197 / 259
3A-街道と魔物
3A-12 商都の晩餐
しおりを挟む
宿の食事処の一室。場を貸し切り、クリスティーヌ様が音頭を取られた。
「道は半ばね。ここカンティアから王都までは舗装が整っているわ。これからの道程はぐっと楽になるでしょう。街が続くから、野宿もこれで終わり。護衛の皆、ひとまずお疲れ様。今夜はゆっくり休養して頂戴。では乾杯」
「お疲れ様!」
「お呼びいただき、ありがとうございます」
コカルスさんが冒険者を代表して礼を述べる。
この場は関係者だけの食事。侍女セシルさんが宿の職員と共に給仕に回り、料理が次々と並べられていく。子羊のタリアータ、猪肉のリコペル煮込み、フォカッチャ、ピテア、バーニャ、そして最後にペルシクム・コンポート。見た目はまるでイタリア料理の饗宴のようだった。
自分は新しい料理を前に、製薬スキルの支援が効きづらいことを痛感する。食べながら経験を頼りに正体を探るしかない。リコペルはトマトを使った料理、ピテアはピッツァに似ていた。上には香草店で見かけたオシマムが新鮮な緑を添え、酸味のあるチーズがとろりと溶けていた。
「レッド。ピテアは初めてか? 羊のレンネットから採れる液を使ったカセウスで作られている。ここ一帯は羊の放牧が盛んだから、羊料理が堪能できる。ホーミィーをはるかに超える規模だからこその料理だろうな」
「カセウス……なるほど」
レンネット。反芻動物の胃から取れる酵素。乳のカゼインを分解し、固める働きを持つ。自分の頭の中では、植物由来や微生物由来の代替法が次々と浮かんでいた。もしそれを作れれば、このピテアももっと気軽に食べられるだろう。
そんな思索をよそに、冒険者たちは豪快に食事を楽しんでいた。
「うまい! ベンベルクでは食えないものばかりだ」
「ベーガ、少しは落ち着け。お前も近衛の息子だろう」
エリスさんが彼らを窘める。
「油断はここまで。人払いをしているから今日の場限りにしなさい。これからは上位貴族との接触も増える。言葉遣いには注意を。護衛として争いを招かぬよう心掛けなさい」
「はい。残りの旅程も気を引き締めます」
「承知しました」
彼らの表情が一変し、きりっと引き締まる。やればできるのだ。
食事の最後はデザート、ペルシクム・コンポート。白い果実を砂糖で煮た甘味。口に含むとねっとりとした舌触りと優しい甘さが広がる。
「これは……モモ、か? ペルシクムとは桃のことか!」
だがこの界には「桃」という言葉は存在しないらしい。ペルシクムで通すしかない。
「レッド、甘いものが好きだからって感激しすぎじゃない? でもこの料理法は良いわね。魔素を気にせず食べられるのは本当にありがたいわ」
リンネは目を輝かせながら鑑定していた。里でも旬の時期に出されるが、毒に注意しながら収穫するという。
「ペルシクムはカンティア領の特産品だ。傷みやすいから、ほとんどがコンポートやジャムに加工されて王都に送られる」
「お酒や飲み物には?」
「その場限りのジュースくらいだろうな」
研究意欲が湧くが、やることが多すぎるとパラケル師に釘を刺される。
話題は自然と昼間訪れたマーブル香草店へ。
「草臭い店でそんなに収穫が?」
「いや、あそこは宝の山でしたよ。アンジェロさんもいい人でしたし」
「ワシの顧客だからな。あの店は当たりだ。王都でもあれほどの品揃えは滅多にない」
エリスさんが思い出したように口を挟む。
「アンジェロ……薬草師のアンジェロかしら?」
「本人は魔術師・錬金術師と名乗っていたぞ」
「昔は薬草師として冒険者をしていたわ。補給と支援に特化してね。魔導師ギルドを嫌っていたから、魔導師にはならなかった」
クリスティーヌ様も頷く。
「薬と名の付く商店は魔導商としてギルドの認可が必要。だからこそ香草店と名乗っているのでしょう」
さらに話は広がり、マーブルの名がカンティア侯爵家の血筋に繋がる可能性まで浮上した。商品の産地を見ただけでそこまで推測する三人に、自分はただ驚くばかりだった。
「裏の作業室を見れば分かる。整備しながら産地の覚書を確認しただけだ。幅広く商売をしているなら、それこそ後ろ盾が必要になる」
パラケル師はさらりと言うが、その観察眼には舌を巻く。
「久しぶりに会いに行ってみようかしら。王都帰りに寄らせて頂戴」
「ふふ、女子会もいいわね。パラケルも来る?」
「やめておこう。お前らの女子会は長い。余計な整備まで押し付けられそうだからな」
笑い声が広がり、食事会は和やかに幕を閉じた。
「道は半ばね。ここカンティアから王都までは舗装が整っているわ。これからの道程はぐっと楽になるでしょう。街が続くから、野宿もこれで終わり。護衛の皆、ひとまずお疲れ様。今夜はゆっくり休養して頂戴。では乾杯」
「お疲れ様!」
「お呼びいただき、ありがとうございます」
コカルスさんが冒険者を代表して礼を述べる。
この場は関係者だけの食事。侍女セシルさんが宿の職員と共に給仕に回り、料理が次々と並べられていく。子羊のタリアータ、猪肉のリコペル煮込み、フォカッチャ、ピテア、バーニャ、そして最後にペルシクム・コンポート。見た目はまるでイタリア料理の饗宴のようだった。
自分は新しい料理を前に、製薬スキルの支援が効きづらいことを痛感する。食べながら経験を頼りに正体を探るしかない。リコペルはトマトを使った料理、ピテアはピッツァに似ていた。上には香草店で見かけたオシマムが新鮮な緑を添え、酸味のあるチーズがとろりと溶けていた。
「レッド。ピテアは初めてか? 羊のレンネットから採れる液を使ったカセウスで作られている。ここ一帯は羊の放牧が盛んだから、羊料理が堪能できる。ホーミィーをはるかに超える規模だからこその料理だろうな」
「カセウス……なるほど」
レンネット。反芻動物の胃から取れる酵素。乳のカゼインを分解し、固める働きを持つ。自分の頭の中では、植物由来や微生物由来の代替法が次々と浮かんでいた。もしそれを作れれば、このピテアももっと気軽に食べられるだろう。
そんな思索をよそに、冒険者たちは豪快に食事を楽しんでいた。
「うまい! ベンベルクでは食えないものばかりだ」
「ベーガ、少しは落ち着け。お前も近衛の息子だろう」
エリスさんが彼らを窘める。
「油断はここまで。人払いをしているから今日の場限りにしなさい。これからは上位貴族との接触も増える。言葉遣いには注意を。護衛として争いを招かぬよう心掛けなさい」
「はい。残りの旅程も気を引き締めます」
「承知しました」
彼らの表情が一変し、きりっと引き締まる。やればできるのだ。
食事の最後はデザート、ペルシクム・コンポート。白い果実を砂糖で煮た甘味。口に含むとねっとりとした舌触りと優しい甘さが広がる。
「これは……モモ、か? ペルシクムとは桃のことか!」
だがこの界には「桃」という言葉は存在しないらしい。ペルシクムで通すしかない。
「レッド、甘いものが好きだからって感激しすぎじゃない? でもこの料理法は良いわね。魔素を気にせず食べられるのは本当にありがたいわ」
リンネは目を輝かせながら鑑定していた。里でも旬の時期に出されるが、毒に注意しながら収穫するという。
「ペルシクムはカンティア領の特産品だ。傷みやすいから、ほとんどがコンポートやジャムに加工されて王都に送られる」
「お酒や飲み物には?」
「その場限りのジュースくらいだろうな」
研究意欲が湧くが、やることが多すぎるとパラケル師に釘を刺される。
話題は自然と昼間訪れたマーブル香草店へ。
「草臭い店でそんなに収穫が?」
「いや、あそこは宝の山でしたよ。アンジェロさんもいい人でしたし」
「ワシの顧客だからな。あの店は当たりだ。王都でもあれほどの品揃えは滅多にない」
エリスさんが思い出したように口を挟む。
「アンジェロ……薬草師のアンジェロかしら?」
「本人は魔術師・錬金術師と名乗っていたぞ」
「昔は薬草師として冒険者をしていたわ。補給と支援に特化してね。魔導師ギルドを嫌っていたから、魔導師にはならなかった」
クリスティーヌ様も頷く。
「薬と名の付く商店は魔導商としてギルドの認可が必要。だからこそ香草店と名乗っているのでしょう」
さらに話は広がり、マーブルの名がカンティア侯爵家の血筋に繋がる可能性まで浮上した。商品の産地を見ただけでそこまで推測する三人に、自分はただ驚くばかりだった。
「裏の作業室を見れば分かる。整備しながら産地の覚書を確認しただけだ。幅広く商売をしているなら、それこそ後ろ盾が必要になる」
パラケル師はさらりと言うが、その観察眼には舌を巻く。
「久しぶりに会いに行ってみようかしら。王都帰りに寄らせて頂戴」
「ふふ、女子会もいいわね。パラケルも来る?」
「やめておこう。お前らの女子会は長い。余計な整備まで押し付けられそうだからな」
笑い声が広がり、食事会は和やかに幕を閉じた。
41
あなたにおすすめの小説
ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。
タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。
しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。
ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。
激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。
九尾と契約した日。霊力ゼロの陰陽師見習いが大成するまで。
三科異邦
ファンタジー
「霊力も使えない。術式も出せない。
……西園寺玄弥、お前は本当に陰陽師か?」
その言葉は、もう何度聞いたか分からない。
霊術学院の訓練場で、俺はただ立ち尽くしていた。
周囲では炎が舞い、水がうねり、風が刃のように走る。
同年代の陰陽師たちが、当たり前のように霊を操っている。
――俺だけが、何もできない。
反論したい気持ちはある。
でも、できない事実は変わらない。
そんな俺が、
世界最強クラスの妖怪と契約することになるなんて――
この時は、まだ知る由もなかった。
これは――
妖怪の王を倒すべく、九尾の葛葉や他の仲間達と力を合わせて成長していく陰陽師見習いの物語。
ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜
平明神
ファンタジー
ユーゴ・タカトー。
それは、女神の「推し」になった男。
見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。
彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。
彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。
その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!
女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!
さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?
英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───
なんでもありの異世界アベンジャーズ!
女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕!
※不定期更新。
※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。
ダンジョン学園サブカル同好会の日常
くずもち
ファンタジー
ダンジョンを攻略する人材を育成する学校、竜桜学園に入学した主人公綿貫 鐘太郎(ワタヌキ カネタロウ)はサブカル同好会に所属し、気の合う仲間達とまったりと平和な日常を過ごしていた。しかしそんな心地のいい時間は長くは続かなかった。
まったく貢献度のない同好会が部室を持っているのはどうなのか?と生徒会から同好会解散を打診されたのだ。
しかしそれは困るワタヌキ達は部室と同好会を守るため、ある条件を持ちかけた。
一週間以内に学園のため、学園に貢献できる成果を提出することになったワタヌキは秘策として同好会のメンバーに彼の秘密を打ちあけることにした。
【収納】スキルでダンジョン無双 ~地味スキルと馬鹿にされた窓際サラリーマン、実はアイテム無限収納&即時出し入れ可能で最強探索者になる~
夏見ナイ
ファンタジー
佐藤健太、32歳。会社ではリストラ寸前の窓際サラリーマン。彼は人生逆転を賭け『探索者』になるも、与えられたのは戦闘に役立たない地味スキル【無限収納】だった。
「倉庫番がお似合いだ」と馬鹿にされ、初ダンジョンでは荷物持ちとして追放される始末。
だが彼は気づいてしまう。このスキルが、思考一つでアイテムや武器を無限に取り出し、敵の魔法すら『収納』できる規格外のチート能力であることに!
サラリーマン時代の知恵と誰も思いつかない応用力で、地味スキルは最強スキルへと変貌する。訳ありの美少女剣士や仲間と共に、不遇だった男の痛快な成り上がり無双が今、始まる!
ガチャで領地改革! 没落辺境を職人召喚で立て直す若き領主
雪奈 水無月
ファンタジー
魔物大侵攻《モンスター・テンペスト》で父を失い、十五歳で領主となったロイド。
荒れ果てた辺境領を支えたのは、幼馴染のメイド・リーナと執事セバス、そして領民たちだった。
十八歳になったある日、女神アウレリアから“祝福”が降り、
ロイドの中で《スキル職人ガチャ》が覚醒する。
ガチャから現れるのは、防衛・経済・流通・娯楽など、
領地再建に不可欠な各分野のエキスパートたち。
魔物被害、経済不安、流通の断絶──
没落寸前の領地に、ようやく希望の光が差し込む。
新たな仲間と共に、若き領主ロイドの“辺境再生”が始まる。
無限に進化を続けて最強に至る
お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。
※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。
改稿したので、しばらくしたら消します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる