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貴方の居ない世界
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さようならをした。
彼を守る為に。これ以上、彼が傷つかない為に。
自己満足な終わり方だけれど、それでいいと今は思う。
「——お腹、空いたなぁ。」
木々の隙間から、太陽の木漏れ日が彼女を照らす。
ぐうとお腹の虫が騒ぎ出す。ここ数日、水しか飲んでいないせいで、空腹が酷い。
あの屋敷を後にして、もうどれくらい経っただろう。
出来るだけ、人との接触を避ける為ミネアは人の居ない森の中を進んでいた。
もうこの世界で、ミネアを覚えている人物は一人も存在しない。
空に燦々と輝くあの太陽ならば、あるいは覚えているのかもしれないけれど。
羽織っているマントも随分と汚れ、髪もギシギシになってしまった。
お金も多くは無い。
今のミネアは、あの屋敷から出来るだけ遠く離れた場所で新しい生活を始める事だけが目標だった。
森の中はとても静かだ。
小鳥の囀りと、木々が葉を揺らす音。小さな動物達の鳴き声や走る音。
自然だけがミネアの空間を支配している。
人の気配が全く無いと言うのは、思いの外安心するものだとミネアは感じた。
ツィーピアはもう、人と関わってはいけない。
だからこれからはこうして、息を殺すように生きていこう。
それでもミネアの中には未だに、ヴィルヘルムの笑顔が残っていた。
彼がミネアの名前を呼ぶ声も、頭を撫でてくれた時の感覚も。
「未練がましいなぁ、私って。」
好きだから、彼の元を去ったのに。
今更また、会いたいだなんて。もう叶わないと分かっている。叶ってはいけないのだと理解している。
ミネアはツィーピアとして一人で生きていかなくてはいけない。
孤独に耐えて、独りぼっちになれなくてはいけない。
頭では理解していても、やっぱりそれは少しだけ寂しくて。
ミネアは、小さな湖に映る自分の姿を見た。
やせ細った身体、ボロボロの服。
自分でも疑うほど変わった姿に、ミネアは目を細めた。
こんなにみすぼらしい自分を、ヴィルヘルムが見たらどう思うだろうか。
「……」
もし街中ですれ違ったとしても、ヴィルヘルムはミネアに気付かない。
今の二人は公爵家の当主と、平凡な庶民。
そもそもヴィルヘルムと過ごしたあの半年間が奇跡のようなものだったのだ。
だからこれ以上、夢を見るのはやめよう。
ミネアは、湖から水を手ですくい上げてごくんと喉に流した。
ふう、と静かに息を吐いてミネアはゆっくりと立ち上がる。
あと少しで日が暮れる。その前に安全に寝られる場所を確保しなくては。
森の中は人が少ないが、その分魔獣などの凶暴な獣が多く住み着いている。
戦う術を持たないミネアがそんな猛獣に襲われれば一溜りもない。
ミネアは森を歩き回って、ようやく人一人が寝れそうな小さな洞窟を見つけた。
スペースが狭いのが少し心配だが、文句は言っていられない。
ミネアはテキパキと野営の準備を始めた。
とは言っても、特別何かを用意する訳では無い。
鞄の中から毛布を取り出して、少し前に作って置いた干し肉を口にする。
もう夜でも随分と暖かいお陰で火を起こす必要は無いし、テントを貼る事も無い。
最近のミネアの生活はずっとこんなものだった。
人気のない道を進み、たまに見つけた小さな町で食料を買い、長期保存できるように加工してあとはただひたすらに歩く。
宛もなく、ゴールと呼べる場所すら無い、終わりのない旅。
生きているのか、それとも死んでいるのかも分からなくなるような生活。
それでもミネアがこの日々を歩むのはきっと、ただ一人の人物に幸せになって欲しいから。
おこがましい願いだと分かっていても、捨てきれない大切な思い。
今でも尚、手の中に残る彼の温もり。
少しだけ薄れかけている、彼が向けてくれる優しい朗らかな笑顔。
それを必死に思い出して、ミネアは息を殺すように眠りについた。
「——久しぶりですね、お元気でしたか?」
その声を聞いた瞬間、これは夢なのだとミネアは悟った。
数ヶ月ぶりに聞くその声に、ミネアは顔をあげる。
いつもの暗闇の中で立っている、一人の女性。
美しい紫色の髪は、ミネアと同じ色をしていた。
「エーデルさん……?」
「見ない間に随分とやつれてしまいましたね」
エーデルはそう微笑むと、ミネアの頬にそっと触れた。
こうして見知った人と話すのは、どのくらいぶりだろう。
エーデルの優しい声に、ミネアは胸がぎゅっと締め付けられた。
夢の中だけれど、こうして話す事が出来てミネアは涙が溢れそうになる。
エーデルは、ミネアの苦しそうな表情を見てぐっと彼女を抱きしめた。
こんな幼い少女に、沢山の重荷を背負わせてしまった。
そしてその少女はこうして一人で懸命に生きようともがいている。
そんな生き様に、エーデルはそっと声をかける。
「貴女には沢山辛い思いをさせてしまいましたね。本当にごめんなさい。ツィーピアとしての生き方を強要してしまった事、私は深く申し訳ないと思っています。」
エーデルのか細い声がミネアの耳をくすぐる。
その心の籠った声に、ミネアはエーデルを責める気にはならなかった。
それに、この道はミネア自身が選んだのだ。その責任を他者に押し付けるなんて、それこそ出来るはずがない。
「いいんです。私はツィーピアの生き残りとして生きる事を選んだんですから。」
ただのミネアでは無く、ツィーピアの末裔としてこの人生を歩む。
それがどれ程険しい道だとしても、もうミネアは引き下がる事はできない。
ミネアの言葉に、エーデルは静かに目を閉じた。
——この子はとても強い子なのね。
最愛の人と別れ、孤独になっても懸命に生きる事を選んだ。
そんなミネアを、エーデルは心の底から尊敬した。
まだ若いというのに、逞しく勇ましく生きるミネアがとても大きく見える。
「そういえば、どうしてエーデルさんはここに?」
ミネアが屋敷を出てからこの数ヶ月間、エーデルは一度も姿を見せなかった。
眠る時、ミネアは毎日のようにヴィルエイムと過ごした日々を夢で見た。
そして朝になって目を覚ますと誰もいない現実を突きつけられる。もうミネアの傍に彼は居ない。
毎朝それを思い知らされて、少しだけ気分が沈んでいた。
けれど今日はエーデルが目の前にいる。
あの夢を繰り返し見ていた日々では無く、今日はエーデルという存在が傍にいてくれる。
エーデルはミネアから身体を離し、にこりと朗らかに微笑んだ。
その笑みの理由が分からずキョトン、としているとエーデルはミネアにこう告げた。
「この森を西に抜けた先で、もう一人のツィーピアが貴女を待っています。」
その言葉にミネアは目を見開いた。
——もう一人の、ツィーピア。
そうだ。一人になってすっかり忘れていたけれどミネアの他にもう一人、この世界にはツィーピアの生き残りが存在するのだった。
確か前に聞いたエーデルの話だと、その人は人のいない場所でひっそりと暮らしているとか。
ミネアは思わず、本当ですかとエーデルに尋ねる。
「本当です。この森の抜けてた町の、東側にある小さな森の中でその人は暮らしています。それを伝える為に、ここに姿を見せたのです。」
その言葉に、ミネアは想像する。
自分が一人では無く、誰かと一緒に生活をする未来を。
ツィーピアである以上、人との繋がりは断たなくてはならない。
だからこれから先、死ぬまでずっと一人で孤独に生きていくのだとミネアは思っていた。
それはこの上ない絶望で、暗い穴の中に落ちていくような気分だった。
でも、もし誰かと共にこの痛みを分かち合えるのなら……。
それはミネアにとって一筋の小さな希望だった。
ミネアは、夢の中でエーデルに告げる。
「私はこれ以上……一人で苦しまずに済むのですか?」
この何にも変え難い痛みを、苦しみを、寂しいさをこれ以上味わわずに済むのなら。
ツィーピアが犯した大罪を共に背負ってくれる人がいるというのなら。
エーデルは優しい微笑みを浮かべ、静かに頷いた。
「これまで貴女を苦しめてしまいましたね。でもこれからは一人で悩まずに生きていきなさい。」
その言葉を聞いた時、ミネアの中にあった痼が無くなったような気がした。
一人でずっと背負っていた荷物が軽くなったような。
その安堵と嬉しさと、これまでの苦しい記憶がミネアに涙を誘う。
「うっ、……ううっ」
ミネアは溢れんばかりの大粒の涙を流す。
一人では無いと分かっただけでこんなにも心が軽くなった。
これまでの記憶は忘れられない。彼と過ごしたあの半年間を、きっとミネアは消し去る事は出来ないだろう。
それでも、歩くしかなかった。
過去の幸せに囚われて、孤独に歩く事だけがミネアに許された唯一の道だとそう思い込んでいた。
でも、違う。違ったのだ。
こうして人から隠れて、息を殺して生きるだけの日々が終わるかもしれない。
同じツィーピアとしての気持ちを共有できる存在がいる。
それだけでミネアは救われたような気持ちになった。
「明朝に、町から馬車が出ます。一番早い馬車なら、人も少ないでしょう。ミネア、貴女の事を待っている者の元へ、会いに行って貰えますか?」
ミネアは涙を零しながら、こくんと頷く。
会いに行こう。
ミネアは心の中でそう強く決心した。
小さな肩を震わせる少女を見て、エーデルはそっとミネアに寄り添う。
これまで一人で戦ってきた少女の背中を抱きしめて、エーデルは囁いた。
「沢山辛かったでしょう。でも、これからは一緒に背負ってくれる家族がいます。どうか、貴女が幸せになる事を願ってます。」
幸せ。
ミネアには幸せになる資格は無いと思っていた。
幸せに、なってもいいのだろうか。
もしも本当に幸福を手に入れられるなら、ミネアにとってこれ以上の願いなどない。
「ミネア、貴女は強い人です。だからこの先もきっと、貴女なら乗り越えていけます。私の身勝手な願いをどうか叶えてください。」
そのエーデルの言葉と共に視界がぐにゃりと歪んでいく。
ああ、もう目を覚ます時間なのだとミネアは朧気な意識の中で悟った。
エーデルの願い。『ツィーピアをこの世界から無くす事』それを叶える為に、ミネアはここまで来たのだ。
彼女は心の中で唱える。
——必ず、願いを果たしてみせます。
そうして長い夜は明ける。
ミネアがゆっくりと目を開けると、そこには木々の隙間から眩しい光が差し込んでいた。
彼を守る為に。これ以上、彼が傷つかない為に。
自己満足な終わり方だけれど、それでいいと今は思う。
「——お腹、空いたなぁ。」
木々の隙間から、太陽の木漏れ日が彼女を照らす。
ぐうとお腹の虫が騒ぎ出す。ここ数日、水しか飲んでいないせいで、空腹が酷い。
あの屋敷を後にして、もうどれくらい経っただろう。
出来るだけ、人との接触を避ける為ミネアは人の居ない森の中を進んでいた。
もうこの世界で、ミネアを覚えている人物は一人も存在しない。
空に燦々と輝くあの太陽ならば、あるいは覚えているのかもしれないけれど。
羽織っているマントも随分と汚れ、髪もギシギシになってしまった。
お金も多くは無い。
今のミネアは、あの屋敷から出来るだけ遠く離れた場所で新しい生活を始める事だけが目標だった。
森の中はとても静かだ。
小鳥の囀りと、木々が葉を揺らす音。小さな動物達の鳴き声や走る音。
自然だけがミネアの空間を支配している。
人の気配が全く無いと言うのは、思いの外安心するものだとミネアは感じた。
ツィーピアはもう、人と関わってはいけない。
だからこれからはこうして、息を殺すように生きていこう。
それでもミネアの中には未だに、ヴィルヘルムの笑顔が残っていた。
彼がミネアの名前を呼ぶ声も、頭を撫でてくれた時の感覚も。
「未練がましいなぁ、私って。」
好きだから、彼の元を去ったのに。
今更また、会いたいだなんて。もう叶わないと分かっている。叶ってはいけないのだと理解している。
ミネアはツィーピアとして一人で生きていかなくてはいけない。
孤独に耐えて、独りぼっちになれなくてはいけない。
頭では理解していても、やっぱりそれは少しだけ寂しくて。
ミネアは、小さな湖に映る自分の姿を見た。
やせ細った身体、ボロボロの服。
自分でも疑うほど変わった姿に、ミネアは目を細めた。
こんなにみすぼらしい自分を、ヴィルヘルムが見たらどう思うだろうか。
「……」
もし街中ですれ違ったとしても、ヴィルヘルムはミネアに気付かない。
今の二人は公爵家の当主と、平凡な庶民。
そもそもヴィルヘルムと過ごしたあの半年間が奇跡のようなものだったのだ。
だからこれ以上、夢を見るのはやめよう。
ミネアは、湖から水を手ですくい上げてごくんと喉に流した。
ふう、と静かに息を吐いてミネアはゆっくりと立ち上がる。
あと少しで日が暮れる。その前に安全に寝られる場所を確保しなくては。
森の中は人が少ないが、その分魔獣などの凶暴な獣が多く住み着いている。
戦う術を持たないミネアがそんな猛獣に襲われれば一溜りもない。
ミネアは森を歩き回って、ようやく人一人が寝れそうな小さな洞窟を見つけた。
スペースが狭いのが少し心配だが、文句は言っていられない。
ミネアはテキパキと野営の準備を始めた。
とは言っても、特別何かを用意する訳では無い。
鞄の中から毛布を取り出して、少し前に作って置いた干し肉を口にする。
もう夜でも随分と暖かいお陰で火を起こす必要は無いし、テントを貼る事も無い。
最近のミネアの生活はずっとこんなものだった。
人気のない道を進み、たまに見つけた小さな町で食料を買い、長期保存できるように加工してあとはただひたすらに歩く。
宛もなく、ゴールと呼べる場所すら無い、終わりのない旅。
生きているのか、それとも死んでいるのかも分からなくなるような生活。
それでもミネアがこの日々を歩むのはきっと、ただ一人の人物に幸せになって欲しいから。
おこがましい願いだと分かっていても、捨てきれない大切な思い。
今でも尚、手の中に残る彼の温もり。
少しだけ薄れかけている、彼が向けてくれる優しい朗らかな笑顔。
それを必死に思い出して、ミネアは息を殺すように眠りについた。
「——久しぶりですね、お元気でしたか?」
その声を聞いた瞬間、これは夢なのだとミネアは悟った。
数ヶ月ぶりに聞くその声に、ミネアは顔をあげる。
いつもの暗闇の中で立っている、一人の女性。
美しい紫色の髪は、ミネアと同じ色をしていた。
「エーデルさん……?」
「見ない間に随分とやつれてしまいましたね」
エーデルはそう微笑むと、ミネアの頬にそっと触れた。
こうして見知った人と話すのは、どのくらいぶりだろう。
エーデルの優しい声に、ミネアは胸がぎゅっと締め付けられた。
夢の中だけれど、こうして話す事が出来てミネアは涙が溢れそうになる。
エーデルは、ミネアの苦しそうな表情を見てぐっと彼女を抱きしめた。
こんな幼い少女に、沢山の重荷を背負わせてしまった。
そしてその少女はこうして一人で懸命に生きようともがいている。
そんな生き様に、エーデルはそっと声をかける。
「貴女には沢山辛い思いをさせてしまいましたね。本当にごめんなさい。ツィーピアとしての生き方を強要してしまった事、私は深く申し訳ないと思っています。」
エーデルのか細い声がミネアの耳をくすぐる。
その心の籠った声に、ミネアはエーデルを責める気にはならなかった。
それに、この道はミネア自身が選んだのだ。その責任を他者に押し付けるなんて、それこそ出来るはずがない。
「いいんです。私はツィーピアの生き残りとして生きる事を選んだんですから。」
ただのミネアでは無く、ツィーピアの末裔としてこの人生を歩む。
それがどれ程険しい道だとしても、もうミネアは引き下がる事はできない。
ミネアの言葉に、エーデルは静かに目を閉じた。
——この子はとても強い子なのね。
最愛の人と別れ、孤独になっても懸命に生きる事を選んだ。
そんなミネアを、エーデルは心の底から尊敬した。
まだ若いというのに、逞しく勇ましく生きるミネアがとても大きく見える。
「そういえば、どうしてエーデルさんはここに?」
ミネアが屋敷を出てからこの数ヶ月間、エーデルは一度も姿を見せなかった。
眠る時、ミネアは毎日のようにヴィルエイムと過ごした日々を夢で見た。
そして朝になって目を覚ますと誰もいない現実を突きつけられる。もうミネアの傍に彼は居ない。
毎朝それを思い知らされて、少しだけ気分が沈んでいた。
けれど今日はエーデルが目の前にいる。
あの夢を繰り返し見ていた日々では無く、今日はエーデルという存在が傍にいてくれる。
エーデルはミネアから身体を離し、にこりと朗らかに微笑んだ。
その笑みの理由が分からずキョトン、としているとエーデルはミネアにこう告げた。
「この森を西に抜けた先で、もう一人のツィーピアが貴女を待っています。」
その言葉にミネアは目を見開いた。
——もう一人の、ツィーピア。
そうだ。一人になってすっかり忘れていたけれどミネアの他にもう一人、この世界にはツィーピアの生き残りが存在するのだった。
確か前に聞いたエーデルの話だと、その人は人のいない場所でひっそりと暮らしているとか。
ミネアは思わず、本当ですかとエーデルに尋ねる。
「本当です。この森の抜けてた町の、東側にある小さな森の中でその人は暮らしています。それを伝える為に、ここに姿を見せたのです。」
その言葉に、ミネアは想像する。
自分が一人では無く、誰かと一緒に生活をする未来を。
ツィーピアである以上、人との繋がりは断たなくてはならない。
だからこれから先、死ぬまでずっと一人で孤独に生きていくのだとミネアは思っていた。
それはこの上ない絶望で、暗い穴の中に落ちていくような気分だった。
でも、もし誰かと共にこの痛みを分かち合えるのなら……。
それはミネアにとって一筋の小さな希望だった。
ミネアは、夢の中でエーデルに告げる。
「私はこれ以上……一人で苦しまずに済むのですか?」
この何にも変え難い痛みを、苦しみを、寂しいさをこれ以上味わわずに済むのなら。
ツィーピアが犯した大罪を共に背負ってくれる人がいるというのなら。
エーデルは優しい微笑みを浮かべ、静かに頷いた。
「これまで貴女を苦しめてしまいましたね。でもこれからは一人で悩まずに生きていきなさい。」
その言葉を聞いた時、ミネアの中にあった痼が無くなったような気がした。
一人でずっと背負っていた荷物が軽くなったような。
その安堵と嬉しさと、これまでの苦しい記憶がミネアに涙を誘う。
「うっ、……ううっ」
ミネアは溢れんばかりの大粒の涙を流す。
一人では無いと分かっただけでこんなにも心が軽くなった。
これまでの記憶は忘れられない。彼と過ごしたあの半年間を、きっとミネアは消し去る事は出来ないだろう。
それでも、歩くしかなかった。
過去の幸せに囚われて、孤独に歩く事だけがミネアに許された唯一の道だとそう思い込んでいた。
でも、違う。違ったのだ。
こうして人から隠れて、息を殺して生きるだけの日々が終わるかもしれない。
同じツィーピアとしての気持ちを共有できる存在がいる。
それだけでミネアは救われたような気持ちになった。
「明朝に、町から馬車が出ます。一番早い馬車なら、人も少ないでしょう。ミネア、貴女の事を待っている者の元へ、会いに行って貰えますか?」
ミネアは涙を零しながら、こくんと頷く。
会いに行こう。
ミネアは心の中でそう強く決心した。
小さな肩を震わせる少女を見て、エーデルはそっとミネアに寄り添う。
これまで一人で戦ってきた少女の背中を抱きしめて、エーデルは囁いた。
「沢山辛かったでしょう。でも、これからは一緒に背負ってくれる家族がいます。どうか、貴女が幸せになる事を願ってます。」
幸せ。
ミネアには幸せになる資格は無いと思っていた。
幸せに、なってもいいのだろうか。
もしも本当に幸福を手に入れられるなら、ミネアにとってこれ以上の願いなどない。
「ミネア、貴女は強い人です。だからこの先もきっと、貴女なら乗り越えていけます。私の身勝手な願いをどうか叶えてください。」
そのエーデルの言葉と共に視界がぐにゃりと歪んでいく。
ああ、もう目を覚ます時間なのだとミネアは朧気な意識の中で悟った。
エーデルの願い。『ツィーピアをこの世界から無くす事』それを叶える為に、ミネアはここまで来たのだ。
彼女は心の中で唱える。
——必ず、願いを果たしてみせます。
そうして長い夜は明ける。
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※1日おきの更新です。
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❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年12月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
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