巻き込まれた薬師の日常

白髭

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3A-街道と魔物

3A-05 王都への旅立ち

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 桜の月も半ばに差し掛かる頃、城郭都市ベンベルクの領主邸には一台の馬車が用意されていた。

「随分と大人数となったものだな」
「仕方がないでしょう? 向こうで理事会も開かれるのだから。あなた、稼ぎすぎよ」

「ここを離れるのは久しぶりね。楽しみだわ」
「向こうでは妻らが待っているだろう。母上、よろしく頼む」

「クリスティーヌ。エーベルスによろしく伝えておくれ」
「任せておきなさい。この顔ぶれなら、私が統率者ね」

 本来は自分とリンネ、コカルス、ベーガ、ルンフの五人旅の予定だった。だがパラケル師も王都での仕事があるらしく、急遽「三重の魔」の面々が合流することになった。さらに大奥様クリスティーヌ様が同行するため、領主から豪奢な馬車が提供され、身分不相応な旅路となった。

 馬車にはクリスティーヌ様、エリス様、パラケル師。護衛は冒険者のコカルス、ベーガ、ルンフ。御者はバルサムさん、侍女はセシルさん。自分とリンネもその中に加わった。

 馬車の内部は広大だった。空間拡張の遺構を組み込んだ造りで、乗り込む際には界を跨ぐような感覚があった。二十畳ほどの広さに小さなキッチン、応接セット、仕切りの奥には寝台と水回り。振動はほとんどなく、自分が改良した玉軸受や制振器の効果がよく表れていた。

「一から作ったのですか?」
「空間拡張の核は遺跡からの産出品だ。外側を馬車に仕立てただけよ。必要な部分を見極めるのはワシの役目だ」
 舗装路が途切れると、わずかな揺れが伝わった。震度にすれば一にも満たぬ程度。

「これならカンティアまで六日の道程も四日で着けるだろう」
 御者台からバルサムさんの声が伝声管を通じて響く。

 やがて探知の順番を決めることになり、自分とリンネも担当に組み込まれた。午後、自分たちの番となり、馬車の扉を開けると風が吹き込む。

「リンネは右、自分は左で探知を張ろう」
「了解。ここからは開けた草原だから楽ね」
 流れる景色を眺めながら、これまでの歩みを思い返す。

 ポーション液の製法は魔導師ギルドに引き継がれ、瓶の生産は父サルタンとジュアンさんの手で軌道に乗った。ハイポーションの技術もギルド長や仲間たちが習得し、蒸留法による通常ポーションの改良も進んでいる。

 コカルスさんは冷乾魔導具の解析を終え、学院での再現を目指す。祖父アゼルはクリスプス台車に歓喜し、ショコラソルの改良に力を注いでいる。石鹸とリンスはパラケル師が継続し、いずれ技術交流会で広める予定だ。

 両親は「心配はない、存分にやれ」と送り出してくれた。兄夫婦への手紙も託された。妹マリンは涙ながらに「無事に戻ってきて」と言った。ただ、憑依の真実を伝えられなかったことが胸に刺さる。

 こちらに来て十の月。魔術の腕は確かに伸びた。ポーションの改良、霊薬の作成、主位テトラフィーラ様との邂逅、ヘルメス神の信託。王都の学院はさらに視野を広げてくれるだろう。


 探知を続けていると、パラケル師が方角を示した。大きな反応――人の集団だ。やがて四台の商隊が近づいてきた。

「警戒だけはしておけ。通過するだけだろう」
 だが先頭の馬車が止まり、後続も街道を塞ぐように停車した。緊張が走る。御者席から降りてきた男が名乗った。

「ティンパリー商会のハンスと申します」
 ティンパリー商会――叔母方の親戚筋だと聞いている。面識はないので名乗らずにいた。

 パラケル師が応じる。
「ハンスか。久しいな。パール家元相談役のパラケルだ」
「おお、パラケル師! 我らはアゼル商人ギルド長の伝手を頼ってきました」

 互いに街道の情報を交換する。ナーボイ付近の岩石魔物の話も出た。
「黄色い石を持つあれか」
「ええ。護衛の稼ぎにはなるが、臭い個体には閉口します」

 やがて商隊は再び進み、ベンベルクへと向かっていった。

「良かったのか? 親類だぞ」
「面識がないので今回は構わないでしょう。向こうも急いでいるようですし」
「ふふふ。どうやら磁器の匂いを嗅ぎ取ったらしいぞ」

 その夜は久しぶりの野営。パール家の使用人が作る料理を堪能し、特に問題もなく一日が暮れていった。

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