアがふと零したそんな言葉に、ヴィルエイムは彼女の手を握りながら、ニコリと微笑んでこう告げた。
「——なら、今見てみるかい?」
パーティーが行われるのは、屋敷の中の一階にある大きな広場だった。
そこはパーティーの為に作られた部屋らしく、二階からは、会場を一望出来る。
「うわぁ……!」
既に掃除などの下準備は終えており、現在は会場に配置する装飾品などを搬入している。
重たい荷物は男性二人がかりで慎重に運び、細かな部分の装飾はメイド達が行っている。
指示を出したり、ささやかな雑談を交わしたりと会場は既に活気づいていた。
「どうかな、まだ完成とはほぼ遠いけれど。」
「凄いです!すごく素敵で……夢を見ているみたいです」
数え切れない程沢山の人達が、ヴィルエイムとミネアの為に汗を流しながら準備を進めている。
顔も名前も覚えきれない程多くの人が、パーティーの為に働いてくれている。
それは誇ってもいい事なのだろうか?
ミネアは平民だ。本来ならばパーティーを開いて貰えるような立場では無い。
小さなボロボロの家でひっそりと暮らしていた。それだけで十分だと、あの頃は思っていた。
……だと言うのに。
今は数え切れないくらいの人達がミネアの為にと手を動かしている。
当日には、多くの貴族がここに足を運ぶ。
——ミネアの為に。
ふと、思ってしまった。
自分はそこまで多くの人に祝ってもらえるような人間なのだろうか?
愛しているヴィルエイムにもまだ嘘をついている。
平民出身だと貴族にバレれば、ヴィルエイムはバッシングを喰らうかもしれない。
ミネアは本当に、パーティーに出てもいいのだろうか?
あの会場の中央に立ってもいいのだろうか。
沢山の、ミネアを探る目線に果たして耐えられるだろうか。
——怖い。どうしよう、今になって……凄く怖い。
こうやって会場を目の当たりにして、ミネアは途端に恐怖に襲われる。
大丈夫だと、そう思ってきたのに。ヴィルエイムと一緒なら平気だと思っていたのに。
今になって、目の前が歪む。
……逃げ出したい。
なんて最低な人間なのだろう。
ここまで来て、あとたった五日で本番だと言うのに。ここでそんな事を考えてしまうなんて。
自己保身で、逃げようとしてしまう自分に無性に腹が立つ。
「ほら、見てごらんミネア。あのシャンデリアはこのパーティーの為に準備したんだ。」
ヴィルエイムが指を指したのは、会場の中央にある、豪華なシャンデリア。
今までミネアが見てきたシャンデリアの中で一番大きくて、一番美しいシャンデリアだった。
「気をつけろよー!」
「分かってるってば、お前こそ間違えて落とすなよ?」
そういえば、彼らを見て思い出したことがある。
それは、ヴィルエイムと街へデートに行った日。
怪我をしていた子供を見捨てていたはずの大人達が一斉に顔色を変えて、子供に歩み寄った。
あれは果たして偶然なのだろうか。それとも、誰かがそう仕組んだのだろうか。
駄目だ。考える事が多すぎる。
今はパーティーに集中しなくてはいけないのに、婚約者としてもツィーピアとしても至らない点が多い。
こんな事で本当にパーティーは成功するのだろうか?
上の空の状態では、きっとパーティーも楽しめない。
それにヴィルエイムの足を引っ張ってしまったら?
それならいっその事……。
——パーティーが延期になればいいのに。
心の中でぼそっと零れたそんな思い。
決して本当にそう思った訳では無い。だって延期になったら、それこそヴィルエイムが悲しむから。
けれど……。
「おい、ヤバいぞ!!!!」
ミネアが顔を上げた瞬間、シャンデリアが天井から落ちる。
ガシャン!!という大きな音と共に、粉々になったシャンデリアの破片が会場に散らばった。
突然の事故に、その場にいた全員が騒然とする。
「大丈夫か!?怪我は?」
「かすり傷だ……。にしても何で急に?点検はしっかりしたはずなのに……」
「留め具が緩んでいたのか?にしても大きな怪我じゃなくて良かったな。」
幸い、この事故で大きな怪我をした者はいなかった。
けれど、思わぬ出来事に使用人達はザワつく。
突然の事で顔が青ざめている人もチラホラ見かけた。
それを落ち着かせたのは、ヴィルエイムだった。
声を張って、その場に居た全員に聞こえるように告げる。
「怪我をした者は手当を!それ以外は散らばった破片を集めて欲しい。急な仕事で済まないが、よろしく頼む!」
ヴィルエイムの堂々とした声に、皆の顔色は一気に明るくなった。
はい!と声を揃え、彼らはヴィルエイムの指示通りに動く。
そうだ。これは事故だ。
けれど一人だけ、そう思わなかった人物が居た。
そう、他ならぬミネアだ。
事故の瞬間、自分が何を思ったのか。
パーティーが延期になればいいと、軽い気持ちでそんな事を願った。本気ではなくとも、そう願ってしまったのだ。
そして、もう一つ。
さっき気になっていた、あのデートでの出来事。
ミネアはあの時も、こう思った。
——皆があの子に親切にしてあげたらいいのに。
そう心の中で願った瞬間、洗脳されたかのように大人達は子供に手を差し伸べた。
——もしかして、私が願ったから?
今回の事故も、あの時の異常な光景も。
全てがミネアの願いによって引き起こされたのだとしたら?
ツィーピアの力は、真実と理を書き換える。
望んだ世界に書き換わる。
その力によるものだとしたら?
「……ミネア?顔色が悪いけれど、どうしたんだい?」
遠くからヴィルエイムの声が聞こえてくる。
頭の中が空っぽになる。
もしもツィーピアの能力だとしたら、本当にミネアはこのままここに居ていいのだろうか。
少しでも願ってしまえば、世界はミネアの望むままに変わる。
ミネアがヴィルエイムと一緒に居たいと願ったら?
ヴィルエイムの心なんて関係なく、ミネアの願いを叶えてしまうだろう。
あまりにも漠然とした力で、ミネアの手足の温度が無くなっていく。
何かを願えば、世界が書き換わる。真実も、理もねじ伏せて。
そんな力を持っている人間が本当に自由に生きていていいのだろうか。
何も分からない。でもたった一つだけ確かな事は……。
——この力は、使ってはいけない
それがどんな願いでも、叶えてしまうのだろう。
今回の事故は、大きな被害は出なかった。けれど今回が奇跡だとしたら?
次に願った時、もしかしたらその願いを叶える為に誰かが死ぬかもしれない。
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アンジェイ・ドルバン伯爵令息18歳
シェーンの元婚約者。
ルーク・ダルシュール侯爵25歳
嫁の父親が行方不明でシェーン公爵に相談する。
ミランダ・ダルシュール侯爵夫人20歳、父親が行方不明。
ダン・ドリンク侯爵37歳行方不明。
この国のデビット王太子殿下23歳、婚約者ジュリアン・スチール公爵令嬢が居るのにヴィヴィアンの従妹に興味があるようだ。
ジュリエット・スチール公爵令嬢18歳
ロミオ王太子殿下の婚約者。
ヴィヴィアンの従兄弟ヨシアン・スプラット伯爵令息19歳
私と旦那様は婚約前1度お会いしただけで、結婚式は私と旦那様と出席者は無しで式は10分程で終わり今は2人の寝室?のベッドに座っております、旦那様が仰いました。
一度だけだ其れ以上閨を共にするつもりは無いと旦那様に宣言されました。
正直まだ愛情とか、ありませんが旦那様である、この方の言い分は最低ですよね?
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
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王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
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「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
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