モシモシカミサマ

星月

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0.祈願

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僕は綿村真広、普通科高校に通う一年生。

運動や成績は、数値だけ見れば平凡で、言ってしまえばどこにでもいるような学生と同じである。



ただ、僕はちょっとおかしな人間かもしれない。
まず僕は、ペットボトルのラベルや教科書、掲示物に辞書...文字が多くならんでいるものを見ると、周りが見えなくなる。

読んだものはほぼ記憶されてしまうので、数学の公式や理科の周期表、社会科の年表だって覚えてしまう。

周りにから注目されるのは嫌いではないが、こんな能力を持っていたら「気持ち悪い」と思われる事があるのかもしれない。
だから僕は、答えが分かっても書かないようにし、点数を調整することがよくある。

前のテストなんかは、つい遊び心が出てしまい、全ての教科を50点で統一してしまった。

それを見た先生があまりにも騒ぐものだから、かなり注目されてしまった。
先生や周りからは「奇跡だ」と騒がれたのは懐かしい思い出。

あの時は自分も驚いている、というフリをして貫き通し、なんとかごまかせた。
結果、僕は奇跡の人という称号を二週間程度掲げることとなったが。



そんな僕には、好きな人がいる。
相手は隣のクラスの天葉涼香さん。

学級委員を務めるクラスの取りまとめ役で、清純な雰囲気の彼女に僕は魅了されてしまった。

出会いは6月に行われた、二クラスの数学の合併授業。
僕は涼香さんと隣の席になったのだが、まあ美しかった。

細く長い指、雪のように白い肌、そして澄んだ瞳。
ほのかに漂う柔軟剤とリンスの香りは、季節を越えた今でも褪せることなく僕の鼻に残っている。

そこで話す機会も設けられたが、当時頭が真っ白になっていたのか、その辺りはよく覚えていない。


あ~あ、涼香さんと付き合えないかな~。


でも、あんなに素敵な人だもの。
もしかしたら彼氏がいるのではないか...僕はそう睨んでいる。

もし彼氏がいるとしたら、その人が羨ましいったらありゃしない。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



今日は気分で、いつもとは別のルートで帰宅していた。
全体的に開けており、右には住宅がポツポツと、左には田んぼが広がっている。

普段通らない道なので、新鮮さを感じる。

あまりまっすぐ進んでしまうとかなり遠回りになる気がしたので、この辺りで曲がろうか。

横断歩道を渡り、小さな野球場の横を通る。

当面の間、上り坂が続くようだ。
僕は疲労を覚悟して上がり始めた。



秋の涼しい風を待ち受けながら、長い坂を上っていた。
しばらくその道を進むと、気付けば向かい側は林となっていた。

最近はすっかり蝉の鳴き声を聴かなくなってしまった。
今となってはただ、細い木の葉や、竹の笹が風になびき、触れ合う音だけが聴こえてくるだけだ。

坂の頂上だろうか、カーブに差し掛かろうとしていた。
棒のようになった足を懸命に動かし、はやる気持ちでそのカーブに向かう。

途中、あるものに目が行き、ついに足を止めた。

向かい側の林の前にポツリと、小さな祠が建っていることに気が付いた。

今日はいつもと違うことがしたくなった僕は、その祠に近付く。
小銭入れから5円玉を取り出し、その祠の元に置いた。

そして両手を、音を鳴らしながら合わせた。


真広「どうか...どうか涼香さんと付き合えますように!!」


渾身の祈願だった。
神に頼んでもどうしようもないことは分かっているが、しないよりもした方が気持ちは込もるのではないかと。

最初こそ力んでいたが、徐々に脱力していく。
そのままリラックスをしていると...。

『プァー!』

と、クラクションを鳴らされたかと思いきや、僕の後ろを高速で車が過ぎ去った。

真広「うわぁお!?」

驚きすぎて跳び跳ねた僕は、上手く着地できずその場に尻餅をついてしまった。

真広「いっててて...」

地面が草むらかつ、泥でぐしゃぐしゃだったから大丈夫だったが、打ち所が悪ければ骨折していたのかもしれない。
ズボンの汚れを代償に、なんとか骨まで影響はいっていないようでよかった。

結果は確実ではないが。

「だ、大丈夫ですか!?」

先程僕が通ってきた道から、女の人の声が聞こえた。現場を見られたのか、そうだとしたら恥ずかしいな。

真広「だ、大丈夫っすよ!ちょっと滑っただけなんで、はは...。」

顔を合わせず、その場から立ち上がろうとする。

「あれ?あなたは...。」

彼女は言葉をつまらせる。
一体どうしたというのか、僕はその子の表情を伺う。


真広「あっ...。」


目を合わせた僕は、浮かせた腰をまた地面に下ろしてしまった。
相手はまさかの、僕がさっきお願いした人物、天葉涼香張本人だった。

両手で鞄を提げて、こちらへと駆け寄ってきた。

僕を見下ろしていた彼女は膝を曲げ、同じくらいの視線の高さにまでしゃがんだ。

涼香「クラクションが聞こえて、びっくりしちゃった。誰か危ない目に遭ってしまったんじゃないかって、肝が冷えたよ。」

涼香の澄んだ瞳が、僕に直接向いている。
彼女の肌は変わらず、雪のように白い。

真広「あ~...僕は全然大丈夫!心配かけてごめんね。」

本当は腰が少し痛いが、それを全力で隠して応えた。

涼香「ほ、本当ですか?一人で立てますか?」

彼女は僕に、手を差し伸べてきた。
あの日見た細く長い指。

少々躊躇ったが、僕はその手を取り、立ち上がる。
彼女の小さな手は柔らかく、温かかった。

僕の鼓動は高まった。

真広「ど、どうもありがとう。」

お礼を述べると、彼女はニコッとした。

涼香「君、ここら辺に住んでるの?」

涼香からの突然の質問。
会話ってこう急に始まるものなのかな。

真広「いや、ちょっと離れたところだよ。ここは滅多に通らないんだ。」

僕は下校の事情を話す。

涼香「やっぱりそうなんだ!このカーブ、ミラーがないのにスピード出しすぎて曲がる車が多いらしいから、気を付けないと。」

カーブを見渡し、そう喚起する。
確かにここには、カーブの先が見えにくいわりにはミラーが設置されていない。

涼香「もしかしたら、歩道にいるのにコースアウトしてきちゃうかもしれないね。」

そのカーブの先を見つめる彼女。
こんな時に思うのもなんだが、横顔がこれまたいい。

真広「そう...だね。」

ヤバい、緊張する。
普段誰かと話す時は普通なのに、この子との会話は特別な気がして、心臓が鳴り止まない。

止まれ、僕の鼓動!
いや、止めたら4んじゃうわ。

真広「あ、あのさ...。」

固く結ばれていた口をほどき、声をかける。
僕の呼び掛けで、彼女はこちらへと振り向いた。

真広「ここじゃ危ないから、歩道まで行かない?」
涼香「...あ!そうだね、ごめんごめん!」

涼香も今立っている場所の危険さに気が付く。

涼香は左右を確認し、反対側の歩道へと移った。
僕も彼女に続き、道路を渡る。

真広「君はこの辺りに住んでいるの?だとしたら、毎日あの坂を上っているってこと?」
涼香「ううん、あの坂は普段は上らないよ。ただ、今日はちょっと別の道から帰ってみようと思ってね。」

なんか、どこかで聞いたことのあるようなフレーズ。
それ、僕のだ。

真広「偶然だね、僕も同じようなこと考えてたんだよ!」
涼香「え~本当!?すごい!」

口元に手を添える涼香。
その仕草に、上品さを感じられる。

涼香「じゃあこの出会いは奇跡ってことかな?」

彼女は笑ってそう言う。
その眩しい笑顔を僕は直視できない。

真広「そ、そうだね...。」

愛想がなく見えてしまったのか、今の反応を即座に反省する。

涼香「まあ、さっきの事を詳しく言うと、私はこの辺りに住んではいるけど、さっきまでの道はあまり通ったことが無いっていうことだよ。」

そう言うと、涼香はカーブの先へと視線を動かし、指を差した。

涼香「向こうに別の道があってね、そっちの方が坂は緩やかだし、道路の状態や設備も整っているからね。」

なるほど、そうとなったらあっちの道から来た方がいいんだ。

真広「このカーブの事って、昔から言われていることなの?」
涼香「前に学校通信で書いてあったよ。この辺りは事故多発だって。」

そういえばそんなものもあった気がする。
先生が読み上げていたが、僕はその時適当に聞き流していただけかもしれないが。

真広「そうなんだね」

ついに話のネタが尽きてしまった。
なんとか話を繋ぎ、時間を設けようと試みたが、どうやらこれが限界のようだった。

真広「あ、あのさ...これから学校で会った時、話しかけたりしてもいいかな?」

つい勢いで、変な確認を取ってしまった。
自分でも分かる、これは明らかに不自然だ。

もしここで断られたらもうチャンスはないかもしれないって言うのに。

涼香「もちろんいいよ!」

涼香は再度笑顔を見せる。
僕は安心した。

涼香「新しいお友達ができた!これからよろしくね!」

手を後ろに組み、軽く会釈をした。

真広「こ、こちらこそよろしく!」

僕も彼女にならい、会釈をした。

彼女と別れたあと、僕は鼻唄を歌い、スキップをしながら帰路に着いた。
僕はいい年した高校生である。

端から見れば気色の悪いものに映るだろうが、そんなの今の僕には関係ない。

僕には神様が舞い降りた、神様が僕の味方をし、彼女をあの場へ連れてきてくれたんだ。

...ん?神様?

そういえば、さっき僕はあの祠で神頼みをしたな。

真広「願えば叶うもんだなぁ...」

...いやなにを言ってるんだ僕は。

あれだけで付き合っていることになるはずがない。
なにを甘んじているのか。

まずは友達から。
そこから展開を広げていけるよう頑張っていかなければ。

とにかく、今日は早く寝よう。
明日からが楽しみで、ニヤニヤが止まらない。

今、僕は最高に幸せな気分だった。
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