巻き込まれた薬師の日常

白髭

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3A-街道と魔物

3A-11 商都で見つけた宝

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 商都カンティアの城壁が見えてきた。門前には馬車がひっきりなしに出入りし、活気に満ちている。

 ここは北部パール、ウオルク、ベイノイ、西部アクト侯都から商品が流れ込み、さらに王都にも近い。アクトやパールからはセプテンの交易品、ベイノイからはアクミナ国やマダガスタ島の品が混じり合う。我らの領からは魔石や魔物素材、迷宮遺構が流通している。王都を凌ぐほど古くから栄え、物流の拠点とされてきた。

 カンティアは二代目国王の時代に分家された地で、当初は公爵領、後に辺境伯を経て現侯爵領となった。パール家の旧寄親でもある。今は齢七十のホリック=カンティア侯爵が治めている。

「ここでは早めに宿を取ります。旅の疲れを癒しましょう。バルサム、いつもの宿へ」
「はっ。かしこまりました」

 貴族特権で北門を通過する。円形の城壁に囲まれたカンティアには八つの門があり、北門はパール・ウオルク・ベイノイ方面、西門はアクト方面、南門は王都方面、東門はアクティアの森へ向かう冒険者専用だ。

 街の中央をオーデル川が流れ、領主館と広場を中心に放射状の大通りが伸びる。西通り、北通り、王都通り(東西に分岐)、冒険者通りと呼ばれる東通り。大通り沿いには商館が並び、広場周辺には宿屋が多い。

 馬車は川沿いの宿「ウフィッツ・ホスピタリ」に入った。高級宿らしく、磨き上げられた石造りのロビーに通され、上位部屋をあてがわれた。

「夕方までは自由時間です。今日はここで泊まります。護衛は不要ですから、好きにしなさい」

「ありがとうございます、クリスティーヌ様」
 外出を促され、ルンフとベーガは目を輝かせる。

「レッド君、もちろん行くだろ? 行くよな?」
「北通りは北部産ばかりだ。行くなら王都通りか西通りだ」

 パラケル師も補足する。
「王都通りは全般、西通りは海産物が多い。だが乾物が中心だろう。小僧の好みなら東寄りの方が実用的なものが多い」

「では東通りで。装飾品は王都でも見られますから」
 六人で東通りを歩く。冒険者や旅人向けの店が多く、織物や装飾品も並ぶ。その中で、葉と器を象った看板が目に留まった。『マーブル香草店』――ローセアが耳元で強く勧めてくる。

「あそこが気になります」
「小僧らしいな」パラケル師が笑う。

 カランカラン、と小さな鐘が鳴り、扉を押し開けると、ふわりと鼻腔をくすぐる香りが広がった。乾いた草の匂い、甘やかな花の香り、そしてどこか薬効を思わせる苦みのある香りが幾重にも重なり合い、店内はまるで小さな森のようだった。

 棚は天井まで届くほど高く、整然と並んだ瓶や小袋には、細かい文字で用途や効能が記されている。光を通すガラス瓶の中で、乾燥した葉や実が色とりどりに輝き、宝石のように見えた。

 店内は六人も入れば窮屈なほど狭い。冒険者の二人は「外で待つ」と言って出ていった。残った自分とリンネ、そしてパラケル師は、瓶のラベルを一つひとつ確かめながら歩を進める。ローセアともう一人の妖精は姿隠しをしたまま、興味津々に棚を飛び回っていた。

 やがて奥から現れたのは、背筋の伸びた老女だった。白衣を纏い、髪はきちんとまとめられ、眼差しは鋭い。清潔感と威厳を漂わせるその姿に、思わず背筋が伸びる。

「おや、珍しいね。少年少女かい? ここは菓子もなければ玩具もない。退屈な店だよ」

「香草店と聞いて惹かれました。フムルスはありますか?」
 老女の目が細められ、口元に笑みが浮かぶ。

「ほう……小僧、香草をよく知っているね。名は?」
「レッドと申します。詳しくは言えませんが、ある飲み物に苦味を加えたいのです。それと、ジュニパラスの乾燥果実はありますか?」

「……なるほど。香りを纏わせるつもりか。贅沢な使い方だね。本来は虚弱を補う薬効がある。香りだけを求めるとは」

「強壮目的ならジンセンを入手していますから」
「ジンセン! 南ではまず採れぬ希少品だ。……なるほど、ただ者ではないな」

 老女は名を明かした。
「私はマーブル香草店の店主、アンジェロ。魔術師であり錬金術師でもある。……そちらの方。少年の師とお見受けする」
「……パラケル=アウレオールと申す」

「……! 稀代の魔導具師ではありませんか! 店にあるグリンダもあなたの製品。刻印を見て知っていましたよ」
 驚きと尊敬の入り混じった声。パラケル師は軽く笑う。

「顧客であったか。ならば整備を請け負おう」
 申し出ると、アンジェロさんは感激した様子で裏へ案内していった。

 残された自分は、リンネと共に瓶を手に取り、鑑定を進める。
「フムルスは麦酒に使うと雑菌を抑え、苦味を加える。……これであの時の麦酒が本物の『ビール』になるはずだ」

「ジュニパラスは?」
「蒸留酒に香りを与える。向こうでは『ジェニパー』と呼ばれていた。……おお、これはコラの実、セルレイ、セージ、ナツメグまである!」

 瓶を開けるたびに、香りが立ち上がる。記憶の奥を刺激し、知識とこの界を結びつける。香草の一つひとつが、ただの薬効以上に、食や文化を支える力を持っていることを実感した。

 やがて裏から戻ってきたパラケル師とアンジェロさん。
「小僧、探し物は見つかったか?」
「ええ、買い占めたいくらいです」

「……本気かい? 大袋一つずつなら可能だが」
「ではそれで。全部でいくらでしょう?」
 帳簿をめくるアンジェロの手が止まる。

「……金貨百六十六枚のところ、整備代を差し引いて百五十枚でいい」
「案外安いですね。了解です」
 アイテムボックスから金貨を取り出すと、アンジェロは目を見開いた。

「即決とは……どこぞの貴族の子か?」
「商家出です。ベルナル商店を営んでいます」

「ベルナル商店! 名は知っている。覚えておこう。レッド=ベルナル、また来なさい」
 外で待っていた冒険者たちに声をかける。

「お待たせしました」
「随分かかったな。香草店でこれほどとは……」
「自分は満足しました。後は皆さんの行きたい店で」
「よっしゃ、冒険者店だ!」

 武器防具の店を回りながらも、自分の心は香草の香りに包まれたままだった。

****

『マーブル香草店』商品表示
 #######
――【鑑定結果(レッド解釈,略)】――
 005.アトロパ。不眠時に。ウオルク産【ヒヨス】
 007.アンゼリカ。体力低下時に。パール産【トウキ】
 009.コッフェアの実。気付け。眠気覚ましに。ナオゼン産【コーヒー】
 010.コラの実。気付け。眠気覚ましに。ナオゼン産【コーラ】
 012.キンコン。発熱時に。ウオルク産
 021.カッシア。便秘時に。アクト産【センナ】
 025.フムルス。香りつけに。カンティア産【ホップ】
 030.ミュリスティカ。獣臭の匂い消し。ナオゼン産【ナツメグ】
 041.レウム。便秘時に。アクト産【ダイオウ】
 045.スチラックス。のどの痛み。ナオゼン産
 051.カシア。香りつけに。ナオゼン産【シナモン】
 054.セルレイ。苦味有。食品の匂い消し。ナオゼン産【セロリ】
 060.セージ。ひき肉の調味に。カンティア、パール各種産【セージ】
 078.ジュニパラス。胃腸の疲れに。アクト産【ジェニパー】
 087.オシマム。匂い消し。食品用途。ベイノイ産【バジル】
 099.モーリュ。食あたりに。カンティア産
 103.アグラフォーティス。発熱時に。カンティア産
 111.バーベナ。体力低下時に。カンティア産 
 125.ピューニカ。冷えがあるときに。アクト産【ザクロ】
 ・・・
 ≪店主注≫:王国魔導師令において、当店は香草商となります。魔素の有る香草は、取り扱いに注意を要するため、香草店での販売を禁じられています。ご希望の方は魔導商へお願いします。
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