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たった一つの決意
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それから、どうやって部屋に戻ったのかミネアははっきりと覚えてはいない。
ヴィルエイムが付き添ってくれて、寝室まで戻ってきたのは確かだ。
「今はゆっくり休んで、ミネア。シャンデリアなら心配いらないよ、予備のシャンデリアを使えばいい。」
そう残して、ヴィルエイムは事故の後片付けに向かった。
気が付けば、日がすっかり暮れている。
ベットの上に仰向けになりながら、何を考えていたのかも忘れてしまった。
すっぽりと、記憶と感情を無くしたかのように。
「月が登ってる……。」
重たい身体を起こし、虚ろな瞳を扉の方に向ける。
月が出ているのに、シトラ達の声が聞こえなかった。
もしかして、屋敷の中で何かあったのかもしれない。
あの、事故のように。
ミネアの背筋に悪寒が走る。そうだ、昼間の事故。
ミネアが願った瞬間、シャンデリアが落下した。
あの事故は、本当に事故なのだろうか。
ミネアが身勝手な願いを祈ったから、そのせいで……。
指先が凍る。
怖い。もしも考えている事が正しかったら、ミネアはこの先どうして往けばいいのだろう。
扉の前までたどり着いたミネアは、そのドアノブを回すことを躊躇った。
皆に合わせる顔が無い。笑わなくちゃ、笑顔で平気のフリをしなくちゃいけないのに、表情筋が動かない。
「……?足元に何か……これは手紙?」
ミネアの足元に置いてあったのは、置き手紙だった。
扉の隙間から誰かが入れたのだろう。
ミネアはその手紙を取り、中身を確認する。
『ミネア様。夕食の準備が整いましたのでお部屋にお伺いしましたが、ぐっすりとお休みになられていたので声はかけませんでした。本日はそのままゆっくりとお休み下さい。また明日お伺いします。シトラ』
シトラからの手紙には、優しさと温かさが詰まっていた。
どうやらミネアはいつの間にか眠っていたらしい。
いつ寝て、いつ起きたのかミネアには分からなかった。
覚えていないけれど、シトラがこんな風に手紙を残すと言うことは相当深い眠りについていたのだろう。
彼女がどんな気持ちで、この手紙を書いたのかミネアは考える。
シトラもシーラも、優しくていつもミネアを気遣ってくれている。
ミネアの身に危険が迫ったら、命を懸けて守ってくれる、優しい傍付き。
昼間の事故の時、二人があの場にいてもしも、シャンデリアの下敷きになったら。
想像しただけで、喉の奥から恐怖が吐き出そうになる。
ああ、明日二人の顔を見る事が出来るだろうか。
二人の前で笑って過ごせるだろうか。
——私は、どうしたらいいの……?
誰かに話したい。相談したい。この想いを打ち明けたい。
でも……この真実を話す事で拒絶されるのが怖い。
「うっ……ううっ……!」
この扉の先にヴィルエイムが、シトラが、シーラがいる。
皆の事が大好きで、大切で、なのに今はこの扉を開ける事が怖くて仕方が無い。
言えないミネアの思いは涙となって溢れる。
この先の未来に不安になって、明日を生きる事に怯えてしまう。
そのまま泣き崩れるように、ミネアは床にへたり込んだ。
ツィーピアの能力が自分には受け継がれていないのかもなんて、甘い夢だ。叶うはずのない理想を掲げて、悪夢から逃げ続けていた。
でも、もう逃れられない。
ミネアはただ泣く事しか出来なかった。そうして時間が過ぎて、いつの間にか朝になって。
そうしたら自分の中にある、様々な感情が消えて無くなっていればいいのにと思いながら。
「——一人で泣いているなんて、随分いじらしい姿じゃないかミネアちゃん?」
背後から、声が聞こえる。
ミネアを上から見下ろしているような、哀れんでいるようなその声を知っている。
ゆっくりと振り返ると、そこには月よりも光り輝く瞳が揺らいでいた。
「……ジル、ライム……さん」
彼は笑う。悪魔らしく悪魔のように、にたりと微笑む。
まるで、ミネアの絶望に塗れたその顔を見たかったのだと言わんばかりに。
「会わない間に窶れたようだね、ミネアちゃん。その様子だと、ツィーピアの真実にちゃんとたどり着いたんだね。どう?その大いなる力を手に入れた感想は」
泣いているか弱い少女に対して、心配の言葉なんてかけない。
か弱いくとも、目の前にいる少女は決断しなくてはならないのだから。
そこに慈悲や慈愛はいらない。
誰にだって、生きる道を選択する時は必ず来る。
ヴィルエイムが祓魔師になったように、ジルライムがブィリルの王になったように。
——彼女もまた、選択の時が来た。それだけだ。
「教えて下さい。ツィーピアの能力って、望んだ世界に変える力なんですか?私の……ツィーピアの願いを叶える力、なんですか?」
ミネアは腫れた瞳で、ジルライムを見つめる。
彼はミネアよりもツィーピアの能力を知っている。何故なら彼自身が、その能力によって運命の歯車を狂わされたのだから。
ジルライムは、ミネアの顔をまじまじと眺める。
絶望の中で、自分の返答にまだ光を見出そうとしている。
否定される事で、まだ普通の人間に戻れると信じている。
滑稽な奴だ。ツィーピアなんて、ブィリルよりも人間という存在から離れていると言うのに。
「——そうだよ。ツィーピアの願いを、世界は絶対に叶える。どんな手を使ってでもね。」
その刹那、ミネアの中の何かが壊れてしまった。
それは多分、微かな希望だったのだと思う。
けれど最後のそんな望みも散り散りに砕け散ってしまった。
ミネアは、愕然とした瞳でジルライムを見る。
言葉が、声が、出てこない。
「君は願っただけで世界を変えられる。そういう力を持っている。たとえ誰かが傷付いても、犠牲になっても、世界はツィーピアの願いを叶えてしまう。それがツィーピアという存在。それが君なんだよ、ミネアちゃん」
あのデートの日、急に大人達の態度が変わったのも。
今日、急にシャンデリアが落下したのも全部。
——全部、私のせいなんだ。
もう、誰に否定出来ない。
もう逃げる事は出来ない。
ミネアはツィーピアなのだ。
英雄の一族という嘘の仮面を被った、悪魔の一族の生き残りなのだ。
力なく、俯くミネアに対して、ジルライムは更に絶望の底に突き落とす。
バルコニーの手すりに座っていたジルライムは、静かに立ち上がりミネアに歩み寄った。
「ねえ、ミネアちゃん?君は本当にこのままでいいの?君はずっとこの場所に居られると本気で思ってるの?」
ミネアの頭の中で硬い靴の音が、カツンカツンと聞こえてくる。
頭の奥で響いて、反響していく。
「どういう、事……ですか?」
上手く声が出ない。ミネアは精一杯声を絞り出して、そう尋ねる。
希望は無い。光は無い。生きる意味は……。
「——ミネアちゃんがずっとここに居たら、ヴィルの命だって危ないって事だよ?」
頑張って堪えていた瞳から、涙がぽつりとこぼれ落ちる。
氷のように冷たい雫が、床を濡らした。
生きる意味は、ここにいる皆だった。
皆が笑ってくれる時間が大好きで、皆と楽しく話している時間が好きで。
あの暖かい場所でずっと一緒に居られたら、ミネアには他に望むものなんて無いとそう思っていた。
でも……もう、無理なんだ。
——私が居たら、ヴィルも皆も傷付いちゃうんだ。
どんなに些細な願いでも、ツィーピアの力はその願いを叶えてしまう。
真実を理をねじ曲げて、ツィーピアの望む世界を作ってしまう。
今、ミネアがヴィルエイムともっと一緒に居たいと願えば?
この力はヴィルエイムの心を無視して、ミネアの願いを叶える。
それは本当にミネアが望む幸せなのだろうか。
ミネアから溢れる涙は、止まることなく床を汚していく。
そんなミネアの前でジルライムは腰を下ろした。
ミネアと同じ目線で、ジルライムは告げる。
「ミネアちゃん、そろそろ応えは見つかった?君が何をするべきか、決めるのはミネアちゃん自身だよ?」
そう。これはミネア自身が決める事だ。
ミネアが自分で決断して、道を選ぶ。自分自身で選んだ道ならば、引き返す事なんて出来ないのだから。
本当は選びたくない。決断したくない。
全部を投げ捨てて、知らないふりをして生きていきたい。
ヴィルエイムに抱きしめられて、その暖かな温度の中で揺蕩っていたい。
けれど、ヴィルエイムを傷付けてしまうのなら、皆が自分のせいで危険な目に遭うのなら。
全てが壊れてしまう前に。全てが狂ってしまう前に。
今ならまだ、間に合うから。
「私は……」
この決断を、いつか後悔する日が来るのかもしれない。
いつか、やり直したいと願う日が来るかもしれない。
でも、ミネアはもう決めてしまったから。
それでヴィルエイムが、シトラが、シーラが、ヨーベルが、大切な皆が笑って暮らせるのなら。
ミネアは顔を上げる。
さっきまであんなに苦しくて、辛くて、死にたいとすら思ったのに。
覚悟を決めてしまえば、案外怖くない。
涙はもう止まった。皆の幸福な世界に必要の無い存在は、もう消えなくちゃ。
ミネアはにこやかに笑った。
決して、ジルライムに言われたからじゃない。
ミネアが、自分の意思で自分の気持ちに従って、この言葉を世界に届けるのだ。
だから絶対に、ジルライムの思うようにはさせない。
最後の最後まで、ミネアは抗うことを決めたから。
その清々しい笑顔に、ジルライムは思わず目を見開く。
さっきまであんなにくよくよしていたのに。あんなに死にそうな顔をしていたというのに。
どうして彼女は笑っているのだろう。
どうしてそんなにも幸せそうな顔をしているのだろう。
おかしい。だってジルライムの想像ではもっと絶望に満ちた顔を、生きる理由を無くした顔をしているはずだったのに。
今の彼女は、月明かりの下で咲き誇る薔薇の華のように美しい。
思わずジルライムは、そんなミネアの笑顔に目を奪われてしまう。
ミネアは静かに息を吐く。
大丈夫、もう怖くない。もう立ち止まらない。
ミネアは堂々とした瞳で凛とした表情で、告げるのだった。
「——私、ヴィルの前から消えます。」
ヴィルエイムが付き添ってくれて、寝室まで戻ってきたのは確かだ。
「今はゆっくり休んで、ミネア。シャンデリアなら心配いらないよ、予備のシャンデリアを使えばいい。」
そう残して、ヴィルエイムは事故の後片付けに向かった。
気が付けば、日がすっかり暮れている。
ベットの上に仰向けになりながら、何を考えていたのかも忘れてしまった。
すっぽりと、記憶と感情を無くしたかのように。
「月が登ってる……。」
重たい身体を起こし、虚ろな瞳を扉の方に向ける。
月が出ているのに、シトラ達の声が聞こえなかった。
もしかして、屋敷の中で何かあったのかもしれない。
あの、事故のように。
ミネアの背筋に悪寒が走る。そうだ、昼間の事故。
ミネアが願った瞬間、シャンデリアが落下した。
あの事故は、本当に事故なのだろうか。
ミネアが身勝手な願いを祈ったから、そのせいで……。
指先が凍る。
怖い。もしも考えている事が正しかったら、ミネアはこの先どうして往けばいいのだろう。
扉の前までたどり着いたミネアは、そのドアノブを回すことを躊躇った。
皆に合わせる顔が無い。笑わなくちゃ、笑顔で平気のフリをしなくちゃいけないのに、表情筋が動かない。
「……?足元に何か……これは手紙?」
ミネアの足元に置いてあったのは、置き手紙だった。
扉の隙間から誰かが入れたのだろう。
ミネアはその手紙を取り、中身を確認する。
『ミネア様。夕食の準備が整いましたのでお部屋にお伺いしましたが、ぐっすりとお休みになられていたので声はかけませんでした。本日はそのままゆっくりとお休み下さい。また明日お伺いします。シトラ』
シトラからの手紙には、優しさと温かさが詰まっていた。
どうやらミネアはいつの間にか眠っていたらしい。
いつ寝て、いつ起きたのかミネアには分からなかった。
覚えていないけれど、シトラがこんな風に手紙を残すと言うことは相当深い眠りについていたのだろう。
彼女がどんな気持ちで、この手紙を書いたのかミネアは考える。
シトラもシーラも、優しくていつもミネアを気遣ってくれている。
ミネアの身に危険が迫ったら、命を懸けて守ってくれる、優しい傍付き。
昼間の事故の時、二人があの場にいてもしも、シャンデリアの下敷きになったら。
想像しただけで、喉の奥から恐怖が吐き出そうになる。
ああ、明日二人の顔を見る事が出来るだろうか。
二人の前で笑って過ごせるだろうか。
——私は、どうしたらいいの……?
誰かに話したい。相談したい。この想いを打ち明けたい。
でも……この真実を話す事で拒絶されるのが怖い。
「うっ……ううっ……!」
この扉の先にヴィルエイムが、シトラが、シーラがいる。
皆の事が大好きで、大切で、なのに今はこの扉を開ける事が怖くて仕方が無い。
言えないミネアの思いは涙となって溢れる。
この先の未来に不安になって、明日を生きる事に怯えてしまう。
そのまま泣き崩れるように、ミネアは床にへたり込んだ。
ツィーピアの能力が自分には受け継がれていないのかもなんて、甘い夢だ。叶うはずのない理想を掲げて、悪夢から逃げ続けていた。
でも、もう逃れられない。
ミネアはただ泣く事しか出来なかった。そうして時間が過ぎて、いつの間にか朝になって。
そうしたら自分の中にある、様々な感情が消えて無くなっていればいいのにと思いながら。
「——一人で泣いているなんて、随分いじらしい姿じゃないかミネアちゃん?」
背後から、声が聞こえる。
ミネアを上から見下ろしているような、哀れんでいるようなその声を知っている。
ゆっくりと振り返ると、そこには月よりも光り輝く瞳が揺らいでいた。
「……ジル、ライム……さん」
彼は笑う。悪魔らしく悪魔のように、にたりと微笑む。
まるで、ミネアの絶望に塗れたその顔を見たかったのだと言わんばかりに。
「会わない間に窶れたようだね、ミネアちゃん。その様子だと、ツィーピアの真実にちゃんとたどり着いたんだね。どう?その大いなる力を手に入れた感想は」
泣いているか弱い少女に対して、心配の言葉なんてかけない。
か弱いくとも、目の前にいる少女は決断しなくてはならないのだから。
そこに慈悲や慈愛はいらない。
誰にだって、生きる道を選択する時は必ず来る。
ヴィルエイムが祓魔師になったように、ジルライムがブィリルの王になったように。
——彼女もまた、選択の時が来た。それだけだ。
「教えて下さい。ツィーピアの能力って、望んだ世界に変える力なんですか?私の……ツィーピアの願いを叶える力、なんですか?」
ミネアは腫れた瞳で、ジルライムを見つめる。
彼はミネアよりもツィーピアの能力を知っている。何故なら彼自身が、その能力によって運命の歯車を狂わされたのだから。
ジルライムは、ミネアの顔をまじまじと眺める。
絶望の中で、自分の返答にまだ光を見出そうとしている。
否定される事で、まだ普通の人間に戻れると信じている。
滑稽な奴だ。ツィーピアなんて、ブィリルよりも人間という存在から離れていると言うのに。
「——そうだよ。ツィーピアの願いを、世界は絶対に叶える。どんな手を使ってでもね。」
その刹那、ミネアの中の何かが壊れてしまった。
それは多分、微かな希望だったのだと思う。
けれど最後のそんな望みも散り散りに砕け散ってしまった。
ミネアは、愕然とした瞳でジルライムを見る。
言葉が、声が、出てこない。
「君は願っただけで世界を変えられる。そういう力を持っている。たとえ誰かが傷付いても、犠牲になっても、世界はツィーピアの願いを叶えてしまう。それがツィーピアという存在。それが君なんだよ、ミネアちゃん」
あのデートの日、急に大人達の態度が変わったのも。
今日、急にシャンデリアが落下したのも全部。
——全部、私のせいなんだ。
もう、誰に否定出来ない。
もう逃げる事は出来ない。
ミネアはツィーピアなのだ。
英雄の一族という嘘の仮面を被った、悪魔の一族の生き残りなのだ。
力なく、俯くミネアに対して、ジルライムは更に絶望の底に突き落とす。
バルコニーの手すりに座っていたジルライムは、静かに立ち上がりミネアに歩み寄った。
「ねえ、ミネアちゃん?君は本当にこのままでいいの?君はずっとこの場所に居られると本気で思ってるの?」
ミネアの頭の中で硬い靴の音が、カツンカツンと聞こえてくる。
頭の奥で響いて、反響していく。
「どういう、事……ですか?」
上手く声が出ない。ミネアは精一杯声を絞り出して、そう尋ねる。
希望は無い。光は無い。生きる意味は……。
「——ミネアちゃんがずっとここに居たら、ヴィルの命だって危ないって事だよ?」
頑張って堪えていた瞳から、涙がぽつりとこぼれ落ちる。
氷のように冷たい雫が、床を濡らした。
生きる意味は、ここにいる皆だった。
皆が笑ってくれる時間が大好きで、皆と楽しく話している時間が好きで。
あの暖かい場所でずっと一緒に居られたら、ミネアには他に望むものなんて無いとそう思っていた。
でも……もう、無理なんだ。
——私が居たら、ヴィルも皆も傷付いちゃうんだ。
どんなに些細な願いでも、ツィーピアの力はその願いを叶えてしまう。
真実を理をねじ曲げて、ツィーピアの望む世界を作ってしまう。
今、ミネアがヴィルエイムともっと一緒に居たいと願えば?
この力はヴィルエイムの心を無視して、ミネアの願いを叶える。
それは本当にミネアが望む幸せなのだろうか。
ミネアから溢れる涙は、止まることなく床を汚していく。
そんなミネアの前でジルライムは腰を下ろした。
ミネアと同じ目線で、ジルライムは告げる。
「ミネアちゃん、そろそろ応えは見つかった?君が何をするべきか、決めるのはミネアちゃん自身だよ?」
そう。これはミネア自身が決める事だ。
ミネアが自分で決断して、道を選ぶ。自分自身で選んだ道ならば、引き返す事なんて出来ないのだから。
本当は選びたくない。決断したくない。
全部を投げ捨てて、知らないふりをして生きていきたい。
ヴィルエイムに抱きしめられて、その暖かな温度の中で揺蕩っていたい。
けれど、ヴィルエイムを傷付けてしまうのなら、皆が自分のせいで危険な目に遭うのなら。
全てが壊れてしまう前に。全てが狂ってしまう前に。
今ならまだ、間に合うから。
「私は……」
この決断を、いつか後悔する日が来るのかもしれない。
いつか、やり直したいと願う日が来るかもしれない。
でも、ミネアはもう決めてしまったから。
それでヴィルエイムが、シトラが、シーラが、ヨーベルが、大切な皆が笑って暮らせるのなら。
ミネアは顔を上げる。
さっきまであんなに苦しくて、辛くて、死にたいとすら思ったのに。
覚悟を決めてしまえば、案外怖くない。
涙はもう止まった。皆の幸福な世界に必要の無い存在は、もう消えなくちゃ。
ミネアはにこやかに笑った。
決して、ジルライムに言われたからじゃない。
ミネアが、自分の意思で自分の気持ちに従って、この言葉を世界に届けるのだ。
だから絶対に、ジルライムの思うようにはさせない。
最後の最後まで、ミネアは抗うことを決めたから。
その清々しい笑顔に、ジルライムは思わず目を見開く。
さっきまであんなにくよくよしていたのに。あんなに死にそうな顔をしていたというのに。
どうして彼女は笑っているのだろう。
どうしてそんなにも幸せそうな顔をしているのだろう。
おかしい。だってジルライムの想像ではもっと絶望に満ちた顔を、生きる理由を無くした顔をしているはずだったのに。
今の彼女は、月明かりの下で咲き誇る薔薇の華のように美しい。
思わずジルライムは、そんなミネアの笑顔に目を奪われてしまう。
ミネアは静かに息を吐く。
大丈夫、もう怖くない。もう立ち止まらない。
ミネアは堂々とした瞳で凛とした表情で、告げるのだった。
「——私、ヴィルの前から消えます。」
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