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3A-街道と魔物
3A-02 *いけ好かぬ奴
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♢♢
桐の月も半ばを過ぎる頃、学院の授業は一旦終了する。新年を祝うため、生徒たちはそれぞれの故郷へと散っていく。俺も父上の迎えを受け、母様と妹コーネリアと共に久方ぶりにベンベルクへ戻った。王都より北に位置するこの城郭都市は、空気が冷たく肌を刺す。もっとも、アカシア王国はヨシュア大陸の南寄りにあるため、雪が降ることは滅多にない。
それでも桐の月の寒さは身に沁みる。日が傾けば人々は足早に家路を急ぐ。馬車の窓から眺める往来は、王都のせかせかした喧騒に比べ、どこかのんびりとしていて心が落ち着く。……ただし、一つだけ気に入らぬことを除けば。帰り道でもその件で揉めたばかりだ。
「知らぬ庶民を、我らの屋敷に招き入れると?」
「私は嫌よ。同い年でしょう? 学年は違うけど」
「道中でも話したが、どうも納得していないようだな」
「困ったわ。いい子なのに。マーカーもコーネリアも、これから会うのだから、もう一度考えてみて」
母様は柔らかく諭すが、俺もコーネリアも渋い顔を隠せない。
「明日の昼過ぎに茶会を設けた。まずは態度を改めよ。母上の顔を潰すような真似は許さん。特にマーカー、お前は次期領主候補なのだから」
「……はい。我慢します」
「コーネリアもだぞ」
「わかりました。注意します」
「会ってみればわかるわ。私は明日が楽しみよ。次は何を開発したのかしら」
その夜は久しぶりに一族が揃い、祖父母を囲んで夕餉を取った。食後の菓子が運ばれてきたとき、見慣れぬ皿と装飾に思わず眉をひそめる。
「フラーグムのクリスプス~ショコラソルを添えて~でございます。白いふわふわの物はノヴァクリスマ。一緒に合わせてお召し上がりください」
フラーグムは知っている。森で採れる赤い果実で、甘酸っぱく俺の好物だ。だが、黄色い薄膜のようなものの上に盛られているのは初めてだ。クリスプス? ぺらぺらの失敗パンのようにしか見えない。ノヴァクリスマ? 白いふわふわの塊に茶色い線が這っている。料理長が変わったのか?
「ほう。小僧はまた新しいものを作ったか」
祖父がにやりと笑い、祖母に視線を送る。
「アゼルが張り切って工房を立ち上げたのよ。孫が開発しているから援助は惜しまないって」
「おばあ様、アゼルというと商人ギルド長の?」
「そうよ、コーネリア。覚えていてくれて嬉しいわ。クリスプスもショコラソルも、明日の子――アゼルの孫、レッド=ベルナル君が開発したの。孫にはどこの祖父も甘いものよ。この菓子と同じように」
……ほう。いけ好かぬ奴だと思っていたが、ただの平民ではなかったか。商人ギルド長の孫とは。少しは使えるかもしれん。俺の中での評価をほんの少し上げてやろう。
「へぇ。フラーグムもノヴァクリスマと合わせると味が引き立つわ。ショコラソルと一緒に食べると幸せな気持ちになる。私、これ好き」
「ふふ。明日の茶会では別の形で出す予定よ」
「本当ですか! 楽しみになってきました。レッドさん、少し会うのが前向きになったわ」
ぐぬぬ……菓子で女子の心を掴むとは、ますます気に入らない。だが菓子に罪はない。味合うと確かに美味かった。ショコラソルのほろ苦さは癖になりそうだ。
翌朝、俺は近衛のミハエルと剣術の稽古を行った。学院でも上位の成績を収めた俺だ。今度こそ一本取ってやる。
型の素振りを終え、模擬戦に入る。ミハエルとは一年ぶりの立ち会いだ。学院で習った連撃からの突きを試す。
「おお! いい突きですね!」
「ここでフェイントですか! 危ない危ない!」
「見ないうちに随分と鋭くなりましたね!」
ミハエルは必ず褒めてくれる。まだ冷静にいなされるのは癪だ。全力をぶつける。
十本挑んで一本も取れず、息が上がる。ミハエルは平然としている。この体力お化けめ。
「ずいぶんと鍛えたつもりだったのだが。十本やって一本も取れんとは」
「私はまだ現役ですから。ルンフにも見せつけねば」
「ルンフ? お前の息子か。冒険者になって瀕死になったと聞いたぞ」
「迷宮で取り残されて大変でした。だがパラケル師とレッド君に助けられました」
「……なぜ奴の名が出る」
「ルンフを救った治療薬を提供したのが、パラケル師とその弟子なのです」
また奴の名か! これは剣で語る必要がありそうだ。
「最悪、奴とは剣で話すことになるな」
「彼は剣が苦手ですよ。魔術だけでした、氾濫の時は」
学院でも俺は上位の腕。辺境伯の息子として舐められてはいけない。その前に聞き捨てならぬことがある。
「奴は氾濫に参戦したのか? 俺は許されていないのに!」
「マーカー様は次期当主。まだ早いかと」
くそっ、先を越されたか。年下の分際で。
「今度、父上に直談判する」
「少なくとも私から一本取れなければ、領主様も認めないでしょう」
「……確かに。ならばもう一度だ!」
午前中いっぱいを費やし、二十本追加で挑んでようやく一本を奪った。俺もやればできるのだ。
次の戦いは茶会。次期領主として、あのいけ好かぬ奴の正体を暴いてやる。
桐の月も半ばを過ぎる頃、学院の授業は一旦終了する。新年を祝うため、生徒たちはそれぞれの故郷へと散っていく。俺も父上の迎えを受け、母様と妹コーネリアと共に久方ぶりにベンベルクへ戻った。王都より北に位置するこの城郭都市は、空気が冷たく肌を刺す。もっとも、アカシア王国はヨシュア大陸の南寄りにあるため、雪が降ることは滅多にない。
それでも桐の月の寒さは身に沁みる。日が傾けば人々は足早に家路を急ぐ。馬車の窓から眺める往来は、王都のせかせかした喧騒に比べ、どこかのんびりとしていて心が落ち着く。……ただし、一つだけ気に入らぬことを除けば。帰り道でもその件で揉めたばかりだ。
「知らぬ庶民を、我らの屋敷に招き入れると?」
「私は嫌よ。同い年でしょう? 学年は違うけど」
「道中でも話したが、どうも納得していないようだな」
「困ったわ。いい子なのに。マーカーもコーネリアも、これから会うのだから、もう一度考えてみて」
母様は柔らかく諭すが、俺もコーネリアも渋い顔を隠せない。
「明日の昼過ぎに茶会を設けた。まずは態度を改めよ。母上の顔を潰すような真似は許さん。特にマーカー、お前は次期領主候補なのだから」
「……はい。我慢します」
「コーネリアもだぞ」
「わかりました。注意します」
「会ってみればわかるわ。私は明日が楽しみよ。次は何を開発したのかしら」
その夜は久しぶりに一族が揃い、祖父母を囲んで夕餉を取った。食後の菓子が運ばれてきたとき、見慣れぬ皿と装飾に思わず眉をひそめる。
「フラーグムのクリスプス~ショコラソルを添えて~でございます。白いふわふわの物はノヴァクリスマ。一緒に合わせてお召し上がりください」
フラーグムは知っている。森で採れる赤い果実で、甘酸っぱく俺の好物だ。だが、黄色い薄膜のようなものの上に盛られているのは初めてだ。クリスプス? ぺらぺらの失敗パンのようにしか見えない。ノヴァクリスマ? 白いふわふわの塊に茶色い線が這っている。料理長が変わったのか?
「ほう。小僧はまた新しいものを作ったか」
祖父がにやりと笑い、祖母に視線を送る。
「アゼルが張り切って工房を立ち上げたのよ。孫が開発しているから援助は惜しまないって」
「おばあ様、アゼルというと商人ギルド長の?」
「そうよ、コーネリア。覚えていてくれて嬉しいわ。クリスプスもショコラソルも、明日の子――アゼルの孫、レッド=ベルナル君が開発したの。孫にはどこの祖父も甘いものよ。この菓子と同じように」
……ほう。いけ好かぬ奴だと思っていたが、ただの平民ではなかったか。商人ギルド長の孫とは。少しは使えるかもしれん。俺の中での評価をほんの少し上げてやろう。
「へぇ。フラーグムもノヴァクリスマと合わせると味が引き立つわ。ショコラソルと一緒に食べると幸せな気持ちになる。私、これ好き」
「ふふ。明日の茶会では別の形で出す予定よ」
「本当ですか! 楽しみになってきました。レッドさん、少し会うのが前向きになったわ」
ぐぬぬ……菓子で女子の心を掴むとは、ますます気に入らない。だが菓子に罪はない。味合うと確かに美味かった。ショコラソルのほろ苦さは癖になりそうだ。
翌朝、俺は近衛のミハエルと剣術の稽古を行った。学院でも上位の成績を収めた俺だ。今度こそ一本取ってやる。
型の素振りを終え、模擬戦に入る。ミハエルとは一年ぶりの立ち会いだ。学院で習った連撃からの突きを試す。
「おお! いい突きですね!」
「ここでフェイントですか! 危ない危ない!」
「見ないうちに随分と鋭くなりましたね!」
ミハエルは必ず褒めてくれる。まだ冷静にいなされるのは癪だ。全力をぶつける。
十本挑んで一本も取れず、息が上がる。ミハエルは平然としている。この体力お化けめ。
「ずいぶんと鍛えたつもりだったのだが。十本やって一本も取れんとは」
「私はまだ現役ですから。ルンフにも見せつけねば」
「ルンフ? お前の息子か。冒険者になって瀕死になったと聞いたぞ」
「迷宮で取り残されて大変でした。だがパラケル師とレッド君に助けられました」
「……なぜ奴の名が出る」
「ルンフを救った治療薬を提供したのが、パラケル師とその弟子なのです」
また奴の名か! これは剣で語る必要がありそうだ。
「最悪、奴とは剣で話すことになるな」
「彼は剣が苦手ですよ。魔術だけでした、氾濫の時は」
学院でも俺は上位の腕。辺境伯の息子として舐められてはいけない。その前に聞き捨てならぬことがある。
「奴は氾濫に参戦したのか? 俺は許されていないのに!」
「マーカー様は次期当主。まだ早いかと」
くそっ、先を越されたか。年下の分際で。
「今度、父上に直談判する」
「少なくとも私から一本取れなければ、領主様も認めないでしょう」
「……確かに。ならばもう一度だ!」
午前中いっぱいを費やし、二十本追加で挑んでようやく一本を奪った。俺もやればできるのだ。
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