アルスの日常

星月

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9月26日

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9月26日、朝8時。

登校してきた俺達2人は、教室へと向かっていた。

ちょっと長めの黒髪で、これといった特徴のない並顔の俺、アルス。
隣にいるのは、黄色い髪をした、ウルフカット寄りの女子、エル。

今日はなんだか、エルの様子がおかしい。

普段は他愛のない会話をしながら登校しているが、今のエルは控えめな様子。
それに、やや遠ざかっているように見える。

俺、なんかやっちゃいましたかね。

最初はそう思ったが、落ち着きがなく、どことなくそわそわしているので、悪いことしたわけではないようだ。
だからといって、なにか思い当たる点は見つからない。

そんな、彼女の異変の理由について、あれこれ考えていると...

エル「そろそろ...かな。」

携帯を見ながら、なにやらと呟いている。

アルス「ん?なにがだ?」

俺がエルの顔を見ると、彼女は携帯をポケットにしまいながら、こちらを向いた。

エル「アルス君...」

若干上目遣いとなり、広角を上げる。
携帯をしまった反対側のポケットから、なにかを取り出そうとしている様子。

なにか、企んでいるのか?

俺がなんだなんだと不審に思っていると、突然視界が暗くなった。

アルス「うおっ!?なんだ!?」

目の回りには布の感触があり、耳には紐のようなものが通されているようだ。

それがアイマスクだと気が付いた頃には、エルに手を引かれてどこかへ連れていかれていた。

エル「ちょっとだけ目隠しさせてもらうよ!ついてきて!」

よくドッキリ番組で、目隠しをされた芸人が連れられるシーンがあるが、いざ自分の見に降りかかってみると、意外と怖いものだ。

普段通るような馴染みのある場所でも、なにかにぶつかったりつまずいたりしそうで、ちょっとビビる。

アルス「ちょっと速くないですかね!?もうちょい遅く歩いてほしいわけだが...てかこのアイマスクあったけぇな、欲しい。」

しょうもない小言を交えながら要望を伝えると、ピタッと動きが止まった。

エル「着いた。もうすぐだからね、我慢して。」

トイレを求める子ども乗せて高速走ってる時の親か。
てか止まったらおしまいや、なにを我慢するねん。

エル「きっとあなたにとっても、私...いや、みんなにとっていいことが待っているから。」

そう言って引戸を開けたのか、ローラーの乾いた音が耳に届く。
どうやら教室に着いたようだ。

それより、いいことが待っている、という言葉が気になる。

なんだろ、大学推薦でも来たのかな。
来るわけないか。来ても蹴るし。

少しの距離を、誘導されながら歩いて進む。

アルス「一体なにが待ってるってんだ?」
エル「それは見れば分かるよ。じゃあ、目隠し外すね。」

目の回りの感触が無くなる。
閉じていた目蓋をゆっくりと開きながら、目を慣らす。

俺が前を向くと...

「「「アルス君!誕生日おめでとう!!」」」

普段から絡んでいる仲間達から、祝福の一言をいただいた。
その後ろには豪華に装飾された黒板、前には数々の物品が並べられていた。

黒板の『お誕生日おめでとう!』の回りには、俺へ向けた数々のメッセージがあることに気が付いた。

近藤「おめでとうアルス!また年を取ったな!」
サトシ「それジジイになってから言う台詞やろ」

入学から間も無くしてできた親友の、坊主頭の近藤と、カリスマ感漂うサトシ。

近藤は俺に「本日の主役」と書かれたたすきをかける。
サトシは興味無さそうな素振りを見せているが、しっかりとコーンハットを被っていて、ギャップを感じる。

アルス「これは...」

驚きのあまり声が出ない。
まじまじと、目の前の光景を見る。

テル「今日のためにみんなで準備したんだ~!どうかな?」

小学生からの友人の、女子力高めのテルが手を広げ、黒板を主張する。

優奈「あんたの喜ぶものがなんなのかイマイチ分かんなかったから苦労したんだからね」
Palmuu「エルがいなかったらずっと難航してたよ」

エルが普段つるんでいるメンツも、準備を手伝ってくれていたようだ。

そうか、そういうことだったのか。

今朝のエルもだけど、最近みんな放課後予定があったりコソコソしてたりと、なにか怪しいとは思っていた。

まさか俺のために、こんなにまで用意してくれていたとは知らなかった。

テル「アルス君?どうしたの?そんなぽけ~っとして。」

テルが顔を覗き込んでくる。

サトシ「驚きすぎて魂抜けたんじゃね?」
優奈「嬉しくないとか言い出したらただじゃおかないよ」

嬉しくないわけがない。

お世辞無しに言っても、これは間違いなく、俺の人生の中で一番盛大に祝われた瞬間だろう。
いや、開始1分も経たないうちに1位を確信するって相当だな。

そんな祝福に水を差すようで悪いんだけどさ...

アルス「そうやん、今日だってこと完全に忘れてたわ。」

直後、えー!?という、みんなの驚愕する声が、校舎外にまで響き渡った。と、思う。

__________


アルス「俺としたことが、自分の誕生日のことを忘れちまってたとは。」

うっかりしてたと、頭を掻くアルス。

エル「流石の私でもそこまでは予測してなかったな...」

ケーキを切り分けながら、私は呟いた。

サトシ「今後ネタにされてくのは違いねぇな」

アルスに、切り分けたケーキを皿に乗せて差し出すと、「あざっす!」と言って受け取った。

エル「あはは...まあ、アルス君らしいかもね。肝心なとこ忘れてるの。」

誰かの誕生日は覚えているのに、自分のは覚えていない。

周りを優先しすぎて自分に目を向けれていないというとこが、実に彼らしい。
まあ、アルス君はこんな感じの人です。

アルス「...そうなんかな。」



改めて黒板を眺める。

俺は確かに周りの人のことは見ていたが、見返りがあるとは思っていなかった。
そもそも求めてもいなかったし、こういうのは無いものだと思ってた。

でも、いざ受け取ってみると、こんなにも温かい気持ちになるんだな。

アルス「...みんな、ホンマありがとな。俺一人のためにこんなに準備とかしてくれて。」

みんなに感謝を述べる。
この一言じゃ気持ちを伝えきれないだろうけど、素直に嬉しいという感情をあらわにしながらそう言った。

サトシ「なに言ってんだてめぇ」

机に座ってたサトシが腰を浮かし、地面に足をつけた。

サトシ「こいつらのことだ、こんだけばっかで終わるはずねぇだろ。」

俺の肩を叩くサトシ。

近藤「当たり前だ!今日はたんともてなしまくってやるからな!」

反対側から近藤が肩を組んできた。
うん、いつも通り日本語の使い方ちょっとズレてる。

エル「まだいっぱい用意してあるんだから!全部付き合ってよ!」

こりゃ大変な1日になりそうだ。

みんなの様子を見て、俺は思う。
きっと今日、人生で一番の幸せを手にする。

アルス「そうか...。そんじゃ、今日はよろしくな。」



俺は、なにか特別な日でも、普段通りの生活ができたらいいと思っていた。

でも、ここまで来たらもう後戻りできないよな。

俺はこの日を、一生忘れられない、濃い1日にしようと決めた。
こいつらが思うより、楽しんでやるさ。



アルス「てかなんでケーキあるんだよ」

__________



   アルスの日常 始動


__________


エル「いやこれ最終回みたいになってなかった!?」
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