英雄の一族の末裔ですが公爵様の復讐の為に婚約する事になりました

桜部遥

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最初で最後のパーティー

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「——私、ヴィルの前から消えます」

そう告げてから、日はあっという間に過ぎていった。
胸の中にあったしこりも嘘のように消えて、ミネアはそれからいつもと変わらない日々を過ごしている。
その事にはミネア自身も驚いた。
きっと、自分の道を選べたからなのだろう。その道が、皆の幸せを守る事の出来る道なのだから、何も怖がる必要なんて無いのだ。
ただ、ツィーピアの力が発動しないように、気持ちをコントロールするのは大変だった。
何も願わないように、望まないように。
今の自分が、何よりも幸せなのだとそう世界に言い聞かせた。
そうして過ごした日々は、本当に幸せそのものだった。
ヴィルエイムと楽しくご飯を食べて、シトラとシーラと三人で談笑して。
むしろ今までよりも清々しい気持ちで、日々を過ごす事が出来ている。

決意を固めた後、ジルライムはミネアの前から姿を消した。
「その言葉、忘れないでねミネアちゃん」
そう言い残して、ジルライムは夜の闇に溶けていった。
あれから、ジルライムは姿を見せていない。
けれどきっと、今もどこかでミネアを監視しているのだろう。
あの言葉が嘘では無いと、見届ける為に。
大丈夫、今更逃げる事など考えていない。
全ては、大切な皆を守る為なのだから。

「ミネア様ー!とっっっっても素敵です!」

そして今日は……婚約披露パーティーの当日だ。
ミネアのドレスは、この日の為に作られた特注品。
美しいシルバーの装飾と、淡い紫のドレスが一層ミネアの美しさを際立てた。
シトラとシーラの手によって、魔法にかけられたように美しくなったミネアの顔が鏡に映る。
ふわふわにカールした髪に、シルバーの華飾り。
淡く色付くチークと、艶のある唇。
胸元に輝くのは、ヴィルエイムが贈ってくれたネックレス。
まるで自分が自分では無いみたいで、ミネアは思わず鏡に映る姿に魅入ってしまう。
「これが……私?」
イヤリングが波を打つように揺れる。
沢山のフリルがあしらわれたドレスは紫を基調とし、白とピンクのコントラストがとても華やかだ。
「今夜の主役はミネア様です。誇りを持って下さい。」
「そうですよ、ミネア様!こんなに可愛いミネア様のお姿を見られて私達はとっても幸せです!」
「シトラ……シーラ……!」
まさか自分がこんなに美しく着飾る日が来るなんて思ってもみなかった。
ドレスは想像したよりもずっしりと重くて、コルセットが苦しいけれど、それでもこの姿を保つ為ならそんなに苦ではない。
何よりここまで頑張ってくれた二人に数え切れない位の感謝があった。
ミネアは、ドレッサーの椅子から静かに立ち上がり二人の正面に立つ。

出会ってから、この瞬間までずっとミネアを支えてくれた大切な二人。
平民だったミネアに色んなことを教えてくれて、たわいの無い話で笑い合って。
ミネアに友達という存在はいないけれど、心置きなく話をする事が出来る二人の事を、ミネアはひっそりと友人のように慕っていた。
しっかり者だけど、可愛いものや流行物が好きで、いつもミネアを見ていてくれるシトラ。
天真爛漫な笑顔と元気ハツラツなその性格で、場を和ませてくれる、いつもミネアに笑顔をくれたシーラ。
二人が居てくれたから、ミネアも前に進む事が出来る。
次に会った時。叶うならその時は……二人を友と呼びたい。

「——本当にありがとうシトラ、シーラ。」

二人と出会えて良かったと心の底からそう思う。
隠した秘密を打ち明ける事は出来ないけれど、二人の優しさがミネアの背中を押してくれた。
だから精一杯笑う。
幸せで、涙がこぼれそうになったけれど二人が化粧を頑張ってくれたから、ぐっと堪える。
「ミネア様……?」
まるで、これで最後だと言わんばかりのその笑顔に、シトラとシーラの胸はザワつく。
もしかしたら、ミネアの身に何か起きるのでは?
二人の直感がそう告げる。けれどミネアに直接それを問いただす事は出来ない。
ミネアの笑顔はそういう笑顔だった。
きっと答えてはくれない。答えを拒む微笑み。
だから二人は心の中に現れた霧を取り除く事は出来なかった。
その時、トントンと扉をノックする音が聞こえてくる。

「——ミネア、そろそろ時間だ……」

ガチャリとドアノブを捻り、部屋に足を踏み入れたヴィルエイムは一瞬世界が止まって見えた。
視界に映るその人が、あまりにも美しすぎて現実か夢か曖昧になったから。
これ程、目を奪われる存在が他に居ただろうか。
どんなに着飾った令嬢も、どれだけ親しげに話しかけてくる貴族も、ヴィルエイムにとってはただの仕事道具だったのに。
陶器のように美しい肌が、長いまつ毛が、彼女の息遣いと共に揺れるアクセサリーが、ふわふわな綿菓子のような髪が、ヴィルエイムの視界を占領する。
何か言わなくてはと、そう理解はしているのに言葉が出てこない。
彼女を言い表す為の言葉が見つからない。
「……ヴィル?」
「……あ、その……すまない……」
顔が熱い。沸騰でもしたかのように。
自分が今どんな顔をしているのか分からないヴィルエイムは、手で顔を隠しながら恥ずかしそうに呟いた。

「——あまりにも美しすぎて、何と言ったらいいのか分からないんだ。」

それこそ、ミネアにとってはこの世の何よりも嬉しい言葉だった。
こんなに顔を真っ赤にして、恥じらっているヴィルエイムを、ミネアは初めて見た。
触れていないのに、彼の熱が伝染していく。
ミネアも、ヴィルエイムの同じ顔色をしながら両手で顔を覆い隠した。
「~~っ!…………あ、ありがとう……ございます……」
ヴィルエイムの方こそ、今までより数倍輝いて見える。
いつもと違う前髪に、白と青の正装。サファイアのブローチ。
普段と違う服を着ているだけで、目のやり場に困る程かっこいい。
元々整った顔立ちをしているヴィルエイムだが、どんな服でも似合うのだなとミネアは思う。
二人の間に流れる、生暖かい空気。お互い羞恥心からくる無言。
シトラとシーラの、「お熱いですね」という視線。
「……だあっ!駄目だ、このままだとずっとミネアの姿を独り占めしたいと思ってしまう!」
この空気に耐えられなくなったのか、ヴィルエイムは大きな声で、感情を爆発させる。
「ひ、ひと……!?」
「こんなに美しいんだ、誰にも見せずに、私だけのものにしたいと願ってしまうのは当然だよ」
急な発言に、ミネアの目はぐるぐる回る。
まだパーティーは始まってすらいないというのに、既にお腹いっぱいだ。
ヴィルエイムはゆっくりと深呼吸をして、爆発させた思いを吸い込む。
「はぁ……。今夜は私達が主役だ。主役が舞台に上がらないなんて、有り得ない話だろう?だから……」
ヴィルエイムはミネアにそっと近付き、彼女の前で跪く。
ミネアの左手をとって、ヴィルエイムは手の甲にそっと口付けをした。
見上げるその瞳にはまだ熱を帯びている。けれど公爵家の当主として、決意を固めたようだった。

「——会場の皆に、私達の存在を見せつけてやろうか」


ミネアは思う。
この人は本当にズルい。
そんな自信たっぷりに言われてしまえば、さっきまでの羞恥心なんて一瞬で消え去ってしまう。
二人でいればどんな事だってできると、そう思わせてくれる。
本当に、ズルい人だ。
ミネアは心臓に手を当てる。まだドキドキと鼓動は高鳴っている。
これは緊張からくるドキドキでは無い。楽しみで、ワクワクして仕方ないから、心臓が高鳴っているのだ。
ミネアはぐっとヴィルエイムの顔を見て、元気よく笑う。

「——はい!」

ヴィルエイムはにっこりと笑いながら立ち上がり、そのままミネアの手を握る。
隣にヴィルエイムが居てくれるだけで、こんなにも心強い。
彼がいるなら、ミネアはどんな壁だって越えられると思ってしまう。
それくらい、ミネアにとってヴィルエイムという存在は大切でかけがえのないものだった。
「それじゃあ行こうか、ミネア。」
「はい、ヴィル。」
二人は手を繋いで歩き出す。

まもなく、パーティーが始まる。
ゲスト達が次々に会場に集まりだし、外はすっかり日が落ちている。
ザワザワと、この屋敷の中がかつてないほど騒がしい。
この日の為に沢山練習してきた。沢山努力してきた。
だから、強ばる必要は無い。
幕は開き、舞台が始まる。
主役は二人。紫色の髪をした、平凡な女の子が、貴族の当主と恋をするシンデレラストーリー。
ギャラリーは、会場にいる全員。
そして幕が開けば、いずれは幕は閉まる。
もうすぐ、この物語が終わる。
ミネアはずっと心に決めていた。
この日々が大好きで、屋敷の皆が大切で。宝石のようにキラキラした日々を過ごす事が出来た。
ミネアには十分すぎる位、沢山の宝物を得た。
だからもう、おしまいにしよう。

——このパーティーが終わったら、私はここを去る。

彼女はその決意を胸に、背筋を伸ばす。
この手が離れる時間が刻一刻と迫っていると知りながら、ミネアは堂々とした表情で会場の入口に立つ。
「——ヴィルエイム・ライ・グレーラビス公爵、並びに婚約者であるミネア様のご入来です」
静かに扉は開かれる。
目が眩みそうな程眩しい光が差し込む。
こうして、幕は開いた。

——全てを終わらせる為のパーティーが、遂に始まる。
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