巻き込まれた薬師の日常

白髭

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3A-街道と魔物

3A-12 商都の晩餐

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 宿の食事処の一室。場を貸し切り、クリスティーヌ様が音頭を取られた。

「道は半ばね。ここカンティアから王都までは舗装が整っているわ。これからの道程はぐっと楽になるでしょう。街が続くから、野宿もこれで終わり。護衛の皆、ひとまずお疲れ様。今夜はゆっくり休養して頂戴。では乾杯」

「お疲れ様!」
「お呼びいただき、ありがとうございます」
 コカルスさんが冒険者を代表して礼を述べる。

 この場は関係者だけの食事。侍女セシルさんが宿の職員と共に給仕に回り、料理が次々と並べられていく。子羊のタリアータ、猪肉のリコペル煮込み、フォカッチャ、ピテア、バーニャ、そして最後にペルシクム・コンポート。見た目はまるでイタリア料理の饗宴のようだった。

 自分は新しい料理を前に、製薬スキルの支援が効きづらいことを痛感する。食べながら経験を頼りに正体を探るしかない。リコペルはトマトを使った料理、ピテアはピッツァに似ていた。上には香草店で見かけたオシマムが新鮮な緑を添え、酸味のあるチーズがとろりと溶けていた。

「レッド。ピテアは初めてか? 羊のレンネットから採れる液を使ったカセウスで作られている。ここ一帯は羊の放牧が盛んだから、羊料理が堪能できる。ホーミィーをはるかに超える規模だからこその料理だろうな」

「カセウス……なるほど」
 レンネット。反芻動物の胃から取れる酵素。乳のカゼインを分解し、固める働きを持つ。自分の頭の中では、植物由来や微生物由来の代替法が次々と浮かんでいた。もしそれを作れれば、このピテアももっと気軽に食べられるだろう。

 そんな思索をよそに、冒険者たちは豪快に食事を楽しんでいた。
「うまい! ベンベルクでは食えないものばかりだ」
「ベーガ、少しは落ち着け。お前も近衛の息子だろう」

 エリスさんが彼らを窘める。
「油断はここまで。人払いをしているから今日の場限りにしなさい。これからは上位貴族との接触も増える。言葉遣いには注意を。護衛として争いを招かぬよう心掛けなさい」

「はい。残りの旅程も気を引き締めます」
「承知しました」

 彼らの表情が一変し、きりっと引き締まる。やればできるのだ。

 食事の最後はデザート、ペルシクム・コンポート。白い果実を砂糖で煮た甘味。口に含むとねっとりとした舌触りと優しい甘さが広がる。

「これは……モモ、か? ペルシクムとは桃のことか!」
 だがこの界には「桃」という言葉は存在しないらしい。ペルシクムで通すしかない。

「レッド、甘いものが好きだからって感激しすぎじゃない? でもこの料理法は良いわね。魔素を気にせず食べられるのは本当にありがたいわ」

 リンネは目を輝かせながら鑑定していた。里でも旬の時期に出されるが、毒に注意しながら収穫するという。

「ペルシクムはカンティア領の特産品だ。傷みやすいから、ほとんどがコンポートやジャムに加工されて王都に送られる」

「お酒や飲み物には?」
「その場限りのジュースくらいだろうな」

 研究意欲が湧くが、やることが多すぎるとパラケル師に釘を刺される。

 話題は自然と昼間訪れたマーブル香草店へ。
「草臭い店でそんなに収穫が?」
「いや、あそこは宝の山でしたよ。アンジェロさんもいい人でしたし」
「ワシの顧客だからな。あの店は当たりだ。王都でもあれほどの品揃えは滅多にない」

 エリスさんが思い出したように口を挟む。
「アンジェロ……薬草師のアンジェロかしら?」
「本人は魔術師・錬金術師と名乗っていたぞ」

「昔は薬草師として冒険者をしていたわ。補給と支援に特化してね。魔導師ギルドを嫌っていたから、魔導師にはならなかった」

 クリスティーヌ様も頷く。
「薬と名の付く商店は魔導商としてギルドの認可が必要。だからこそ香草店と名乗っているのでしょう」

 さらに話は広がり、マーブルの名がカンティア侯爵家の血筋に繋がる可能性まで浮上した。商品の産地を見ただけでそこまで推測する三人に、自分はただ驚くばかりだった。

「裏の作業室を見れば分かる。整備しながら産地の覚書を確認しただけだ。幅広く商売をしているなら、それこそ後ろ盾が必要になる」
 パラケル師はさらりと言うが、その観察眼には舌を巻く。

「久しぶりに会いに行ってみようかしら。王都帰りに寄らせて頂戴」
「ふふ、女子会もいいわね。パラケルも来る?」

「やめておこう。お前らの女子会は長い。余計な整備まで押し付けられそうだからな」

 笑い声が広がり、食事会は和やかに幕を閉じた。
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